2007
深岬が入学した大学の2年生であり、深岬と中学の部活で一緒だった。彼女はストレートで大学に合格しているので、一浪している深岬とは同じ学年ということになる。
別にこれと言って親密な関係だったというわけではない。
まぁ、仲が良いか悪いかで言えば、間違いなく良い部類には入る。
中学の時の部活のメンバーで会ったりすれば、深岬は去年一年は顔を出さなかったものの彼女とは何度か顔を合わせていたし、話もしていた。
ただ、深岬にとって彼女の大学がどこの大学かなんて興味なかったので聞きもしなかったのだが、それを今日この場で知った。
「深岬ちゃん知り合い?」
横に座っていた涼子が不思議そうな顔で聞いてくるのを深岬はうんうんと頷いてみせる。
深岬は、偶然の再会にこの時少しばかり興奮していたのかもしれない。
それは、相手の雪子も同じで―。
「いやだぁ。そうならそうと言ってよー。入るよね?入るよね?やったぁ。深岬が入れば即戦力よ!あんたら喜べ!!」
と雪子と深岬を遠巻きに見ている同じジャージ集団にびしっと指を突きつけていう彼女の姿は、何も中学時代と変わっていない。
深岬は、まだ入るなんて言ってないんだけどなぁと思ったのは、彼女には内緒だ。
「何?雪子の知り合いかよ」
そう雪子に聞いてきたのは、涼子が全くの部外者だと知って不躾にも落胆の声を上げた男だった。
伺うような深岬の視線にも、男はにっと人好きのする笑みを浮かべる。
「俺、雪子と同じ学年の経済学部の坂上 公太。イチオー、これでも部の中じゃ強い方よ?」
なんて笑いながら言う彼は、どこか子供っぽい。
中学生の悪がきを彷彿とさせる。
「この節操ナシ男。深岬をナンパするな」
「んだよ…」
だが、雪子に鉄拳を食らって、殴られた頭を抑えながらチッと舌打ちをして不服そうな顔をして見せる。
雪子は深岬に向き直る。
「座って、座って。はい名前と連絡先書いて。ってかあんた学部どこ?」
「…工学部」
「学科は?」
「…電気、工学科」
「ウチのクラブ初じゃね?ね?」
深岬から学部と学科を聞き出して周りに確認している。
「女の子で電気?少ないでしょ?えっと深岬ちゃんだっけ?…あ、じゃあそっちの女の子も?」
別の男に声を掛けられて深岬が早速かよと思ったのは顔に出てしまっていたかもしれないが、口から出すことは避けた。
ほとんど身内扱いで話しかけてくる相手の勢いに引いてしまっている深岬に対して、落ち着いているのは涼子のほうだった。
「そうですね~。私と深岬ちゃんだけなんですよ」
「やっぱりなぁ」
「深岬、あんた一人暮らししてるの?」
涼子との会話を楽しんでいる男は放っておいて、深岬にそう尋ねてきたのは雪子だった。
深岬はその問いには少し顔を顰めて首を振る。
「雪子…あ、先輩だから呼び捨てはまずいか…」
「いい。いい。今更、今更。他の先輩たちには話しておくから私は別にいいよ」
闊達に笑いながら言う雪子に安心する深岬。
「雪子は?」
「私は、一人暮らし。って言っても今年からだけどね。去年、一年で限界って思ったもん。終電早いし。あ、深岬も帰れなくなったりしたら泊まっていいからね?」
「雪子の家は、飲み会会場の一つだから常に誰かいるけどな」
「サカガミ!五月蝿いから黙ってて」
「おーこわっ」
と大仰に体を震わせて、楽しそうに笑いながら坂上は後ろに下がって行った。
それを深岬は、目で追いかけながらもすぐに目の前にいる雪子に視線を戻す。
するとまたどっか別のところから声があがる。
「新歓しようぜ。新歓。深岬ちゃんの新歓!もちろんそこの可愛い子も一緒に!」
「やろうやろう」
それは口実をつけて飲んで騒ぎたい男達の要望に過ぎないのだが、深岬と涼子はその勢いに飲まれて何も言うことができなかった。
雪子はそんな2人を見て、実に覚えがあるのか気の毒そうな顔をしてみせるとバンッとテーブルを叩きつける。
「五月蝿いですよ!黙っててください」
「…はい」
「先輩たち、遊んでるなら勧誘行ってくる」
「はぁい」
「っつーかお前は遅刻してきたのに偉そうだっつーの」
「さぁかがみぃ。何か言った?」
「いえ、何も。俺も勧誘行ってこよっと」
雪子に睨まれて坂上は他の部員とともに姿を消した。
少し静かになったブースだったが、まるでタイミングを合わせたかのようにまた新しく別の部員が姿を表す。
「ユキ。何?入部希望者?」
低いよく通る声に雪子がいち早く反応する。
深岬も雪子の視線を追いかけて相手を確認すると思わず感嘆してしまうような長身で顔のつくりが綺麗な男がいた。
それは、隣に座っていた涼子も驚いたようで、深岬の服をくいくいと引っ張っては耳打ちする。
「やっばい。カッコ良くない?」
ああ、やっぱり可愛い子でもそうやって言うんだなぁと変なところで感心しながらも深岬は頷いた。否、可愛いからこそ気になるのかもしれないとも思った。
彼は、雪子の隣のパイプ椅子を引いて座る。
「ユキ寝坊しただろ…」
「バイトが長引いて、寝るのが遅くなったんだからしょうがないでしょ。リョウちゃんこそどこ行ってたのよ」
と会話をする彼らからは、2人の親密さが伺える。
そして、深岬は何となく2人の表情を見ていて、リョウちゃんと呼ばれた男はあまり表情は変わらないが、雪子の表情がくるくる変わるのは見ていて、何となく、そう何となくだが、雪子が彼のことを好きなんだろうなと思った。
雪子がものすごく嬉しそうな顔をして話をしているから―。
ぼんやりと見ていた深岬だったが、2人の注意が自分に向いたのを見てどきりとして姿勢を正した。
というよりも、男の綺麗な顔に見られることに慣れない深岬が動揺しただけなのだが…。
「この子、深岬って言うんだけどね。私達一緒の部活だったのよ」
「じゃあ、経験者?」
そう聞かれて、深岬は一回頷いた。
無表情の中にも、少し嬉しそうな感情が表れているのを感じた。
部員達の雰囲気はおちゃらけた、とても部活とは今まで在籍していた部活からは思えなかったが、目の前にいる彼は結構真面目なのかもしれないと深岬は思った。
だが、胸を張って深岬を推薦する雪子に深岬は少し慌てた。
「即・戦・力!どう?」
「ゆ…雪子。わ、私は、だらだら続けてただけだし…、それに去年一年は全くやってなかったから、もう」
「なぁに言ってんの、だらだらで県大の表彰台上れるわけないでしょうが。大丈夫。すぐに勘なら取り戻せるから」
何故、雪子がそんなに胸を張っていえるのかは深岬には分からなかったが、雪子の言葉が殊の外、男の興味を引いたのは間違いなかった。
「ま、まだ入るって言ってないし…」
「あんたは、入るの!入る!いい?分かった?と決まれば新歓よっ!」
と大きな声で言う雪子は、先ほど彼女が追い出した男達と言っていることはなんら変わらない。
その間に、雪子の横に居た男が懇切丁寧に深岬に教えてくれる。
「あ、俺、2年の小島っていいます。学部は理学部で…えぇと、練習は体育館使える日が限られてるから、月・木・金あと土曜日。4コマ終わりは4時半から練習、5コマ組みはその後合流。大体7時か8時くらいまでやってます。場所は第一体育館で、来てもらえれば分かるから。何なら明日とか練習してるし、見に来て貰うのが一番わかると思う」
「はぁ」
「これ、一応。渡しておくね。練習予定表。あ、飲み会の予定も書いてあるけど気にしないで。ラケットとかシューズは?」
「あ…持ってます」
「じゃあ、来るとき持っておいで」
「はぁ」
「よし、深岬。今日は、私の家に泊まっていきな」
小島との話が終わるのを待っていたのか雪子が深岬の肩を掴んで力説する。
深岬は、強引な雪子の姿に苦笑を浮かべながら「今日は…」とやんわりと断りを入れた。
それでも雪子は諦めがつかなかったのか、じゃあ明日と急なことを言っては深岬を解放した。
説明をしてくれた小島に一礼して涼子と一緒に外へ出た。
「巻き込んでゴメン」
と涼子に謝ると彼女は笑う。
「全然、楽しそうでいいじゃない?それにカッコイイ人もいたし。いいなぁなんか。もう入っちゃえば?私は、どうしよっかなぁ~」
と彼女が言うのを聞きながら、深岬の気持ちもほとんど固まりつつあった。
2007
昨日と同じように2時間近くかけて大学に向かう。
深岬は、2日目にしてもう、面倒くささを感じていた。
それでも、一人暮らしは絶対にさせては貰えない。あの母親には何を言っても無駄だということが深岬には娘として産まれ着いたこの19年を通じてわかりすぎるというほどわかっていたからだ。
昨日の違うのは、昨日のようにスーツにパンプスという格好ではなく、いつものようにジーンズにスニーカーという出で立ちなだけだった。
駅から少し離れた位置にある広い大学構内は、徒歩で歩くには面倒だった。
昨日と変わらず咲き乱れる桜並木の通りを歩きながら、深岬は自転車でも買うかなどと考えながら歩いた。
「深岬ちゃん?」
そんな深岬に声が掛かる。
顔を声のした方に向けるとそこには、昨日少しの時間で親しくなった涼子の姿がある。
「涼…子ちゃん?」
少し驚きながらも深岬が返すと涼子は満面の笑みを浮かべながら、自転車から降りると深岬の横を自転車を手で押しながら歩く。
「やっぱりそうだった。後ろ姿が、似てるなーと思ったの。部活の勧誘会見に行くの?」
「うん、まぁ。そっちは?」
もうほとんど決めてるから、あんまり見に行く必要はないかもとは思いつつも深岬は適当に相槌を打った。
「私もー。もう、ほとんど決めてるんだけどね」
と屈託なく笑う彼女はやっぱり可愛かった。
2人並んで歩いていたが、自転車止めてくると言って姿を消す涼子。
涼子が消えていく姿を眺めながら、深岬は彼女が戻ってくるのを待っていた。
スカートにパンプス、春らしい色のカーディガンを羽織った彼女の姿は、彼女によく似合っていて可愛い。
ジーンズにスニーカーの自分と並んでいると少し奇妙な取り合わせになるだろうと思った。
「ごめんね。お待たせ」
駆け寄ってきた涼子に首を振って見せると2人でその会場となっている場所に入っていく。
広い講堂に入る前のロビーには、ブースが作られており、そこが何の部活のブースであるか一目で分かる。
深岬と涼子が入ってきた扉の近くには、いくつもの部の人間が昨日、新入生に向けて配っていたビラを持って待ち構えている。
早速、一人が声をかけてくる。
「新入生だよね?」
笑顔の上級生に少しの胡散臭さを感じつつも、深岬も涼子もおずおずと頷く。
「水泳部なんだけど、興味ある?」
と聞かれてもさっぱりで。
2人とも「あんまりです…」と答えても声を掛けてきた上級生はめげない。
「初心者でも全然OKだから、また見にきて」
と言いながらちゃっかりと深岬と涼子にビラを握らせてまた次の新入生を探しに2人の前を離れて行った。
深岬はここで立ち止まっていたらさっきのような勧誘に何度も合うだろうと思い、涼子と2人で急いで講堂の中に入っていく。
中にはちらほらと椅子に座って舞台の部活紹介を見ている新入生の姿がある。
中には、今まさに舞台に出ているであろう関係者もいる。
深岬たちは、適当な場所に座ると舞台に目を向ける。
だが、全くと言っていいほど興味のない部活であったので、深岬は退屈そうに欠伸をした。
横目でちらりと涼子を確認すると、涼子も同じなのか、少しばかり退屈そうな顔をしながらカバンから携帯を取り出して、メールチェックをしている。
「ねぇ、授業何とるか決めた?」
「んーん。まだ考え中。深岬ちゃんは?」
深岬の小さな問いに、涼子は携帯電話をカバンの中にしまう。
「どうしようかなぁってところ。一般教養って何とればいいんだろうね」
「そうだよね。やっぱそういう情報捕まえるなら、部活とかサークルかなぁって思ってるんだよねぇ」
ということを言った彼女に深岬の涼子を見る目が少し変わる。
もしかして、この子結構強かかも…と思ってまじまじと涼子の可愛らしい顔を食い入るように見つめる。
彼女は、全く悪意のないような笑みで深岬を見返す。
「学科のセンパイが沢山いる部活ってどれなんだろう?あ、私ね。テニスサークルか何か入ろうと思ってるんだけど、そこにいたらラッキーだなぁ」
「……あ、…テニスサークルだったら何か色々あるっぽいから、その中の一つくらいには、学科のセンパイいるかもね…」
「いろいろ見てみようっと。あ、深岬ちゃんは、何のサークル入るの?」
「私は、バドミントンかなぁ。中高とずっとやってたし」
「体育館のスポーツだから、焼けなくていいよね」
と笑う涼子に合わせるようにして笑みを浮かべる。
その後も、見ていても面白くない部活紹介から逃げるように2人は講堂から出る。
「あ、テニスサークルのブースだ」
「行ってくれば?」
「ちょっと待ってて」
と言って姿を消す涼子の背を見送る。
待っててと言われてしまえば、勝手に去ることもできない。
涼子の姿を見ながら、深岬はぼんやりと辺りを見回した。
深岬の立つ位置から少し離れたロビーの隅っこに深岬が入部しようと考えていたバドミントン部のブースを見つけた。
新入生の姿はなく、部のジャージを着た人間が数人そのブースにはいた。
彼らだけで騒いでいるようだったが、その姿は遠めに見ても楽しそうだった。
あんまりきちんとした部活じゃないのかもと思った深岬だが、それならそれで遊ぶにはもってこいの部活だなぁと考えながら見ていると涼子が戻ってきた。
「ごめんね。お待たせ…あ、バドミントン部だねぇ。行く?」
深岬の視線の方向にあるものを見つけた涼子が深岬に尋ねれば、深岬も断る理由もなかったので、頷いて涼子と2人で並んでその隅に位置するブースへと向かう。
別に涼子についてきてもらわなくも良かった深岬だが、まぁいいかと考えながらその場所へと向かう。
深岬たちが近づいていっても気付く気配もなく、騒ぎ合っている部員達の姿。
「あの…」
深岬が恐る恐る声を掛けたところで、彼らはやっと反応する。
明らかに新入生だとわかる深岬と彼女の後ろにいる涼子を見て、飛びつくように椅子に座りなおす。
「ゴメンゴメン。バド部に興味あり?」
と清清しい笑みで聞いてくる男に深岬は頷く。
すると男は、歓声を上げて後ろに控えている他の部員も呼ぶ。
「おーい。入部希望の新入生だってよぉー」
「マジで?」
と言ってはわらわら集まってくる彼らの威圧感に深岬は少し来たの間違いだったかもと思わずにはいられない。
「お、2人とも?」
そのうちの一人が、深岬の後ろにいる涼子もきっと入部希望だと思ったのだろう。そう訊いてきた。
「違いますよー。私は、付き添いです」
「なんだぁ」
とあからさまに残念そうな声を出したのが、印象的で深岬はその男の顔を見た。
「サカガミ。チョー失礼だし」
「ごめんねぇ」
他の部員だろうか、彼と同じジャージを来た人間達がこぞって彼に絞め技をかけたり、小突いたりしているのを身ながら「いいえ」と苦笑いを浮かべて深岬は応対する。
別にこんなことで傷ついたりはしない。
慣れている。
「あ、座って座って。お友達もどうぞー」
「はい」
「はぁい」
机の前に並べてあるパイプ椅子に涼子と並んで座る。
「ゴメン。寝坊したー」
「雪子。来るの遅ぇよ」
「新入生きてるし」
一際明るい声が聞こえてきたかと思うと、一気にその場が明るくなる。
深岬は声のした方に何気なく顔を上げるとよく見知った顔をそこに見つけてびっくりしたように目をまん丸にした。
深岬の異変に、彼女の目の前に座る男の部員が深岬の凝視している方向を見た。
「あれ?どうかした?」
「あぁ!!」
「雪子どうした?何かあったか?」
遅れて登場した他の部員同様、部のジャージを身に纏った女子部員が深岬を指さしては、大きな声で叫ぶものだから皆の視線が深岬に集まる。
「深岬じゃん!何々?ここの大学入ったの?」
「雪子…。ってかあんたの大学ってここだったの?」
「あれ言ってなかったっけ?」
深岬は、椅子から立ちあがり彼女を指差す、相手は同じように深岬を指差しながら、深岬に近づいてくる。
それは予想外の再会だった。
2007
これから4年間、毎日この時間が続くのかと思うと進藤 深岬の気分は少しばかり憂鬱になる。
眠くなる目を擦りながら、大学の最寄り駅で降りて大学に向かう。
周りを見渡せば、自分と同じようにスーツ姿の新入生と思しき者達が複数大学に向かって歩いている。
流れに逆らうことなく深岬は、大学までの道のりを歩いた。
その日は、大学の入学式の日だった。
まるで、あわせたかのように大学内の敷地に入れば桜の花が満開で咲き乱れていた。
入学式の前に学科でのガイダンスがあったので、指定された教室に向かう。
この日、深岬は大学の工学部の電気工学科に入学した。
周囲を見回すと一人で目的の場所に向かっている者もいれば、親子連れもいたり、何が愉しいのだろうかきゃあきゃあと愉しそうな声をあげて友人達と数人で向かう者達も見える。
スーツにリュックという一風おかしな格好の者も居れば、明らかに高校卒業したばっかりじゃないだろうと疑いたくなる老け込んだ者もいる。
そんな中を深岬は一人で歩いていた。
パンツスーツに身を包んで、いつもはスニーカーしか履かないというのに低めのヒールを履いて歩く。
なれないヒールの靴を窮屈に感じ、バックストラップにすれる足はこの時点でもうすでに悲鳴をあげていた。
浪人した末に合格した大学。
浪人した時点で、深岬は両親、特に家計を預かる母親から自宅から通える国立しかダメだと言われて、条件に合うこの大学を選んだ。
勿論、二時間近くかかるとは言え、自宅から通えない距離ではないから一人暮らしなんてさせてもらえない。
実を言うと自宅のある県内には、国立大学があったのだが、とても自分のレベルでは合格なんて無理だった。結果、遠くても確実に合格できるところを選択したのだ。
とは言っても、一浪した末の“確実”だったのだが―。
電気工学科の指定された教室に入ると学生証を渡されて時間がくるまで座って待つように言われる。
既に何人か集まってきているクラスメートとなる者達の姿を観察する。
覚悟はしていたが、見事に男ばかりでげんなりしてくる。
工学部に在籍すると逆ハーレムだとか言って、文系の女の子達に羨ましがられたりすることもあるが、決してそんないいものではない。
これが見目のいい男達に囲まれるならば、彼女達の言うとおりかもしれないが、事実は時に残酷だ。
そんな風に思える男子など、ほんの一握り。
100人いたとして、そんな人間10人いれば良い程度だ。
しかも、男達は、小さくて可愛い―少し頼りないくらいの女の子が好きだったりするから、ずばずば物を言ってしまい、標準より身長も少し高くて決して可愛い部類には入らない自分など眼中にないのだ。
寄ってくるのは、明らかに飢えてますというような男。
勉学―特に、単位取得のために、学科内の友人は必須だ。
だが、そんなものできるのかと思いながら深岬はぼんやりと考えながら窓際の後ろの席で窓から見えるスーツ姿の新入生を観察していた。
「よろしく」
と声を掛けられて深岬は、ふと顔をそちらに向ける。
声を掛けられて無視が出来るほど、非常識な人間でもなく、明らかに自分に掛けられた声だと分かっていたからだ。
振り返った深岬の目に映ったのは、まさに男の理想を描いたような女で。
にっこりと笑みを浮かべながら、名前を告げる彼女の顔を可愛い子だなぁと思いながら見ていた。
彼女の名は、鈴木 涼子。
深岬のクラスメートで、深岬以外の唯一の女子生徒だった。
こうなれば、2人の距離が近くなるのは当然のことで、学科で一緒にいるのは当然のことだった。
深岬も名前を告げたりして、簡単な自己紹介をしている内に、やがて担任と呼んで好いものかどうなのかは定かではないが、そんな感じの教授が一人入ってきた長々と話を続けた後、入学式の会場に移動することになった。
涼子と2人で並んで向かう間にも、深岬は自分達の歩く道の横いっぱいに広がるようにして並んだ部員勧誘を目的とする上級生達の姿に少々度肝を抜かれてしまう。
高校にもこの時期には、部員勧誘が盛んだった。かくいう深岬も中・高の2、3年の頃には勧誘活動に参加したりもした。
けれどもその比ではないのだ。
皆一様に、どの部活か分かるような格好をして、ビラを配る。
一度、ビラを手にしたが最後、次々にビラが乗せられていくものだからキリがない。
心得ている者は、最初っからポケットに手を入れたり、決して渡すスキを与えない。
入学式会場の椅子に座る頃には、新入生達は既に山のようなビラを手にしているかそれか全く何も持っていないかのどちらかに別れる。
深岬も涼子も圧倒されてしまい気付けば山のようなビラを手にしていた。
同じものも数枚ある。
困ったようにお互いの顔を見合わせて、苦笑を浮かべる他なかった。
また、帰りも同じだった。
往復して、邪魔になったビラをそこら辺に捨てて帰るわけにも行かずに深岬は、ご丁寧にも全て持ち帰った。
一人暮らしをしているという涼子と途中まで一緒に帰り、また2時間近く電車に揺られて帰る。
これからの毎日の繰り返しの始まりだった。
家に帰るころには、疲れ、履きなれない靴を履いた所為でできた靴擦れが悪化していてその痛みに顔を顰めずにはいられなかった。
「ただいま」
「あら、お帰り。どうしたの?難しい顔をして」
「靴擦れが痛いだけ」
「普段、履きなれてないからかしら」
「多分ね」
と適当な会話をしながら家の中に入るとそこら辺にカバンを放り投げた。
その拍子に、渡されたビラがばらばらっと床に散らばる。
チッと舌打ちしながら深岬は、散らばったものをかき集めながらそのビラに目を落とす。
「何それ?」
母親が興味津々な顔をしながら覗きこんでくる。
「何でもない。部活の勧誘」
「あ、そ。何かやるの?」
「…わかんない」
とあやふやな返事を返しながら、深岬はぺらぺらとそのビラを何枚か見てみる。
母親は、もう既に興味を逸していたのか、台所に入っていくと夕食の準備を始めていた。
学科では、あまり友達は期待できなさそうだった。
高校、浪人時代と勉強漬けだったこともあり、大学に入ったら目一杯遊んで、楽しい4年間にしたいと心に決めていた。
もちろん、彼氏も欲しい。
となると、手っ取り早く交友関係を広げるなら部活・サークルだろう。
そう思いながら、ビラに目を落としていた深岬だった。
彼女の目にふと止まったのが、バドミントンの部活のビラだった。
中高と惰性で続けて、浪人時代は離れてたスポーツ。
1年間何も運動をしてこなかった所為か、体はたるんでいる。
部活で汗を流せば当然、体は引き締まるし、友達も増える。
6年間続けていただけに初心者というわけでもない。
道具も探せば部屋の押入れのどこかには、あるだろう。
ブランクがあるとは言っても勘もすぐに取り戻せるはずだ。自分にとって部活として選択するにはうってつけのスポーツではないだろうか。
どんな部活かは、わからないけどいいだろうと思ってバドミントン部のビラだけを抜き取ると他は全てゴミ箱に捨てた。
明日も一応学校に行くことになっていた。
今日は、ビラを配っていただけだったが、明日は各部活の紹介があるようだった。
何人かの部員がそこには、いるはずだった。一度見てみようと思いながら、2階にある自分の部屋へと駆け上がる。
勉強よりも何よりも、部活・遊び・恋に期待を膨らませていた深岬だった。
2007
私の恋愛はいつも不毛。
好きになる相手はいつでも人のモノ。
初めて付き合った相手は好きだけれど一番じゃない。
そして…、私は都合のいいオンナ。
一浪した末にやっと入れた大学。
一年無駄に勉強に費やしたものだから、やりたいことはイッパイあった。
勉強なんて適当にして4年間は遊び通したい。
そして、恋もしたい、友達も沢山作って楽しい大学4年間にするんだって決めてた。
入学すると同時に部活に入った。
やっぱ友達作るなら部活やサークルでしょ。
中高と惰性で続けてきたバドミントン部に入った。部活と言っても名ばかりの顧問がいるだけで、ほとんど学生主体の部活。ほとんどサークルに近いと言ったほうがいいかもしれない部活だけれど、私が入学した年には新入生は沢山いた。
友達も増えた。
好きな人もできた。
ひとつ上の学年に居る先輩。
面倒見がよくって、憎めない存在でみんなの輪の中心に居るような人。格好がいいってわけじゃないけれど、私には魅力的だった。
でも、彼女が居た。
けれど、部活で触れ合う時間が増えてくうちにその人が彼女とは別れないけど浮気を繰り返している人だって知った。
結構不誠実な人だと知ったけれど、好きだって思ったら止まらなかった。
大学入ったばかりの頃は、自分の身なりなんてあんまり気にしなかったけれど先輩に気に入られたい…、良く見られたい一心で化粧も覚えたし、服にも気を使うようになった。
仲良くなった女の先輩に相談してみたりもした。
みんなに口を揃えて止めておけって言われたけれど止まらなかった。
必死だった。
自分の経験をまるで武勇伝のように飲み会などで披露する先輩。
はっきり言ってひいている人もいたけど私は先輩のこと何でも知りたくって興味津々で聞いていた。
自分の想いが通じることなんてないのに期待しながら聞いていた。
先輩が好きだという想いだけが膨らんでいく中で気づけば時間だけが過ぎていった。
2006
Salvation
恋愛講座に出てきた深岬のお話。
彼女の男遍歴をどうぞ…。
大学一年
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