更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2009
vizard(91)
兄達に背を向けた後、部屋に戻るまでの一哉の顔は、笑いを浮かべていた。
それは、兄弟に見せた嘲笑の笑みではなく、とても人に向けられるような優しい笑みでもなかった。凶悪と言う言葉がぴったりと当て嵌まるようなそれ。
くつくつと肩を揺らして歩く姿を誰にも見られることがなかったのは、唯一の救いかもしれない。
手に入った―。
何がと問うのは、無粋だろう。
それは、彼自身にしか分からない。
唯一の例外は、綾と怜迩の存在だけである――。
どこから、一哉の予定通りだったのかは誰もわからない。
それは、彼にしか分からないことだろう。
再婚を許可した水原の思惑も虚しく、その後2人が離婚に至ることは無かった。
息子である怜迩に30まで自由をあげたのもせめてもの罪滅ぼし。
その間、事実が彼に伝わることはなかった。
その怜迩の出生については口を閉ざし続けたことが、後に禍根を残す結果となった。
ゆっくりと流れる時間は現在が幸せそのものであるという証だろうか。
気づけば、長い時間が経過していた。
先ほどまでのぐずっていた泣き声とは異なり、きゃっきゃと零れるはしゃぎ声も実に心地よい。
「総帥。お時間です」
突如姿を現した男に、水原―一哉は、驚いたのか、目をぱちぱちと瞬かせて、難しい顔をしている相手を見返した。
「あらあら、一哉さんってばまた仕事抜けてきてたってこと?」
「伊達…。お前も老けたな」
しみじみと己を呼びにきた男である伊達を見て、一哉は言う。
綾は、すぐに脱力したようなため息が聞こえてくるのに苦笑を浮かべずには、いられなかった。
すぐに背筋を正して伊達は、一哉に促す。
「内藤がかりかりしてます。早くお戻りください」
「あちゃー。しばらく拘束しすぎたかなぁ。そろそろ休みあげないと息吹くん切れかな」
なんて、軽口を叩きながら椅子から立ち上がると軽く伸びをした後、まだ座っている綾へと顔を近づける。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
互いに挨拶を交わすと、どちらからともなく軽く唇を触れ合わせた。
「待たせたな」
と横で控えていた伊達に向かって部屋を出ようとした一哉だったが、己へと寄せられる視線に気づき自然と顔がそちらに向いてしまった。
そこに居たのは、既に見飽きているのだろう呆れたような顔をしている息子の怜迩と、子供を既に産んでいるのだからそれ以上のことを自分だってしているというのに、たった軽いキスをしている男女を見て顔を真っ赤にさせている希莉、そして、何が何だかよく分かっていない海里がこちらを見ていた。
ただ、唯一の例外は、赤子の萌だけが先ほどと変わらない様子であるということ。
すぐに、揶揄うように顔を歪めた。
「あらら、刺激が強かったかな~」
「いいから、とっとと行け!伊達が困ってる」
希莉を揶揄おうとして彼女に近づこうとするが、希莉の前に怜迩が出てきて、声を荒げた。
楽しみを邪魔されたようで、一哉が残念そうな顔をしてみるが、すでに息子にそんな顔は通用しない。
わざとらしく肩を竦めて見せると伊達に向き直った。
「かいりしってるよー。きりちゃんとれいちゃんもよくやってるよね~」
「こら!海里!」
海里と希莉の声を背中に感じながら、くすくすと肩を揺らしながら彼はこう言った。
「幸せっていいよね~」
と軽口を叩いては、少し後ろ髪を引かれる思いをしながら部屋を後にした。
そんなもの求めてなどいなかったのだ。
自分と母親を貶めた奴らに復讐がしたかった―。
その過程で得たものは、彼の想像していたものより遥かに大きく、そして幸あるものだった。それだけに過ぎない。
だが、最後にこれだけは伝えておこう―。
現在、水原の家で働く者の中、また水原グループにも関連する者の中にも“草壁”と名のつく者たちはいない――。
(了)
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