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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2024

0519
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2009

0218
vizard(89)

水原は、中々次の言葉を口にしようとはしなかった。
頭の中で整理をしようと―結論を出そうとしている様子だった。
やがて、小さな声ではあるが、その時間をかけて考えた水原の考えを口にし始めた。

「…本当に幸せになれるのは…私の選んだ男と―」

時間をかけた割には、進歩がないものだと水原の言葉を聞きながら、一哉は思った。
そして、水原の言葉を遮るようにして進言した。
波紋を広げるような言葉を―。

「果たしてそうでしょうか」

聞きようによっては、自分の方がふさわしいという意味合いに聞こえなくもない。
実質、水原にはそう聞こえていた。
不快そうに眉間に皺を寄せ、一哉を見返す。
一哉は自分へと寄せられる疑念の眼差しを受け止め、変わらず瞳で見返した。

「どういうことだ?」
「幸せなど他人に強制されたものによって得るものではないでしょう。お嬢様には、お嬢様の価値観がございます。もし他人の幸せを自分の判断で決める人がいたとしたら、それはただの傲慢ではないでしょうか」

暗に水原のことを揶揄した。
そして、更に続けた。

「嫌だと仰っているお嬢様に、無理やり相手の方をあてがったとしても、お嬢様も相手の方も不幸になるだけです」
「そんなことはない」

にっこりと笑った一哉に、水原は憮然として表情と声音で一蹴した。

「私の…」

さらに、何かを言いかけた水原だったが、どうせ同じ言葉の繰り返しだろうと一哉は、聞くことに辟易して、その彼の言葉を塞いだ。

「お忘れですか?」
「…何をだ」
「堺様のことですよ」

少し強い口調で現在、この屋敷内では暗黙のうちに禁句となっていた男の名を口にした。
ますます、水原の顔は険しくなる。
だが、一哉はそんな男の様子など気に留めるような小さな肝の男ではなかった。
煽るように、薄く笑いながら、事実を口にした。

「嫌がるお嬢様に結婚を強いた結果、現在の状態になったのではないでしょうか」
「ふん。あれは、あの男に甲斐性がなかっただけだ」

鼻で笑うと、卑屈な表情を浮かべる。
男の言葉を静かに聞きながら、本当にどこまでも成長のないジジイだと一哉は心中で嘯いた。

「だとしてもです。お嬢様が結婚というものに抵抗を感じてもお嬢様を責めることはできません。寧ろ、責められるべきはお嬢様にそのような結婚を強いた私達ではありませんか?」
「だから、私は今度は…」
「それならば、お嬢様が望んだようにさせるべきではないかと私は申し上げているのです」

既に、水原は、自分よりも遥かに年若い男の術中に嵌まっていたのかもしれない。
このとき、完全に一哉のペースで会話が進んでいた。
もう水原に残されたのは、一哉に翻弄されるままに言葉を紡いでいくことだけかもしれない―。

「仮に、お嬢様が望まれるように私と結婚したとして、お嬢様が途中でこれは間違いだったと気づけば今度は、旦那様のご意向に沿ってくださると思いますが…」
「う…うむ」

ぎこちない所作で頷く男に、面には出さずに「馬鹿か」と嘲笑した。

「何事も経験してみないと分からないと思いますし、私とお嬢様を再婚させたくないと仰るようでしたら今のままでもよろしいかと思います」
「それは、ならん」

強く反発するように水原は一哉の言葉に反発するように声をあげた。
だが、それも一哉の計算のうちだった。
想像を裏切らない予想通りの水原の様子に、声を立てて笑いたくなるのを堪えた。

「それでは、いつまでも綾が惨めなままで可哀想だ」

「よく言う」と男の言葉に耳を傾けながら胸中で呟いた。

「では、どうなさいますか?怜迩様を引き合いに出すほどです。嫌がる相手と再婚させることはできないでしょう。そんなことをした日には、本当に怜迩様を連れて出て行きかねない」

追い討ちをかける。
何も今、結論を出さずとも良かったのだが、もう既に水原は、この場で結論を出さなければならないものだと錯覚していた。
じわりじわりと本人が知らないうちに侵食していくような一哉。
それに汚染されきってしまっていたと言ってもいいかもしれない。
ただ、知らぬは本人ばかり―。

「……怜迩がいるから跡継ぎには…事欠かないが」

何気なく水原が呟いたその言葉に、一哉の目つきが鋭くなる。
自分の狙い通り、水原の中で怜迩は堺の血を引いていることになっているが、いくら憎い男の子供でも自分の跡継ぎには、怜迩をと考えているようだった。
真実を綾が怜迩に伝えようとしていたことを止めさせたことは成功していただろう。
その事実を知るのは、綾と一哉の2人しかいない。
水原は、2人に踊らされるだけだった。

一哉の判断、そして、大分前に出来上がっていた筋書きは成功していた。

「問題は、ないか…。とはいえ、もし綾と結婚するとなったらお前もこれまでのようにはいかないぞ」
「それが、お嬢様の望みなら甘んじて受ける覚悟はできております」
「…そうか」

満足そうに頷くとそのまま続けた。

「あれのことだ。数年で終わるとは、思うが」
「ええ。私もお嬢様が本当にお気づきなるまで、影ながらお手伝いさせて頂きます」
「このことは私とお前の間だけの話にしておいてくれ」

もとより、誰にも言うつもりはない。
そもそも自分達にとって事が上手く運ぶように一哉は、言葉を選んだだけに過ぎない。

「心得ております」

深く頭を垂れ、承服の意を表す一哉に、すっかり彼によって騙された男は、満足そうに何度も頷くと今までの様相が嘘のように上機嫌だった。
騙されているとも気づかずに――

「そうと決まれば、のんびりとは、していられないな」

そう言って、水原は慌しく部屋を出て行った。
頭を下げていたままだった一哉は、扉がゆっくりと音を立てて閉まるのを聞いた後、顔を上げて、ソファに背中を預け、天井を見上げた。

「以外に簡単だったな…」

口の端を持ち上げ、笑みと呼ぶには凶悪すぎるそれを浮かべたまま、やがて、くつくつと声を立てて笑い始めた。
その笑い声はしばらくの間、彼以外誰もいない部屋に響き渡った。





その直後、父親自身から決定を知らされた喜びのあまり、ここ数年間の間決して見せることのなかった彼女本来の笑顔を見せては、父親に飛びつき、抱きついて彼女の歓喜を表現した。
娘の嬉しそうな姿を見るのは、実に久しぶりのような気がして、水原は少しの罪悪感を感じつつも、一哉の助言通り、こちらを選択して良かったなどと甘いことを考えていた。
もう既に遅いというのに―。
決して、操られるままに、快諾した男の思惑通りに事が運ぶ事はない。
いくら待てども、起こらないのだ。起こりえる訳がなかった。

仕組まれた選択に、彼が後に引き返すことはできなかった。
そして、その裏で糸を引いていた者に気づくこともできなかった。


 
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無題
「以外に簡単だったな…」→「意外に」
誤字報告 2009/02/18(Wed)10:00:35 編集
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