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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0319
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2008

0702

Vizard (65)




「そ…それは…っ」

翳すようにちらつかせるそれに顔を青ざめさせる。
綾の立ち位置からは、写真に写っているものは小さすぎてよく見えない。
堺の動揺に何が写っているのかと興味が湧き、目を細めてみるが、確認はできない。

「お分かりですか?」
「や…やめろ」

綾の立つ後方をちらりと視線で気にしながら、額に冷や汗を浮かばせて声を張り上げる。
だが、一哉は酷薄な笑みをさらにその整った配置の顔に深く刻んだだけだった。
その表情が物語っていた。

誰が止めてやるかと――

「ふっ…」
「よ、よせっ!やめろっ!!」
「あなたの浮気調査の証拠とでもいいましょうか?こういう物的証拠があって初めて、相手を追い詰めることができるんですよ。今のあなたのように―」

静止の声も聞かずに薄く形の整った唇からは、追い詰める言葉が滑るように零れ落ちた。
堺の声に紛れはしたが、しかと綾の耳にも一哉の声は届いていた。
大きく見開いた目で取り乱す堺の背中を見つめた後、すぐに一哉を見た。
手にした写真は、堺に提示した写真の他にも数枚あるようだった。

「他の写真も?」

部屋の扉に一番近いところから聞こえてきた冷静な声に、2人の男は意識を向けた。
一人は、面白いことを聞いてくれる―と。
もう一人は、がばりと大きな所作で振り返り、動揺と己のしてきたことに対する脅迫観念によって歪んだ表情を綾に晒した。

「ええ。勿論、ご覧になりますか?」
「違う!!私じゃないっ!私であるはずが!!」

綾のいる方向を見つめたままみっともなく喚き散らす堺を背後で一哉は口許だけを歪めて笑い、綾は醜いものを見るもかのように険のある表情をした。
綾の表情の変化を平常心を失いながらも悟った堺は、みるみるうちに歪み、醜いものへと変化していく。
ふぅと大きく息を吐き出すと一哉は手にしていた写真へと目を落とすと呆れたような、妙に感心したように口を開いた。

「まぁ、こんな映りの悪い写真じゃ。そう仰るのは無理もないかと思いますけどね…」
「そ…、そうだ。馬鹿げている。私がこんなことするわけないだろう!私を嵌めようなど」
「では、こちらの写真ではいかがでしょうか?ああ。あなたの顔がよくわかる。…―失礼、私の仕事はお嬢様に仇なす者の排除なものですから、多少で過ぎた真似かとは思いましたが、知ってしまった以上、野放しにはできませんでしたので」

一哉の弁護というわけではないが、事実を口にしたまでの発言に食いつくようにして早口で捲し立てる堺の逃げ道を塞ぐように別の写真をちらつかせる。

「…!?…これは…」

つい先日の身に覚えのありすぎる写真に開いた口がふさがらない。
明らかに至近距離で取られた写真に震えが走る。

「ご存知ですか?その慌て様が何よりの証拠だということを…」





綾と2人だけになった部屋で写真をしまっていると部屋の戸口に立ったままだった綾が近づいてくる気配がしてゆっくりと顔をあげた。
寄り添うように立つと細く整えられた指で一哉の手から写真を取り上げた。
じっと写真を見つめた。
目で追いながらも眉ひとつ動かさない。ただの情報として捉えていることがわかる。

「今まで、ずっといなかったのコレの所為?」

透き通るような澄んだ声で落ち着いた様子で尋ねる綾を見て戸惑いを覚えつつも頷いた。

「そう…」
「…驚かないのか?」
「何に?驚く必要なんてないわ……。知っていたもの」
「知っていた?」

怪訝な顔つきで自分を見てくる一哉に気づいていたが、綾は彼に顔を向けることなく頷くことで返した。

「私が東を通じて依頼したところは、あなたほどに証拠は集められなかったけれど…」

くすりと小さな笑みを零して―。
東という彼女が信頼を寄せる老女の使用人を思い出して、己がその東から頼まれて街中にある事務所に遣いに出たときに受け取ってきたものを思い出す。
そして、その帰りに目撃したことにより堺に対して疑念を持った。

「まさか…あの時の」
「…?」

小さく口の中で転がすように呟いた一哉の言葉に怪訝な顔つきで横に立つ彼の顔を見返した。

「旦那様は…」
「知らないと思うわ。伝えたところで、あの男と離婚したところで子供がいない私には、次のお父様のお眼鏡に適う男と結婚させられる。水原のために…。冗談じゃないわ。あの男もお父様も許さない―。水原なんかなくなればいいんだわ。2人とも利用してあげる……」

眦を吊り上げ、恨みをたっぷりと籠めた暗い声音。
綺麗に整えられた親指の爪をぎりっと強く歯で噛みながら、綾は口にする。
俯いた顔で誰に聞かせるわけでもなく呟く綾を上から見つめながら、一哉の顔は苦悶するように苦渋の表情を刻んでいた。
彼女の心を支配するのもまた暗いものだ…。
己のものとどちらが深いか―。
そう考えて、だがしかし、すぐに考えることを放棄して、綾の口許に置かれた手を取り上げると突如握られた手首の強い力に驚く彼女などお構いなしに薄く開いた唇に己のそれを重ね合わせた。
すぐに綾は瞼を下ろし、与えられる甘い感覚を甘受した。
長い口付けの後、とさりと固いベッドの上に体が横たえられる。





――2人を止めるモノも、枷となるものは最早、何もなかった。




差し出されたものに老女はぴくりとこめかみの筋肉を動かした。
それでも動揺を悟らせることはしなかった。

「よろしいのですか?」

抑揚のない声で尋ねた彼女に、彼女の主たる若い女は、満面の笑みを浮かべ、大きく首を縦に振った。
翳りのない笑みを見たのは、何時からのことだろうか。
手渡された錠剤のシートと目の前の主人の顔を交互に見て、老女は頷いた。

「構わないわ。もう必要ないの…、処分して」
「左様でございますか」
「ええ」
「では、この経口避妊薬は処分させていただきます」

優秀な彼女は何も言わない。
全ては、主のため―。

彼女が望むのならばなんだってしよう。

 

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2008

0701

Vizard (64)




いつもなら外で待つ自分へと駆け寄ってくることもないのに―。
そんなにアレが戻ってきたことが嬉しいのかと悔しさを覚えて人知れず、隠すように拳を握った宗司だった。
だが、そんな思いも綾には届くことはない。

「早く帰りましょ」

と言われれば「分かりました」と頷くことしかできない。
悔しさと憤りを覚えても仕方のないことだ。無用の長物にしかならない―。
一日前とは打って変わって弾んだ様子を見せる彼女の願いをかなえるべく、アクセル踏むことしか宗司にはできなかった。
屋敷へと送り届けた後も、宗司が運転席から降りて扉を開ける時間も惜しかったのだろうか。自分で後部座席のドアを開けるとそのまま屋敷の中へと入っていってしまった。
遠ざかる綾の後姿にやりきれなさを隠せない宗司の落胆のため息が届くことはなかった。

出迎える使用人への挨拶もおざなりに、綾は真っ直ぐにある部屋へと足を向けていた。
しかし、彼女が向かおうとした部屋はまるで通りかかる人を誘うかのように扉が開けっ放しになっていた。
開いたままの扉を認めた瞬間に、綾は怪訝な顔つきになり、眉間に皺を寄せた。
嫌な予感のようなものを綾は咄嗟に感じた。
また、いなくなっていたら―。
そんな筈はないと言い聞かせながら…。
急ぎ足で扉に近づいて部屋の中を確認した綾は、その空間でにらみ合う―綾の立ち位置からは自分に背を向ける男の顔は確認できなかったが、はっきりと愛しくてならない存在―一哉の顔だけは確認できた。

ひらひらと舞い落ちる紙を足で踏みつけて、もう二度とあんな冷たい瞳で見られたくないと思うような冷酷な色を宿した瞳で自分ではなく、自分に背を向ける堺に向かって身も凍りそうなほど冷え冷えとした声音に意志を載せる。

「あなたも本当に救えない人ですね…」
「なっ…!?」

絶句して身を屈める堺。
目の前の男が、堺であると綾が認識したのは男の声を聞いたときだった。
夕方とは言え、何故こんなに早い時刻からここにいるのかと綾は、本来はここにいるはずのない人物の姿に危ぶんだ。
そして、暗い一面を隠すことなく見せ付けるような言動をする一哉にも…。
しかし、綾がそれを問うことはできなかった。

一哉は、途中から綾が入ってきたことに気づいていた。
一方の堺は、完全に冷静さを欠いていて背後の様子まで気に留めていられるほどの余裕は持ち合わせていなかった。
彼の一番の注意は、一哉によって踏みつけられ、ぐしゃりと不自然な皺を刻んでいる紙だった。
たとえ、気づいていたとしても綾に対して上手くこの場を乗り切ることができたかどうかは定かではないが…。

「わざわざ、事前に報告してくれるなんて愚行の極みとしか言いようがありませんね」

くすくす笑う一哉。

「こういうことは本人の預かり知らぬところで動くから最大限の効果を発揮するんですよ?知りませんでしたか?」
「貴様…。まだ立場が分かっていないようだな…。このことを私がお義父さんに知らせたら、お前のような薄汚い男娼風情は即刻排除される。そんな奴を排出し、あまつさえこの水原に仕えさせた草壁家とてただでは…」

男がぎりぎりっと歯軋りをしながらも自分に分があるというように勝ち誇ったように宣言する間も一哉はくつくつと笑い続け、終いには耐え切れなくなったかのように声をあげて笑いはじめた。
そんな一哉の様子を不自然に思うのは当然のことだろう。
ぴたりと黙って不思議なものでも見るかのように一哉を見つめる男に、笑い声混じりに告げた。

「草壁の家の人間がどうなろうと関係ない。寧ろ、感謝しますよ。どうぞお好きなように如何様にでも…いっそのこと二度と這い上がってなどこれないように地獄の底にでも徹底的に沈めてもらいたいものですけど」

とても身内に対する態度とは思えない一哉の様子に呆気にとられたようにぽかんと口をあけて見つめた。
それは、綾とて例外ではなかった。
暗く凄惨な表情は、見るものに恐怖という感情をありありと伝える。
知らず知らずのうちに背筋があわ立ち、一歩後ずさった。

「私のことも…できるものならやってみてください。ただし、やるからには、覚悟と責任を持てと忠告致します。自分だけが武器を手にしたと思わないで頂きたい」

そう宣言しながら一哉は堺から顔を背けながら机に近づき、無造作に置いてあったものを手にした。

「第一、文面だけの報告書など稚拙なところも甚だしい。証拠になりゃしない。確固たる証拠がなければ、人は信用しませんよ。旦那様ほどの人ならば尚のこと」

薄ら笑いとともに一哉は、告げると自分が手にした封書から持ち帰った写真を手に取って、もう一度確認して、口角を大きく持ち上げた。
一哉の手にしているものが写真らしきものではあると分かっても、それが一体何を写したものであるか知らない堺は、怪訝な目つきでそれを手にして満足気に笑う一哉を見ることしかできない。
一哉は、ふいっと顔をもう一度、堺のほうへと向ける。
一度は外れた視線がまた自分へと戻ってきたことに堺は、緊張を覚え、自然と体を強張らせたが、すぐに2つの目が自分を見ていないことに気づき眉間に皺を寄せた。
一哉は、堺の方へと向けた顔で、さらに彼の後ろにいた綾を見ていた。
自分が見つめられていることに気づいた綾は、ごくりと喉を嚥下させた。

「扉を閉めてもらえますか?」

言われるままに一番ドアの近くにいた綾が扉を閉めた。
一方、動くことができなかった堺は、綾が閉めた扉の音にはっとしてがばっと背後を振り返った。
そこで初めて、綾の存在に気づいた堺だった。
驚愕に見開いた表情で難しい顔つきで自分を睨みつける綾を見つめることしかできなかった。
まるで親の仇でも見るような鋭い瞳。
しかし、堺が驚いている時間など一哉は与えなかった。与えるはずもなかった。

「…ぁ…」
「少しは、周囲にも気を配ったらどうですか?」

ひらひらと写真を翳して見せる一哉に、舞うそれを確認した堺は目をこれでもかと見開き、大きく開いた口は戦慄き意味のない言葉を羅列するばかりだった。

 

2008

0601

Vizard (63)



長らく間を空けていた義弟の顔を見て、兄は顔を盛大に顰めた。
しばらく義兄にまかせきりだったことに対する罪悪感など微塵も感じさせない飄々とした表情で、昨日までそこにいたかのような顔で立つ。
いや、以前よりも憑き物が落ちたかのようなすっきりとした表情に見えるのは気のせいだろうかと首を捻りたくもなった。
毎日のように何度となくいない者の所在を尋ねてきた主は、安堵に満ちた表情を浮かべていた。
文句の一つでも言いたくなった男だったが、主の手前憚られた。

口惜しげな表情で唇を噛むのは、何も宗司だけではなかった。
明らかに敵意の篭った視線を向けられていることに一哉は気づいていた。
それをものともしない態度で受け止めるからこそ、尚更に男の苛立ちに拍車をかけることになっていると一哉は気づいていながら、底意地悪く気づかない振りをしていた。
綾の満足そうな表情と本来の常識から考えるならば許されざる勝手な行動をした一哉にそんな身内の不始末に何も口を出さない宗司に堺は忌々しげに舌打ちをした。
その音は彼自身が思っていたよりも大きくなり、他の者の耳にも届いた。
ぴくりと眉が反射的に動き、それまでの表情から不快な表情へと変化させた綾とものともしない表情の一哉と宗司。

宗司の心のうちは分からないが、少なくとも一哉は間抜けな男を胸のうちではあざ笑っていた。
それは、知らず知らずのうちに一哉自身を取り巻く空気に影響を与えていたかもしれない。
得てして、人は敏感になっているとどんな些細なことでも気づくというものである。
今の堺は敏感になった状態だ。この何年かにおいて、蓄積した被害妄想のようなものも手伝って尚のこと敏感にそれを感じ取っていた。

耐え難い屈辱感を味わう。
プライドの高い男にそれは、我慢できないものだったに違いない。





一哉が学校から帰ってきて室内で着替えを済ませているとノックの音もなく突如部屋の扉が大きな音をたてて開く。
既にこの屋敷にきてから、ノックの音もなしの部屋の扉が開くこと数回。もう慣れている。動じる必要もない。
個人のプライバシーなどあってないようなものだ。
さして動じる様子も見せることなく、扉に背を向ける形で着替えをしていた一哉は顔だけを後ろに向けて扉付近に立っているだろう人物を確認した。
往々にして、いつもノックもなしに部屋の扉を開けるのは、彼女と決まっていたが、今日はドアに立っていたのが綾ではなく、彼女の夫である堺であったため、多少驚きはした。
驚いてはいても顔にも、態度にも全く見せないところが彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。
一度、確認するために後ろに向けた顔を真っ直ぐに前に戻すと、着替えを再開した。
直接の一哉の主は綾であるが、まかりなりにも堺も彼からすれば主にあたると言えばあたる。
だが、そんな堺に対する態度としてはあまりに慇懃無礼な態度だった。

「何か御用ですか?」

相手も見ずに尋ねる一哉に侮辱されているように感じ憤りを募らせる堺。
背中に相手の放つ負のオーラをこれでもかというほどに感じながらも一哉は相手からは見えない顔に薄ら笑いを浮かべた。

「着替えている途中ですので、少々お待ちください」
「…っぐ…貴様」

地を這うような声にくつくつと喉の奥で笑った。

「せっかちな人ですね」

のんびりとした口調で、素肌にシャツを羽織り、手を通しながら振り返る。
相手の神経を逆撫でにすることをわかっていて―。
実に愉しそうに――
悠然とした、さらに苛立ちを煽るようなゆっくりとした動きでシャツのボタンを止めると相手の顔に目を合わせ、にっこりと憤りと覚えているときに見せられたら業腹なこと間違いなしの満点の笑みを浮かべた。
案の定、堺の頬がぴくりと動き、引きつれたように筋肉が動く。

「さて、ご用件は?ノックもなしに入ってくるぐらいですから、それはそれは重大なことでしょうね」

裏を返せば、くだらない用だったらただではおかないぞという意味を籠めて―。
ぎりっと唇をかみ合わせる堺。
とはいえ、ほとんどやられっぱなしで納得しているような男ではない。
相手が自分より年下で、己よりも劣っていると思っている相手になら尚の事。

「その余裕がいつまで持つか見ものだな…」

小さく呟くように堺の口が動いた。
いつの間にか、堺よりも上背がある体つきになった一哉は、上から相手を見下ろしながら、目を眇めた。

―一体、何を企んでるのだか…。

「用件は何でしょうか?さっさと済ませていただきたいのですがね。直にお嬢様もお帰りになられることですし…」

一哉が仄めかした綾の存在に、堺が渋面を刻んだ。
自分が掴んできた証拠をびりびりに破られて燃やされた苦い記憶が呼び起こされる。
己が何をしようとも綾に守られているという驕った目の前にいる年若い男が腹立たしい。

「…いつまでもその…」
「御託は結構です」

悔しげに歯軋りをしながら何かを言おうとした男に、顔から笑みを消失させてぴしゃりと言い放つ。

「そんな言葉ばかり並べてると余計惨めに映りますよ。さっさと用件を済ませてください」
「っく…ふん。いい気になって」

言われっぱなしでは、腹の虫が収まらないのか男は、最後に悔し紛れに言葉を漏らすと一度は綾にびりびりにされたものを一哉に突き出した。
突き出されたものに、「おや?」とわざとらしく片眉を吊り上げて見せた。
差し出されたものを受け取り、ひたすらに文字が羅列されているそれにざっと目を通した。
余裕を見せているその顔が、どのように―そして、無様に変化していくかを楽しみにし、瞬きも忘れて紙面に目を落とす一哉の顔を見ていた堺だったが、その瞬間は終ぞ訪れることはなかった。

自分のことが書かれているものに目を通して、成程と心の中で嘯いた。
これを見て、綾があんなことを言ってきたのかと昨日に戻ってきたばかりの一哉の部屋を強襲するように訪れた綾の行動を思い出す。
全く、余計なことをするのが好きなようだと相手を胸のうちで罵った。

しかも、ご丁寧に一哉にまで報告してくるとは…。

―間抜けにも程がある。

「…くくっ…」

苦痛に顔をゆがめるどころか一哉の顔に浮かんだのは、嘲りを含んだ嘲笑だった。
期待していた表情に顔つきを変化させたのは、一哉ではなく、寧ろ己である堺の方だった。
一哉は手にしていたものをまるでゴミ、あるいは、汚いものを掴むかのように人差し指と親指で摘むように持つと軽く動かして見せた。
空気の干渉を受けてぴらぴらと薄い紙がぴらぴらという音とともに波打って見せる。

「あなたも本当に救えない人ですね…」

冷え冷えとした凍えるような声を発すると同時に紙が一哉の指を離れてひらひらと宙を舞いながら床に落ちた。
堺は、一哉の発した言葉も理解する前に、その落ちていく紙をただ見つめることしかできなかった。
紙は、床に落ちると同時にすかさず一哉の足によって踏まれ、ぐしゃりという音とともに不自然な皺が刻まれた。

「なっ…!?」

絶句する堺を余所に一哉は、冷酷な笑みを浮かべていた。





最早、取り繕う必要も隠す必要もない。
敵と見なされた男に待つのは…一体何であろうか……。

2008

0531

Vizard (62)




どれくらいそうしていたであろうか―。
いい加減焦れたのは、一哉だった。

「用は?」

誰の目もない己の部屋の中では、素っ気無い態度であるのはいつもと同じ。
じっと見つめていた綾から顔を背けた後、立ち上がる。

自分から外された視線、立ち上がった一哉にはっとして慌てる綾。
また、このままどこかに去っていってしまう。いなくなってしまうと慌てた。

「ま…、待って」

呼び止める声にゆっくりと振り返る。
2人の視線が絡み合う。

「あの男が持ってきた資料にあったの…」

急に語られはじめた言葉。
しかし、一哉には綾が何を伝えようとしているのか要領を得ない。
怪訝な顔つきになり、眉間に皺がよる。

「お金貰ってたの?」

上目遣いに見つめてくる瞳は、縋るような瞳だった。

否定して欲しい―。
違うと言って欲しい―。
信じたくない―。

綾の心の表れだった。

過去の一哉が行ってきた行為―堺が口にした“男娼”という言葉がぴったりと形容するものだ。
綾は決してその言葉を口にはしたくなくて、してしまえば認めてしまうようで、その言葉を使わないように注意した。
しかし、結局のところ同じことであることに違いはないのだが…。

一部だけを伝えてくるような言葉は、一哉には理解ができない。

「金?」
「…女の人からお金貰ってたの?」

『女』、『金』というキーワードで漸く理解したのだった。
綾が何を言わんとしているかを…。

そして、隠しているつもりもなかったが、知られたのだと―。

女を抱く代わりに―欲を満たしてやる代わりに、金という見返りを受けていた自分に…。
汚いと思うだろうか。
軽蔑するだろうか。

縋るような揺れる瞳で見てくる彼女に、シニカルな笑みを浮かべた。
その一哉の表情の変化に綾が目を見開く。
それは歓喜へと変化するものではなく、寧ろ真逆への変化だった。

「それが、何か?」

過去を亡きものにはできない。
違うと否定することもできない。
それは、事実でしかないのだから。

金が必要だった。
何をするためにも―。生きていくためにも―。目的のためにも―。

顔では笑みを浮かべながらも一哉の拳が強く握られていたことに綾は気づかなかった。
肯定ともとれる言葉を口にした一哉にショックを受けている綾には、気づけるはずもなかった。

「そんな…」
「クビにするか?」

笑いながら―、まるで他人のことであるかのように自分の進退を口にする。
まるで、そうされることを望んでいるかのように見える一哉に綾はぐっと唇を噛み締めた。

「…しないわよ……」

小さく、腹の底から捻りだすように暗く淀んだ声だった。
どれだけ小さくとも、2人しかいないこの狭い空間で、他の音が存在しない中では、確りと一哉の耳にも届いた。
笑みをふっと消失させて綾に背を向ける一哉。

「そうか…」

落胆も喜びの色も含まない、ただの事務的な返事。
向けられた背に堪らず、綾は飛びついた。

どすっという音とともに背中にかかる重み、回される腕の温かさに一哉は、目を見開いた。ぎゅっと自分の体を掴む腕――
離すまいと籠められた強い力。
細い腕がもたらす力、温もりに一哉の心臓が大きく跳ねる。
振り払うことは簡単だろう。手を伸ばして少し力を入れるだけで、非力な手を離すことは、造作もないことだ。
そのために持ち上げたはずの手は、己へと纏わりつく細い腕を振り払う力は出なかった。代わりに一哉に出来たことはと言えば、持ち上げた手を重ねることだけだった。

綾は、一哉の男にしては細い指が自分の腕に触れたとき、以前の振り払われた光景を思い出して一瞬、身を固くした。
しかし、綾に身を切るような寂しさと切なさを与える感覚はいつまで経っても訪れなかった。
ただ、布越しに肌に触れる指先は優しかった。
出会った当初は、自分とほぼ変わらない背丈で細く、頼りない印象しかなかったはずなのに、今では大きく成長し、肩幅も広くなった。
5年という月日は、綾の予想をはるかに超えて大きかった。それは、綾自身に限ったことではないはずだ――
回した腕に力を入れて、広い背中に顔を寄せて目を閉じる。
ただ、それだけのことなのに目頭が熱くなってくる。

触れ合っている部分がじわりと熱を持つ。それは、どんどんと熱をもっていくようだった。
背を向けたまま、振りほどくこともできずに瞳を閉じた。
少し、ほんの少し力を入れるだけでいいのに…。



――できない。



――したくない。



「他の何もいらないわ…。一哉だけ…、他の誰に見捨てられてもいい。…一哉にだけは傍にいて欲しいの…お願い。離れていかないで……」



細腕に触れる指に力を入れて掴んだ。 
ぐいっと身体を掴むと身体を反転させた。
強い力に驚き、閉じていた目をぱっと見開いた綾だったが、自分へと絡みつく強い腕の力に何も考えられなくなった。
驚くこともできなかった。
ただ、頭の中が真っ白で、折れそうなほど強い力で抱きすくめられていることを悟ると呆然と開いていた瞳は、やがて溢れてきた大粒の涙によって何も映さなくなった。
近くの一哉の顔すらも。
ただぼやけた視界で、瞬きすることも忘れて―。

身体中が歓喜する。
それを、体感する以外何もできなかった。

「か……や」

掠れた声は、上手く音にはならず、か細く揺れた声で自分を抱きすくめる男の名を呼ぶ。


ほとんど衝動的だったと言ってもいい。
離さなければと思って離したくないと思ったら、次の瞬間身体が勝手に動いていた。



「…馬鹿だよ…綾さん……」


半笑いで紡がれる言葉は、ひどく優しかった。甘かった。
いつぶりだろうか―。
その声が、唇が己の名を紡いだのは…。

閉じた瞳からぼろりと涙が零れ、頬を伝い落ちる。
抱き返す腕に力を入れた。同じ―いや、自分を抱きしめる相手の以上の力を入れて……。

ただ、誰の邪魔も入らないこの空間で、今だけは離れまい―離すまいとどちらからともなく、互いに苦しくなるほどの力を込めて――


 

2008

0530

Vizard (61)




「これで、文句ないでしょ?」

手渡された数枚の写真を確認する一哉に女は、疲れた表情で煙草を口に銜えて椅子の背もたれに背を預ける女。
疲れが顔だけでなく、声にも現れている。
一哉は、女の言葉は適当に聞き流しつつ、満足げに手にした写真を全て確認した後、笑って見せた。
にやりとした笑いは、人を安心させるようなものではなく、寧ろ危険を察知させるような凶悪な匂いのする笑み。

「あんたのそんな顔見たら、卒倒する女がどれだけいることか」

煙草を吹かしながら横目で一哉を見ていた女が忠告するように言うと一哉は、写真から顔をあげて女を見つめきょとんとした瞳で見つめ返した後、笑い返した。
いつもと変わらない穏やかな笑みのはずなのに、そちらの方がうそ臭く見えるから不思議だ。
げんなりとした表情をして、女は一哉から顔を逸らした。

「ご苦労様」
「礼なんて何の足しにもなりゃしないわよ」

女の身も蓋もない言い方に苦笑を浮かべた。
ふっと女から視線を写真へと戻して数枚捲って一度は確認した筈の写真をもう一度確認しながら、妙に間延びした声で尋ねる。

「ふぅん。いくら」
「50」

即答した女の声に一哉は、視線だけを写真からあげて女の顔を見た。
女は、変わった様子を見せることもなく一哉を見ることもなく、己の吐き出す煙草の煙で輪を作ったりしながら、遊んでいる。

「吹っかけすぎじゃない?…まぁ、払うけどさ」
「労働に対する対価よ。高いって言うなら、一晩で手を打ってあげなくもないわよ?」
「だから、払うって言ってるだろ」

下卑た笑いを口許に浮かべ、流し目を寄越しながらそう口にする女から一哉は、視線を写真に戻しながらうんざりとした様子を隠しもしなかった。

「つまんなーい」
「そんなの知るかよ」
「あーあ、すっかりお嬢ちゃんに毒気抜かれちゃってまぁ」

からかいをたっぷりと含んだ女の言葉にも一哉は無関心を装って写真を眺め続けた。
反応を示さない一哉を女はつまらなさそうな瞳で見ていたが、すぐに銜えていた今にも灰が落ちそうな煙草を乱暴に灰皿に押し付けると火を消して、椅子から立ち上がると大きく伸びをする。

「寝るとするか…。んじゃ、居候。店番よろしく」

一哉に背を向けながら手を振ると奥の部屋の扉を開ける。
その扉の向こうは居住スペースになっている。
奥の部屋へ入っていく女の背中に呆れた視線を送る。

「店番くらい雇えよ」
「そんなお金あったら飲み代に使うわ」

軽く笑いながら答えると女は部屋の扉を閉めて、一哉の視界から姿を消した。
そんな女の態度も彼女を良く知る一哉からしてみれば、普通のことなので、苦笑を浮かべただけで、すぐに彼女のことなど頭から追い出して、ここ数週間の一哉の根城となっているこの空間に置いてもらう代わりに女から要求されていることを全うするために、立ち上がり、写真の整理をし始めた。

奥に消えた女と良くとは言わないが己も知る男―堺が裸で同衾している写真を――
絶妙なアングルで女の顔は分からないが女のそれを知る一哉にはそれが女のものだとわかる。
一方、堺の顔ははっきりと認識できる。言い訳ができないほどに―。

一哉が金と引き換えに女に命じて撮らせたものだった。





「…眠っ」

大きく欠伸をした拍子に、生理的な涙が目尻に浮かぶ。
腕時計を確認すると昼の3時を回っていた。
砂利を踏む足が止まる。
探偵業を営む女の事務所兼住居を根城にしていた一哉だったが、十分満足のいくものが得られ、そこに留まる理由もなくなったため、本来の自分の住居である水原の屋敷に帰り、その敷地内を歩いてた。
着替えに数度帰ってくることはあっても、ほんの数分だけだった。
久しぶりと形容するのが正しいか。
見慣れた景色が懐かしさを催させる。
とは言っても、これからは今までの生活に戻るつもりだったので、その懐かしさも一過性のものでしか過ぎないに違いない。
もう一度、欠伸をした後に目を擦り、使用人用の勝手口から屋内に入る。
迷うことなく、わき目も振らずに自分に割り当てられた部屋へと入ると机の上に手にしていたものを無造作に投げると、どさりとベッドに座る。
そのまま背を倒すと、ベッドのスプリングが大きく弾みながら一哉の体を受け止めた。
同時に舞い上がる埃。
一哉は気にも止めずに瞳を閉じた。
丸一日以上寝ていなかった彼に、すぐに睡魔は訪れてくる。
後、少しで意識を手放せるというところで、彼は第三者による妨害を受けた。

それは、どたどたっとこの屋敷に似つかわしくない慌しい足音。
乱暴な音に、一哉はゆっくりと瞼を持ち上げた。
その足音が、部屋へと近づいてきて、止まったと思った次の瞬間、大きな音を立てて開いた。
緩慢な動作で顔をそちらに向けて、体を起こすと誰かに一哉が帰ってきたことを聞いたのだろう綾の姿があった。
よほど慌てて飛んできたに違いない。勢いよく開けた扉のドアノブを掴んだまま、肩で息をして、身を起こした一哉の顔を食い入るように見つめる。
どこか信じられないものを見るかのような見開かれた双眸。
妙な違和感を覚えたのは一哉の気のせいか…。
いつまで経っても中へと入ってこようとしない綾に怪訝な表情をしているとたまたま彼の部屋の前の廊下を通りかかった他の使用人であろう者が綾に声をかけるのが聞こえた。

「お嬢様、いらっしゃいましたか?」
「ぁ・・・え、ええ。ありがとう」

その声に背中を押されるようにして綾が室内に入ってくる。
一哉は、その行動を何も言わずにただ黙って見ていた。
綾が部屋に入ってきて彼に近づいてくる間も何ひとつ口を開くことはなかった。
正確に言うならば、口を開くことは憚られた。
彼女が何かを思いつめたような厳しい表情をしていたから…。

一方の綾も聞きたいこと言いたいことは山ほどあったはずなのに、いざ目の前にすると何を口にすればいいか分からずにただ、緊張した面持ちで見つめることしかできなかった。
口を開いては閉じるという行為を何度となく繰り返す。
べっどに体を起こした状態の一哉は、立ったまま目の前に立ちふさがるようにして立つ綾を自然と見上げる形になり、何かを告げようとしては躊躇っている綾をじっと見つめ続けた。

自分が手にしてきたものを見せたら、彼女はどう思うだろうか―。どんな顔をするだろうか―。

そんなことを思いながらただ、見つめていた。

自分がしようとしていることは、ただの自己満足でしかないかもしれない。

幸せになって欲しいと願いながら、自分の行動を正当化するその言葉を免罪符代わりにしながら、実は、女が口にしたように彼女の幸せどころかそれをぶち壊すものにしかならないかもしれない…。
今、あるべき形が自然なものなのに、堺の不貞を彼女に見せ付けて、壊してしまう―否、壊してしまいたいだけなのかもしれない。
結局のところ。欲しいものが手に入らずに駄々をこねる子供と一緒なのかもしれないと思った――

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