更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (61)
「これで、文句ないでしょ?」
手渡された数枚の写真を確認する一哉に女は、疲れた表情で煙草を口に銜えて椅子の背もたれに背を預ける女。
疲れが顔だけでなく、声にも現れている。
一哉は、女の言葉は適当に聞き流しつつ、満足げに手にした写真を全て確認した後、笑って見せた。
にやりとした笑いは、人を安心させるようなものではなく、寧ろ危険を察知させるような凶悪な匂いのする笑み。
「あんたのそんな顔見たら、卒倒する女がどれだけいることか」
煙草を吹かしながら横目で一哉を見ていた女が忠告するように言うと一哉は、写真から顔をあげて女を見つめきょとんとした瞳で見つめ返した後、笑い返した。
いつもと変わらない穏やかな笑みのはずなのに、そちらの方がうそ臭く見えるから不思議だ。
げんなりとした表情をして、女は一哉から顔を逸らした。
「ご苦労様」
「礼なんて何の足しにもなりゃしないわよ」
女の身も蓋もない言い方に苦笑を浮かべた。
ふっと女から視線を写真へと戻して数枚捲って一度は確認した筈の写真をもう一度確認しながら、妙に間延びした声で尋ねる。
「ふぅん。いくら」
「50」
即答した女の声に一哉は、視線だけを写真からあげて女の顔を見た。
女は、変わった様子を見せることもなく一哉を見ることもなく、己の吐き出す煙草の煙で輪を作ったりしながら、遊んでいる。
「吹っかけすぎじゃない?…まぁ、払うけどさ」
「労働に対する対価よ。高いって言うなら、一晩で手を打ってあげなくもないわよ?」
「だから、払うって言ってるだろ」
下卑た笑いを口許に浮かべ、流し目を寄越しながらそう口にする女から一哉は、視線を写真に戻しながらうんざりとした様子を隠しもしなかった。
「つまんなーい」
「そんなの知るかよ」
「あーあ、すっかりお嬢ちゃんに毒気抜かれちゃってまぁ」
からかいをたっぷりと含んだ女の言葉にも一哉は無関心を装って写真を眺め続けた。
反応を示さない一哉を女はつまらなさそうな瞳で見ていたが、すぐに銜えていた今にも灰が落ちそうな煙草を乱暴に灰皿に押し付けると火を消して、椅子から立ち上がると大きく伸びをする。
「寝るとするか…。んじゃ、居候。店番よろしく」
一哉に背を向けながら手を振ると奥の部屋の扉を開ける。
その扉の向こうは居住スペースになっている。
奥の部屋へ入っていく女の背中に呆れた視線を送る。
「店番くらい雇えよ」
「そんなお金あったら飲み代に使うわ」
軽く笑いながら答えると女は部屋の扉を閉めて、一哉の視界から姿を消した。
そんな女の態度も彼女を良く知る一哉からしてみれば、普通のことなので、苦笑を浮かべただけで、すぐに彼女のことなど頭から追い出して、ここ数週間の一哉の根城となっているこの空間に置いてもらう代わりに女から要求されていることを全うするために、立ち上がり、写真の整理をし始めた。
奥に消えた女と良くとは言わないが己も知る男―堺が裸で同衾している写真を――。
絶妙なアングルで女の顔は分からないが女のそれを知る一哉にはそれが女のものだとわかる。
一方、堺の顔ははっきりと認識できる。言い訳ができないほどに―。
一哉が金と引き換えに女に命じて撮らせたものだった。
「…眠っ」
大きく欠伸をした拍子に、生理的な涙が目尻に浮かぶ。
腕時計を確認すると昼の3時を回っていた。
砂利を踏む足が止まる。
探偵業を営む女の事務所兼住居を根城にしていた一哉だったが、十分満足のいくものが得られ、そこに留まる理由もなくなったため、本来の自分の住居である水原の屋敷に帰り、その敷地内を歩いてた。
着替えに数度帰ってくることはあっても、ほんの数分だけだった。
久しぶりと形容するのが正しいか。
見慣れた景色が懐かしさを催させる。
とは言っても、これからは今までの生活に戻るつもりだったので、その懐かしさも一過性のものでしか過ぎないに違いない。
もう一度、欠伸をした後に目を擦り、使用人用の勝手口から屋内に入る。
迷うことなく、わき目も振らずに自分に割り当てられた部屋へと入ると机の上に手にしていたものを無造作に投げると、どさりとベッドに座る。
そのまま背を倒すと、ベッドのスプリングが大きく弾みながら一哉の体を受け止めた。
同時に舞い上がる埃。
一哉は気にも止めずに瞳を閉じた。
丸一日以上寝ていなかった彼に、すぐに睡魔は訪れてくる。
後、少しで意識を手放せるというところで、彼は第三者による妨害を受けた。
それは、どたどたっとこの屋敷に似つかわしくない慌しい足音。
乱暴な音に、一哉はゆっくりと瞼を持ち上げた。
その足音が、部屋へと近づいてきて、止まったと思った次の瞬間、大きな音を立てて開いた。
緩慢な動作で顔をそちらに向けて、体を起こすと誰かに一哉が帰ってきたことを聞いたのだろう綾の姿があった。
よほど慌てて飛んできたに違いない。勢いよく開けた扉のドアノブを掴んだまま、肩で息をして、身を起こした一哉の顔を食い入るように見つめる。
どこか信じられないものを見るかのような見開かれた双眸。
妙な違和感を覚えたのは一哉の気のせいか…。
いつまで経っても中へと入ってこようとしない綾に怪訝な表情をしているとたまたま彼の部屋の前の廊下を通りかかった他の使用人であろう者が綾に声をかけるのが聞こえた。
「お嬢様、いらっしゃいましたか?」
「ぁ・・・え、ええ。ありがとう」
その声に背中を押されるようにして綾が室内に入ってくる。
一哉は、その行動を何も言わずにただ黙って見ていた。
綾が部屋に入ってきて彼に近づいてくる間も何ひとつ口を開くことはなかった。
正確に言うならば、口を開くことは憚られた。
彼女が何かを思いつめたような厳しい表情をしていたから…。
一方の綾も聞きたいこと言いたいことは山ほどあったはずなのに、いざ目の前にすると何を口にすればいいか分からずにただ、緊張した面持ちで見つめることしかできなかった。
口を開いては閉じるという行為を何度となく繰り返す。
べっどに体を起こした状態の一哉は、立ったまま目の前に立ちふさがるようにして立つ綾を自然と見上げる形になり、何かを告げようとしては躊躇っている綾をじっと見つめ続けた。
自分が手にしてきたものを見せたら、彼女はどう思うだろうか―。どんな顔をするだろうか―。
そんなことを思いながらただ、見つめていた。
自分がしようとしていることは、ただの自己満足でしかないかもしれない。
幸せになって欲しいと願いながら、自分の行動を正当化するその言葉を免罪符代わりにしながら、実は、女が口にしたように彼女の幸せどころかそれをぶち壊すものにしかならないかもしれない…。
今、あるべき形が自然なものなのに、堺の不貞を彼女に見せ付けて、壊してしまう―否、壊してしまいたいだけなのかもしれない。
結局のところ。欲しいものが手に入らずに駄々をこねる子供と一緒なのかもしれないと思った――。
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