更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (63)
長らく間を空けていた義弟の顔を見て、兄は顔を盛大に顰めた。
しばらく義兄にまかせきりだったことに対する罪悪感など微塵も感じさせない飄々とした表情で、昨日までそこにいたかのような顔で立つ。
いや、以前よりも憑き物が落ちたかのようなすっきりとした表情に見えるのは気のせいだろうかと首を捻りたくもなった。
毎日のように何度となくいない者の所在を尋ねてきた主は、安堵に満ちた表情を浮かべていた。
文句の一つでも言いたくなった男だったが、主の手前憚られた。
口惜しげな表情で唇を噛むのは、何も宗司だけではなかった。
明らかに敵意の篭った視線を向けられていることに一哉は気づいていた。
それをものともしない態度で受け止めるからこそ、尚更に男の苛立ちに拍車をかけることになっていると一哉は気づいていながら、底意地悪く気づかない振りをしていた。
綾の満足そうな表情と本来の常識から考えるならば許されざる勝手な行動をした一哉にそんな身内の不始末に何も口を出さない宗司に堺は忌々しげに舌打ちをした。
その音は彼自身が思っていたよりも大きくなり、他の者の耳にも届いた。
ぴくりと眉が反射的に動き、それまでの表情から不快な表情へと変化させた綾とものともしない表情の一哉と宗司。
宗司の心のうちは分からないが、少なくとも一哉は間抜けな男を胸のうちではあざ笑っていた。
それは、知らず知らずのうちに一哉自身を取り巻く空気に影響を与えていたかもしれない。
得てして、人は敏感になっているとどんな些細なことでも気づくというものである。
今の堺は敏感になった状態だ。この何年かにおいて、蓄積した被害妄想のようなものも手伝って尚のこと敏感にそれを感じ取っていた。
耐え難い屈辱感を味わう。
プライドの高い男にそれは、我慢できないものだったに違いない。
一哉が学校から帰ってきて室内で着替えを済ませているとノックの音もなく突如部屋の扉が大きな音をたてて開く。
既にこの屋敷にきてから、ノックの音もなしの部屋の扉が開くこと数回。もう慣れている。動じる必要もない。
個人のプライバシーなどあってないようなものだ。
さして動じる様子も見せることなく、扉に背を向ける形で着替えをしていた一哉は顔だけを後ろに向けて扉付近に立っているだろう人物を確認した。
往々にして、いつもノックもなしに部屋の扉を開けるのは、彼女と決まっていたが、今日はドアに立っていたのが綾ではなく、彼女の夫である堺であったため、多少驚きはした。
驚いてはいても顔にも、態度にも全く見せないところが彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。
一度、確認するために後ろに向けた顔を真っ直ぐに前に戻すと、着替えを再開した。
直接の一哉の主は綾であるが、まかりなりにも堺も彼からすれば主にあたると言えばあたる。
だが、そんな堺に対する態度としてはあまりに慇懃無礼な態度だった。
「何か御用ですか?」
相手も見ずに尋ねる一哉に侮辱されているように感じ憤りを募らせる堺。
背中に相手の放つ負のオーラをこれでもかというほどに感じながらも一哉は相手からは見えない顔に薄ら笑いを浮かべた。
「着替えている途中ですので、少々お待ちください」
「…っぐ…貴様」
地を這うような声にくつくつと喉の奥で笑った。
「せっかちな人ですね」
のんびりとした口調で、素肌にシャツを羽織り、手を通しながら振り返る。
相手の神経を逆撫でにすることをわかっていて―。
実に愉しそうに――。
悠然とした、さらに苛立ちを煽るようなゆっくりとした動きでシャツのボタンを止めると相手の顔に目を合わせ、にっこりと憤りと覚えているときに見せられたら業腹なこと間違いなしの満点の笑みを浮かべた。
案の定、堺の頬がぴくりと動き、引きつれたように筋肉が動く。
「さて、ご用件は?ノックもなしに入ってくるぐらいですから、それはそれは重大なことでしょうね」
裏を返せば、くだらない用だったらただではおかないぞという意味を籠めて―。
ぎりっと唇をかみ合わせる堺。
とはいえ、ほとんどやられっぱなしで納得しているような男ではない。
相手が自分より年下で、己よりも劣っていると思っている相手になら尚の事。
「その余裕がいつまで持つか見ものだな…」
小さく呟くように堺の口が動いた。
いつの間にか、堺よりも上背がある体つきになった一哉は、上から相手を見下ろしながら、目を眇めた。
―一体、何を企んでるのだか…。
「用件は何でしょうか?さっさと済ませていただきたいのですがね。直にお嬢様もお帰りになられることですし…」
一哉が仄めかした綾の存在に、堺が渋面を刻んだ。
自分が掴んできた証拠をびりびりに破られて燃やされた苦い記憶が呼び起こされる。
己が何をしようとも綾に守られているという驕った目の前にいる年若い男が腹立たしい。
「…いつまでもその…」
「御託は結構です」
悔しげに歯軋りをしながら何かを言おうとした男に、顔から笑みを消失させてぴしゃりと言い放つ。
「そんな言葉ばかり並べてると余計惨めに映りますよ。さっさと用件を済ませてください」
「っく…ふん。いい気になって」
言われっぱなしでは、腹の虫が収まらないのか男は、最後に悔し紛れに言葉を漏らすと一度は綾にびりびりにされたものを一哉に突き出した。
突き出されたものに、「おや?」とわざとらしく片眉を吊り上げて見せた。
差し出されたものを受け取り、ひたすらに文字が羅列されているそれにざっと目を通した。
余裕を見せているその顔が、どのように―そして、無様に変化していくかを楽しみにし、瞬きも忘れて紙面に目を落とす一哉の顔を見ていた堺だったが、その瞬間は終ぞ訪れることはなかった。
自分のことが書かれているものに目を通して、成程と心の中で嘯いた。
これを見て、綾があんなことを言ってきたのかと昨日に戻ってきたばかりの一哉の部屋を強襲するように訪れた綾の行動を思い出す。
全く、余計なことをするのが好きなようだと相手を胸のうちで罵った。
しかも、ご丁寧に一哉にまで報告してくるとは…。
―間抜けにも程がある。
「…くくっ…」
苦痛に顔をゆがめるどころか一哉の顔に浮かんだのは、嘲りを含んだ嘲笑だった。
期待していた表情に顔つきを変化させたのは、一哉ではなく、寧ろ己である堺の方だった。
一哉は手にしていたものをまるでゴミ、あるいは、汚いものを掴むかのように人差し指と親指で摘むように持つと軽く動かして見せた。
空気の干渉を受けてぴらぴらと薄い紙がぴらぴらという音とともに波打って見せる。
「あなたも本当に救えない人ですね…」
冷え冷えとした凍えるような声を発すると同時に紙が一哉の指を離れてひらひらと宙を舞いながら床に落ちた。
堺は、一哉の発した言葉も理解する前に、その落ちていく紙をただ見つめることしかできなかった。
紙は、床に落ちると同時にすかさず一哉の足によって踏まれ、ぐしゃりという音とともに不自然な皺が刻まれた。
「なっ…!?」
絶句する堺を余所に一哉は、冷酷な笑みを浮かべていた。
最早、取り繕う必要も隠す必要もない。
敵と見なされた男に待つのは…一体何であろうか……。
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