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2026

0206
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2008

0701

Vizard (64)




いつもなら外で待つ自分へと駆け寄ってくることもないのに―。
そんなにアレが戻ってきたことが嬉しいのかと悔しさを覚えて人知れず、隠すように拳を握った宗司だった。
だが、そんな思いも綾には届くことはない。

「早く帰りましょ」

と言われれば「分かりました」と頷くことしかできない。
悔しさと憤りを覚えても仕方のないことだ。無用の長物にしかならない―。
一日前とは打って変わって弾んだ様子を見せる彼女の願いをかなえるべく、アクセル踏むことしか宗司にはできなかった。
屋敷へと送り届けた後も、宗司が運転席から降りて扉を開ける時間も惜しかったのだろうか。自分で後部座席のドアを開けるとそのまま屋敷の中へと入っていってしまった。
遠ざかる綾の後姿にやりきれなさを隠せない宗司の落胆のため息が届くことはなかった。

出迎える使用人への挨拶もおざなりに、綾は真っ直ぐにある部屋へと足を向けていた。
しかし、彼女が向かおうとした部屋はまるで通りかかる人を誘うかのように扉が開けっ放しになっていた。
開いたままの扉を認めた瞬間に、綾は怪訝な顔つきになり、眉間に皺を寄せた。
嫌な予感のようなものを綾は咄嗟に感じた。
また、いなくなっていたら―。
そんな筈はないと言い聞かせながら…。
急ぎ足で扉に近づいて部屋の中を確認した綾は、その空間でにらみ合う―綾の立ち位置からは自分に背を向ける男の顔は確認できなかったが、はっきりと愛しくてならない存在―一哉の顔だけは確認できた。

ひらひらと舞い落ちる紙を足で踏みつけて、もう二度とあんな冷たい瞳で見られたくないと思うような冷酷な色を宿した瞳で自分ではなく、自分に背を向ける堺に向かって身も凍りそうなほど冷え冷えとした声音に意志を載せる。

「あなたも本当に救えない人ですね…」
「なっ…!?」

絶句して身を屈める堺。
目の前の男が、堺であると綾が認識したのは男の声を聞いたときだった。
夕方とは言え、何故こんなに早い時刻からここにいるのかと綾は、本来はここにいるはずのない人物の姿に危ぶんだ。
そして、暗い一面を隠すことなく見せ付けるような言動をする一哉にも…。
しかし、綾がそれを問うことはできなかった。

一哉は、途中から綾が入ってきたことに気づいていた。
一方の堺は、完全に冷静さを欠いていて背後の様子まで気に留めていられるほどの余裕は持ち合わせていなかった。
彼の一番の注意は、一哉によって踏みつけられ、ぐしゃりと不自然な皺を刻んでいる紙だった。
たとえ、気づいていたとしても綾に対して上手くこの場を乗り切ることができたかどうかは定かではないが…。

「わざわざ、事前に報告してくれるなんて愚行の極みとしか言いようがありませんね」

くすくす笑う一哉。

「こういうことは本人の預かり知らぬところで動くから最大限の効果を発揮するんですよ?知りませんでしたか?」
「貴様…。まだ立場が分かっていないようだな…。このことを私がお義父さんに知らせたら、お前のような薄汚い男娼風情は即刻排除される。そんな奴を排出し、あまつさえこの水原に仕えさせた草壁家とてただでは…」

男がぎりぎりっと歯軋りをしながらも自分に分があるというように勝ち誇ったように宣言する間も一哉はくつくつと笑い続け、終いには耐え切れなくなったかのように声をあげて笑いはじめた。
そんな一哉の様子を不自然に思うのは当然のことだろう。
ぴたりと黙って不思議なものでも見るかのように一哉を見つめる男に、笑い声混じりに告げた。

「草壁の家の人間がどうなろうと関係ない。寧ろ、感謝しますよ。どうぞお好きなように如何様にでも…いっそのこと二度と這い上がってなどこれないように地獄の底にでも徹底的に沈めてもらいたいものですけど」

とても身内に対する態度とは思えない一哉の様子に呆気にとられたようにぽかんと口をあけて見つめた。
それは、綾とて例外ではなかった。
暗く凄惨な表情は、見るものに恐怖という感情をありありと伝える。
知らず知らずのうちに背筋があわ立ち、一歩後ずさった。

「私のことも…できるものならやってみてください。ただし、やるからには、覚悟と責任を持てと忠告致します。自分だけが武器を手にしたと思わないで頂きたい」

そう宣言しながら一哉は堺から顔を背けながら机に近づき、無造作に置いてあったものを手にした。

「第一、文面だけの報告書など稚拙なところも甚だしい。証拠になりゃしない。確固たる証拠がなければ、人は信用しませんよ。旦那様ほどの人ならば尚のこと」

薄ら笑いとともに一哉は、告げると自分が手にした封書から持ち帰った写真を手に取って、もう一度確認して、口角を大きく持ち上げた。
一哉の手にしているものが写真らしきものではあると分かっても、それが一体何を写したものであるか知らない堺は、怪訝な目つきでそれを手にして満足気に笑う一哉を見ることしかできない。
一哉は、ふいっと顔をもう一度、堺のほうへと向ける。
一度は外れた視線がまた自分へと戻ってきたことに堺は、緊張を覚え、自然と体を強張らせたが、すぐに2つの目が自分を見ていないことに気づき眉間に皺を寄せた。
一哉は、堺の方へと向けた顔で、さらに彼の後ろにいた綾を見ていた。
自分が見つめられていることに気づいた綾は、ごくりと喉を嚥下させた。

「扉を閉めてもらえますか?」

言われるままに一番ドアの近くにいた綾が扉を閉めた。
一方、動くことができなかった堺は、綾が閉めた扉の音にはっとしてがばっと背後を振り返った。
そこで初めて、綾の存在に気づいた堺だった。
驚愕に見開いた表情で難しい顔つきで自分を睨みつける綾を見つめることしかできなかった。
まるで親の仇でも見るような鋭い瞳。
しかし、堺が驚いている時間など一哉は与えなかった。与えるはずもなかった。

「…ぁ…」
「少しは、周囲にも気を配ったらどうですか?」

ひらひらと写真を翳して見せる一哉に、舞うそれを確認した堺は目をこれでもかと見開き、大きく開いた口は戦慄き意味のない言葉を羅列するばかりだった。

 

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