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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0322
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2008

0127

Vizard(15)




それは、一哉と綾が夏休みに入る前のこと。



綾は、婚約者である堺に連れられてオペラ鑑賞に来ていた。
しかし、上の空は相変わらずでほとんどまともに鑑賞などしていなかった。
横にいた堺は横目でそんな綾を何度も確認していた。
咎めるような堺の視線にも綾が気づくことはない。
舞台を見ていてもそこに居る人物は見ておらず、瞳はどこか虚ろ。
かと思えば下を向いて、手遊びをするように動かしていた指の動きを追いかけては、物憂げなため息をつく。
これでは、誘ってくれた堺にもそして、舞台の上で歌う声楽者にも失礼というもの―。

心ここにあらずといった綾を連れてオペラの公演が終了した後、堺は予約してあったフレンチレストランへと誘った。
そこでの綾も相変わらず。
全く堺の声には、耳も傾けず、これまでなら聞いていないにしろ適当に相槌を返していた筈の綾だったが、それすらもなかった。
堺の顔は、当然曇る。
男としてもプライドが傷つかないわけがなかった。

「どうしたんですか?心ここにあらずといった感じですね」

わざとらしく咳払いをした後、大きな声で堺が発した言葉は、その声の大きさに綾がはっとして顔をあげる。

「え…。な、何かしら?」

とは言っても男の言葉は聴いていなかったようで、とりあえず何かを言っていたということだけ分かったようだった。
もう一度、綾が確認すると堺は、顔を強張らせたまま眉尻をぴくぴくと動かした。
流石に男の表情を見て、一緒にいるはずの堺を置き去りにして自分の考えの中に埋もれていたことに気づく。

「…何を…いや、誰をと聞くべきですかな?」
「え?」

不快そうな表情を浮かべたまま言葉を口にする堺の顔を食い入るように見つめた。
動揺のせいかうまく取り繕うこともできなかった。

「僕といるのに、他の人間のことを考えるなんて許せないな…」

と睨みつけるように堺が言うと綾は顔を俯けた。
男は、綾の様子をじっと見つめながら眉を持ち上げる。

「…ごめんなさ…い」

小さく謝る綾に対して、大げさに息を吐き出してみせる。
しかし、別の人間のことを考えているという男の言葉には否定をしなかった。
謝罪はしても否定はしない綾にぐっと堺が顔を顰める。

「誰のことを考えているのか知りませんが、僕と居る時には、僕のことだけ考えてくださいね。綾さんと僕は、近い将来夫婦になるのですから」

釘をさすような言葉に綾は顔を俯けるだけだった。





そんなやり取りが堺と綾の間であった後、終業式を終えて、家に帰ってきた綾が外の不快な暑さとは無縁の冷房の効いた部屋でくつろいでいた時……。

玄関先に姿を見せた屋敷に住む当主の一人娘の婚約者の登場に来客を告げるベルの音に応対に出た使用人の1人は驚くと同時にいずれ屋敷の―そして、己の主人となる男にうやうやしく頭を下げた。

「これは、これは堺様。どうぞ…」
「急に来てしまって悪い」
「いえ、ただ今お嬢様をお呼び致しますので、客間でお待ちください」

使用人に案内されるままに屋敷の中を歩く。
いずれは自分のものになるものに目を光らせながら俄かに相好を崩した。
それは、欲にまみれた卑しい人間の瞳だった。

しかし、ここへ来た目的を思い出してその顔を引き下げた。
そして、己の前を歩く小さな使用人の背中を見た。

「いや、綾さんのところへは、自分で行くよ。それよりも綾さんのボディーガードの彼……草壁と言ったかな?彼を呼んでもらえるか?」
「草壁…ですか?」
「ああ。いるか?」
「屋敷の中にいることには、いますが」

一体、何故?

という問いの前に、堺は客間の高級なソファにどかりと不遜な態度で腰を下ろしながら足を組んで横に立って怪訝な顔つきをしている女のじろりと睨みつけるように見た。
女は、男の鋭い目に言葉をぐっと飲み込んだ。

「ここにくるように言ってくれ」
「か…かしこまりました」

がばっと音がしそうなほど勢いよく頭を下げるとぱたぱたとスリッパの音をさせながら客間を後にする。
下手な詮索は、しないほうがいいと長年使用人という立場にある彼女の勘が告げていた。
命じられたことを遂行するべく、屋敷にいる宗司のもとに急いだ。

屋敷の中に割り当てられた自分の狭い部屋でコーヒーカップを傾けていた宗司は、突如現れた顔馴染みの女に目を見開いた。

「堺様がお呼びです」

更に、女の言葉に宗司は怪訝に顔を顰めた。
手にしていたカップをソーサの上に置くと椅子から立ち上がり女に近寄る。

「堺様が?私に」
「ええ」
「何でしょう?」
「それは…」
「まぁ、いいです。どこにいらっしゃいますか?」
「客間でお待ちです」

足早に客間に向かった。
宗司が客間に入ると足を組んだまま横柄な態度でソファに座る堺を見つけた。
一瞬、眉間に皺が刻まれたがすぐに元の表情に戻す。
静かな足取りで堺の傍に近寄ると部屋に入ってきた宗司に気づきながらもある一点を見つめたまま見向きもしなかった。
宗司は、彼に近づくと黙ったまま頭を下げた。

「お呼びとお伺いいたしましたが…」

落ち着いた宗司の声に堺は視線を宗司に向けると詰まらないものを見るような目で宗司を見た。
顔をあげた宗司と堺の視線がかち合う。
伸びてきた腕にネクタイをぐいっと乱暴に掴まれる。
乱暴な扱いにも宗司は、眉ひとつ動かさなかった。
こんなところで驚いた表情を浮かべていては、この仕事は務まらない。

「一体、どうなっている?」

低い声。
不機嫌さを最大限に表した境の表情。

「どうなっていると申しますと?」
「何があった?」

と問われても宗司には答えようがない。
答えない宗司に苛立ったようにネクタイを掴む腕に力を入れて引き寄せる。

「何のことでしょうか」
「何のことだと?貴様…お前の仕事は何だ」
「…私の仕事はお嬢様の護衛でございますが」
「ふん、よくも偉そうな顔で言えたものだ」

乱暴に振舞われても顔色変えなかった男だが、堺の言葉に宗司の顔が怪訝に歪む。

偉そうなのはどっちか。
すっかり、主人気取りか…。

と瞳に鈍い光を宿らせた。

「だったら、それ相応の仕事をしてみせたらどうだ?」
「昨日、何かあったのでしょうか?」
「あったも何も、人の話も聞かずにずっと考え事をしていた。お前の仕事というのも怪しいものだ」

宗司は男の言葉を聞き流しながら心の中で舌打ちをする。

大体、貴様が悪いんだろうが…。
たかが16歳の小娘1人ひきつけて置けないぼんくらめ。

自分の仕事に落ち度はない。
何もなかったはずだ。
あるとしたら…。

自分の目の届かない―学校でのこと。
とくれば、原因はおのずと見えてくる。

あの憎らしい弟しかいない。

自分の仕事ならいざ知らず宗司の仕事まで影を落とすような真似をしてくれた一哉に宗司の心中は穏やかでない。
頭を下げながら「申し訳ありません」と言う。
フンと鼻で笑って、堺は立ち上がると部屋を出て行く。

「今日は、お前はこなくていい。役立たずなどこられても迷惑以外の何モノでもないからな。せいぜい理由でも調べてくるんだな」

吐き捨てるように言って部屋を出て行く堺だった。
宗司は、もう見ていない堺に向けて深く頭を下げると足音が遠ざかるまで顔を床に向けていた。

隠された顔は、怒りを秘めた表情だった。

「一哉…貴様……」

ぎりっと歯軋りをしながら、腹の底から搾り出すような声を出す。
握り締めた拳。
手のひらの皮膚に爪が食い込みどろりと血液が滴る。

一哉の所為で、自分の仕事ぶりまで評価を落とされることは冗談ではなかった。
腹の虫がうずいて収まらない。

そして、その矛先は当然、張本人である義弟の一哉に向く。

一哉の綾を守るという行為に落ち度はなかった。
あるとすれば、綾の思考を奪っているのが、一哉であるということだけだった。

 

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2008

0126

Vizard(14)
*少し、暴力的表現を含みます*




ずきずきとする痛みが襲う。
鈍い痛みを伝えるそれに一哉は、知らず知らずの内に顔を顰めた。
忌々しげに舌打ちをする。

一学期最後の日。
明日から、綾の護衛から解放されると一哉は、いつもより浮き足だっていた。
しかし今日も、学校帰りに絡まれた。
いつものように、ストレス発散とばかりに相手を挑発した後、一対多の殴る蹴るの喧嘩。
その内の1人の拳を思いっきり腹に受けたのだ。
意外なことにそれがかなり効いた。
それを貰った後は、かっとなった所為もあってかいつも以上に相手をぼろぼろ―いや、ぐちゃぐちゃにして帰ってきた。


*ここの間には暴力的に過激なシーンを含みますです。一応、隠しました。間に何があったか知りたい人は、文末にある“それでも読む?”の部分をクリックしてください*



時間が経てば痛みは引くだろうと思っていた一哉だったが、これが中々引いてくれない。
もう少しだけ時間がかかりそうだった。
そのことが一哉を苛立たせる。

それでも、家の門を通る前に、一度は歪められた顔を通常の涼しい顔に戻すのを忘れなかった。
知られてはいけない。
そう言い聞かせて、とても痛みなど―そして、喧嘩をしてきたことなど一切感じさせない一哉の姿。

静かに家の玄関を上げて靴を脱ぐ。

「遅かったな」

冷え冷えとした男の声がして一哉は顔をあげた。
険しい顔をした次兄・宗司だった。
珍しい…と思うよりも前に、こんな時間に何故いるのかと思うほうが先だった。
そして、険しい顔つきを怪訝に思った。

「申し訳ありません。それより、お早いで……」

一哉が言い切る前に宗司によって自分がたった今入ってきた扉に強く身体を打ち付けられる。
その拍子に、殴られた箇所が引き攣れるように痛んだ。

「貴様、お嬢様に何をしたっ?」

と問う声に一哉の眉間に皺がよる。

あの女。何か言ったのか……。

兄に一体どういうことだと聞き返そうとした一哉の耳にさらに兄から告げられる。

「貴様のことをえらく気にしていた。貴様が何かしたとしか思えん。吐けっ!何をした」

その家中に響き渡りそうな声に、異変を感じたのかこの家に住む唯一の女が顔を出す。

「一体何事かしら?宗司さん」
「いえ、何でもありませんよ。ちょっとね…」

笑いながら母親に答える宗司。
宗司の答えを聞きながら壁に押し付けられている細い身体の持ち主を見て、「ああ」と言う。
そして…。

「やり過ぎないようにしなさい」

と言って大きな背中を向けた。

クソババアめ…。

心の中で罵る。

「わかっております」

宗司の答えにも…。

このマザコン野郎が。

と悪態をついた。
全く…いい加減にして欲しいものだ。

「兄さんが何を言っているのかわかりかねますが」

ふわりと笑って一哉が答えると兄の顔は渋面になる。
ぎりっと歯軋りをする。

「何故、こんな時間にいるんですか?お嬢様の護衛はよろしいので?」
「今日は、堺様に要らないといわれたからいるだけだっ。貴様に心配される必要はない!いいか、忠告しておく。お前がお嬢様に余計なことをしたら、たとえ兄弟だろうともお前を海の藻屑にしてくれるっ!」

もとから兄弟などと思ってもいないくせに…。

一哉は心の中で兄の言葉を笑った。
そして、聡い一哉は、兄の不安にも気づいた。

自分の居場所を憎い弟に盗られることを恐れているのだ。

馬鹿馬鹿しい。
そんなものには、興味などない――。

だが、少し意趣返しという意味も込めてわざわざ口にはしない一哉。

「そうですか…。では、気をつけましょう」
「貴様は、自分の立場を弁えることだ」

ふんっと鼻息荒く一哉の身体を持ち上げて扉に叩きつける。
その強い痛みに眉間に皺を寄せる。
痛みに呻く一哉の顔を見て少しすっきりしたのか、荒々しい声は少し収まっていた。

「余計なことをするなよ」
「…わかっております……」

呻きながら答える。

「ふん…。新学期になるころは、貴様など用済みかもしれんがな。そう旦那様に忠告しておくことにしよう」

清々したように言う兄の言葉を聞きながら、ずるずると玄関に沈んだ。

「クソが…」

低い声は、誰の耳にも拾われなかった。
顔を顰めながら立ち上がるとついた埃を払い落としながら、部屋へと向かう一哉だった。

2008

0125

Vizard(13)



あれからずっと考えている自分がいることに綾は気づいていた。
そして、未だに途惑っていた。
何故、こんなにも落ち着かないのか。
そわそわしてしまうのか…。

頭から離れないのか。

最初は、あんなに頼りない、邪魔な、煩わしい存在としか認識していなかった彼を――。




自分のことなのに上手く説明がつけられない。言葉が見つからない。
自分が一番よく分からない。

宗司の運転する車の振動を全身で感じながら、流れていく景色に目を向けた。
気持ちのいいほど晴れた天気。
一学期の授業も残すところ後、少しとなり本格的な夏が訪れようとしていた。
赤信号で丁度止まった車から見上げた空に飛ぶ鳥を見て、何気なく思う。

羨ましい。
何も考えずに、何にも捉われずに自由に飛び回ることができて――。
自分とは、大違い。

それは、恵まれすぎたが故の欲か。
願いか。
それとも、受け入れながらも抗うことを望んでいるという心の表れか。

どちらにせよ。
綾がこの先一生、手に入れることのできないものだった。
それこそ、全てを捨てる覚悟がなければ…。

そんな覚悟は、彼女には無かった。

思わせぶりな溜息が、車のハンドルを握る宗司の耳にも届いたのか、彼はバックミラー越しに後部座席に座る綾を見た。
そして、窓の外を見ている憂いを含んだ彼女の表情を確認する。

「どうかなさいましたか。」

宗司の不審げな声に綾がはっとしたように目を見開き、顔を外から車内に向けた。
バックミラーにきつい宗司の視線が映っていた。
綾は、緩慢な動作で首を振った。

「別に…」
「そうですか…」

深くは問わない。
それは、一哉もこの片方だけ血の繋がった彼の兄も同じだった。
その点だけは……。

「何でもないわ…。もう少しで夏休みだなぁって思っただけ」
「そうですね…」

綾の言葉に耳を傾けながら、相槌を打つ。
それ以降、口を閉ざして顔を俯けた綾に怪訝に思ったのか眉間に皺を寄せる。
また一つ綾が溜息をついた。

夏休みがくれば、会うことはなくなる。
そうすれば、ちょっとは変わるのか――。
以前のように、彼を気にしなくなるのか――。

だが、会えなくなるのは…少し――。

と後少しでその単語を口に浮かべそうになったところで綾は、はっとした。
ぱっちりと目を見開き、瞬きを繰り返す。

私……今、何て思った?

自分に問い返しても、それは自分なのだからどこまで行っても答えは出ない。
出るはずも無い。

「お嬢様?」
「え…あ、な、何かしら?」
「ご気分でも悪くされましたか?」
「そ、そんなことはないわ」

宗司の訝しむ声に適当な返事を返しつつ、手をぎゅっと握り締めた。

おかしいわ…。
何で、何で……休みに入って会わなくなるからって――。


私が、寂しいなんて感じるなんて……。



ぶんぶんと首を振ってその考えを追い出す。
おかしい。おかしいのだ。
あんなあまつさえ、主を脅してくるような人物にそんな風に思うなんてどうかしている。
明らかに様子のおかしい綾を気にしつつも宗司は不審な視線を送るだけで、何も言わなかった。
そして、綾の気を逸らすかのように問いかける。

「夏休みに入ったら、堺様とどちらかへご旅行でも行かれては如何ですか?」

ぴくりと綾の身体が動いた。

「……そ、そうね」

と引きつった声で答える。
綾の様子にまずいことを言ったかもしれないと思った宗司だったが、もう遅い。

「申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」
「う、ううん。別に…それもちょっと考えてみる…」
「無理にとは、言いませんので。お嬢様のしたいようになさって下さい」

そう言うのがやっとだった。
だが、綾はそんな宗司の言葉など全く聞いていなかった。

考えていたのは、一哉のこと――。

「ね…ねぇ」
「何でございましょう?」
「休みに入ったら、一哉は?一哉はどうなるの…?」

と聞いてきた綾に宗司の顔が歪む。
綾のどこか必死な表情に尚更、宗司の顔は渋面を刻んだ。だが、綾はそんな宗司の様子も気づかない。

「あいつは、学校内でのお嬢様をお守りするのだけが仕事です。当然休みの間は、お嬢様に近づくことはございません。ご安心ください」

声が俄かに硬質になった。
しかし、綾は男の声音よりも言葉に乗り出した身体から力を抜き背後にある背もたれに身を預けた。

やっぱり……。

分かってはいたのだ。
そのために、一哉は選ばれただけで、本来は堺が無茶な要求をしなければ、その仕事もなかった。
綾は、彼の存在すら知らなかったのだから。

「ねぇ、一哉って…」

と言いかけて口を噤む。
何を聞こうとしたのか…。自分でも分からない。

どんな性格なのか。
彼らの前でも自分に見せるような顔をするのか。
笑いながら人を殴るのを楽しんでいるのか…。
草壁の家ではどんな姿を見せるのか。

「お嬢様?」

言いかけて口を噤んだ綾に、宗司が綾の名を呼ぶ。
綾は、顔を上げて勢いよく首を振った。

「な、何でもないわ…」
「本当にですか?」

疑うような宗司の視線を感じた。
綾は、相手が見ているのかどうかもわからないのに首を振り続けた。

「本当よ…」
「何か失礼なことでもしましたか?」

最初から決め付けるような言葉。
それが、何より彼らの関係を物語る。

「そ、そんなことないわ」
「そうですか。何かお気に障るようなことがございましたら、遠慮なく言ってください」
「…その時は、どうなるの?」
「当然、お嬢様からは遠ざけますので、ご安心ください」

寧ろ、その声はそうなることを望んでいるように綾には聞こえた。

「本当に何もないですね?」

と再度確認するように聞かれ、綾は即座に頷く。

「本当よ。何もないわ…ただ、気になっただけなの……。ごめんなさい。変なこと聞いたりして」
「いえ。それならいいんです。お嬢様に何かあったときは、私だけでなく、堺様も旦那様もご心配されますから…」

という声をどこか上の空で聞いていた。
もう一度外に視線を向ける。
空はどこまでも青かった。

綾のいろんな迷いでぐちゃぐちゃになった心とは対照的にどこまでも青かった。


夏は、そこまで来ていた。
綾の心に変化をもたらす夏が……。

そして、彼女を取り巻く環境に大きな変化を与える夏が……。

 

2008

0124

Vizard(12)



その後、ふらふらとした足取りで教室に戻った綾だった。
しかし、綾は自分がどうやって戻ってきたのか記憶があやふやだった。

それ位には、ショックを受けていたのだと自分で認識するまでに、多少の時間を要した。

午前中にもまして、上の空の状態で午後の授業を消化し、放課後となった。
いつもなら一哉が迎えにくるのだ。
そして、一哉の兄である宗司に引き渡される。
そこで一哉は、お役ご免となる。

流石に、今日は来ないだろうと思っていた綾だった。
しかし……。

「綾、今日も来てるわよ」

と横に座る友人の嬉しそうな常より1トーンは高い彼女の声に綾ははじかれたように顔を上げていつもの定位置に視線を向けた。
そこには、柔らかな表情を浮べて立つ一哉の姿がある。

ぞくぞくと綾の背中に寒気が走る。

なんてことない普通の表情なのに…。
恐ろしさを感じられた。

薄笑みを浮かべながら、頭を軽く下げる一哉。綾は、慌ててカバンを掴むと教室を出た。

「行きましょうか。兄が待っていますから」

と言う彼の言葉もいつもと何ら変わっていなくて……。

「お帰りなさいませ。お嬢様」

そう言って綾のためにドアを開けて待つ宗司のもとに向かう綾だった。
彼の待つ正門に到着するまでの間、綾はずっと一哉を後ろから視線で追いかけていることしかできなかった。




西日が差し込んでくる校舎の下駄箱の近くで一哉は、背筋をぴんと正して美しい佇まいでそこに立っていた。
すれ違う高等部に在籍する生徒達が己の前を通りすぎるたびに、自分の顔をじろじろ見ていくのに煩わしさを感じつつも少しもそんなことを感じさせない涼しい顔でそこに立ち続けた。


いつの頃か。
綾が急に言い出したことだった。
いつものように迎えに行った綾に言われた。
彼女の横には、何かと自分に秋波を送ってくる人物だった。
そちらには、全く気にも留めずにどこか緊張した面持ちの綾が口を開くのを待った。
そう待たずとも綾が口を開いた。

「次からは、下駄箱のところで待ってて」
「…何故ですか?」

一哉の怪訝な視線から逃げるように綾は俯いて、一哉を見ないようにして視線を横に滑らせる。

「べ…別にここまで来てもらわなくても…いいというか…」
「あのね、綾には私からも言ったのよ?」

と割り込むようにして入ってきたのは、綾の横に立っていた彼女の友人だった。
ちらりと一哉は、彼女に視線を向けると嬉しそうに笑う。

その姿の滑稽なこと……。

心の中で嘲笑を浮べた一哉だった。
彼女には、何も言い返すことなく綾だけを見据える。
ぐっと息をのむ音が聞こえたが、そんなのお構いなしだ。

「お嬢様?」
「と…とにかく、ここまで来ないで!いい?」

まくし立てるように言うと綾は一哉もそして友人も置いてつかつかと逃げるように廊下を歩いていった。
一哉も勿論、後を追う。
だが、ぱしっと腕をつかまれる。
犯人は、言わずもがな綾の友人である彼女。
邪魔をしてくるような彼女の行動に思わず舌打ちをしたくなるのを堪える。

「何でしょう?」
「待って。今度はいつなら」

必死の表情で自分に食い下がってくる彼女に一哉は、涼しい顔で笑みを浮べた。

「さぁ。こちらもいろいろとあるものですから…。すいません。離してもらえますか?」

と言っても彼女は両目をこれでもかというほどに見開くだけで離してくれそうにない彼女の手をやんわりと外すと背を向けた。

もう、用済みだ…。

と心の中で呟きながら。

彼女は、一哉に利用されただけに過ぎなかった。
一哉の持つ毒に気づかなかったのだ。
逐一、彼女から綾のことを聞きだしていた一哉。決して綾が知られていないと思っていた英語教師のことですら彼女から聞きだしたのだ。
自分の身体と引き換えに…。
彼女を抱く代わりに、全てのことを洗いざらい吐かせた。
もう彼女から引き出せるものはないだろうといつ、切り捨てるかを考えていた一哉だった。
まんまと騙されたのは、惨めな女だった。



そんなやり取りが交わされた日から一哉は、下駄箱で綾が来るのを待つ。
無理してまで彼女の教室に出向く必要もない。
綾の要求は、一哉にとっても願ってもない要求だった。
自分の面倒がひとつ減る。
ふぅと息を吐き出し腕時計で時間を確認する。
そろそろかと思っていた丁度、そのとき、自分の時計を見る視界が急に曇った。
人の気配を感じ、顔をあげるとにこりと笑う一人の女子生徒の顔がある。

「何か?」
「あら、冷たい」

一哉が、同じように笑みを浮かべながら返すと彼女は、ふふっと笑いながら言う。
その言葉に苦笑を浮べて、ちょっとは傷ついたような表情をみせつつも、その女子生徒を確認する。
制服からは、高等部の学生だと…。リボンの色からは、3年生だと判断する。
そこで、ああ…と思い至る。
最近、しきりに声をかけてくる上級生だと認識した。
自分に自信があるのだろう。悠然と一哉を見ながら、流し目を送る。
別に何とも思わないが、そのままごとに付き合う一哉もなかなかに人が悪い。
なんだかんだで楽しんでいるのだから…。

この女が崩れていくのは、どんな瞬間かと――。

それを見るのが、楽しみなのだ。自分によって翻弄されて見事に人が潰れていく様は面白い。
人間という生き物の醜さを露呈する瞬間だ。

「そんな…ひどいこと言わないでください。僕、傷つきます」

と伏せ目がちに言うと、彼女はくすりと笑って一哉の顎に細く長い指をかけると持ち上げた。
そのまま口付けが落とされるのを、一哉は抗いもせず待った。
女の満足そうな顔は、優位に立っていることを楽しんでいると表していた。
一哉に知らず知らずのうちに手の内で転がされていることなど知らずに、自分が彼を翻弄している気になっている。
一哉からしてみれば無様以外の何者でもない。

女王様気取りか…。
恥知らずめ。

罵る言葉は、当然彼女には届かない。
柔らかな自分のものとは異なる女の唇の感触を楽しんでいるとどさっと何かが床に落ちる音をすぐ近くで聞いた。
女と唇を触れ合わせたまま、一哉が視線だけを音のした方向に向けると綾がいた。
目を見開いて信じられないものを見るように一哉と上級生の女のキスシーンを見ている。

何をそんなに驚いた顔をしているのか…。
お前だって、やっているだろう?

と綾の驚きようにくっと笑って一哉は、女の身体を押し返す。
そして、女を見ながら、甘く笑いかける。

「もう時間です」
「ん、もう?仕方ないわね…。じゃ、また」

ともう一度女は、一哉に軽く唇を触れ合わせると微笑みながら一哉に手を振ってその場を去る。
綾とすれ違うときに、くすりと笑む声を零したのを一哉は横目で確認した。
そして、女がいなくなったのを確認すると唇を手の甲で乱雑に拭いながら、綾に近づくと彼女の床に落ちているカバンを拾い上げて彼女に差し出す。

「行きましょうか。お嬢様」

しれっとした表情でカバンを渡してくる一哉の顔を見開かれた目のまま、ぎこちない視線で追う。
ゆっくりとした手で一哉からカバンを受け取る。
顔が少し赤い。
一哉は、綾が荷物を受け取ったことを確認すると綾の横を通りすぎる。
その際、顔を紅潮させている綾に向けて、嘲笑交じりに――。

「ガキ」

と綾にだけ聞こえる声で言う。
さっさと自分など置いて行ってしまう一哉の背中を慌てて振り返る綾。

信じられない……。
こんな、いつ誰が見てるともわからないところで…。

と思うのと同時に、綾は、何故自分が今こんなに落ちつかないのかわからずに戸惑っていた。

「早く行きますよ」

急かす声に突き動かされるように自分の靴が置いてある下駄箱に向かうのだが、一足先に靴を履き替えて待つ一哉を盗み見ながらも、先ほどの光景が瞼の裏に焼きついてはなれない。
いつものように一哉とは別れて、宗司の迎えの車に乗っても…さっきの光景が離れない。

何でこんなに気になるのかわからずに綾は、1人困惑していた。

何故なのか…。

2008

0123

Vizard(11)





昨日までの自分ならきっと見向きもせずに置いて、さっさと先を急いだはずだ。
常に監視がついているような居心地の悪さを感じて―。
それがどうだろうか。

今日は、一歩下がって先を行く一哉の後姿をちらちらと確認してはすぐに慌てて視線を自分の足元に向けるという行為を幾度となく繰り返す。
あからさまな背後からの視線に気づいたのか、前を歩いていた一哉は、瞳を一瞬だけ光らせると立ち止まって後ろを振り返る。

「どうかなさったんですか?」

2つの目に射竦められて綾の身体がびくりと揺れる。
動揺から揺れる瞳で、悠然と微笑む一哉の顔を見返す。

読めない…。

底が知れない…。

「べ、別に…」

そう答えるのがやっとで…。

「いつもなら早く教室に向かうものですから、どうかしたのかと思いましたよ」

ぴくりと綾の体が揺れる。
嫌なところをついてくる。

困ることになるのは、一哉のはずなのに…。
昨日、去り際に“バレる”という単語を口にしていた。
だから、綾が昨日みた姿は、一哉が隠してきたもうひとつの姿だと理解できる。
バレるという言葉は、裏を返せば知られたくないということ。
この場において、強いのは綾のはずなのに立場は逆転している。

唇をかみ締めたまま何も言わない綾を見つめる一哉。

「何もないんでしたら、早く行かないと遅刻しますよ」

忠告だけして、背を向けた。
少し俯きがちにしていた顔を上げて離れていく背中を見つめる。

「どうしたの?こんなところで立ち止まって」

しばらくそうしていたら、急に肩を叩かれ、弾かれたようにそちらに顔を向ける。
そこには、不思議そうな表情で小首をかしげている友人の姿があって…。
綾は、知らず知らずのうちに肩から力を抜いた。そして、もう一度先を歩いていってしまい、もう姿が見えなくなった一哉の背中を探してもう誰もいない方向へと視線を向けた。

「何でもないわ…行きましょ」

と促して、漸く長い間止めていた足を動かした。



しかし、授業を受けていても見事に身に入らなかった。
ふとした拍子に、ずっと一哉のことを考えている自分に気づく。
手にしたシャーペンをくるくる回しては、ぼうっと考えに耽る。
教師の言葉など、右から左だ。
明らかにやる気のない綾に気づいても注意する人間は誰ひとりいない。
横の席に座る友人が、たまに怪訝な視線をよこすぐらいだ。

はぁ。

ため息を零す。

何でこんなに気になるのか。
何故、あの時の光景が頭から離れないのか。
ぞんざいな言葉をぶつけられたときの冷たく冴え渡る瞳、かげりのある表情が目に焼きついて離れない。

一時間、ずっと考え続けるということを数度繰り返した挙句、綾は、昼休みになるやいなや、教師の終了の合図を聞くなり、がたりと音を立てて椅子から立ち上がると凄い勢いで教室を後にした。
クラスメートは、突然の綾の行動に驚いて彼女が教室を出て行くのを目で追いかけた。
その後、ざわつく。

一体、どうしたのか…と。



教室を出た綾の向かう場所は、自分の退屈を紛らわしてくれる男達のところなどではなく、中等部の校舎だった。
廊下を走る綾の姿を見た教師の中には、怒声を上げる者もいたが、それが綾だと気づくと彼らは一様に口をつぐむ。
綾は、そんな怒声など全くお構いなしに廊下を走って中等部の校舎へと向かった。

学校内だけが、唯一の一哉との接点なのだ。
ここにいる時間を逃したら、もう2人にとって重なる時間はない。
昨夜は、唯一の例外なのだ。

頭の中は、ぐちゃぐちゃだが、とりあえず向かった。

いつもなら、自分から出向いて綾のところに行くというのに、授業が終わりいつものように廊下に出た一哉はそこに立つ綾の姿を見て、俄かに驚いた。
じっと見つめる綾に、いつものように笑みをその顔に張り付かせた。

「珍しいですね」

にこりと笑いかけながら、綾に言うと彼女は大股に一哉に近づいてきて彼の腕を掴むとどこかへと連れていく。
一哉は、綾に腕を引っ張られながらも抗うことなくされるがままになる。
したいようにさせた。
それが、自分の仕事。彼女の機嫌を損ねないように…。

誰もいない教室に一哉を押し込むと後ろでに扉を閉めると先に中に入っていた一哉に詰め寄った。

「昨日のこときちんと説明して!」

眦を吊り上げ、眉間に深く皺を刻み、少し怒ったような口調で尋ねる綾に一哉は肩を竦める。

「昨日のことって何のことでしょうか?お嬢様」

軽く笑って尋ねる一哉に綾は少し紅くなっていた顔をますます赤くした。

自分の言葉、態度にいちいち過敏に反応する綾を見ながら一哉は、思う。

バカな女だ…と。
わざわざ蒸し返すような真似をするとは…。


「惚けないで!」

外にまで聞こえるのではないかというほどの大きな声で綾が対峙する一哉を睨み付ける。
笑みを張り付かせたまま綾を見ていた一哉だったが、ふっと吊り上げていた筋肉の緊張を解く。
すると彼の顔に浮き上がってくるのは、能面のような何も感じ取れない空恐ろしさすら感じさせる無表情。
目だけが、らんらんと怪しく光りを灯す。

綾は、甘さを一切排除された一哉の顔を見て、昨夜の彼の姿を再認識する。

決して見間違いなどではない。
夢でもない。
幻覚でもない。

昨日の、アレは紛れも無い現実だったのだ。
その証拠が今、目の前にいる…。

「よほど暇らしいな」

冷え冷えとする体の芯まで凍りそうな冷たい響き。
びくりと綾の体が揺れる。
2つの鋭い眼光に、綾の体が竦む。

「黙っていれば、まだ可愛げがあるものを…」
「何…?」

怪訝に目を細め自分を見つめる女をどこか高慢な態度で笑い見返す。
己がそれに感じずとも良いとわかってるのに変な緊張感が綾を襲う。
ごくりと唾を飲み込む。

「過ぎたる好奇心は、身を滅ぼすって知ってる?」
「……」
「今のお前だよ」
「わ、私は…ただ、あんなことしてたら危ないからっ」

底冷えのする一哉の声に上擦ったような震える声で答える綾に対して一哉は、彼女を睨みつける眼光の鋭さをさらに強くした。

「余計なお世話だ。偉そうな口きくな」
「なっ…!」
「ここでは、お前は俺の守るべき対象だ、一歩外出たら関係ない。プライベートに踏み込んでくんな。鬱陶しい。ったく…女ってヤツは碌なことを言いやしないな」
「ちょっと」

一哉の言い草に、かっとなった綾が言うだけ言って去ろうとする彼の腕を掴む。
しかし、それはすぐに彼の強い力によって振り払われた。
そんな無碍な扱いを受けたことのない綾は、当然驚きで振り払われたまま手を動かすことができなかった。

「一…哉」
「触るな」

とだけ言って、誰もいない教室から出て行こうとする。
しかし、このまま帰してなるものかと綾が咄嗟に一哉の名を呼ぶ。

「一哉!」

ぴたりと少年の足が止まって、無表情のまま綾を振り返る。

「いいの!?私、お父様に言いつけてやるわっ!今のことも、昨日のことも!」

口をついて出た言葉だった。
そんなこと全く考えてもいなかった。
だが、脅しともとれる綾の言葉を聞いても尚、相手はにやりと口元だけを歪めてみせた。

「勝手にすればいい……その代わり、覚悟はしておけよ」

覚悟…?

どういう意味だと綾は一哉の己よりも高い位置にある顔を上目遣いに見返す。
笑みを消して、低い地を這うような声を発した。

「お前のしてきたことも全部、報告してやる。いろんな男に迫って、貢がせて、飽きたらごみのように捨てる。決まった相手がいるっていうのに、教師まで誑かして……。気づいてないと思っているかもしれないがな……。お前が、視聴覚室で英語教師と何をやっているのかもこっちは、知ってる。やることが軽率なんだよ」

一哉の指摘に綾の顔が紅潮する。
英語教師と言われたが、この学校には数人の英語教師が存在している。
一哉の言っているその英語教師とはその中の1人を指していた。
自分が、今一番のめりこんでいる男だ。妻子ある男。
2人で入った視聴覚室で、キスまでなら許した。それ以上は、さすがにそれ以上はしていないが…。

でも、相手が望ならその先もいいと思ってたのも事実だった。
まあ、相手にそんな度胸はなかったのだが…。

まさか、そのことが一哉に知られているとは思ってもみなかった。
他の男とのことは、知られていると思っていても、その英語教師のことは隠していた。否、ばれていないと思っていた。

「お前の言う、お父様に全て話してやる。となれば……今まで何とか逃げてきたあの男との結婚の時期が早まるだろうなぁ?…ま、俺としちゃあそっちでもいいけど?お前の子守からも解放される。万々歳だ…」

指摘されてから、はっとしたような表情を一瞬浮べた後、一哉から視線を逸らして、俯きがちに教室の床に視線を走らせた。
困ったような表情を浮べる綾の顔を上から、つまらないものを見るような視線で見ていた一哉だったが、ふんと鼻で一回だけ笑うと「自分だけが弱み握ったっていい気になってるんじゃねぇよ。ばか女」とだけ言って、今度こそ綾の前から姿を消した。

綾は、しばらくその場から動くこともできなかった。
一哉の言っていることが真実だったからだ。
むしろ弱みを握られていたのは、自分の方だった……。

何で気づかなかったのか。
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