更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(11)
昨日までの自分ならきっと見向きもせずに置いて、さっさと先を急いだはずだ。
常に監視がついているような居心地の悪さを感じて―。
それがどうだろうか。
今日は、一歩下がって先を行く一哉の後姿をちらちらと確認してはすぐに慌てて視線を自分の足元に向けるという行為を幾度となく繰り返す。
あからさまな背後からの視線に気づいたのか、前を歩いていた一哉は、瞳を一瞬だけ光らせると立ち止まって後ろを振り返る。
「どうかなさったんですか?」
2つの目に射竦められて綾の身体がびくりと揺れる。
動揺から揺れる瞳で、悠然と微笑む一哉の顔を見返す。
読めない…。
底が知れない…。
「べ、別に…」
そう答えるのがやっとで…。
「いつもなら早く教室に向かうものですから、どうかしたのかと思いましたよ」
ぴくりと綾の体が揺れる。
嫌なところをついてくる。
困ることになるのは、一哉のはずなのに…。
昨日、去り際に“バレる”という単語を口にしていた。
だから、綾が昨日みた姿は、一哉が隠してきたもうひとつの姿だと理解できる。
バレるという言葉は、裏を返せば知られたくないということ。
この場において、強いのは綾のはずなのに立場は逆転している。
唇をかみ締めたまま何も言わない綾を見つめる一哉。
「何もないんでしたら、早く行かないと遅刻しますよ」
忠告だけして、背を向けた。
少し俯きがちにしていた顔を上げて離れていく背中を見つめる。
「どうしたの?こんなところで立ち止まって」
しばらくそうしていたら、急に肩を叩かれ、弾かれたようにそちらに顔を向ける。
そこには、不思議そうな表情で小首をかしげている友人の姿があって…。
綾は、知らず知らずのうちに肩から力を抜いた。そして、もう一度先を歩いていってしまい、もう姿が見えなくなった一哉の背中を探してもう誰もいない方向へと視線を向けた。
「何でもないわ…行きましょ」
と促して、漸く長い間止めていた足を動かした。
しかし、授業を受けていても見事に身に入らなかった。
ふとした拍子に、ずっと一哉のことを考えている自分に気づく。
手にしたシャーペンをくるくる回しては、ぼうっと考えに耽る。
教師の言葉など、右から左だ。
明らかにやる気のない綾に気づいても注意する人間は誰ひとりいない。
横の席に座る友人が、たまに怪訝な視線をよこすぐらいだ。
はぁ。
ため息を零す。
何でこんなに気になるのか。
何故、あの時の光景が頭から離れないのか。
ぞんざいな言葉をぶつけられたときの冷たく冴え渡る瞳、かげりのある表情が目に焼きついて離れない。
一時間、ずっと考え続けるということを数度繰り返した挙句、綾は、昼休みになるやいなや、教師の終了の合図を聞くなり、がたりと音を立てて椅子から立ち上がると凄い勢いで教室を後にした。
クラスメートは、突然の綾の行動に驚いて彼女が教室を出て行くのを目で追いかけた。
その後、ざわつく。
一体、どうしたのか…と。
教室を出た綾の向かう場所は、自分の退屈を紛らわしてくれる男達のところなどではなく、中等部の校舎だった。
廊下を走る綾の姿を見た教師の中には、怒声を上げる者もいたが、それが綾だと気づくと彼らは一様に口をつぐむ。
綾は、そんな怒声など全くお構いなしに廊下を走って中等部の校舎へと向かった。
学校内だけが、唯一の一哉との接点なのだ。
ここにいる時間を逃したら、もう2人にとって重なる時間はない。
昨夜は、唯一の例外なのだ。
頭の中は、ぐちゃぐちゃだが、とりあえず向かった。
いつもなら、自分から出向いて綾のところに行くというのに、授業が終わりいつものように廊下に出た一哉はそこに立つ綾の姿を見て、俄かに驚いた。
じっと見つめる綾に、いつものように笑みをその顔に張り付かせた。
「珍しいですね」
にこりと笑いかけながら、綾に言うと彼女は大股に一哉に近づいてきて彼の腕を掴むとどこかへと連れていく。
一哉は、綾に腕を引っ張られながらも抗うことなくされるがままになる。
したいようにさせた。
それが、自分の仕事。彼女の機嫌を損ねないように…。
誰もいない教室に一哉を押し込むと後ろでに扉を閉めると先に中に入っていた一哉に詰め寄った。
「昨日のこときちんと説明して!」
眦を吊り上げ、眉間に深く皺を刻み、少し怒ったような口調で尋ねる綾に一哉は肩を竦める。
「昨日のことって何のことでしょうか?お嬢様」
軽く笑って尋ねる一哉に綾は少し紅くなっていた顔をますます赤くした。
自分の言葉、態度にいちいち過敏に反応する綾を見ながら一哉は、思う。
バカな女だ…と。
わざわざ蒸し返すような真似をするとは…。
「惚けないで!」
外にまで聞こえるのではないかというほどの大きな声で綾が対峙する一哉を睨み付ける。
笑みを張り付かせたまま綾を見ていた一哉だったが、ふっと吊り上げていた筋肉の緊張を解く。
すると彼の顔に浮き上がってくるのは、能面のような何も感じ取れない空恐ろしさすら感じさせる無表情。
目だけが、らんらんと怪しく光りを灯す。
綾は、甘さを一切排除された一哉の顔を見て、昨夜の彼の姿を再認識する。
決して見間違いなどではない。
夢でもない。
幻覚でもない。
昨日の、アレは紛れも無い現実だったのだ。
その証拠が今、目の前にいる…。
「よほど暇らしいな」
冷え冷えとする体の芯まで凍りそうな冷たい響き。
びくりと綾の体が揺れる。
2つの鋭い眼光に、綾の体が竦む。
「黙っていれば、まだ可愛げがあるものを…」
「何…?」
怪訝に目を細め自分を見つめる女をどこか高慢な態度で笑い見返す。
己がそれに感じずとも良いとわかってるのに変な緊張感が綾を襲う。
ごくりと唾を飲み込む。
「過ぎたる好奇心は、身を滅ぼすって知ってる?」
「……」
「今のお前だよ」
「わ、私は…ただ、あんなことしてたら危ないからっ」
底冷えのする一哉の声に上擦ったような震える声で答える綾に対して一哉は、彼女を睨みつける眼光の鋭さをさらに強くした。
「余計なお世話だ。偉そうな口きくな」
「なっ…!」
「ここでは、お前は俺の守るべき対象だ、一歩外出たら関係ない。プライベートに踏み込んでくんな。鬱陶しい。ったく…女ってヤツは碌なことを言いやしないな」
「ちょっと」
一哉の言い草に、かっとなった綾が言うだけ言って去ろうとする彼の腕を掴む。
しかし、それはすぐに彼の強い力によって振り払われた。
そんな無碍な扱いを受けたことのない綾は、当然驚きで振り払われたまま手を動かすことができなかった。
「一…哉」
「触るな」
とだけ言って、誰もいない教室から出て行こうとする。
しかし、このまま帰してなるものかと綾が咄嗟に一哉の名を呼ぶ。
「一哉!」
ぴたりと少年の足が止まって、無表情のまま綾を振り返る。
「いいの!?私、お父様に言いつけてやるわっ!今のことも、昨日のことも!」
口をついて出た言葉だった。
そんなこと全く考えてもいなかった。
だが、脅しともとれる綾の言葉を聞いても尚、相手はにやりと口元だけを歪めてみせた。
「勝手にすればいい……その代わり、覚悟はしておけよ」
覚悟…?
どういう意味だと綾は一哉の己よりも高い位置にある顔を上目遣いに見返す。
笑みを消して、低い地を這うような声を発した。
「お前のしてきたことも全部、報告してやる。いろんな男に迫って、貢がせて、飽きたらごみのように捨てる。決まった相手がいるっていうのに、教師まで誑かして……。気づいてないと思っているかもしれないがな……。お前が、視聴覚室で英語教師と何をやっているのかもこっちは、知ってる。やることが軽率なんだよ」
一哉の指摘に綾の顔が紅潮する。
英語教師と言われたが、この学校には数人の英語教師が存在している。
一哉の言っているその英語教師とはその中の1人を指していた。
自分が、今一番のめりこんでいる男だ。妻子ある男。
2人で入った視聴覚室で、キスまでなら許した。それ以上は、さすがにそれ以上はしていないが…。
でも、相手が望ならその先もいいと思ってたのも事実だった。
まあ、相手にそんな度胸はなかったのだが…。
まさか、そのことが一哉に知られているとは思ってもみなかった。
他の男とのことは、知られていると思っていても、その英語教師のことは隠していた。否、ばれていないと思っていた。
「お前の言う、お父様に全て話してやる。となれば……今まで何とか逃げてきたあの男との結婚の時期が早まるだろうなぁ?…ま、俺としちゃあそっちでもいいけど?お前の子守からも解放される。万々歳だ…」
指摘されてから、はっとしたような表情を一瞬浮べた後、一哉から視線を逸らして、俯きがちに教室の床に視線を走らせた。
困ったような表情を浮べる綾の顔を上から、つまらないものを見るような視線で見ていた一哉だったが、ふんと鼻で一回だけ笑うと「自分だけが弱み握ったっていい気になってるんじゃねぇよ。ばか女」とだけ言って、今度こそ綾の前から姿を消した。
綾は、しばらくその場から動くこともできなかった。
一哉の言っていることが真実だったからだ。
むしろ弱みを握られていたのは、自分の方だった……。
何で気づかなかったのか。
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