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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0322
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2008

0107

『サカガミが気になるの?』


落ち着かない頭に帰り際に望に言われた言葉が深岬の頭を巡る。
電車に揺られている深岬の頭を支配するのは、それだけだった。
終電間際の時間だ。他の乗客の話し声もしているのだが、彼らの話し声も全く聞こえない。
望の言葉だけがぐるぐると巡る。

落ち着かなかった。

彼女は、更に続けて言った。

『好きなの?』

――好き?

それは、深岬にははっきりと答えることができなかった。
自問自答を繰り返す。

寧ろ、その答えが欲しかったのは深岬の方だ。





確信に至るまで時間はかからなかった。
だから、自分はどうしようもないくらい気になって仕方がなかったのだ。
麻美と坂上の仲のいい姿を見せられて落ち着かなかったのか―。

望や麻美が坂上のことを親しげに“サカガミ”と呼ぶのを聞いて、そわそわする変な感じがしたのか。
自分も彼女達のように坂上に近づきたかったということなのか。
望の言う通りならば、全て説明がつく。
ならば…などという仮定の言葉などではなく、そうなのだ。

自分は、坂上のことが好きなのだ。
そう確信した。

別に深岬にとってこれが初恋というわけではない。
人並みに好きな相手だっていた。
付き合ったことはないが――。

ただ気付かなかっただけなのだ。
何故、他人から指摘されるまで気付かなかったのか不思議でならない。

乗り換えの駅で電車を降りる深岬の足取りはふらふらと落ち着かない。
まるで深岬の動揺を示すかのように。



『俺は、部内では絶対に彼女を作らない』



数週間前に、そう宣言していた坂上の言葉がフラッシュバックする。
足が止まる。



『…いるよ。これが信じられないくらい可愛いのがね』



1ヶ月以上前に、ただ同じ学年の中で出た話を確認するためだけに聞いた雪子の言葉も思い出される。
彼女がいる。

可愛い彼女。

そりゃそうだ。
最初に会った時も涼子に興味津々だった。

どう考えても自分には、無理――。


彼女から奪うような根性も自信もない。
あるのは、ダメだと思う卑屈な根性と最初から諦めるという選択肢。

けど、それを黙って選べるほど理性が発達しているわけでもない。



戸惑いばかりが、大きくなってどうしようもなかった。





坂上への思いを自覚してから、どうも目で彼の姿を追いかけている自分がいる。
いつも途中ではっと気付いて視線を外すのだが、気付けば追いかけている。
これでは、人のこと言えない。
小島に対する雪子の姿を見て笑いながら忠告していた自分が愚かで情けなく感じる。

今も坂上は、麻美と一緒に笑いあっている姿がある。
このもやもや感は、間違いなく『嫉妬』。
その2文字に尽きる。
それ以外の何物でもなかった。



その週末に迎えた試合は散々だった。
コートに入っていてもいまいち集中できない自分がいるのだ。
通常なら勝てない相手じゃなかった。

結局、負けた。

―最悪。

恋をして上手くいく人間と失敗をする人間2つのパターンが存在するという。
深岬は、自分は絶対に後者だと思った。
ぬかるみに嵌って自滅する。
それが自分だ。

肩を落としてコートを去る深岬に一番に声を掛けてきたのは、他でもない坂上だった。

「お疲れ」
「…あ、はい…」

相手の顔を見ないようにするのが精一杯。
坂上は、そんな深岬を見てもゲームに負けて気落ちしているだけと思ったのかぽんぽんと慰めるように深岬の頭を軽く2、3回叩く。

「あんまり落ち込むなよ。こんな時もあるさー。まー次、俺の試合あるから応援しててよー。俺は勝っちゃうよ。強いからねー」

いつもの自信たっぷりの坂上の背を見送る。
姿が見えなくなった後、さきほど大きな無骨な手が触れていったところに手を伸ばして触れる。

さっきまで、自分の不甲斐なさを恥じて下を向いていたはずなのに、もう浮上しかけている自分がいる。
現金すぎる自分に笑いすら零れてくるが、慌ててそれを引っ込める。
負けて笑っていたのなら、世話ない。
見る人が見たら不謹慎だと怒るだろう。

いつまでも廊下で立っているわけにもいかない。
力のない足取りで応援席の場所に向かう。

「おつかれー」
「なんか調子わるかったね?」
「ま、そういう時もあるよ」
「私達が挽回するから気にしなくていいよ」

と口々に慰めの言葉を口にする上級生の言葉が耳に痛かった。
理由を彼らが知ったら怒るに違いない。
罪悪感が深岬の中で生まれる。
彼らの顔を直視することができなかった。

「深岬らしくもない」
「あ…雪子」

少し膨れた顔で言う雪子の姿に深岬は引きつった笑いを浮かべる。

「注意力散漫」
「…だね」
「何か悩み事あるなら聞くから」

と言って肩をぽんっと叩いて雪子が応援席から去っていく。
その気遣いが痛い。
折角、雪子が気遣って言ってくれたのに深岬はそんなことを思った自分を恥じ入るしかなかった。
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2008

0106
――それは、あまりに突然だった。

練習後、深岬が使用したシャトルやネットを片付けをしていると走り寄ってくる影があった。
望の姿だった。
彼女の手にも深岬と同じように練習で使用したものが握られている。
深岬はネットを受け取ると望には、シャトルを渡す。
辺りを見回して拾い零しがないかどうかを確認した後、倉庫に向かって並んで歩く。

「あのね?時間ある?」
「時間?」
「うん。ちょっと見て欲しいんだけど…」
「別にいいけど」

試合が近くて気になっているところでもあるのだろうと特に考えもせず頷いた。
初めての試合前なんて特に気になるところが出てきてもおかしくはない。
倉庫内に使用したものを片付けた後、少しのシャトルを手にしてもう一度体育館内に戻る。
体育館内にある時計で時間を確認して、頷くと望は嬉しそうに顔をほころばせる。

「あ、でも。私でいいの?」

と聞き返した深岬の頭に浮かんでいるのは、坂上の顔だった。
視線を望から逸らして頭に浮かんでいる人物の姿を探す。

「うん。すぐ終わるから…」

まぁいいって言うのだからいいのだろうと結論付けて深岬は、望と一緒に体育館の片隅に行く。
上級生が帰り支度しているのを見つけて、一言言っておかなくてはまずいだろうと思った深岬は、望に少し待っててとだけ言うと上級生の一団に向かっていく。

「すいません。少し残っていくので、戸締りしておきます」
「え?そうなの?ご飯は?」

深岬の言葉に、副主将をやっている慶子が驚いたような声をあげる。

「私と望は、いいです」
「望も?」
「はい。気になるところがあるみたいで、ちょっと居残り練習してくんで。鍵、ください」
「えー。じゃあ、私も残っていこうかな。サカガミ、見て欲しいんだけどー」

と声を上げたのは、麻美だった。
麻美と彼女の口から出た坂上に視線が集中する。
それは、深岬とて例外ではなかった。
自分には到底真似できない。

「あ?いいけど…じゃ、俺が鍵しめとけばいいっすよね?」
「あ、うん。じゃ、お願い」

坂上は、慶子から鍵を受け取ると麻美とコートの方へ消えていく。
それを目で追いかけていた深岬だったが、もう用は済んだので自分も望のところへ戻ろうとする。

「あ、じゃあ。お疲れ様です」
「あ、待って待って。俺も一緒に…」

上級生と一部の同級生に背を向けようとした深岬の肩に大きな手がかかる。
振り返った深岬の目には、野坂が笑っている姿がある。

「野坂さんも気になるトコロあるんですか?」

と聞くとにやりと肩頬だけを吊り上げて笑い、先ほどまで自分が居た一団に手を振る。

「おつかれさーん」

そういうと深岬の顔を覗き込むようにして背をかがめて言う。

「俺はないよ?けど、深岬ちゃんあるでしょ?」

思わずその指摘に眉間に皺を寄せる深岬。
相手の顔を伺うように見るとどこか飄々としたような表情だった。

「肩。気にしてなかった?」

と言われて思わずはっとする。
練習前に坂上に指摘されて、無意識に気にしていたのだろうかと思う。

「何か今日、ずっと上の空って感じだったしさ」

何気なく言う野坂の言葉を聞きながら、深岬は横目で自分達とは反対側にいる坂上と麻美の姿を見る。
すぐに野坂に向き合う。

「あ、今日坂上さんに言われたんですよ。腕が甘いって」
「それでか」
「ハイ」

立ち止まっていた足を動かしながら、望の傍に行く。

「深岬ちゃん?」
「野坂さんも付き合ってくれるって」
「え?いいんですか?」
「いいの、いいの。困ってる後輩がいたら助けてあげるのが、センパイの基本でしょ?」
「ありがとうございまーす。やったぁ」

嬉しそうに一際高い声を上げて喜ぶ望。

深岬と野坂の2人で望の要望を聞いていたのだが、どうも深岬はそちらに意識を向けることができない。
坂上と麻美のいる方が気になって仕方ないのだ。
背を向けているのに、気になって仕方ない。
笑い声が聞こえてくれば、尚更気になる。
落ち着かない。

背後の2人に気を取られていた深岬は、自分の横にいた野坂が望を見ている傍らで自分を横目で見ていることなど気付かなかった。
そのまま時間を無為に過ごした。



「野坂さん。まだやります?」

急に近くで聞こえてきた声に深岬は心臓が飛び出そうなほど驚いた。

「何?坂上たちもう帰るの?」
「飯でも行こうかって話をしてたんですけど…野坂さん達もどうかなと思って」
「あ、じゃあ終わるよ」

坂上の言葉に望が床に落ちたシャトルを拾いあげながら言う。

「あ、でも深岬ちゃんいいの?」

急に野坂に声を掛けられて深岬は、はっとして野坂の顔を見る。
全員の視線を自分に感じる。

「あれ?深岬ちゃんも何かするの?」
「え…と。私は、いいです」

軽く手を振ってみせる。

「じゃ、着替えて行きましょうよ」

坂上の言葉に頷くようにして、深岬は付き合ってくれた野坂に礼を言うと望を手伝って倉庫内に片付けをするために向かう。

「深岬ちゃん、ごめんね」
「何が?」

倉庫に向かう途中で深岬よりも低い身長の望が深岬を見上げて言う。
惚けたような表情で聞き返す深岬に視線を戻しながら倉庫内に入って行く。

「野坂さんに見てもらうんじゃなかったの?」
「んーん。というか、野坂さんは望を見るためについてきてくれただけだし、私は別にいいよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だから気にしないで」

片付けを素早く済ませると着替えをして体育館の外に出る。
いつもなら雪子にラケットとシューズを預けるのだが、今日は先に帰ってしまっている。
仕方ないと思いつつ持って帰るかとラケットを見つめる。

「どこ行きます?」
「どこにするか?」

野坂と坂上が行き先を決めている横で、麻美と望が他愛もない話をしている。

「深岬、深岬。それ家で預かろうか?」
「え?」
「いっつも雪子さん家に預けてるでしょ?家に持って帰るの大変じゃない?」
「いいの?ありがとう」

大学の近辺に住んでいる麻美の提案に深岬の顔が俄かに明るくなる。
願ってもないことだ。
深岬は、笑みを浮かべて礼を言うと預ける。

「じゃあ、置いてくるね。店決まったら教えてくれる?」
「分かった」

と手を振って麻美を見送る望と深岬。
麻美が一度荷物を置きに家に戻っていった直ぐ後に行き先が決まったのか坂上から声がかかる。



夕食を食べ終えて家に帰る途中だった。

「ご馳走様でした。お疲れさまです」
「おつかれー」

坂上と野坂に連れていかれた店先で別れる。
方向が一緒の麻美、野坂、坂上と別れて、望と連れたって駅までの道を歩く。
実家通いだが、大学の近辺に住んでいる望と深岬が駅まで並んで歩く。

「あのさ…深岬ちゃん」
「なぁに?」
「サカガミが気になるの?」
「え?」

思わず足が止まる深岬だった。
立ち止まって自転車を押しながら先を歩く望の後ろ姿を見送る。
歩みを止めた深岬を怪訝に思い深岬を振り返る。

「深岬ちゃん?」

2008

0105
6月の後半から7月にかけて試合の日程が頻繁に組まれている。
深岬が入部して最初に参加した試合のようなほとんどお遊びの交流戦を含め、れっきとした公式戦も組まれている。
むしろこの時期は公式戦の方がより多い。

この時期になると授業も適度に力の抜けるものとそうでないものの判別もつく。
どの時間にいけば、体育館が自由に使用できるのかも既に把握済みだ。
下宿生の大半は、空き時間には自宅に帰ったりする。
学科内の深岬の友人である涼子もそんな1人だ。
自宅から通う深岬にそんな場所はない。
最初の頃は、涼子が「家にくる?」と声を掛けてくれて、彼女の言葉に甘えて涼子の部屋で空いている時間を過ごしたりしたものだったが、毎度毎度では流石にいくら友人であっても気が引けるというもの。
今では、そう言った空き時間は体育館で過ごすことの方が多くなった。
体育館が使えない日は、涼子と過ごしたり、一人で図書館に入り浸ったりして時間を潰している。

今日は、練習日でしかも4コマが空きの日だった。
これで部活がなければ、真っ直ぐ家に帰るところだが、そうもいかない。
深岬は、手にラケットを持って体育館に向かう。
体育館が空いているのはすでに知っている。
授業などで利用されていない限り、基本的に自由に使っていいとされているのだが、中に誰か先にいないか確認するときはいつも緊張する。

そっと中を確認するとラケットを振っている音が聞こえてきて、先客がいたのかと思いながら体育館内に入る。
明かりをつけていない体育館の中は、はっきり言って外の光があまり入ってこずに薄暗い。
明るいところから薄暗いところへ入ったため、少し目に違和感を感じつつも先客を確認する。
後ろ姿しか見えなかったが、深岬にとっては、それだけで十分だった。

「坂上さん…」

ラケットでシャトルを天井まで打ち上げていた坂上は、突如聞こえてきた小さな自分の名前を呼ぶ声に背後―体育館の入り口を振り返る。
深岬の姿を認めて笑いかけた。

「深岬ちゃんじゃん。何?練習しにきた?」
「空きコマで退屈だから、来たんですけど、坂上さんがいるなんて思いもしませんでした。よく、野坂さんとかには会うんですけどね」
「俺、ケッコー入り浸ってるよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。丁度いいや、ゲームやろうぜ」

中に入って、手にしていたカバンを壁際の適当なところに置きながら坂上と会話を続ける。
ラケットをケースから取り出して、ガットをチェックしていると坂上からゲームを誘われて、断る理由もなかったので頷くとネットも張っていないコート内に入る。

「準備運動がてら最初は、打ち合いでいい?」
「はい、何でも」

坂上の言葉に深岬が頷くとすぐにシャトルが飛んでくる。
軽く打ち返しながら、会話を続ける。

「いつもこの時間いるんですか?」
「あー、いたりいなかったりかも」
「練習相手いないと詰まらなくありません?」
「まぁね。だから今日は助かったよー」

飛んでくるシャトルを打ち返す音と坂上の少し低めの声、深岬の高い声が他に誰もいない体育館内に響く。
最初は、会話とともに軽く打ち合いを続けていた深岬と坂上だが次第に互いに口数は少なくなっていき、ラケットを握る手に力が篭る。
目の色は真剣味を帯びていく。

風を切るような音。
ガットに打ち付ける小気味いい音。

深岬も坂上も2人が揃いも揃って負けず嫌いな所為か。
白熱していく空間。

「ああ!!」
「っし!」

深岬の悲鳴のような声と坂上がラケットを持たない手でガッツポーズをする。
床に落ちたシャトルをラケットで掬い上げるようにして反対の手で持ちながら、深岬は素直に喜びを表現する坂上の顔を見た。
清清しいまでの笑顔を深岬はまぶしく感じる。

「もうちょっと手加減してくださいよ…坂上さん強すぎるんだもん」
「いやいや。俺が負けるわけにはいかんでしょ?」

豪快に笑い飛ばす坂上に深岬は恨めしそうな視線を送る。
そんな視線すら楽しいのか坂上は未だに笑みを浮かべて額に浮かんだ汗を乱暴に拭いながら深岬に言う。

「もうちょっと腕、振り上げるようにしたらいいんでない?」
「腕?」
「そうそう」

アドバイスをしてくれる坂上に深岬はきょとんとして不思議そうな視線を送る。
「ん?」と聞き返すような仕草を坂上はしてみせる。
深岬は、動いたことによって熱くなった所為かそれともまた別の所為か原因は定かではないが、頬を染めたまま小さな声で「ありがとうございます」と言うと手にしたシャトルを軽くラケットで打った。



どれくらいの間そうしていただろうか。
気づけば練習時間が迫ってきており、人も集まってきていた。

「お前ら、電気ぐらいつけてやれよ」

呆れたように言う主将の久保田の姿に苦笑いを浮べて「すみません」という深岬と「めんどくさかったんすよ」という坂上に久保田も苦笑いを浮べる。

「じゃ、やめっか?」
「そうですね…あーあ、こんなことなら着替えてからすればよかった」
「ホントだなー」

何気なく言った深岬の言葉に反応するように言葉を返してくれる坂上。
一時間弱の間に酷使した腕を振り回すとカバンと着替えを持って更衣室に消える深岬。

「あんた。何で汗だく?」
「あれ。雪子いたんだ?んー坂上さんと遊んでたらいつの間にか本気になっちゃってさー」
「坂上と?」
「うん。そう、腕の振りが甘いって言われたけどね…」
「あーあいつ。人の悪いところ直すの得意だしね」
「そうなの?」
「しかも上級生とか関係なく。ずばずば言うのよー。また、それが的を得てるからイヤというか何というか…憎たらしい?」
「そーなんだ」

適当なロッカーの中に荷物を放り投げながら、雪子の話に気持ち半分で耳を傾けつつ手早く着替えを済ませる。
先に着替え終わっていた雪子と連れたって更衣室の外に出るともうほとんどの部員が集まっていた。
何となく深岬が坂上の姿を探すと坂上はもう既に他の誰かとシャトルを打ち合っている。
坂上と打ち合う麻美の姿を見つけた深岬の目はそこから離れなくなる。
下宿生の麻美は、家で着替えてから直接ここへ来たのだろう。
でなければ、更衣室で着替えていた自分と会うはずなのだから―。

決して坂上は自分の所有物ではないのに、何だか取られた気分でどこか落ち着かない。
妙にそわそわする。

「き…深岬」
「ぁ…ああ。何?」
「ぼうっとしてどうしたの?」
「何でもない」

はっと雪子の自分を呼ぶ声に目を見開くと間近に友人の顔があって驚く。
怪訝な顔をする雪子を誤魔化すと1年生の仕事であるネットを張るために雪子の傍を離れた深岬だった。
そのときも深岬は、敢えて坂上と麻美の姿を見ないようにして、もう既に動き始めている同級生を手伝うために走り寄っていった。
だが、気にしないように努めても気になっていたのは事実だった。

2008

0104

「俺は、絶対に部内と学科内では、彼女は作らないって決めてる」

合宿の丁度中間日にあたる水曜日の午後。
深岬が時間を潰す目的で合宿所に顔を出したところ、バドミントン部が借りている部屋に入る前に4年生の福田とばったり遭遇し、中で大の字になって寝ている小島と坂上を見つけた。
小島と坂上を起こして、その後、急遽部員を集めてどこかへ行こうという話に発展した。
坂上と野坂が主に部員に声をかけてぞくぞくと合宿所に人が集まってきた。
もちろん、全員が集まったわけではないのだが――。
本当に思いつきでだが、ボーリングに出かけて食事に出かけた。
小さな店に15人以上の大人数で乗り込んだため、ほとんどその人数で店全体を埋め尽くしてしまった。
生憎と他の客がいなかったから良かったようなものだった。
そして、深岬たちが外に出た時には、陽も落ち、すっかり暗くなっていた。

大学までの帰り道で、坂上の車に乗り合わせた深岬が聞いた坂上の言葉だった。
彼のその言葉は、坂上なりの持論というところか。

部員同士で気が合い、付き合うこともそう珍しいことではない。
男女が同じ空間で共有する時間が多いだけ存分にありえる。
深岬の所属するバドミントン部でも何組かのカップルが存在している。
あからさまに分かりやすいカップルも居れば、他人から教えられるまで全く気づかないカップルもいる。
深岬は、別にその付き合いを否定する気はなかったが、坂上は彼の様子から判断するとどうも違うらしい。
坂上の座る運転席からは斜め後ろになる助手席側の後部座席に座った深岬は、ハンドルを操縦する坂上の斜め横顔を後ろから見つめた。

あまりにも突然言い出したから驚いたということもある。
何故急に言い出したのか。

「それ。前にも聞いたよー」

けらけら笑いながら、そう返したのは、助手席に座る望だった。
何が面白いのか深岬にはわからない。

「あれ?言ったっけ?」

覚えがないのか坂上は首を傾げている。
坂上の言葉に興味が湧いた深岬は、彼がそう思うに至った理由が知りたくなった。

「何でですか?」
「やー。別に当人達がそれでいいんならいいんだよ。そこまで、全否定するわけじゃなくて…。別れた後、面倒くせぇじゃん」

確かに…。と深岬は納得する。
付き合っている間はいいとしても、別れた後は周囲の人間も気を遣わざるを得ないだろう。
当人達もぎすぎすした関係になるだろうし、たとえ彼らが気にしないでくださいと声を大にして言ったところでそれは難しいというものだ。
どうしても腫れ物に触るような扱いをしてしまう。

「周りも気を遣うしさ。本人達も気まずいだろうしなぁ。去年、俺達の学年でそれで部活を辞めてった奴もいるしさ」
「ああー。アイツラね。俺達の学年にもいたしなぁ」

同乗していた上級生が納得したように頷く。
過去の記憶を思い出しているのかうんうんと頷いている。
横に座っている上級生の顔を横目で確認する深岬。
彼の顔には、苦笑いが浮かんでいる。

「あんときゃあ、ひどかったっすよね」
「確かにな~。お前らの学年すっげーぎこちなかったもんなぁ」
「かき乱すだけかき乱して後はさいならって。ふざけんじゃねーよっつーんすよ」
「はは…」

乾いた笑い。
2人ともあまり良い思い出ではないのかそんな笑いだった。

「そりゃ、部の中にはさ、部内恋愛活性なんて冗談半分で言ってるヤツらも居るけどさー」
「あー慶子とか、雪子とかな~。冗談でもないだろ?アレは…」
「あいつらも自分の好きなヤツが部内にいるだけで言ってるだけだろ?動機が不純なんだっつーの」
「あいつらはそーだろな」

坂上の言葉に納得したように頷く上級生とそのことに不満があるのか坂上はまだ何かぶつぶつと言っていたが、深岬は上の空で聞きながら、果たしてそうなのだろうかと考える。
確かに、後のことを考えると必ずしも誉められたことではない。
だが、人の気持ちなんて止められるものでもないだろう。
気付けばなんてこと良くあることじゃないのか。

夕食を済ませた小さな店での雪子の姿を思い出す。
小島の横に座る雪子は、これでもかというほど小島の世話を焼いていた。
別に小島だけでなく、同席した他の人間も同じように世話を焼いていたが、それは一重に小島が居たからだということくらい誰が見たってわかる。
深岬だけでなく、他の新入生や上級生も苦笑いを浮かべていた。
それでも、雪子の気持ちも分かるから彼女の行動を咎めることもできない。
それは、他の人間もそうなのか。それともその姿を見て楽しんでいるだけなのか。茶化すことはしても誰も非難などしない。
相手によく見られたいそれは、誰でも一緒だろう。

自分の中で境界を敷いたところでセーブできるのだろうか。
出来ないと思うのは、まだ自分が恋という感情をあまり上手く把握できていないからなのか。
まだ子供の証拠だからなのか。
笑って語る坂上の顔を見ながら、何故そこまで自信を持って近くの距離にいる人間とはそうはならないと断言できるのか。
分からなかった。

坂上の言うことも尤もだが、自分に置き換えて考えると必ずしも大手を振って頷くことなどできない。
そう思った。

2008

0103
徐々に合宿所の一室に人が増えていく。
人が増えていってるが、まだ増やそうとする坂上にどれだけ集めれば気が済むのかと深岬は思いながら見ていた。

「どこ行くんだぁ?」

と言いながら福田が入ってくる。
坂上は携帯片手に福田の顔を見つけると頭だけを下げる。
その顔はどこか嬉しそうな顔をしている。

「お、深岬ちゃんだ」
「ども…」

深岬の姿を見つけてにっと笑う福田。
釣られるようにして深岬も笑みを浮かべる。
深岬の耳に坂上の電話の相手との会話が聞こえてくる。

「あ、望?絵里ちゃんも一緒?」

望に連絡を取っているということがわかる。
ただ、そこには、自分との間にはない親密さのようなものを深岬は感じる。


「はぁ?出なくていいよ、その授業。何とかなるなる。え?出るの?じゃあ、終わったら来いよ。ああ、うん。待ってるから」

坂上は、その後も続けて電話を掛け始める。

「麻美。何だよ?機嫌悪ぃな」

苦笑を浮かべながら電話の向こうにいる麻美と会話をする坂上の姿。
私が、この場にいなかったら坂上はこうやって連絡をくれただろうかと考えながら深岬は電話の相手と話をしている坂上を見続けた。

「麻美のヤツ、機嫌悪いでやんの」

用済みとなった携帯電話をジーンズのポケットの中にしまいながら、坂上は笑いながらすでにその場に集まってきていた上級生や新入生に向かって言う。

「何かあったの?」
「さぁ?3年がいないからじゃねぇ?」

至極つまらなさそうに言う坂上に、上級生は苦笑を浮かべた。

「麻美ちゃん。3年生大好きだもんねぇ」
「そこがサカガミには、面白くないんだねー」
「違いますよ。麻美じゃなくて3年がノリ悪いから…」
「はいはい。そういうことにしておこうか」

坂上の反論も上級生は笑いながら流しているが、深岬はその会話をほとんど聞いてはいなかった。
もやが掛かったように入ってはこなかった。
すぐに、その場では別の会話が始まっていた。
そこでも中心にいるのは、坂上だ。

「俺。この前、学科の新歓があったんですけどね。クラスの女子に女装させられたんすよ」
「サカガミがぁ?」
「気色悪いかも…」
「しっつれーなこと言わないでくださいよ」

自分から振った話に茶々をいれられ、笑いながらも文句を言う。
しかし、それは反感を買うようなものではなく、その場を和ませるものだ。

「そのカッコがさー見事に望に見つかって滅茶苦茶、笑われたんですから」
「あれ?学部一緒だったけ?」
「そうです。同じ経済学部経済学科ですよ。アイツ、一目散に俺のところに走ってきやがって、開口一番に大きな声できしょっ!ですよ」
「あー何となく望ちゃんの気持ちわかるわ」
「何で!?俺の気持ちは?」
「えーサカガミは、それでも楽しんでそうだから」

会話の弾むその輪の中にいるのだが、中に入っていけない。
一種の疎外感のようなものを感じ、近くにいるのに遠くにいるようなそんな感覚に陥る。
顔には、合わせたように笑みを浮かべるだけ。
何で自分がそんな思いをしているのかすら深岬にはわからない。
自分の感情をもてあましていた。



坂上が呼び出した望と絵里が合宿所に顔を出すとがらりと雰囲気が変わる。
良い意味で場の空気が読めないというか何というか。

「サカガミは急すぎるし!」

と部屋に座って談笑していた坂上の姿を見つけると望は彼に駆け寄っていく。
早々に望の口から零れたのは、急に呼び出されたことに対する不満。
だが、望の不満の声にも坂上はにっと笑うだけで、全く答えた様子なんてない。
望も坂上のことを呼び捨てで呼んでる…と呆然と見つめていた深岬のもとに、望と一緒に部屋に姿を見せた絵里が寄ってくる。

「急に坂上さんから連絡あるからびっくりした」
「授業中だった?」
「まぁね…。でこの大人数何?」
「どっか行くみたいな雰囲気だよ」

絵里に状況を説明しているとガラッと部屋のドアが開く。
部屋に居座っていた人間の視線がそちらに向く。

「うわっ、何コレ」

驚いた雪子の姿がある。

「げっ…忘れてた」

とまずそうな声をあげる坂上に雪子の視線が飛ぶ。

「坂上?」
「わりぃわりぃ。これから皆でどこか行こうっつー話をしてたんだけどよ…お前に連絡すんの忘れてた」
「ちょっとひどくない!?」

眦を吊り上げて怒りの声をあげる雪子に両手を顔の前に突き出して謝る坂上の姿。

「サカガミひどー。雪子さんカワイソー」
「もっと言ってやって」

それに便乗するように坂上の傍にいた望が言う。
非難の目を向けられて坂上は、慌てたように同じ空間にいた小島を引き合いに出す。

「リョウちゃんには、怒らないのかよ!?」
「ん?」

急に名前を出された小島はとぼけた顔で騒ぎの一団を見る。

「あの顔は、今まで寝てた顔でしょ!」
「さっすがーよく見てるな」
「茶化すなっ!!」

ゴンっという音とともに坂上の頭に雪子の拳がめり込む。
悲鳴をあげる坂上にふんっと鼻息荒く背を向けると雪子は当然のように小島の横に行って座る。

「凶暴女」
「なんか言った?」
「地獄耳」
「もう一回が殴られたい?」
「坂上も雪子もいい加減にしとけよー」

もう一度始まりそうな坂上と雪子の勢いに見かねた上級生が苦笑を浮かべつつ諌める。
するとそれ以上はお互いに何も言わなかった。

「え…と、車出せる人何人いますか?」

と漸く本題に入る。
上級生の何人かが手をあげているのを坂上は数える。

「こんだけありゃあ十分かな?じゃ、今手上げてくれた人、車出して貰っていいですか」
「はいはーい」
「正門でいい?」

と言って数人が姿を消していく。
坂上と小島も立ち上がると部屋を出て行く前に坂上が振り返る。

「あ、望。付く頃に電話するから」
「うん。わかったー」

同じ学年の雪子ではなく、坂上がそう言ったのは深岬と同じ学年の望だった。
普通は同じ学年の雪子に頼むところを何でだろうとこの時、深岬はただ漠然と思っていた。

深岬がそう思った理由に気付くようになるのはもう少し―ほんの少し先のことだった。
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