話を終えて、2年生が出て行った後、漸く重々しい空気から介抱された1年生達だったが、皆の顔は一様に浮かなかった。
しばらくは、そのままの姿勢で誰も動かなかったが1人また1人と重い腰をあげて体育館から出て行く。
鍵を預かっていた深岬は、皆が出て行くのを待っていた。
最後まで残っていたメンバーと一緒に並んで外に出る。
もう日が傾きかけていた。
施錠をして、鍵を返しに行こうとすると甲高い笑い声が聞こえてくる。
何気なく目を向けた先にいるのは、小島と坂上だった。そして、一緒にいて笑いながら話をするのは、望の姿だった。
深岬の耳に届いた甲高い笑い声の正体は、望の声だった。
望だけでなく、小島も坂上も笑っている。
よくあんな話をされた後に、自分には関係ないことと…確かに、練習に欠かさず参加していた望はあんまり関係ないかもしれないが、今回のことは、個人の問題でもあるが、それだけではなく、学年の問題だとも深岬は思うし、本来なら少しは落ち込んだ様子を見せている同じ学年の子に声をかけてやるべきで、全く気に留めた様子もなく坂上たちと笑いあう望の姿に彼女の神経を疑ってしまう深岬だった。
立ち止まって3人の様子を見ていた深岬だが、これ以上見ていると嫌な気分になりそうだったので、視界から彼らの姿を追い払うようにして大股にその場所を去った。
深岬が歩いていくと彼女の進行方向には、麻美が立っていた。
「どうしたの?立ち止まって…」
「待ってたの」
と言われた深岬は、ありがとと礼を言う。
恐らく、深岬に言いたいことがあって残っていたに違いなかった。
深岬もそれが分かってるから軽く笑うだけで何も言わなかった。
「鍵返しに行くんだけど。いい?」
「うん」
そう言って2人で並んで構内を歩く。
鍵を返し終わって、外に出るとどちらからともなく声を掛け合う。
「ご飯食べにいこっか…」
「そうしよ。どこ行く?」
大学近辺にある店で適当な店を選ぶとそこに向かって歩く。
夕食を食べる時間にしては、少し早い気もしないでもなかったが、気にしなかった。
席について適当に注文すると注文した料理が運ばれて来る間、無言で待つ。
数分後に運ばれてきた料理に手をつけながら、しばらくは無言で料理を口にしていた深岬と麻美だったが、最初に口を開いたのは、深岬だった。
「さっき…望と坂上さんと小島さんが話してる姿見て、ちょっとイヤって思った」
「…私は、もっとイヤ」
深岬の言葉にばっさりと切り捨てるように言う麻美。
口調もどことなく険しいものだった。
深岬は、苦笑を浮べつつも気にしないようにして次の言葉を口にする。
「別に望が嫌いなわけじゃないんだけど、ちょっと気が知れなかった。確かにさ…望は、ずっときちんと練習参加してたし、今日も本当は除外されてたんだけど、私が行くって言ったから出ただけなんだけどさ…。というか、こういうことがあった後はたとえ他人のことでも、自分で考えるべきでしょ?それに、目の前に落ち込んでる人間がいるのに何で放って上の人たちと全く気にも留めずに会話できるわけ?普通、声かけるとしたら落ち込んでる人間のほうじゃないの?同じ学年のメンバーとしてさぁ…。望の神経疑いたくなる…」
深岬の不満に麻美は黙ったまま耳を傾ける。
深岬が不満を言い尽くした後は、当然麻美も愚痴を零す。
運ばれてきた料理を平らげたあともなんだかんだで長居をして結局2時間近く、その店に居座り続けた2人だった。
練習を終えた後、片付けをして帰ろうとする深岬。
望は、深岬のすぐ横で最近になって練習に参加する人数の増えてきた他の1年生と今日やる飲み会の話をしていた。
深岬は、参加する気になれずに誘われたが断っていたので、もう用はないとばかりに外に出る。
「おつかれー」
「おつかれー。またねー」
体育館の外に出るともう暦の上では9月の半ばだというのに、むわっとする暑さが立ち込めている。
少し顔を顰めた後、靴を履きなおして駅に向かって歩く。
「深岬ー」
ゆっくりとした足取りで大学の構内を歩いていた深岬だったが、後ろからかけられた声に振り返った。
自転車に乗って近づいてくる雪子に気づいて、足を止めた。
数秒もしないうちに、雪子が深岬に追いついて、自転車から降りた。
「どうしたの?」
「いや…ちょっとね。あんた達なんか妙にぎすぎすしてない?」
「してる」
雪子の問いに迷わず即答していた深岬だった。
言った後にちょっと失敗したかもと思った深岬だったが、もう気づいた時には遅い。
「今日、何かあるの?」
「別に…なんで?」
「望たちが飲み会するっていうのに行かないみたいだったから、何かあるのかなと思ったんだけど、ないなら飲もうよ。話聞くし」
「雪子は、バイトとかないの?」
「休みー」
にっと笑って言う雪子につられるようにして笑うと雪子は、「決まりー」と言って自転車を押しながら深岬の歩幅にあわせるようにして歩く。
「いっつも家だから、店行こうか?」
「うん」
雪子の言葉に頷きながら時計で時間を確認する。
6時過ぎたところだからどの店も空いているだろうと確認して、深岬は雪子と並んで歩く。
「あ、ちょっと家よって荷物置いていい?」
「いいよ」
大学のすぐ傍にある雪子の住むアパートにより、少しの時間雪子の部屋でゆっくりとした後、歩いて2人で近くの店へと行く。
幸いまだ混雑し始める前の時間についただけあって、もう少ししたら混雑して座れないであろう店内は空いていた。
「お好きな席にどうぞ」
という店員の言葉通りにあまり広いとはいえない店の中を歩いて席に座ろうとしたのだが先を歩いていた深岬は、自分が座ろうとしていた席の直ぐ傍で小島の姿を見つけた。
ただ、小島だけなら問題はなかったのかもしれないが、如何せん一緒にいる相手は深岬も良く知る慶子だった。
他に誰もいないところを見ると2人だけで来たのだろう。
小島も慶子も深岬には気づいていない。
2人の雰囲気は明らかに普段、部活で見せるものとは全く異なっていた。
「どうかした?」
後ろからついてきていた雪子の声にはっとした深岬は、くるりとすぐに後ろを振り返る。
雪子には、見せるべきではないと判断した。
「あのさ…あっちの席にしない?」
「何言ってんの?あんたがこっちがいいって言ったんでしょ?」
変なこと言うなとばかりに言い返してくる雪子から自分の体で小島と慶子の姿を隠すことで深岬は、精一杯だった。
明らかに不審な態度をとる深岬に雪子は、怪訝な顔つきで深岬の後ろに何かあるのかというように背伸びをして深岬の背後を覗こうとした。
「どうかしたの?…あっ…」
と目を見張った雪子の顔を見て、彼女が小島と慶子の姿を見たと悟った深岬だった。
「雪子。とりあえず、出よっか?」
愕然とした様子の雪子の体を反転させてその背中を押しながら、店の出口へと向かう深岬だった。
外に出た時に漸く雪子は、我に返ったようで、深岬に確認するかのように少し上擦ったような声で尋ねる。
「あれって…そういうことなのかな……」
否定して欲しいという雪子の気持ちもわからないものではない。
だが、深岬にその場しのぎで適当なことを言うことはできなかった。
とりあえず雪子を店の外に連れ出した深岬は、彼女の家に戻るほうが懸命だろうと判断し、雪子を連れて彼女の家へと戻った。
「ほら、雪子。鍵」
「あ…うん」
小島と慶子の姿を見てショックを隠しきれないのだろう。ほとんど気の抜けたような姿の雪子だった。
部屋の中に入り、ローテーブルに向かい合うようにして座る。
雪子の様子からとてもじゃないが、自分の話なんて聞いてもらえないだろうと思った。
これでは、寧ろ自分が聞き役に徹しなければならない。
「雪子…」
「最近、リョウちゃん付き合い悪かったんだよね。これってこういうことだったのかなぁ。全然、気づかなかった…リョウちゃんと慶子さんが付き合ってたなんて」
恐らく、雪子が気づかないのであれば他に誰も気づいていないのかもしれない。
「何で言ってくれないかったんだろう…」
嘆くように言う雪子に深岬は、言えるわけないと思った。
雪子の態度は、他の誰が見ても一目瞭然だった。
本人である小島も気づかない訳がない。それに…小島は、友人としての雪子が慶子と付き合っているということを雪子に告げることで離れていくのが怖かったのかもしれない。
小島の考えは、小島ではない深岬に理解することはできないのだが、なんとなくそう思った深岬だった。
雪子にもなんて言葉をかけていいのか分からない。
「どうしよ…普通に接する自信がないよ…」
自分の悩みを聞いてもらえるどころか延々と雪子の嘆きを聞かされた深岬にその日、雪子が最後に口にした言葉だった。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック
2008
いつもより早くついた深岬だったが、いつもと何ら変わらずに更衣室で着替えをしていると部屋に入るための唯一の扉が開く。
顔を覗かせたのは、雪子だったが、深岬の姿をそこに見つけて驚いたような声を出した。
「あれ、早いじゃん」
「うん。一本早い電車で来たから」
苦笑を浮かべて答える深岬の傍に寄ってくると雪子は、手にしていた深岬のラケットとシューズを差し出す。
「はい。ラケットね。でも、丁度良かった」
「ありがと。丁度いいって何が?」
深岬の荷物が置かれたロッカーの横に同じように荷物を置くと着替えながら雪子が安心したような声で言うのだが、深岬には訳がわからない。
聞き返した深岬に、軽く「ちょっと待って」と雪子は答える。
深岬は、雪子が着替え終わるのを待っていると雪子が深岬の手を引いて更衣室の隅置いてあるベンチのところまで連れて行く。
雪子に手を引かれるまま、ベンチに雪子と並んで座る。
「深岬。ちょっと話があるんだけど?」
「何?どうかした?」
真剣な顔でいつもより声を抑えて言う雪子に不安めいたものを感じずにはいられない。
「あ、別にあんたは直接関係ないからそんな構えないでよ」
雪子にそう言われたところで彼女の表情からは、とてもじゃないが気をぬくことはできなかった。
直感的に何かよくないことのような気がした。
「あのさ…今。ウチラ幹部の間で1年生の話が出ててね」
雪子は、深岬に直接関係ないとは言ったが、1年生という言葉を聞いた瞬間、関係ないとは言い切れなかった。
どきりとする深岬を置いて、雪子の話はどんどん進んでいく。
「え…」
「夏休み入ってもきちんときてるのって深岬と望だけでしょ」
その問いには、一応事実だから頷いておくが、フォローするわけではないが、一応他の1年生についても触れておく。
「そりゃあそうだけど、他にも来てるのはいるじゃん」
「あんた達に比べたら全然少ないじゃない。それに全く来てないのもいるじゃん。それで結構、皆ぴりぴりしてるんだよね」
誰がと問うまでもなかった。
それに雪子の全くきてないという言葉に脳裏に、幹部交代の日に深岬にしばらく行かないと深岬に公言し、その言葉通り一度も練習に来ていない麻美の姿が思い浮かぶ。
勿論、練習に来ていないのは、麻美だけでないが、深岬の脳裏に浮かんだのは麻美だった。
「坂上さん?」
恐る恐ると言った感じで聞く深岬に、雪子は苦笑を浮かべた。
「坂上だけじゃなくてリョウちゃんもなんだかんだで不機嫌だし…。坂上は飲み会とかでキレてるから予想はつくだろうけど、それでさ…坂上なんかもう練習来ないやつは登録から消すとか息巻いちゃって」
「それで?」
「そんな横暴なこといくらウチラだってやるのはまずいじゃん。それでとりあえず1年生にどういうつもりなのか話を聞こうという方向になってるんだよね」
「そうなんだ?話ってそれだけ?」
「いやね。話し合いするとなった時に練習に参加してるあんたや望は完全に対象から外れるわけじゃん?だから、出ても出なくても…」
「出るよ」
「え?」
雪子の言葉を遮って、出るという言葉を口にした深岬に雪子は、きょとんとした顔で深岬を見返した。
「だって私自身は違ったとしても同じ学年のことだもん。出ないっていうのは、変だと思う。望はどうかはわからないけど、少なくとも私は、出る。それって決定事項?」
「ううん。話し合ってる途中」
「そ。なら、もし決まったら私にも連絡頂戴」
「分かった」
数日後、雪子の言葉通り深岬に連絡が入ってきた。
指定された時間に体育館に入ると既に集まっていた同じ学年の部員がいて、一瞬ここはいつも練習している体育館かと違和感を感じる。
夕方で、他の部活も練習を終えて引き上げた後なのか他の部活の人間はいなかった。
言葉少なに集まる同じ学年の部員は、どんよりとした雰囲気をかもし出していた。
メールには、きちんと明言はされてはいなかったものの、雰囲気から肌で感じるのだろう。
それは、2年生が表れるとさらに加速していった。
難しく険しい顔をした2年生と不安な表情を隠そうともしない1年生。
一つの大きな輪を作って座っていたのだが、2年生はお互いに顔を合わせることなく顔を俯けたまま黙ったまま。
1年生は、何も言い出さない上級生に言い様の知れない不安を感じて互いに目配せしあう。
それがしばらく続いた後、最初に口火を切ったのは、主将の役職につく小島だった。
「今日集まってもらったのは別に怒るために呼び出したのではなくて…」
いつもより重々しい小島の口調に1年生の体に緊張が走る。
小島の言葉を皮切りにして、次々に2年生が口を開く。
「人それぞれ思ってることがあったらそれを聞きたいと思って…」
「俺達の学年のやり方が気に食わないんだったら言ってもらってもいいし」
「辞めたいっていうならこの場で言って貰ってもいいし、言い難いなら、後ででもウチラの学年の誰か1人にでも言ってもらったらいいから」
「一番困るのは、中途半端な態度なんだよ…」
声を荒げて言う者は誰もいない。
だから余計にクルものがある。
これなら、ガツンと怒られるほうがまだ後味が良かったかもしれないのでは、と思う深岬。
静かに訴えるように告げられる言葉に居心地の悪さすら感じる。
2年生の言葉を聞きながら、深岬は、罪悪感めいたものを感じていた。
胸を張って、練習に参加していたとは言いにくい。
自分が練習に来ていたのは、一重に坂上の存在が大きい。
麻美のように、部以外のところで繋がっていられるほど親しくもない。
この場だけが、深岬と坂上を繋ぐものだった。
もし、坂上がいなければ自分もここに呼び出された練習に来ない同学年の部員と一緒だったと思った。
好きな相手に認められたい、近くにいたい一身で参加している自分の動機は不純すぎる…。
2年生の言葉をぼんやりと聞きながら深岬は、自分は一体何やってるんだろうと考えていた。
誰の言葉だったかもう定かではないが―。
「幹部の学年が全員来てるわけでもないから、そこまで強くは言わないけどさ、来年新しく1年生が入ってきたときのことを考えた時に今の1年生の部活に対する姿勢は、その子達にも悪影響を与える可能性があるんだってこと分かって。部に対する姿勢は人それぞれだけど、後に引くようなことはしないで欲しい」
そう言われて、深岬は少なからず傷ついた。
まるで、お前達には期待していない。だから、他の人間には迷惑をかけるなと言われているように感じた…。
顔を覗かせたのは、雪子だったが、深岬の姿をそこに見つけて驚いたような声を出した。
「あれ、早いじゃん」
「うん。一本早い電車で来たから」
苦笑を浮かべて答える深岬の傍に寄ってくると雪子は、手にしていた深岬のラケットとシューズを差し出す。
「はい。ラケットね。でも、丁度良かった」
「ありがと。丁度いいって何が?」
深岬の荷物が置かれたロッカーの横に同じように荷物を置くと着替えながら雪子が安心したような声で言うのだが、深岬には訳がわからない。
聞き返した深岬に、軽く「ちょっと待って」と雪子は答える。
深岬は、雪子が着替え終わるのを待っていると雪子が深岬の手を引いて更衣室の隅置いてあるベンチのところまで連れて行く。
雪子に手を引かれるまま、ベンチに雪子と並んで座る。
「深岬。ちょっと話があるんだけど?」
「何?どうかした?」
真剣な顔でいつもより声を抑えて言う雪子に不安めいたものを感じずにはいられない。
「あ、別にあんたは直接関係ないからそんな構えないでよ」
雪子にそう言われたところで彼女の表情からは、とてもじゃないが気をぬくことはできなかった。
直感的に何かよくないことのような気がした。
「あのさ…今。ウチラ幹部の間で1年生の話が出ててね」
雪子は、深岬に直接関係ないとは言ったが、1年生という言葉を聞いた瞬間、関係ないとは言い切れなかった。
どきりとする深岬を置いて、雪子の話はどんどん進んでいく。
「え…」
「夏休み入ってもきちんときてるのって深岬と望だけでしょ」
その問いには、一応事実だから頷いておくが、フォローするわけではないが、一応他の1年生についても触れておく。
「そりゃあそうだけど、他にも来てるのはいるじゃん」
「あんた達に比べたら全然少ないじゃない。それに全く来てないのもいるじゃん。それで結構、皆ぴりぴりしてるんだよね」
誰がと問うまでもなかった。
それに雪子の全くきてないという言葉に脳裏に、幹部交代の日に深岬にしばらく行かないと深岬に公言し、その言葉通り一度も練習に来ていない麻美の姿が思い浮かぶ。
勿論、練習に来ていないのは、麻美だけでないが、深岬の脳裏に浮かんだのは麻美だった。
「坂上さん?」
恐る恐ると言った感じで聞く深岬に、雪子は苦笑を浮かべた。
「坂上だけじゃなくてリョウちゃんもなんだかんだで不機嫌だし…。坂上は飲み会とかでキレてるから予想はつくだろうけど、それでさ…坂上なんかもう練習来ないやつは登録から消すとか息巻いちゃって」
「それで?」
「そんな横暴なこといくらウチラだってやるのはまずいじゃん。それでとりあえず1年生にどういうつもりなのか話を聞こうという方向になってるんだよね」
「そうなんだ?話ってそれだけ?」
「いやね。話し合いするとなった時に練習に参加してるあんたや望は完全に対象から外れるわけじゃん?だから、出ても出なくても…」
「出るよ」
「え?」
雪子の言葉を遮って、出るという言葉を口にした深岬に雪子は、きょとんとした顔で深岬を見返した。
「だって私自身は違ったとしても同じ学年のことだもん。出ないっていうのは、変だと思う。望はどうかはわからないけど、少なくとも私は、出る。それって決定事項?」
「ううん。話し合ってる途中」
「そ。なら、もし決まったら私にも連絡頂戴」
「分かった」
数日後、雪子の言葉通り深岬に連絡が入ってきた。
指定された時間に体育館に入ると既に集まっていた同じ学年の部員がいて、一瞬ここはいつも練習している体育館かと違和感を感じる。
夕方で、他の部活も練習を終えて引き上げた後なのか他の部活の人間はいなかった。
言葉少なに集まる同じ学年の部員は、どんよりとした雰囲気をかもし出していた。
メールには、きちんと明言はされてはいなかったものの、雰囲気から肌で感じるのだろう。
それは、2年生が表れるとさらに加速していった。
難しく険しい顔をした2年生と不安な表情を隠そうともしない1年生。
一つの大きな輪を作って座っていたのだが、2年生はお互いに顔を合わせることなく顔を俯けたまま黙ったまま。
1年生は、何も言い出さない上級生に言い様の知れない不安を感じて互いに目配せしあう。
それがしばらく続いた後、最初に口火を切ったのは、主将の役職につく小島だった。
「今日集まってもらったのは別に怒るために呼び出したのではなくて…」
いつもより重々しい小島の口調に1年生の体に緊張が走る。
小島の言葉を皮切りにして、次々に2年生が口を開く。
「人それぞれ思ってることがあったらそれを聞きたいと思って…」
「俺達の学年のやり方が気に食わないんだったら言ってもらってもいいし」
「辞めたいっていうならこの場で言って貰ってもいいし、言い難いなら、後ででもウチラの学年の誰か1人にでも言ってもらったらいいから」
「一番困るのは、中途半端な態度なんだよ…」
声を荒げて言う者は誰もいない。
だから余計にクルものがある。
これなら、ガツンと怒られるほうがまだ後味が良かったかもしれないのでは、と思う深岬。
静かに訴えるように告げられる言葉に居心地の悪さすら感じる。
2年生の言葉を聞きながら、深岬は、罪悪感めいたものを感じていた。
胸を張って、練習に参加していたとは言いにくい。
自分が練習に来ていたのは、一重に坂上の存在が大きい。
麻美のように、部以外のところで繋がっていられるほど親しくもない。
この場だけが、深岬と坂上を繋ぐものだった。
もし、坂上がいなければ自分もここに呼び出された練習に来ない同学年の部員と一緒だったと思った。
好きな相手に認められたい、近くにいたい一身で参加している自分の動機は不純すぎる…。
2年生の言葉をぼんやりと聞きながら深岬は、自分は一体何やってるんだろうと考えていた。
誰の言葉だったかもう定かではないが―。
「幹部の学年が全員来てるわけでもないから、そこまで強くは言わないけどさ、来年新しく1年生が入ってきたときのことを考えた時に今の1年生の部活に対する姿勢は、その子達にも悪影響を与える可能性があるんだってこと分かって。部に対する姿勢は人それぞれだけど、後に引くようなことはしないで欲しい」
そう言われて、深岬は少なからず傷ついた。
まるで、お前達には期待していない。だから、他の人間には迷惑をかけるなと言われているように感じた…。
2008
今日の主役は、3年生と2年生だった。
故に、飲み会のターゲットになっているのは専ら3年生と2年生になる。
3年生と2年生が1人ずつ挨拶をした後4年生や1年生はこぞって彼等に乾杯を求めては潰しにかかる。
挨拶の直後は、良かったのかもしれない。
一時間が経過しようという頃にはすっかり二分されていた。
上級生と1年生とで面白いくらいにはっきりと分かれていた。
もう既に、いつもの飲み会となんら変わらない様子ではしゃぐ上級生に対して、それを傍観する1年生。
唯一の例外は、望だけだった。
彼女は、上級生に混じって大いにこの場を楽しんでいた。
他の1年生はと言えば、望のように何とかその場に溶け込もうとしている者もいれば、完全に蚊帳の外から見ている者もいる。多いのは、どちらかと言えば後者だろう。
深岬は当然後者である。
昨日の飲み会で坂上が1年生に対してキレたという話を望から聞いたばっかりの深岬は、そんな同学年の様子に仕方ないかと思いつつも自分が輪の中に入っていく気にはなれなかった。
昨日とは、違い上機嫌の坂上。
今日は、キレそうな雰囲気は醸しだしてはいないが、彼と接する1年生はどこかぎこちない。
当然といえば当然の結果だろう。
深岬の横には、麻美が座っているのだが、いつもなら仲の良い坂上の近くではしゃいでいる彼女が珍しくも深岬の横で大人しくしている。
自分以外の誰かが坂上の横で楽しそうに笑っていたり、同じように坂上が笑う姿を見るのは、良い気持ちはしないものだが、これはこれで少し違和感を感じ、一体どうしたのかと思いながら麻美を横目で見ると、麻美と目が合う。
「今日は、行かないの?」
とはしゃぐ上級生の方向を指差すと麻美は首を振った。
至って普通の顔をしているので、酒もあまり飲んでいないということがわかる。
「いかない」
「珍しい…」
「だって、望がいるもん」
苛立ったように言う麻美に深岬は両目を見開いた。
言葉の調子から判断するに麻美が望に対していい感情を抱いていないということが容易に判断できる。
少なくとも深岬が覚えている範囲では、2人が仲が悪いということはなかった。
「何かあった?」
「あった?じゃないんだってば!アイツ、ムカツク…」
一応離れているとは言え、同じ空間にいることに配慮して、後半の言葉は声を抑えて言っていたが、横にいた深岬にははっきりと耳に届いていた。
「え…」
「アンタはムカつかないの!?」
「は?何が」
「練習来いメール」
と聞いて漸く理解できた深岬だった。
深岬に望がみんなにメールしようかなと言った翌日から練習にちらほらと数は少ないが出てくるようになった。
ただ、麻美はその後も出てきてなかった。
なるほどと納得する深岬の横で、怒りが沸々と湧き上がっている麻美は、イライラした様子で携帯の画面を見せてくる。
「このメール、来たでしょ?」
「いや…私には、着てない」
「何でよ?」
「望みたいに毎日行ってたわけじゃないけど…ほら、昨日の試合に出ることになってたから、顔は何度か出しててさ」
「そうなの?ま、いいや…、これ見てよ」
深岬の台詞に納得はしたようで、メールの内容を読めと促がしてくる。
言われるままに目を落とす深岬だったが、内容を見て顔を少し顰めた。
麻美が怒るのも納得できるような書き方だった。
深岬が携帯を麻美に返すと乱暴な仕草で携帯電話を仕舞う麻美。
「あったま来る…何が、私にできてるんだから皆出来て当然でしょ?だ」
「まぁまぁ」
「あんただってムカつかないの?テストはただの言い訳だって、アンタの楽な経済学部と一緒にすんなっっーの」
「それは、ちょっとね」
確かに全部を自分の目線で見られることは腹が立つことこの上ないだろう。
「でしょ!?何様って感じがするし…私、望ダメかも」
「ま、合う人合わない人がいるから仕方ないよ…ヤなことは、忘れて飲も」
随分前から空になっていた麻美のコップに酒を注ぐ。
ひとしきり深岬に話したことで少しすっきりしたのか、麻美もそれ以上何も言わずに頷いた。
「ところで、深岬。今日も雪子さんのところでしょ?」
「あ、うん。そのつもり…」
「とてもじゃないけど、無理じゃない?」
そう言って麻美はある方向を指差す。
深岬が指の方向を追いかけていくとそこには、既にぐだぐだになって床に沈んでいる雪子がいる。
それを見て、無理かも…と思っていると麻美が「ウチにきてもいいけど…」と言い掛けた時に、既に酒に酔って顔を赤くさせた望がにこにこ顔で寄ってくる。
「深岬ちゃんも麻美ちゃんも、こんなところでまったりしてないであっちで飲もーよ」
先ほど麻美から望に対する不満を聞いた直後だっただけに、間が悪いと冷や汗をかきそうな深岬だったが、深岬の心配は杞憂に終わった。
望に不満たらたらの様子の麻美は、深岬の予想の範疇を超えて笑顔で望に応対していた。
わっけわかんない…と呆然としながら笑って上級生が騒いでいる一団に近づいていく麻美を見送った深岬に、麻美を送り出した後、深岬が席を立つのを待っていた望が焦れたように深岬の手を引っ張る。
「深岬ちゃんも早くいこっ」
邪気のない笑みを浮かべながら深岬の手を引く望に引きずられるようにして連行されながら、深岬は、「女って怖い…」などと思っていた。
その後、宣言通りに麻美は、部活に顔を出さなくなった。
また、他の1年生も一度行かなくなるとそのまま引きずってしまうのか足が遠のいていた。
夏休み中の練習は、常に顔ぶれが決まっていた。
幹部になった2年生と1年では、深岬と望。そこにたまに顔を出す上級生と毎日入れ替わり立ち替わりで変わる1年生の姿。
練習をした後は、ぐだぐだと時間を潰して、夜は飲み会。
主に雪子から誘われたり、坂上が思いつきで計画したりというのが大半だった。
練習に出た後は、特にすることもなかった深岬は、当然のようにそれに参加する。勿論、望もだ。
たとえ、練習時間にいなくても1人暮らしをしている者は、呼び出せば大体現れるので、下手したら練習時間よりも人が多いかもしれなかった。
だが、坂上を呼び出すと2回に1回の割合で確実に麻美が付いてくる。
練習に来なくなっても2人の仲の良さは健在のようで、その2人の姿は少なからず深岬に影響を与えていた。
2人が揃って現れた日の飲み会は、純粋にその場を楽しめない。
気になってしまう。
何か特別な関係なのだろうかとか―。
或いは、自分が麻美と同じ立場になったとして、同じようには決してならないだろうとか―。
そして、夏―いや、幹部になってからという方が正しいかもしれないが、酒が入ると坂上が兎に角、キレやすくなった。
その矛先は練習にあまり意欲を見せずに出てこない1年に向いている。
キレた坂上に対して、深岬はうまく宥める方法など知らないし、どうすればいいのかすらわからずに困ってしまうのだ。
上手く宥めるのは、麻美や望と言った坂上と親しい人間で、それも深岬の嫉妬心を煽るのを手伝っていた。
近づきたいのに、一定の距離以上近づけない。麻美や望のように坂上の近くに立つことができない。心では、どれだけ近づきたいと思ったところで、そんな勇気もない。ジレンマを抱えたまま、日々が過ぎていった。
故に、飲み会のターゲットになっているのは専ら3年生と2年生になる。
3年生と2年生が1人ずつ挨拶をした後4年生や1年生はこぞって彼等に乾杯を求めては潰しにかかる。
挨拶の直後は、良かったのかもしれない。
一時間が経過しようという頃にはすっかり二分されていた。
上級生と1年生とで面白いくらいにはっきりと分かれていた。
もう既に、いつもの飲み会となんら変わらない様子ではしゃぐ上級生に対して、それを傍観する1年生。
唯一の例外は、望だけだった。
彼女は、上級生に混じって大いにこの場を楽しんでいた。
他の1年生はと言えば、望のように何とかその場に溶け込もうとしている者もいれば、完全に蚊帳の外から見ている者もいる。多いのは、どちらかと言えば後者だろう。
深岬は当然後者である。
昨日の飲み会で坂上が1年生に対してキレたという話を望から聞いたばっかりの深岬は、そんな同学年の様子に仕方ないかと思いつつも自分が輪の中に入っていく気にはなれなかった。
昨日とは、違い上機嫌の坂上。
今日は、キレそうな雰囲気は醸しだしてはいないが、彼と接する1年生はどこかぎこちない。
当然といえば当然の結果だろう。
深岬の横には、麻美が座っているのだが、いつもなら仲の良い坂上の近くではしゃいでいる彼女が珍しくも深岬の横で大人しくしている。
自分以外の誰かが坂上の横で楽しそうに笑っていたり、同じように坂上が笑う姿を見るのは、良い気持ちはしないものだが、これはこれで少し違和感を感じ、一体どうしたのかと思いながら麻美を横目で見ると、麻美と目が合う。
「今日は、行かないの?」
とはしゃぐ上級生の方向を指差すと麻美は首を振った。
至って普通の顔をしているので、酒もあまり飲んでいないということがわかる。
「いかない」
「珍しい…」
「だって、望がいるもん」
苛立ったように言う麻美に深岬は両目を見開いた。
言葉の調子から判断するに麻美が望に対していい感情を抱いていないということが容易に判断できる。
少なくとも深岬が覚えている範囲では、2人が仲が悪いということはなかった。
「何かあった?」
「あった?じゃないんだってば!アイツ、ムカツク…」
一応離れているとは言え、同じ空間にいることに配慮して、後半の言葉は声を抑えて言っていたが、横にいた深岬にははっきりと耳に届いていた。
「え…」
「アンタはムカつかないの!?」
「は?何が」
「練習来いメール」
と聞いて漸く理解できた深岬だった。
深岬に望がみんなにメールしようかなと言った翌日から練習にちらほらと数は少ないが出てくるようになった。
ただ、麻美はその後も出てきてなかった。
なるほどと納得する深岬の横で、怒りが沸々と湧き上がっている麻美は、イライラした様子で携帯の画面を見せてくる。
「このメール、来たでしょ?」
「いや…私には、着てない」
「何でよ?」
「望みたいに毎日行ってたわけじゃないけど…ほら、昨日の試合に出ることになってたから、顔は何度か出しててさ」
「そうなの?ま、いいや…、これ見てよ」
深岬の台詞に納得はしたようで、メールの内容を読めと促がしてくる。
言われるままに目を落とす深岬だったが、内容を見て顔を少し顰めた。
麻美が怒るのも納得できるような書き方だった。
深岬が携帯を麻美に返すと乱暴な仕草で携帯電話を仕舞う麻美。
「あったま来る…何が、私にできてるんだから皆出来て当然でしょ?だ」
「まぁまぁ」
「あんただってムカつかないの?テストはただの言い訳だって、アンタの楽な経済学部と一緒にすんなっっーの」
「それは、ちょっとね」
確かに全部を自分の目線で見られることは腹が立つことこの上ないだろう。
「でしょ!?何様って感じがするし…私、望ダメかも」
「ま、合う人合わない人がいるから仕方ないよ…ヤなことは、忘れて飲も」
随分前から空になっていた麻美のコップに酒を注ぐ。
ひとしきり深岬に話したことで少しすっきりしたのか、麻美もそれ以上何も言わずに頷いた。
「ところで、深岬。今日も雪子さんのところでしょ?」
「あ、うん。そのつもり…」
「とてもじゃないけど、無理じゃない?」
そう言って麻美はある方向を指差す。
深岬が指の方向を追いかけていくとそこには、既にぐだぐだになって床に沈んでいる雪子がいる。
それを見て、無理かも…と思っていると麻美が「ウチにきてもいいけど…」と言い掛けた時に、既に酒に酔って顔を赤くさせた望がにこにこ顔で寄ってくる。
「深岬ちゃんも麻美ちゃんも、こんなところでまったりしてないであっちで飲もーよ」
先ほど麻美から望に対する不満を聞いた直後だっただけに、間が悪いと冷や汗をかきそうな深岬だったが、深岬の心配は杞憂に終わった。
望に不満たらたらの様子の麻美は、深岬の予想の範疇を超えて笑顔で望に応対していた。
わっけわかんない…と呆然としながら笑って上級生が騒いでいる一団に近づいていく麻美を見送った深岬に、麻美を送り出した後、深岬が席を立つのを待っていた望が焦れたように深岬の手を引っ張る。
「深岬ちゃんも早くいこっ」
邪気のない笑みを浮かべながら深岬の手を引く望に引きずられるようにして連行されながら、深岬は、「女って怖い…」などと思っていた。
その後、宣言通りに麻美は、部活に顔を出さなくなった。
また、他の1年生も一度行かなくなるとそのまま引きずってしまうのか足が遠のいていた。
夏休み中の練習は、常に顔ぶれが決まっていた。
幹部になった2年生と1年では、深岬と望。そこにたまに顔を出す上級生と毎日入れ替わり立ち替わりで変わる1年生の姿。
練習をした後は、ぐだぐだと時間を潰して、夜は飲み会。
主に雪子から誘われたり、坂上が思いつきで計画したりというのが大半だった。
練習に出た後は、特にすることもなかった深岬は、当然のようにそれに参加する。勿論、望もだ。
たとえ、練習時間にいなくても1人暮らしをしている者は、呼び出せば大体現れるので、下手したら練習時間よりも人が多いかもしれなかった。
だが、坂上を呼び出すと2回に1回の割合で確実に麻美が付いてくる。
練習に来なくなっても2人の仲の良さは健在のようで、その2人の姿は少なからず深岬に影響を与えていた。
2人が揃って現れた日の飲み会は、純粋にその場を楽しめない。
気になってしまう。
何か特別な関係なのだろうかとか―。
或いは、自分が麻美と同じ立場になったとして、同じようには決してならないだろうとか―。
そして、夏―いや、幹部になってからという方が正しいかもしれないが、酒が入ると坂上が兎に角、キレやすくなった。
その矛先は練習にあまり意欲を見せずに出てこない1年に向いている。
キレた坂上に対して、深岬はうまく宥める方法など知らないし、どうすればいいのかすらわからずに困ってしまうのだ。
上手く宥めるのは、麻美や望と言った坂上と親しい人間で、それも深岬の嫉妬心を煽るのを手伝っていた。
近づきたいのに、一定の距離以上近づけない。麻美や望のように坂上の近くに立つことができない。心では、どれだけ近づきたいと思ったところで、そんな勇気もない。ジレンマを抱えたまま、日々が過ぎていった。
2008
『相手の言葉を真に受ける必要なんてないじゃない』
いとも簡単にそう述べてくれたのは、涼子だった。
うまく交わせる自信の無かった深岬が、観念して涼子に自分の胸のうちを打ち明けたときに彼女は、きょとんとした顔でそう言ったのだ。
深岬は、最初二の句が告げなかった。
坂上は、公言している。
部内では、絶対に彼女は作らないと―。
そう告げたときにも、『だからって、深岬ちゃんが部活辞めるわけ?』と逆に聞き返してこられて深岬は首を振った。
部活を辞めるつもりは当然ない。
坂上だけでなく、雪子もいるし、同じ学年にも友人が出来た。それを捨てるつもりなんてさらさらない。ましてや、叶うかわからないもののためにその時間を捨てるなんてバカらしかった。
第一、坂上には彼女がいる。
確かに、坂上のことは好きだが、彼女から奪ってまで…という考えは、深岬は持ち合わせていない。
どう接したらいいかわからないのだ。
初めての恋というわけでもないのに、ひどく動揺している自分がいる。
『大体、本当に好きになったらそんな決め事どうでもよくなるよ』
これは、言い得て妙かもしれないと深岬は思った。
『それを守れているっていうことは凄いことかもしれないけれど…。本当に好きな人が部活内や学科内で出来たら守れるものじゃなくなると思うんだけど』
涼子のさらに補足の説明に妙に納得している自分がいることに深岬は気付いていた。
そうかもしれない。
『もし、相手を振り向かすことができなかったらそれは、自分に力が無かっただけでしょ?まぁ、あからさまに分かりやすい態度は、相手も一歩引いちゃうと思うからさ…ちょっとは抑えるべきだろうとは思うけど。部内で協力してくれそうな人とかに相談してみるのもいいかもよ?案外、協力してくれるかもしれないし…ね?』
という言葉に少し肩の力を抜くことができた深岬だった。
とはいえ、何となく練習場所である体育館に向かう足取りはどこか重たかった。
体育館に足を踏み入れると上級生は揃っていてやはり同じ学年の部員の姿は無かった。
軽く挨拶だけして更衣室に入る。
深岬が着替えていると望も姿を見せる。
「あーよかった。居て」
自分のすぐ横にきて、ほっとしたように言う望を横目で確認しつつ着替えを済ませると「先に行くよ」と言って更衣室を出た。
バドミントン部に割り当てられたコート付近に近づいていくのだが、その居心地の悪いことと言ったらない。
これでは、望のあの様子も納得できる。
苦笑を浮かべながら入って行くと先に準備をしてくれていた上級生を手伝う。
遅れて望も現れて練習前の準備をしていく。
後少しで終わるというところで上級生のうちの一人がぼそりと零した。
「今年の1年ダメだな」
深岬がはっとして声のした方を見る。
傍に居た望も一緒のようで…。
望の姿を確認すると、悔しそうに下唇を噛んでいる。
「練習に来いよなぁ。サークルじゃねぇんだから」
まるで同意するかのように他のところからも声がかかる。
「し、仕方ないですよー。皆、テストが気になるみたいだし…」
望が俄かに上ずったような声でフォローを入れるが――。
「望ちゃんや、深岬ちゃんは来てるわけじゃん。他の奴等もこれないわけないって」
全くの逆効果だった。
一応、自分達は認めてもらっているのかと思えるような言葉だったが、深岬にとって耳の痛い話だ。
その日の練習が終わった後に、更衣室で深岬と望の2人の周りだけ異様に重くて暗い空気が漂っていた。
同じ空間に居合わせた、上級生達は、「あんた達2人のことじゃないから気にするな」と声をかけてくれたのだが…。
それでも、深岬も望も気にせざるを得なかった。
「私、みんなにメールしようかなぁ」
何気なくぼそりと呟いた望に、深岬は動かしていた手を止めて横にいた望を見る。
望は、深岬の顔をじっと見つめるようにして、深刻な面持ちで言う。
「もうちょっと、時間を見つけて来るようにって」
「…うん。それは…良いと思うけど…」
やり方次第では、余計にややこしいことにもなりかねないのでは…と口にしようとした深岬だったが。
「じゃっ!そうするね。あ、深岬ちゃんには、回す必要ないから、回さないよー」
「あ、うん」
まるで自分を鼓舞するかのようにわざと明るい声を出して言う望の姿は、この部活が好きなんだろうなということが感じ取れるものだった。
だから、ここまで考えて行動するのではないだろうか―とも深岬は思った。
自分は、果たしてそこまで思えるかどうかは疑問なところだった。
望が一体どんな内容のメールを送ったかは、わからないがちらほらと練習に参加する一年生の姿が見えるようになってきた。
だが、一部には全く顔を出さない者もいるのだが…。
それでも進歩といえることだろうと深岬は、良かったと思っていたし、望も嬉しそうにしているのだから良かったのだろう。
但し、深岬が遅れて行くことになっていた試合には、やはり一年生の姿は望しかなかった。
遅れて電車を数時間乗り継いで宿泊予定地になっているホテルに到着した深岬を見ると途端に安心したような望の姿に何かを感じない深岬ではなかった。
一番重要なはずの試合に、欠席者が続出。
上級生も良い顔をしないのが当然だ。
もう既にテストも終えているというのに……。
試合中は、前回のような無様な姿を曝すことはなかった深岬だったが、今回は別の意味で肩身が狭いような思いをした。
それは、望も一緒で2人ともが気まずい思いをして帰途に着いた2人だった。
帰りのコースの途中に自宅がある深岬は、途中で別れて一人自宅に帰ったのだが、家に帰りついたときには、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。
試合の後の打ち上げが何時もの如く大学近くの居酒屋で行われると聞いたが、望はそれに参加するのだろうかと思いながら、くたくたになった体をリビングにあるソファに横たわらせる。
すぐに、母親から「そんなところで横にならないで、さっさと寝なさい」と言われて重い体を引きずって2階にある自室へと上がる。
話では、試合に行ってない人も参加すると言っていた飲み会だ。
坂上が怒りそうだなと頭の片隅で思いながら、深岬はゆっくりと瞳を閉じた。
試合の翌日には、幹部交代と呼ばれる部内のイベントが入っていた。
幹部交代とは、バドミントン部では、2年生のこの時期から3年生の昨日まで深岬も参加していた試合が終わるまでの期間に部の運営に携わる。
部の運営に携わる学年を幹部などと呼んだりするのだが、今日は3年生にはお疲れ様と労いの言葉をかける日でもあり、2年生には、これから頑張れとばかりにプレッシャーを与える日である。
数ある部活のイベントの中でも、部員が集まる日でもある。
大学近辺の駅から待ち合わせ場所まで歩く。
深岬が待ち合わせ場所に着く頃には、ほとんど部員も集まっていた。
彼女の到着と同時に、先に来ていた望が駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
と声を掛ける間もなくぐいっと深岬の腕を掴んで影に連れていく望。
一体どうしたのかと深岬は、目を見開くばかりだった。
「昨日、もう最悪」
「は?何が?」
「打ち上げでサカガミが切れた」
聞いた瞬間にうわっと思った深岬はそろりと坂上のいる方向を確認する。
今は、上機嫌な様子で他の上級生と楽しそうに話している姿しか目に映らない。
切れたと望は言ったが本当なのだろうかと思えてくる。
「何で?」
「試合にこなくて飲み会にだけ来る1年に急に怒り出して…。もう、大変だったんだから」
ぶすっと頬を膨らませて言う望を見ながら、今日は何もなければいいけど…と思わざるを得ない深岬だった。
いとも簡単にそう述べてくれたのは、涼子だった。
うまく交わせる自信の無かった深岬が、観念して涼子に自分の胸のうちを打ち明けたときに彼女は、きょとんとした顔でそう言ったのだ。
深岬は、最初二の句が告げなかった。
坂上は、公言している。
部内では、絶対に彼女は作らないと―。
そう告げたときにも、『だからって、深岬ちゃんが部活辞めるわけ?』と逆に聞き返してこられて深岬は首を振った。
部活を辞めるつもりは当然ない。
坂上だけでなく、雪子もいるし、同じ学年にも友人が出来た。それを捨てるつもりなんてさらさらない。ましてや、叶うかわからないもののためにその時間を捨てるなんてバカらしかった。
第一、坂上には彼女がいる。
確かに、坂上のことは好きだが、彼女から奪ってまで…という考えは、深岬は持ち合わせていない。
どう接したらいいかわからないのだ。
初めての恋というわけでもないのに、ひどく動揺している自分がいる。
『大体、本当に好きになったらそんな決め事どうでもよくなるよ』
これは、言い得て妙かもしれないと深岬は思った。
『それを守れているっていうことは凄いことかもしれないけれど…。本当に好きな人が部活内や学科内で出来たら守れるものじゃなくなると思うんだけど』
涼子のさらに補足の説明に妙に納得している自分がいることに深岬は気付いていた。
そうかもしれない。
『もし、相手を振り向かすことができなかったらそれは、自分に力が無かっただけでしょ?まぁ、あからさまに分かりやすい態度は、相手も一歩引いちゃうと思うからさ…ちょっとは抑えるべきだろうとは思うけど。部内で協力してくれそうな人とかに相談してみるのもいいかもよ?案外、協力してくれるかもしれないし…ね?』
という言葉に少し肩の力を抜くことができた深岬だった。
とはいえ、何となく練習場所である体育館に向かう足取りはどこか重たかった。
体育館に足を踏み入れると上級生は揃っていてやはり同じ学年の部員の姿は無かった。
軽く挨拶だけして更衣室に入る。
深岬が着替えていると望も姿を見せる。
「あーよかった。居て」
自分のすぐ横にきて、ほっとしたように言う望を横目で確認しつつ着替えを済ませると「先に行くよ」と言って更衣室を出た。
バドミントン部に割り当てられたコート付近に近づいていくのだが、その居心地の悪いことと言ったらない。
これでは、望のあの様子も納得できる。
苦笑を浮かべながら入って行くと先に準備をしてくれていた上級生を手伝う。
遅れて望も現れて練習前の準備をしていく。
後少しで終わるというところで上級生のうちの一人がぼそりと零した。
「今年の1年ダメだな」
深岬がはっとして声のした方を見る。
傍に居た望も一緒のようで…。
望の姿を確認すると、悔しそうに下唇を噛んでいる。
「練習に来いよなぁ。サークルじゃねぇんだから」
まるで同意するかのように他のところからも声がかかる。
「し、仕方ないですよー。皆、テストが気になるみたいだし…」
望が俄かに上ずったような声でフォローを入れるが――。
「望ちゃんや、深岬ちゃんは来てるわけじゃん。他の奴等もこれないわけないって」
全くの逆効果だった。
一応、自分達は認めてもらっているのかと思えるような言葉だったが、深岬にとって耳の痛い話だ。
その日の練習が終わった後に、更衣室で深岬と望の2人の周りだけ異様に重くて暗い空気が漂っていた。
同じ空間に居合わせた、上級生達は、「あんた達2人のことじゃないから気にするな」と声をかけてくれたのだが…。
それでも、深岬も望も気にせざるを得なかった。
「私、みんなにメールしようかなぁ」
何気なくぼそりと呟いた望に、深岬は動かしていた手を止めて横にいた望を見る。
望は、深岬の顔をじっと見つめるようにして、深刻な面持ちで言う。
「もうちょっと、時間を見つけて来るようにって」
「…うん。それは…良いと思うけど…」
やり方次第では、余計にややこしいことにもなりかねないのでは…と口にしようとした深岬だったが。
「じゃっ!そうするね。あ、深岬ちゃんには、回す必要ないから、回さないよー」
「あ、うん」
まるで自分を鼓舞するかのようにわざと明るい声を出して言う望の姿は、この部活が好きなんだろうなということが感じ取れるものだった。
だから、ここまで考えて行動するのではないだろうか―とも深岬は思った。
自分は、果たしてそこまで思えるかどうかは疑問なところだった。
望が一体どんな内容のメールを送ったかは、わからないがちらほらと練習に参加する一年生の姿が見えるようになってきた。
だが、一部には全く顔を出さない者もいるのだが…。
それでも進歩といえることだろうと深岬は、良かったと思っていたし、望も嬉しそうにしているのだから良かったのだろう。
但し、深岬が遅れて行くことになっていた試合には、やはり一年生の姿は望しかなかった。
遅れて電車を数時間乗り継いで宿泊予定地になっているホテルに到着した深岬を見ると途端に安心したような望の姿に何かを感じない深岬ではなかった。
一番重要なはずの試合に、欠席者が続出。
上級生も良い顔をしないのが当然だ。
もう既にテストも終えているというのに……。
試合中は、前回のような無様な姿を曝すことはなかった深岬だったが、今回は別の意味で肩身が狭いような思いをした。
それは、望も一緒で2人ともが気まずい思いをして帰途に着いた2人だった。
帰りのコースの途中に自宅がある深岬は、途中で別れて一人自宅に帰ったのだが、家に帰りついたときには、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。
試合の後の打ち上げが何時もの如く大学近くの居酒屋で行われると聞いたが、望はそれに参加するのだろうかと思いながら、くたくたになった体をリビングにあるソファに横たわらせる。
すぐに、母親から「そんなところで横にならないで、さっさと寝なさい」と言われて重い体を引きずって2階にある自室へと上がる。
話では、試合に行ってない人も参加すると言っていた飲み会だ。
坂上が怒りそうだなと頭の片隅で思いながら、深岬はゆっくりと瞳を閉じた。
試合の翌日には、幹部交代と呼ばれる部内のイベントが入っていた。
幹部交代とは、バドミントン部では、2年生のこの時期から3年生の昨日まで深岬も参加していた試合が終わるまでの期間に部の運営に携わる。
部の運営に携わる学年を幹部などと呼んだりするのだが、今日は3年生にはお疲れ様と労いの言葉をかける日でもあり、2年生には、これから頑張れとばかりにプレッシャーを与える日である。
数ある部活のイベントの中でも、部員が集まる日でもある。
大学近辺の駅から待ち合わせ場所まで歩く。
深岬が待ち合わせ場所に着く頃には、ほとんど部員も集まっていた。
彼女の到着と同時に、先に来ていた望が駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
と声を掛ける間もなくぐいっと深岬の腕を掴んで影に連れていく望。
一体どうしたのかと深岬は、目を見開くばかりだった。
「昨日、もう最悪」
「は?何が?」
「打ち上げでサカガミが切れた」
聞いた瞬間にうわっと思った深岬はそろりと坂上のいる方向を確認する。
今は、上機嫌な様子で他の上級生と楽しそうに話している姿しか目に映らない。
切れたと望は言ったが本当なのだろうかと思えてくる。
「何で?」
「試合にこなくて飲み会にだけ来る1年に急に怒り出して…。もう、大変だったんだから」
ぶすっと頬を膨らませて言う望を見ながら、今日は何もなければいいけど…と思わざるを得ない深岬だった。
2008
テスト期間突入する7月の終わり―。
はっきり言って鬱陶しいことこの上ない時期。
テストだろうが何だろうが、部活はある。
「あぁ!もうやだー」
と思わず声が漏れた深岬に横にいた涼子がくすくすと笑みを零した。
「何?」
「んーん。部活もあって中々勉強する時間ないでしょ?」
「んー?行ったり行かなかったりかなぁ」
机に突っ伏しながら答える深岬に涼子は不思議そうな顔を向けた。
「行きにくい…」
小さな声で零した深岬に涼子がきょとんとした視線を向けているのを深岬は感じていたが、何も言わずに横目で机の木目を見ていた。
「何かあったの?」
「あったというかなかったというかやったというかなんというか…」
もぞもぞと口を動かして、聞こえるか聞こえないかわからないほどの小さな声。
テスト前の最後の試合。
深岬は、坂上に気を取られるあまり、試合の内容は散々だった。
公式試合であり、重要な位置を占める試合で取れるはずの試合を落とした自分への不甲斐なさと元凶とも言うべき坂上に会うきまずさも手伝って、格段に部活へと向く足が遠のいていた。
とはいえ、テスト終了後に一年で一番大きいともいえる試合が組まれている。
大きな大会で日程は3日組まれている。
一日は練習日、残りの2日が試合というように―。
最後のテスト日と練習日の一日が被っていたが、試合には、遅れていけば間に合うということと上級生から懇願された所為もあってか当然、その試合に出る深岬は、テスト中だろうが何だろうが練習はするべきことで…。
ずっと隠れているわけにもいかなかった。
深岬だけでなく、他の一年生も同様に足が遠のいている。
とりあえず、今までの半分程度と言ったところだろうか。
それ位は、深岬は練習に参加してはいた。
他の一年生とは、一人を除いて会うことがほとんど無かった。
勿論、一番大事な試合を目前にしている上に、練習に出てこない一年生に上級生は、ぴりぴりしていた。
だが、そんなことおかまいなしにそれとは別の部分で何となく後ろめたさを感じる。
知らず知らずのうちに重い溜息が零れてくる。
「意味わかんないよ」
「ですよね…」
涼子の少しむっとしたような声に、深岬は半笑いを浮かべながら体を起こして同意する。
横に座っていた涼子は、がたりと音をたてて椅子から立ち上がる。
目で追いかける深岬ににっこりと笑いかける。
「お腹すいたねー。ご飯いこっか」
「何かその笑顔が怖いんですけど…」
「はーい。行こうね」
何だか背筋に寒気を感じるような涼子の笑みに乾いた笑いで返すが、腕をしっかりと掴まれて立たされる。
そのまま引きづられるようにして、自分達がいたところから一番近い位置にある学食へと向かう深岬と涼子だった。
ショーケースに並べられた今日のメニューから適当に選び、注文する。
今日の深岬の昼食の乗ったトレーを持って空いている席に2人で向かいあって座る。
「あー。深岬ちゃんだ」
いただきますと律儀に手を合わせて入学して4ヶ月も経とうものなら、すでに味に慣れてしまった料理を口に入れようとしたときに一際高い声が聞こえてくる。
急に名前を呼ばれたことで吃驚した深岬だったが、振り返るまでもなく背後から聞こえてきた声の主が判別できた。
「望…」
振り返るとニコニコ顔で手を振りながら近づいてくる望の姿がある。
「お昼ー?」
「見たら、わかるでしょ」
「だね…。あ、この間の子だ」
「どうも」
涼子の顔を見て、笑いかけると同じように涼子も口許に笑みを浮かべながら応対する。
「ねぇねぇ。深岬ちゃん。今日の練習くるよね?この間なんてさー練習人が少なくて遊びだったー」
「明日は、テスト科目ないから行くつもりだけど、そんなに人が少なかったの?」
「うん。深岬ちゃんも来てくれれば良かったのに」
「無茶。言わないでよ。私は、あんたみたいに頭良くないの。必死なんだからね」
少しイラついたような口調で言う深岬に望は、けたけたと笑うだけ。
「大丈夫だよー。何とかなるもんだってサカガミも言ってたしー」
坂上の名前が出てきたことにどきりとする。
「ま、いいやー。今日来るんだよね。良かったぁ。最近、一年生全然来ないから先輩達なんかぴりぴりしてるんだよねぇ」
望の言葉にそうなのかと少し目を見開く深岬。
今まで、自分のことで精一杯で周りになど目を向けている余裕なんてなかった。
「はいはい。じゃあ、練習でね」
「うん。ばいばーい」
去っていく望の背中を見送った後、顔を前に戻すとじとっとしたような涼子の視線を感じて深岬は思わず体が硬直する。
「な…何?」
「坂上さんっていう人と何かあったの?」
「え…っ?」
突拍子もない―だが、見事に的を突いた涼子の言葉に深岬の顔が引きつる。
深岬は、涼子から視線を逸らすと大きな溜息をひとつ零した。
「何で分かるかなぁ?」
「だって、望ちゃんだっけ?あの子の口から坂上さんの名前が出てきてから急に顔色変わったもん」
もう一度大きく溜息を零す。
それは、自分に対する呆れも含んでいた。
もうちょっと上手くやれよ…という呆れ。
こんな調子では、確実に相手に伝わる。いや、伝わっているかもしれない。
余計に深岬の気分を重くさせる。
「あれ、でも…。その人って先輩じゃなかったっけ?なんで、あの子呼び捨てで呼んでたの?」
「あー。あれは、坂上さんが先輩って呼ばれるの嫌ってて」
「で、呼び捨てなの?」
「うん」
「深岬ちゃんは?」
「私?無理。できない…。仮にも先輩でしょ」
「ま、それが普通だと思うけど…それで、何があったの?」
「あ…いや」
話をそらせたかと思った深岬だったが、その考えは甘かった。
ちっと舌打ちをする深岬だが、涼子は対照的に笑みを口許に浮かべている。
「ほら、早く。気になるじゃん」
その顔には、興味津々という涼子の態度がありありと表れている。
「あ…、早く食べて明日の勉強しないと」
「明日は、テストなしだよ」
動揺からかない予定を無理やり言ってもすぐ涼子に指摘される。
これは、話をするまで離してもらえなさそうだということも深岬は直感で判断する。
上手く嘘を並べて交わせるのならば、それに越したことはないのだが、その自信がないのと同時に嘘は、目の前の彼女に容易く見破られそうな気がしたのだ。
答えに窮したままもう一度涼子の顔を確認するが、何一つ彼女は変わってはいなかった。
深岬が答えるのをいまかいまかと待ち望んでいる姿にくらりと眩暈がしそうだった。
はっきり言って鬱陶しいことこの上ない時期。
テストだろうが何だろうが、部活はある。
「あぁ!もうやだー」
と思わず声が漏れた深岬に横にいた涼子がくすくすと笑みを零した。
「何?」
「んーん。部活もあって中々勉強する時間ないでしょ?」
「んー?行ったり行かなかったりかなぁ」
机に突っ伏しながら答える深岬に涼子は不思議そうな顔を向けた。
「行きにくい…」
小さな声で零した深岬に涼子がきょとんとした視線を向けているのを深岬は感じていたが、何も言わずに横目で机の木目を見ていた。
「何かあったの?」
「あったというかなかったというかやったというかなんというか…」
もぞもぞと口を動かして、聞こえるか聞こえないかわからないほどの小さな声。
テスト前の最後の試合。
深岬は、坂上に気を取られるあまり、試合の内容は散々だった。
公式試合であり、重要な位置を占める試合で取れるはずの試合を落とした自分への不甲斐なさと元凶とも言うべき坂上に会うきまずさも手伝って、格段に部活へと向く足が遠のいていた。
とはいえ、テスト終了後に一年で一番大きいともいえる試合が組まれている。
大きな大会で日程は3日組まれている。
一日は練習日、残りの2日が試合というように―。
最後のテスト日と練習日の一日が被っていたが、試合には、遅れていけば間に合うということと上級生から懇願された所為もあってか当然、その試合に出る深岬は、テスト中だろうが何だろうが練習はするべきことで…。
ずっと隠れているわけにもいかなかった。
深岬だけでなく、他の一年生も同様に足が遠のいている。
とりあえず、今までの半分程度と言ったところだろうか。
それ位は、深岬は練習に参加してはいた。
他の一年生とは、一人を除いて会うことがほとんど無かった。
勿論、一番大事な試合を目前にしている上に、練習に出てこない一年生に上級生は、ぴりぴりしていた。
だが、そんなことおかまいなしにそれとは別の部分で何となく後ろめたさを感じる。
知らず知らずのうちに重い溜息が零れてくる。
「意味わかんないよ」
「ですよね…」
涼子の少しむっとしたような声に、深岬は半笑いを浮かべながら体を起こして同意する。
横に座っていた涼子は、がたりと音をたてて椅子から立ち上がる。
目で追いかける深岬ににっこりと笑いかける。
「お腹すいたねー。ご飯いこっか」
「何かその笑顔が怖いんですけど…」
「はーい。行こうね」
何だか背筋に寒気を感じるような涼子の笑みに乾いた笑いで返すが、腕をしっかりと掴まれて立たされる。
そのまま引きづられるようにして、自分達がいたところから一番近い位置にある学食へと向かう深岬と涼子だった。
ショーケースに並べられた今日のメニューから適当に選び、注文する。
今日の深岬の昼食の乗ったトレーを持って空いている席に2人で向かいあって座る。
「あー。深岬ちゃんだ」
いただきますと律儀に手を合わせて入学して4ヶ月も経とうものなら、すでに味に慣れてしまった料理を口に入れようとしたときに一際高い声が聞こえてくる。
急に名前を呼ばれたことで吃驚した深岬だったが、振り返るまでもなく背後から聞こえてきた声の主が判別できた。
「望…」
振り返るとニコニコ顔で手を振りながら近づいてくる望の姿がある。
「お昼ー?」
「見たら、わかるでしょ」
「だね…。あ、この間の子だ」
「どうも」
涼子の顔を見て、笑いかけると同じように涼子も口許に笑みを浮かべながら応対する。
「ねぇねぇ。深岬ちゃん。今日の練習くるよね?この間なんてさー練習人が少なくて遊びだったー」
「明日は、テスト科目ないから行くつもりだけど、そんなに人が少なかったの?」
「うん。深岬ちゃんも来てくれれば良かったのに」
「無茶。言わないでよ。私は、あんたみたいに頭良くないの。必死なんだからね」
少しイラついたような口調で言う深岬に望は、けたけたと笑うだけ。
「大丈夫だよー。何とかなるもんだってサカガミも言ってたしー」
坂上の名前が出てきたことにどきりとする。
「ま、いいやー。今日来るんだよね。良かったぁ。最近、一年生全然来ないから先輩達なんかぴりぴりしてるんだよねぇ」
望の言葉にそうなのかと少し目を見開く深岬。
今まで、自分のことで精一杯で周りになど目を向けている余裕なんてなかった。
「はいはい。じゃあ、練習でね」
「うん。ばいばーい」
去っていく望の背中を見送った後、顔を前に戻すとじとっとしたような涼子の視線を感じて深岬は思わず体が硬直する。
「な…何?」
「坂上さんっていう人と何かあったの?」
「え…っ?」
突拍子もない―だが、見事に的を突いた涼子の言葉に深岬の顔が引きつる。
深岬は、涼子から視線を逸らすと大きな溜息をひとつ零した。
「何で分かるかなぁ?」
「だって、望ちゃんだっけ?あの子の口から坂上さんの名前が出てきてから急に顔色変わったもん」
もう一度大きく溜息を零す。
それは、自分に対する呆れも含んでいた。
もうちょっと上手くやれよ…という呆れ。
こんな調子では、確実に相手に伝わる。いや、伝わっているかもしれない。
余計に深岬の気分を重くさせる。
「あれ、でも…。その人って先輩じゃなかったっけ?なんで、あの子呼び捨てで呼んでたの?」
「あー。あれは、坂上さんが先輩って呼ばれるの嫌ってて」
「で、呼び捨てなの?」
「うん」
「深岬ちゃんは?」
「私?無理。できない…。仮にも先輩でしょ」
「ま、それが普通だと思うけど…それで、何があったの?」
「あ…いや」
話をそらせたかと思った深岬だったが、その考えは甘かった。
ちっと舌打ちをする深岬だが、涼子は対照的に笑みを口許に浮かべている。
「ほら、早く。気になるじゃん」
その顔には、興味津々という涼子の態度がありありと表れている。
「あ…、早く食べて明日の勉強しないと」
「明日は、テストなしだよ」
動揺からかない予定を無理やり言ってもすぐ涼子に指摘される。
これは、話をするまで離してもらえなさそうだということも深岬は直感で判断する。
上手く嘘を並べて交わせるのならば、それに越したことはないのだが、その自信がないのと同時に嘘は、目の前の彼女に容易く見破られそうな気がしたのだ。
答えに窮したままもう一度涼子の顔を確認するが、何一つ彼女は変わってはいなかった。
深岬が答えるのをいまかいまかと待ち望んでいる姿にくらりと眩暈がしそうだった。