完全な夏休みに入って数日後、やることなくて家でだらだらとした時間を過ごしていると坂上から連絡が入る。
何だろうと首を傾げつつも電話に出る。
『あ、今、ヒマ?』
数日前の怒っていた様子なんてなんのその。
いつもの飄々とした口調で話す坂上。
「ヒマですけど…」
『じゃ、今から大学出てきてよ』
「は?2時間以上かかりますよ」
『いい、いい。待ってる。じゃ、大学の近くの駅ついたらまた連絡して』
一方的に言うだけ言うとプッと通話が切れる。
切れた携帯電話を見つめていた深岬だったが、仕方ない行くかと仕度を始めて、数分後に家を出た。
坂上の言葉通りに、駅についたと連絡するとまた、一方的にそこで待っててと言われる。
その数分後に2台の見慣れた車が現れる。
一台は、坂上のものでもう一台は、小島のものだった。
きょとんとする深岬の前に車から出てきたのは、麻美と望、そして4年生の野坂と院生の福田だった。
「何の集まりですか?コレ…」
と聞かずにはいられない。
というよりも、まず驚いたのが、麻美と望の取り合わせ。
見た瞬間にできれば、遠慮したいと思ったのは致し方ないことだろう。
「花火行こう花火」
「はぁ」
「どっちの車でもいいや適当に乗って」
選んだのは、坂上の車だったが、行く前からすでに深岬の気分は重かった。
案の定、深岬を介して行われる会話。
間に挟まれた深岬は、居心地悪いことと言ったらこの上ない。
最初は、周りに悟らせまいと顔を無理やり作っていたものの、次第に疲れによって表面上に作った仮面はいとも簡単に剥がれてきてしまう。
3人で並んで土手に座って、花火が上がるのを待っているのだが、とうとう耐え切れなくなった深岬は、「トイレ」と言って2人の場から離れていく。
望と麻美の声が背後に聞こえていたが、振り返らなかった。
逃げるようにして、トイレに入り、少し時間が経ってから外に出る。
また、あの場所に戻るのかと思いながら、溜息をついて歩いていると声をかけられて振り返ると坂上が立っていた。
「悪い。無理やり誘ったみたいで」
最初にそう言われて、もうバレバレだなと悟る。
済まなさそうな顔をする坂上に対して、深岬は首を横に振る。
「坂上さんは悪くないですよ。気にしないでください。私がもっと上手くやれば良かったんですけどね…」
苦笑を浮べながら言う深岬に、坂上は、伺うような目で深岬を見ながら問う。
「もしかしてずっと悩んでたのコレ?」
「いや、全部が全部そうっていうわけじゃないんですけど…。何となく言いづらくって」
そこは、もう取り繕っても仕様がない部分だったので、正直に答える。
「俺に気遣ってたんだよな?」
「全然そういうんじゃないんですから気にしないでくださいね」
「ゴメン」
「謝らないでくださいよ…あ、それなら…また、相談乗ってくれます?」
別に深岬とて謝って欲しいわけではない。
悪いのは、坂上ではないのだから。
だが、丁度いいとばかりに声の調子をあげて深岬は、坂上との接点を増やそうとしてみる。
すぐに快諾の返事が返って来て深岬は、にっこりと嬉しそうな笑みを浮べて返した。
「いいよ」
「やった。ありがとうございます。あ、それと…雪子の件どうなりました」
ずっと気になってはいたものの、他の人間の目があって聞けなかったことだった。
一応、雪子から話したということだけは聞いていたが、結果としてどうなったかまでは聞いてなかった。
「それも大丈夫。なんか、ごめんねー。色々と迷惑かけて」
「イエイエ」
一緒にきた他のメンバーの待つ場所へと向かいながら取り留めのない話をしながら歩いていく2人だった。
少し、ほんの少しだけだが、距離が縮まったような気がして、深岬の先ほどまでのどんよりした気分などどこかへ飛んでいってしまったかのように高揚する気分に浸っていた。
花火を見終わって大学近辺まで帰ると飲みに行くはもうすでに彼らの間では、決まりきったこと。
どこに行くと話をしていた坂上たちに麻美が、望といることに耐えられなくなったのか、「帰る」と言うとさっさと帰ってしまった。
望は、最初行くつもりだったのだろうが、母親から帰ってこいと言われて帰ってしまった。
深岬はと言えば、とっくに終電の時間なんて過ぎていて、帰れるわけもなかった。
麻美のところに泊めて貰えばいいかと思っていた深岬だっただけにどうしようと考えているとそれに坂上が気づいたのか。
「大丈夫。大丈夫。朝まで飲んでりゃいいんじゃねぇか」
それは、切実に遠慮したいものがあるのだが、深岬が訴えたところで聞いてもらえるわけもない。
「麻美も望もいなくなったことだし、深岬のお疲れ様会とでもしておくか」
何の?とは、誰も聞いてこないということは、皆知っているということだろうか。
小島は、雪子のことがあるから何とも思わないだろうが、福田と野坂はどうなんだろうと2人の顔を確認してみる深岬だったが、笑いながら頷いてるだけだった。
「もしかして…」
「知ってるよ。雪子のことだろ?」
とりあえずそれだけかと思ってほっとする深岬だったが、もうひとつのこともあっさりと坂上が暴露してしまう。
「麻美と望のことも迷惑かけてたんすよ」
「何?」
「あー!坂上さん。余計なこと言わなくて!!」
「余計じゃないって。麻美と望が今、仲悪いんすよ」
「だったら、お前考えて呼べよ」
「いや、気づかなくって」
上級生の苦言に苦笑を浮べながら答える坂上。
深岬は、坂上を止めるのを断念した。
「2人とも深岬を間に挟んで険悪そのもので」
「ハハ…そりゃ最悪だわ」
「おつかれさーん」
「んじゃ、飲むか。今日は、深岬ちゃん潰しで決定」
「止めて下さい!」
楽しそうな声をあげて口々に言う上級生に必死に食い下がった深岬だったが、勝てるわけもなく――。
翌朝には、深岬の生ける屍が坂上の家に転がっていた。
ぱっと目を見開いた瞬間に、ここはどこだと周りを確認する深岬。
近くに坂上と小島が転がってるのを見つけて、思わずやってしまったと思った。
ついでに言えば、記憶も全くない。
起き上がった瞬間にガタンと物音を立ててしまい、坂上が目を覚ます。
「ごめんなさ…」
「ん?いい、いい…」
と言いながら体を起こす坂上。
「ここどこでしょう」
頭がはっきりすればするほど気持ち悪さを自覚する。
不快感を感じながらもまずは、居場所を確認とばかりに聞いた深岬に坂上が「俺ん家」と答えた。
そういえば、入るのは初めてだと俄かに頭痛のする頭で考える。
そして、横に転がっている小島を見て思う。
「記憶がないんですけど…」
「だろーね」
「あの…私、何かしましたか?」
聞きたくない気もするが、取り合えず気になる。
変なことしていないだろうかと不安を覚える。
深岬が、恐る恐る尋ねると坂上は実に楽しそうににやりと笑いながら答える。
坂上の様子からこれは、碌なことしてないと悟った深岬だが、とりあえず大人しく答えを待つ。
「んー?とりあえず、野坂さんと福田さんに泣きついて」
「はっ!?」
「俺とリョウちゃんには、キレてたなぁ」
「ごめんなさーい」
恐れ多い。
平謝りする深岬を楽しそうに見ていた坂上だったが、来客を告げるドアベルが鳴って坂上は、立ち上がると玄関へと向かう。
「悪い、リョウちゃんと後輩がいるんだよ」
「いいよ~」
ワンルームのアパートだからどうしても玄関先の声が聞こえてくる。
深岬は、気持ち悪さと格闘しながら、その会話を聞いていたのだが、坂上の言葉に返ってきたのが、可愛らしい高い声であると気づいてドキリとする。
あんまり考えたくはないが、もしかしてもしかすると…かもしれない。
ドクドクと脈打つ心臓を抱えながら、坂上とその声の持ち主が入ってくるのを待っていると2人が深岬のすぐ傍にくる。
「ほらな…すげぇだろ」
「ハハ…いつものことだけどねー。あ、コンニチワ」
「こん…にちわ」
深岬に気づいて挨拶してきたのは、小さくてふわふわの可愛い女の子だった。
立っている彼女を見上げたまま、ぽかんとした顔でまじまじと顔を拝見する深岬。
その姿は、さぞかし間抜けだったに違いない。さらに大間抜けなことに、「可愛い…」と呟いていた。
深岬の言葉にくすぐったそうに笑う彼女だったが、坂上が嬉しそうに話すのを深岬は、どこか遠くで聞いていた。
坂上の言葉を聞きながら、深岬は思った。坂上は、こういう女の子が好きなのか…と。
同時に自分とは、掛け離れているとも思った。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック
2008
9月が終わり、10月に入ると夏の暑さが嘘のように過ごしやすくなっている。
2ヶ月弱の夏休みも終わり、後期の授業が始まり、退屈な授業の時間を過ごす。
眠い目を擦りながら、授業を受けるのだが、どうにも眠くなって仕方ない。
夏休みボケとあまり良かったとは言えないものの前期の単位を無事取得できたことも手伝ってすっかり 気が抜けている深岬だった。
授業を受けていても身に入らない。
それは、横にいる涼子も同じようで…。
「だるい…」
「同じく」
小声で話す声は、恐らく周囲の学生に聞こえているに違いない。
やる気がないなら寝るかとばかりに、深岬がだらりと身を机に突っ伏す。
ふと隣の席に座る涼子の指に嵌まっていたはずの指輪がないことに気づく。
じっと自分の指を見つめてくる深岬の視線に気づいたのか涼子は、「どうかした?」と深岬に尋ねる。
「指輪は?」
「ああ。別れたから」
と躊躇う様子もなくけろっとした顔で答える涼子。
彼女の様子は、実にあっけらかんとしていて全く堪えているようには見えない。
所詮、そういうものだろうか…と深岬は身構える。
信じられないようなものを見るような目で涼子を見返す。
「何で?」
「飽きちゃったから」
絶句。
ふらりと眩暈がしてくる。
思わず相手に同情の念すら抱いてしまう自分は間違っているんだろうか。
「だって…もっといい人見つけちゃったんだもん」
と綺麗にグロスの塗られた口を薄く開いてくすくすと笑う。
女は、怖いとは良く言ったもの。
深岬は、目の前の涼子が恐ろしくなった。
同じ性別の人種だが、ここまで自分と違うとは…。
自分には、到底真似できない。
というよりも、その相手すらいないのだから真似のしようもない……。
とんとんと軽く机を指で叩いて、涼子はある方向を指差す。
ん?と思いながら深岬は、涼子の指先が向いている方向を視線で追いかける。
そこには、深岬がしようとしたように堂々と机の上に身体を預けて気持ちよさそうに寝ている男子生徒がいる。
名前は、もとから覚える気のなかった深岬には、わからない。
但し、顔は見覚えがあった。
初夏の頃、道ですれ違った深岬に笑いかけてきた男だった。
互いに口も利いたことないのに……。
ただ、深岬は涼子の指が示すものが何なのかわからなくて―。
あれがどうしたのだろうとばかりに怪訝な顔つきで涼子を見返すと…。
「良くない?良くない?」
「は?え?ってか誰よ」
「え?知らないの?」
嬉しそうに話す涼子に、深岬は首を傾げる。
深岬の問いに目を見開いて驚いたような表所うをする涼子。
知らないのと聞かれても知らないものは、知らない。
少しむっとしたような表情で答える。
「知らない…」
「津田 旭クン」
「へー、それで」
「もう。深岬ちゃんってば面白くなぁい」
テンションの高い涼子に対して、ローテンションの深岬。
そんな深岬の様子にむぅと頬を膨らませて言う涼子の姿は、傍から見たら可愛いと映るかもしれない。
実際のところは、かなり強かな女ではあるが…。
綺麗に手入れのされた指の爪には、これまた綺麗に塗られたマニキュア。
ノーメイクでも充分可愛い顔には、きちんとしたメイクが施され、常にすっぴんでいる深岬とは全く違う。
津田の方を見ては、はしゃいでいる涼子を見て自分とは何かが違うと感じるのと同時に、羨ましく感じる深岬だった。
何故か深岬は、涼子を見ていて先日会った坂上の彼女の姿を思い出した。
自分でも分からなかった。
でも、まじまじと涼子の顔を見て、もしかしたら似ているかもしれないとも思った深岬だった。
深岬の方を振り返って涼子は小首を傾げて見せた。
「どうかした?」
「ん。別に」
「そう?」
自分は、どうしたら近づけるのか。
真似したところで決して彼女たちのように慣れるわけでもないのに…。
そんなこと分かっているのに、ついつい考えてしまう深岬。
少しでも気に入って貰いたい。
よく見られたい。
気にかけて欲しい。
欲は尽きない…。
そうか…。
そういうことか…。
と深岬は思った。
「ねぇ」
「なぁに?」
「お化粧教えて?」
「…どうしたの?急に」
少しでも近づけるなら…。
待っていたって相手は、寄ってこない。
近づいていかなきゃ…。
自分から、変わらなきゃ。
そうだ。そうなのだ。
突然の深岬の申し出に、涼子は首を傾げていたが、深岬は妙にすっきりとした顔を浮べていた。
待っているだけじゃ何も始まらない。
自分で行動しなきゃ物事は、進まない。
それが、彼女持ちなら尚更のこと。
別に彼女から奪いたいという気持ちはない。
嘘。どこかでそれを望んでる。
でなければ、どこかで気持ちにブレーキが掛かっていいはずだから……。
今のところそんな兆候は現れない。
だからこそ。前進あるのみ。
「何か感じ変わらなかった?」
開口一番にそう聞いてくれる坂上に相好を崩す。
それは、しばらくしてからのことだった。
「そうですか?」
なんて軽く笑いながら…。
気づいてくれたことが嬉しい。
「変わった。変わった。リョウちゃーん、なんか変わったよなぁ深岬」
と近くに居た小島を捕まえて深岬を指差した。
「坂上。人を指しちゃいけません」
寝ぼけているのか、とろんとした眠そうな目で坂上の深岬を指差す人差し指を掴むとぐいっと強い力で変な方向に曲げようとする。
急に走った痛みに坂上が声を張り上げる。
「リョウちゃん!いてぇいてぇ!!」
「あ?ゴメン」
と抑揚のない声で言うものだから全くと言っていいほど誠意を感じることはない。
涙目になりながら、坂上は漸く離して貰えた指にふぅと息を吹きかけながら摩る。
2人のやり取りに、口を挟むこともできないままははっと乾いた笑いを零す深岬。
「深岬ちゃん。カワイクなった」
じぃっと深岬を見つめた後、小島が口にする。
それが、お世辞だと分かってはいても小島ほど整った男に言われれば女として照れるというもの。
びっくりしつつも、顔を紅潮させた。
反応も鈍るというもの。
「んだよ。男でもできたかー?」
などとガキ大将のように歯を見せて笑いながら坂上も深岬の頭をぽんぽん叩いてくる。
お前の所為だよ。
とは、流石に深岬は声にすることはできなかった。
「違いますって」
軽く笑いながら誤魔化してみる。
その後もしばらく、誰だ誰だと詮索してくる坂上を交わしながら、坂上と笑いあえる時間に充実感を感じていた。
練習後、着替えを終えて帰る準備をしていると背中に重みを感じる。
「みぃ~さぁ~きぃ」
でれんと深岬の背中に体重をかけ、わざと一字一字伸ばして名前を呼ぶのは、他でもない雪子だった。
小島に彼女が出来たと知ったときの塞ぎこんでいた様子からは、すっかり復調していた。
「あのねぇ」
ぴくぴくと眉を動かす。
「なぁにぃ?」
「ジャマ!重たい!退けっ!」
「イジワル!!」
後ろを振り返って自分に圧し掛かってくる雪子を押し返す。
「一体、何さ?用があるなら早く言う!」
「じゃ、彼氏できた?」
「は?」
と素っ頓狂な声を上げた深岬に、雪子は「あ、違うんだ」と深岬の表情から答えを読み取った。
「坂上のヤツが言いふらしてたから~、深岬が最近かわいくなったのは男ができたからだって」
「別に変わってないし、男も出来てないし、ただ、ちょこっと化粧してるだけだし」
「えーでも、どういう心境の変化?」
その問いには、ぐっと言葉を飲み込む。
瞬間、雪子の瞳が輝いたように見えたのは、決して気のせいではない…。
2ヶ月弱の夏休みも終わり、後期の授業が始まり、退屈な授業の時間を過ごす。
眠い目を擦りながら、授業を受けるのだが、どうにも眠くなって仕方ない。
夏休みボケとあまり良かったとは言えないものの前期の単位を無事取得できたことも手伝ってすっかり 気が抜けている深岬だった。
授業を受けていても身に入らない。
それは、横にいる涼子も同じようで…。
「だるい…」
「同じく」
小声で話す声は、恐らく周囲の学生に聞こえているに違いない。
やる気がないなら寝るかとばかりに、深岬がだらりと身を机に突っ伏す。
ふと隣の席に座る涼子の指に嵌まっていたはずの指輪がないことに気づく。
じっと自分の指を見つめてくる深岬の視線に気づいたのか涼子は、「どうかした?」と深岬に尋ねる。
「指輪は?」
「ああ。別れたから」
と躊躇う様子もなくけろっとした顔で答える涼子。
彼女の様子は、実にあっけらかんとしていて全く堪えているようには見えない。
所詮、そういうものだろうか…と深岬は身構える。
信じられないようなものを見るような目で涼子を見返す。
「何で?」
「飽きちゃったから」
絶句。
ふらりと眩暈がしてくる。
思わず相手に同情の念すら抱いてしまう自分は間違っているんだろうか。
「だって…もっといい人見つけちゃったんだもん」
と綺麗にグロスの塗られた口を薄く開いてくすくすと笑う。
女は、怖いとは良く言ったもの。
深岬は、目の前の涼子が恐ろしくなった。
同じ性別の人種だが、ここまで自分と違うとは…。
自分には、到底真似できない。
というよりも、その相手すらいないのだから真似のしようもない……。
とんとんと軽く机を指で叩いて、涼子はある方向を指差す。
ん?と思いながら深岬は、涼子の指先が向いている方向を視線で追いかける。
そこには、深岬がしようとしたように堂々と机の上に身体を預けて気持ちよさそうに寝ている男子生徒がいる。
名前は、もとから覚える気のなかった深岬には、わからない。
但し、顔は見覚えがあった。
初夏の頃、道ですれ違った深岬に笑いかけてきた男だった。
互いに口も利いたことないのに……。
ただ、深岬は涼子の指が示すものが何なのかわからなくて―。
あれがどうしたのだろうとばかりに怪訝な顔つきで涼子を見返すと…。
「良くない?良くない?」
「は?え?ってか誰よ」
「え?知らないの?」
嬉しそうに話す涼子に、深岬は首を傾げる。
深岬の問いに目を見開いて驚いたような表所うをする涼子。
知らないのと聞かれても知らないものは、知らない。
少しむっとしたような表情で答える。
「知らない…」
「津田 旭クン」
「へー、それで」
「もう。深岬ちゃんってば面白くなぁい」
テンションの高い涼子に対して、ローテンションの深岬。
そんな深岬の様子にむぅと頬を膨らませて言う涼子の姿は、傍から見たら可愛いと映るかもしれない。
実際のところは、かなり強かな女ではあるが…。
綺麗に手入れのされた指の爪には、これまた綺麗に塗られたマニキュア。
ノーメイクでも充分可愛い顔には、きちんとしたメイクが施され、常にすっぴんでいる深岬とは全く違う。
津田の方を見ては、はしゃいでいる涼子を見て自分とは何かが違うと感じるのと同時に、羨ましく感じる深岬だった。
何故か深岬は、涼子を見ていて先日会った坂上の彼女の姿を思い出した。
自分でも分からなかった。
でも、まじまじと涼子の顔を見て、もしかしたら似ているかもしれないとも思った深岬だった。
深岬の方を振り返って涼子は小首を傾げて見せた。
「どうかした?」
「ん。別に」
「そう?」
自分は、どうしたら近づけるのか。
真似したところで決して彼女たちのように慣れるわけでもないのに…。
そんなこと分かっているのに、ついつい考えてしまう深岬。
少しでも気に入って貰いたい。
よく見られたい。
気にかけて欲しい。
欲は尽きない…。
そうか…。
そういうことか…。
と深岬は思った。
「ねぇ」
「なぁに?」
「お化粧教えて?」
「…どうしたの?急に」
少しでも近づけるなら…。
待っていたって相手は、寄ってこない。
近づいていかなきゃ…。
自分から、変わらなきゃ。
そうだ。そうなのだ。
突然の深岬の申し出に、涼子は首を傾げていたが、深岬は妙にすっきりとした顔を浮べていた。
待っているだけじゃ何も始まらない。
自分で行動しなきゃ物事は、進まない。
それが、彼女持ちなら尚更のこと。
別に彼女から奪いたいという気持ちはない。
嘘。どこかでそれを望んでる。
でなければ、どこかで気持ちにブレーキが掛かっていいはずだから……。
今のところそんな兆候は現れない。
だからこそ。前進あるのみ。
「何か感じ変わらなかった?」
開口一番にそう聞いてくれる坂上に相好を崩す。
それは、しばらくしてからのことだった。
「そうですか?」
なんて軽く笑いながら…。
気づいてくれたことが嬉しい。
「変わった。変わった。リョウちゃーん、なんか変わったよなぁ深岬」
と近くに居た小島を捕まえて深岬を指差した。
「坂上。人を指しちゃいけません」
寝ぼけているのか、とろんとした眠そうな目で坂上の深岬を指差す人差し指を掴むとぐいっと強い力で変な方向に曲げようとする。
急に走った痛みに坂上が声を張り上げる。
「リョウちゃん!いてぇいてぇ!!」
「あ?ゴメン」
と抑揚のない声で言うものだから全くと言っていいほど誠意を感じることはない。
涙目になりながら、坂上は漸く離して貰えた指にふぅと息を吹きかけながら摩る。
2人のやり取りに、口を挟むこともできないままははっと乾いた笑いを零す深岬。
「深岬ちゃん。カワイクなった」
じぃっと深岬を見つめた後、小島が口にする。
それが、お世辞だと分かってはいても小島ほど整った男に言われれば女として照れるというもの。
びっくりしつつも、顔を紅潮させた。
反応も鈍るというもの。
「んだよ。男でもできたかー?」
などとガキ大将のように歯を見せて笑いながら坂上も深岬の頭をぽんぽん叩いてくる。
お前の所為だよ。
とは、流石に深岬は声にすることはできなかった。
「違いますって」
軽く笑いながら誤魔化してみる。
その後もしばらく、誰だ誰だと詮索してくる坂上を交わしながら、坂上と笑いあえる時間に充実感を感じていた。
練習後、着替えを終えて帰る準備をしていると背中に重みを感じる。
「みぃ~さぁ~きぃ」
でれんと深岬の背中に体重をかけ、わざと一字一字伸ばして名前を呼ぶのは、他でもない雪子だった。
小島に彼女が出来たと知ったときの塞ぎこんでいた様子からは、すっかり復調していた。
「あのねぇ」
ぴくぴくと眉を動かす。
「なぁにぃ?」
「ジャマ!重たい!退けっ!」
「イジワル!!」
後ろを振り返って自分に圧し掛かってくる雪子を押し返す。
「一体、何さ?用があるなら早く言う!」
「じゃ、彼氏できた?」
「は?」
と素っ頓狂な声を上げた深岬に、雪子は「あ、違うんだ」と深岬の表情から答えを読み取った。
「坂上のヤツが言いふらしてたから~、深岬が最近かわいくなったのは男ができたからだって」
「別に変わってないし、男も出来てないし、ただ、ちょこっと化粧してるだけだし」
「えーでも、どういう心境の変化?」
その問いには、ぐっと言葉を飲み込む。
瞬間、雪子の瞳が輝いたように見えたのは、決して気のせいではない…。
PR
2008
喧騒と熱気が漂う。
深岬もその中の1人だった。
誰が企画したのかは、深岬は興味も湧かなかったので気にしていなかったのだが、部活の1年生だけが、集まっていた。
全員とまでは、いかないものの練習に頻繁に訪れる者は、大体揃っていた。
勿論、険悪な雰囲気が続いている麻美と望もいる。
どちらも引くことを知らないから当然こうなる。
深岬の所属するバドミントン部の1年生だけが、大学周辺の居酒屋に集まっていた。
名目は、親睦を深めるため。
それなりに会話をすることは、あっても1年生だけで集まったりするということがなかったので、企画したのだ。
発案者は、一番練習に参加している望だった。
当初、麻美は嫌そうな顔をしていたのだが、全員が集まっている。
もうめっきり顔を見せなくなった者もいれば、そこそこ顔を出している者もいる。
最初は、気まずい雰囲気で、練習に高確率で参加している者同士は、話題もそれなりにあるので違和感なく溶け込むことができるのだが、練習に参加していない者たちはどうも疎外感を感じずにはいられなかった。
しかし、時間の経過とともにアルコールの助けも借りてか自然と両者の間にあった壁は取り払われていた。
時折、かかる一気のコールの中で徐々にペースも激しくなっていき、既に上級生に引けを取らない飲みっぷりになってきていることに気づいて深岬は、自然と笑いが零れてきた。
当然、急に笑い出した深岬に周りは、怪訝な目付きで深岬を見る。
「深岬ちゃんどうしたの?」
「…ん?何でもない…ハハッ」
「やっぱ変だよ」
「酔っ払いがここにいる~」
などと囃し立てられながら、また自分にコールが掛かるのであまり深く考えずに深岬はコップに入った焼酎を一気に飲み干す。
「あ、そういえば…」
と何かを思い出したような口調で望が言葉を発したので、全員の視線が彼女に向く。
「望ちゃんどうかしたの?」
「深岬ってば、花火行った後、小島さんや坂上と飲んだんでしょ?」
「うん」
「それで醜態晒したって話、坂上から聞いたよ~」
望の言葉を受けて、今度は深岬に視線が集まる。
別にこの場で話すような内容でもない気がした深岬だったが、一度出た話を途中で無理やり終わらせても場が白けるような気がして、深岬は適当に相槌を打った。
とはいってもその時の記憶は、深岬には全くないので何をしたかと問われれば覚えてないと答えるしかない。
一部分を坂上や小島が話をしていたのを聞いたのだが、最後まで聞くのは恥ずかしさのあまり途中で2人に「忘れてください…」と小さな声で訴えて断念した。
「チョー面白ぇって坂上がやたら言ってたし。小島さんは、何かにやにや笑ってたし」
「一体何したの?」
「あ…いや、記憶がなくって…何したかまでは」
「一体、どんだけ飲んだの?」
「いや、それも覚えてない…」
「マジで?」
「やっちゃったね~」
などと言われながら、深岬は誰かが新しく注いでくれた酒の入ったコップを傾ける。
内輪ネタは、聞く人によっては不快感を与えかねない。
誘ってもらえなかったと思う子もいるかもしれない…。
もし、自分がそっちの立場だったら、少なからずショックだっただろう。
深岬は、ちらりと周囲の顔色を確認した。
明らかに麻美が不快な顔付きをしていた。
話題を変えてもらうためにも、否、変わることを期待しつつトイレに行くために席を立った。
深岬がトイレから戻ってくると彼女の願いが通じたのか、話題は変わっていた。
主に中心になって話すのは、女子で。きゃあきゃあいいながら話をしている。
自分の席に座りながら、横に座っている子に「何々、何の話?」と尋ねてみる。
「あのね、小島さんと坂上さんだったらどっちがいいかだって?」
「2人だけなの?」
「うん。深岬ちゃんは?」
「…えー…」
間違いなく深岬の答えは決まっているのだが、即答することは、躊躇われた。
考える振りをしながら、正直に言うべきかと迷っていると…。
「麻美ちゃん以外、皆小島さんだって」
「え?そうなの」
殊のほか深岬の声は大きくなってしまった。
深岬からしてみれば、意外な答えだった。
ぐるりと皆の顔を確認する。
「ど…して?」
「ということは、深岬も坂上?」
麻美の言葉に頷く。
ここで、取り繕っても仕方ないし、麻美も坂上と答えているのだから怪しまれることもないだろう。
望を横目で確認すると意味ありげに笑う。
「ねぇねぇ、何で2人は、坂上がいいの?」
「え…何でって言われても…。坂上さんの方が、下の学年まで目を向けてくれてる気がするし…」
戸惑いながらも尤もらしいことを口にする深岬。
結構、冷静だったかもしれない。
「何で、望は小島さんなの?一番可愛がってもらってるじゃん」
そう尋ねたのは、麻美だった。
それが深岬には、少し剣のある声に聞こえたのは、気のせいだろうか。
「だって、あいつ浮気性だし。それに短気だしー。ちょっと付き合うのは、無理かも」
望の言い分を聞いて、深岬はまさに開いた口が塞がらないと言った状態だった。
自分が嫉妬という醜い感情を覚えるほどに可愛がってもらってるのに、その言い草はないだろうと思った。
そんな風に思うのなら、その立場を譲ってくれとさえ思う深岬だった。
深岬のそんな心情に気づかない望は、きゃっきゃっと笑いながら続ける。
「その点、小島さんって何か一途っぽいし…格好いいし」
机の下で思わず手をぎゅっと握り、軽く唇を噛む。
あれこれと並べていた望だったが、急に深岬の顔を凝視したので、一瞬顔に出ていたかと焦る深岬。
「あ、それよりも、深岬この間、坂上に何か聞かれたときになんでもないって断ったでしょ?教えてくれなかったって怒ってたよー」
くすりと笑いながら望が言う。
それは、既に花火の日に解決済みの話だ。
今更、望に言われることでもないし、あんたと麻美のことでしょ。と口に出すこともできなかった。
悩んでた時間を返せと言いたくもなる深岬だった。
会が終わり、帰り際。
上機嫌で2次会と言っている者達も居たが、深岬はとてもじゃないがそんな気にはなれなかった。
真っ直ぐ駅に向かって歩く。
集団に小さく「お疲れ」と声を掛けて背を向けた深岬に気づいたのは、望で。
「深岬。帰るの?」
という問いに、何とか引き攣った笑いで頷くことで精一杯だった。
暗闇が上手く深岬の顔を誤魔化してくれたようで、望もさして不審がる様子もなく、また、引き止められることもなく帰ることができた。
ひどく疲れている自分がいる。
電車に揺られながら、アルコールの所為もあってかうとうととしているとカバンの中に閉まってある携帯電話のバイブがぶるぶると震えだす。
目を擦りながら携帯の画面を確認すると一件のメールが届いていた。
坂上からだった。
それは、気づかれしてないかということを問うメールで…。
自分のことを気にしてくれているということに嬉しさを感じて、それまで少し沈んでいた気持ちが一気に浮上していくのを深岬は感じずには、いられなかった。
深岬もその中の1人だった。
誰が企画したのかは、深岬は興味も湧かなかったので気にしていなかったのだが、部活の1年生だけが、集まっていた。
全員とまでは、いかないものの練習に頻繁に訪れる者は、大体揃っていた。
勿論、険悪な雰囲気が続いている麻美と望もいる。
どちらも引くことを知らないから当然こうなる。
深岬の所属するバドミントン部の1年生だけが、大学周辺の居酒屋に集まっていた。
名目は、親睦を深めるため。
それなりに会話をすることは、あっても1年生だけで集まったりするということがなかったので、企画したのだ。
発案者は、一番練習に参加している望だった。
当初、麻美は嫌そうな顔をしていたのだが、全員が集まっている。
もうめっきり顔を見せなくなった者もいれば、そこそこ顔を出している者もいる。
最初は、気まずい雰囲気で、練習に高確率で参加している者同士は、話題もそれなりにあるので違和感なく溶け込むことができるのだが、練習に参加していない者たちはどうも疎外感を感じずにはいられなかった。
しかし、時間の経過とともにアルコールの助けも借りてか自然と両者の間にあった壁は取り払われていた。
時折、かかる一気のコールの中で徐々にペースも激しくなっていき、既に上級生に引けを取らない飲みっぷりになってきていることに気づいて深岬は、自然と笑いが零れてきた。
当然、急に笑い出した深岬に周りは、怪訝な目付きで深岬を見る。
「深岬ちゃんどうしたの?」
「…ん?何でもない…ハハッ」
「やっぱ変だよ」
「酔っ払いがここにいる~」
などと囃し立てられながら、また自分にコールが掛かるのであまり深く考えずに深岬はコップに入った焼酎を一気に飲み干す。
「あ、そういえば…」
と何かを思い出したような口調で望が言葉を発したので、全員の視線が彼女に向く。
「望ちゃんどうかしたの?」
「深岬ってば、花火行った後、小島さんや坂上と飲んだんでしょ?」
「うん」
「それで醜態晒したって話、坂上から聞いたよ~」
望の言葉を受けて、今度は深岬に視線が集まる。
別にこの場で話すような内容でもない気がした深岬だったが、一度出た話を途中で無理やり終わらせても場が白けるような気がして、深岬は適当に相槌を打った。
とはいってもその時の記憶は、深岬には全くないので何をしたかと問われれば覚えてないと答えるしかない。
一部分を坂上や小島が話をしていたのを聞いたのだが、最後まで聞くのは恥ずかしさのあまり途中で2人に「忘れてください…」と小さな声で訴えて断念した。
「チョー面白ぇって坂上がやたら言ってたし。小島さんは、何かにやにや笑ってたし」
「一体何したの?」
「あ…いや、記憶がなくって…何したかまでは」
「一体、どんだけ飲んだの?」
「いや、それも覚えてない…」
「マジで?」
「やっちゃったね~」
などと言われながら、深岬は誰かが新しく注いでくれた酒の入ったコップを傾ける。
内輪ネタは、聞く人によっては不快感を与えかねない。
誘ってもらえなかったと思う子もいるかもしれない…。
もし、自分がそっちの立場だったら、少なからずショックだっただろう。
深岬は、ちらりと周囲の顔色を確認した。
明らかに麻美が不快な顔付きをしていた。
話題を変えてもらうためにも、否、変わることを期待しつつトイレに行くために席を立った。
深岬がトイレから戻ってくると彼女の願いが通じたのか、話題は変わっていた。
主に中心になって話すのは、女子で。きゃあきゃあいいながら話をしている。
自分の席に座りながら、横に座っている子に「何々、何の話?」と尋ねてみる。
「あのね、小島さんと坂上さんだったらどっちがいいかだって?」
「2人だけなの?」
「うん。深岬ちゃんは?」
「…えー…」
間違いなく深岬の答えは決まっているのだが、即答することは、躊躇われた。
考える振りをしながら、正直に言うべきかと迷っていると…。
「麻美ちゃん以外、皆小島さんだって」
「え?そうなの」
殊のほか深岬の声は大きくなってしまった。
深岬からしてみれば、意外な答えだった。
ぐるりと皆の顔を確認する。
「ど…して?」
「ということは、深岬も坂上?」
麻美の言葉に頷く。
ここで、取り繕っても仕方ないし、麻美も坂上と答えているのだから怪しまれることもないだろう。
望を横目で確認すると意味ありげに笑う。
「ねぇねぇ、何で2人は、坂上がいいの?」
「え…何でって言われても…。坂上さんの方が、下の学年まで目を向けてくれてる気がするし…」
戸惑いながらも尤もらしいことを口にする深岬。
結構、冷静だったかもしれない。
「何で、望は小島さんなの?一番可愛がってもらってるじゃん」
そう尋ねたのは、麻美だった。
それが深岬には、少し剣のある声に聞こえたのは、気のせいだろうか。
「だって、あいつ浮気性だし。それに短気だしー。ちょっと付き合うのは、無理かも」
望の言い分を聞いて、深岬はまさに開いた口が塞がらないと言った状態だった。
自分が嫉妬という醜い感情を覚えるほどに可愛がってもらってるのに、その言い草はないだろうと思った。
そんな風に思うのなら、その立場を譲ってくれとさえ思う深岬だった。
深岬のそんな心情に気づかない望は、きゃっきゃっと笑いながら続ける。
「その点、小島さんって何か一途っぽいし…格好いいし」
机の下で思わず手をぎゅっと握り、軽く唇を噛む。
あれこれと並べていた望だったが、急に深岬の顔を凝視したので、一瞬顔に出ていたかと焦る深岬。
「あ、それよりも、深岬この間、坂上に何か聞かれたときになんでもないって断ったでしょ?教えてくれなかったって怒ってたよー」
くすりと笑いながら望が言う。
それは、既に花火の日に解決済みの話だ。
今更、望に言われることでもないし、あんたと麻美のことでしょ。と口に出すこともできなかった。
悩んでた時間を返せと言いたくもなる深岬だった。
会が終わり、帰り際。
上機嫌で2次会と言っている者達も居たが、深岬はとてもじゃないがそんな気にはなれなかった。
真っ直ぐ駅に向かって歩く。
集団に小さく「お疲れ」と声を掛けて背を向けた深岬に気づいたのは、望で。
「深岬。帰るの?」
という問いに、何とか引き攣った笑いで頷くことで精一杯だった。
暗闇が上手く深岬の顔を誤魔化してくれたようで、望もさして不審がる様子もなく、また、引き止められることもなく帰ることができた。
ひどく疲れている自分がいる。
電車に揺られながら、アルコールの所為もあってかうとうととしているとカバンの中に閉まってある携帯電話のバイブがぶるぶると震えだす。
目を擦りながら携帯の画面を確認すると一件のメールが届いていた。
坂上からだった。
それは、気づかれしてないかということを問うメールで…。
自分のことを気にしてくれているということに嬉しさを感じて、それまで少し沈んでいた気持ちが一気に浮上していくのを深岬は感じずには、いられなかった。
2008
「最後の難関は、雪子だな」
「最近、あからさまだよね…」
「あれじゃ、小島が可愛そうだよ…」
「慶子も完全なとばっちりだよね」
「ま、でも…しばらく休み入るから放っておけばいんじゃね?」
聞こえ始めた声。
完全に雪子が悪者になっているように聞こえるそれに深岬は、我慢ならなかった。
「深岬ちゃん。聞いた?」
夏休み最後の練習を終えて帰ろうとしていた深岬の元に絵里が寄ってくる。
「何を?」
「雪子さんがね…」
雪子の名前が出た時点で、またかと思った深岬だったが、その後に続く絵里の言葉を聞いて、深岬は自分の耳を疑った。
「小島さんに、慶子さんと付き合う気ならもう遊んだりはしないよ…って、部活の運営には差し支えないようにするけど、それ以外は口も利きたくないって」
「は?何それ。本当に?」
「本当みたいだけど?望が、小島さん本人から聞いたって言ってたし」
それだけ聞くと深岬の耳には、それ以上の絵里の言葉は入ってこなかった。
信じられないというのが、第一の感想と次に、お前は子供かという罵倒。
そんなことしたところで何の意味も持たないというのは、雪子とてわかっているだろうに…。
余計苦しむのは、雪子自身なのに。
着替え終わって荷物を片付けながら、そんなことをずっと考えていた。
荷物を持って挨拶をして更衣室を出て行く。
向かった先は、まだ体育館に残っている雪子のところだった。
「あ、深岬ちゃん…明後日ね…」
と途中すれ違った望が何か言っていたのだが、ほとんど聞いていなかった。
上級生と何やら楽しそうに話をしていた雪子に近づくと、雪子の体を引っ張る。
「ちょっと、雪子借りますね」
「あ…ああ」
深岬の拒否を許さない態度に目を剥いていた上級生達だが、頷く。
それを確認することなく深岬は、雪子の体を引っ張って体育館の外へ連れ出す。
「どうしたんだ?」
途中ですれ違った坂上も驚いたような表情で尋ねてくるが、それにも返事をしなかった。
「み、深岬どうしたのよ」
「あんたね…そりゃ卑怯でしょうが!」
「は?」
突然、怒り出した深岬に雪子は状況が掴めなくてきょとんとした顔で、深岬の顔を見返すだけ。
「小島さんに…慶子さんと付き合うなら絶交って言ったんでしょ」
「…誰から聞いたの?」
事を理解した雪子が眉間に皺を寄せて深岬に聞き返す。
「誰でもいいじゃない。皆知ってると思うよ」
「…絶交とまでは、言ってないわよ…」
「どっちも同じでしょ。何考えてんの?卑怯じゃない」
「…分かってるよ…それは、分かってるんだけど……素直に認めてあげらんないんだもん」
弱弱しく言葉を口にする雪子だが、深岬はそんな雪子に対して完全に呆れたような顔をしてみせる。
「なぁ、今の話、マジかよ?」
不機嫌さを隠しもしない低い声が聞こえてきて、雪子だけでなく、深岬も体を竦めて驚きを表現した。
恐る恐る顔を背後に向けると顔を顰めて雪子を睨みつけている坂上が立っている。
すれ違った深岬と雪子の様子を見て、不審に思って追いかけてきていた。
確りと深岬と雪子の会話も聞いてしまっていた。
近づいてくる坂上の迫力に思わず道を開ける深岬。
「お前、部のことそっちのけでやっていいことと悪いことがあんだろっ!ざけんなよっ。お前ら2人の問題に周りを巻き込むんじゃねぇよ」
「部活には迷惑かけないようにするつもりだったもん」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
大きな怒鳴り声は、下手をすれば遠くの人間にも聞こえそうな声だった。
人に見つかったら危ないと思った深岬は、坂上を宥めにかかる。
「さ、坂上さん。落ち着いて…。雪子も本心じゃないと思うし…」
「だったら、尚更タチ悪ぃよ」
「寂しかったんだって、雪子は、小島さんのこと好きだったんだし、好きな人と友達同時に取られちゃったみたいに感じたんだって…きちんと撤回させるから」
「……お前、最悪だな。好きな男の恋愛ジャマして楽しいかよ」
深岬の言葉を聞き入れてくれたのか、坂上は怒りは抑えているが、殊の外冷たい声で雪子に向かってそう言うと大袈裟な動きで深岬と雪子の前から去っていく。
坂上がいなくなるのと同時に雪子がずるずるとしゃがみこむ。
慌てて深岬が近寄ると小さくしゃくりあげる声が聞こえてくる。
「分かってるんだもん…自分のやってることが、リョウちゃんに…」
「分かってるならやっぱ取り消した方がいいよ。友達まで無くしちゃうよ」
「もう…言っちゃった後だもん…無理だよ……。坂上も呆れてたじゃん…リョウちゃんだけじゃなくて、坂上まで…」
「今なら間に合うと思うよ。そういうことは、間を空ければ空けるほど、関係の修復が難しくなるでしょ?小島さんだって、雪子が離れていっちゃうのは寂しいと思うし」
「どうやって…接したらいいかわかんないよ…」
「じゃあ、素直に言えばいいじゃん。きっと分かってくれるよ。だって、小島さんも坂上さんも雪子の友達でしょ?」
下を向いたままじっと深岬の言葉に耳を傾けていた雪子だったが、しばらく微動だにしなかったものの最後に小さく頷いた。
それを見て、深岬はほっとした。
泣き止んだ雪子を連れて戻るともうほとんど人は、残ってなかった。
着替えをさせるために雪子を更衣室の中に放り込むと待っていたのだろう坂上が声を掛けてきた。
「…どうなった」
まだ、少し不機嫌な声だったが、それは仕方ないだろう。
「何とかなると思います…。坂上さんにの雪子から話あるかもしれないので、きちんと聞いてあげてくださいね。あまり、怒らないであげて欲しいんですけど…」
「努力はしてみる……」
ぶすっと言った坂上に苦笑を浮べた。
その日の夜、深岬の携帯に雪子からのメールが届いた。
内容は、話した――という簡潔なものだったが、深岬は敢えて聞かなかった。
「最近、あからさまだよね…」
「あれじゃ、小島が可愛そうだよ…」
「慶子も完全なとばっちりだよね」
「ま、でも…しばらく休み入るから放っておけばいんじゃね?」
聞こえ始めた声。
完全に雪子が悪者になっているように聞こえるそれに深岬は、我慢ならなかった。
「深岬ちゃん。聞いた?」
夏休み最後の練習を終えて帰ろうとしていた深岬の元に絵里が寄ってくる。
「何を?」
「雪子さんがね…」
雪子の名前が出た時点で、またかと思った深岬だったが、その後に続く絵里の言葉を聞いて、深岬は自分の耳を疑った。
「小島さんに、慶子さんと付き合う気ならもう遊んだりはしないよ…って、部活の運営には差し支えないようにするけど、それ以外は口も利きたくないって」
「は?何それ。本当に?」
「本当みたいだけど?望が、小島さん本人から聞いたって言ってたし」
それだけ聞くと深岬の耳には、それ以上の絵里の言葉は入ってこなかった。
信じられないというのが、第一の感想と次に、お前は子供かという罵倒。
そんなことしたところで何の意味も持たないというのは、雪子とてわかっているだろうに…。
余計苦しむのは、雪子自身なのに。
着替え終わって荷物を片付けながら、そんなことをずっと考えていた。
荷物を持って挨拶をして更衣室を出て行く。
向かった先は、まだ体育館に残っている雪子のところだった。
「あ、深岬ちゃん…明後日ね…」
と途中すれ違った望が何か言っていたのだが、ほとんど聞いていなかった。
上級生と何やら楽しそうに話をしていた雪子に近づくと、雪子の体を引っ張る。
「ちょっと、雪子借りますね」
「あ…ああ」
深岬の拒否を許さない態度に目を剥いていた上級生達だが、頷く。
それを確認することなく深岬は、雪子の体を引っ張って体育館の外へ連れ出す。
「どうしたんだ?」
途中ですれ違った坂上も驚いたような表情で尋ねてくるが、それにも返事をしなかった。
「み、深岬どうしたのよ」
「あんたね…そりゃ卑怯でしょうが!」
「は?」
突然、怒り出した深岬に雪子は状況が掴めなくてきょとんとした顔で、深岬の顔を見返すだけ。
「小島さんに…慶子さんと付き合うなら絶交って言ったんでしょ」
「…誰から聞いたの?」
事を理解した雪子が眉間に皺を寄せて深岬に聞き返す。
「誰でもいいじゃない。皆知ってると思うよ」
「…絶交とまでは、言ってないわよ…」
「どっちも同じでしょ。何考えてんの?卑怯じゃない」
「…分かってるよ…それは、分かってるんだけど……素直に認めてあげらんないんだもん」
弱弱しく言葉を口にする雪子だが、深岬はそんな雪子に対して完全に呆れたような顔をしてみせる。
「なぁ、今の話、マジかよ?」
不機嫌さを隠しもしない低い声が聞こえてきて、雪子だけでなく、深岬も体を竦めて驚きを表現した。
恐る恐る顔を背後に向けると顔を顰めて雪子を睨みつけている坂上が立っている。
すれ違った深岬と雪子の様子を見て、不審に思って追いかけてきていた。
確りと深岬と雪子の会話も聞いてしまっていた。
近づいてくる坂上の迫力に思わず道を開ける深岬。
「お前、部のことそっちのけでやっていいことと悪いことがあんだろっ!ざけんなよっ。お前ら2人の問題に周りを巻き込むんじゃねぇよ」
「部活には迷惑かけないようにするつもりだったもん」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
大きな怒鳴り声は、下手をすれば遠くの人間にも聞こえそうな声だった。
人に見つかったら危ないと思った深岬は、坂上を宥めにかかる。
「さ、坂上さん。落ち着いて…。雪子も本心じゃないと思うし…」
「だったら、尚更タチ悪ぃよ」
「寂しかったんだって、雪子は、小島さんのこと好きだったんだし、好きな人と友達同時に取られちゃったみたいに感じたんだって…きちんと撤回させるから」
「……お前、最悪だな。好きな男の恋愛ジャマして楽しいかよ」
深岬の言葉を聞き入れてくれたのか、坂上は怒りは抑えているが、殊の外冷たい声で雪子に向かってそう言うと大袈裟な動きで深岬と雪子の前から去っていく。
坂上がいなくなるのと同時に雪子がずるずるとしゃがみこむ。
慌てて深岬が近寄ると小さくしゃくりあげる声が聞こえてくる。
「分かってるんだもん…自分のやってることが、リョウちゃんに…」
「分かってるならやっぱ取り消した方がいいよ。友達まで無くしちゃうよ」
「もう…言っちゃった後だもん…無理だよ……。坂上も呆れてたじゃん…リョウちゃんだけじゃなくて、坂上まで…」
「今なら間に合うと思うよ。そういうことは、間を空ければ空けるほど、関係の修復が難しくなるでしょ?小島さんだって、雪子が離れていっちゃうのは寂しいと思うし」
「どうやって…接したらいいかわかんないよ…」
「じゃあ、素直に言えばいいじゃん。きっと分かってくれるよ。だって、小島さんも坂上さんも雪子の友達でしょ?」
下を向いたままじっと深岬の言葉に耳を傾けていた雪子だったが、しばらく微動だにしなかったものの最後に小さく頷いた。
それを見て、深岬はほっとした。
泣き止んだ雪子を連れて戻るともうほとんど人は、残ってなかった。
着替えをさせるために雪子を更衣室の中に放り込むと待っていたのだろう坂上が声を掛けてきた。
「…どうなった」
まだ、少し不機嫌な声だったが、それは仕方ないだろう。
「何とかなると思います…。坂上さんにの雪子から話あるかもしれないので、きちんと聞いてあげてくださいね。あまり、怒らないであげて欲しいんですけど…」
「努力はしてみる……」
ぶすっと言った坂上に苦笑を浮べた。
その日の夜、深岬の携帯に雪子からのメールが届いた。
内容は、話した――という簡潔なものだったが、深岬は敢えて聞かなかった。
2008
夏休みの練習は、9月前半までで一応終了する。
後半は、練習は休みになり後期の授業が始まる10月までは、基本的に解放される。
後少しで終わるという開放感を感じるところなのだが、深岬の気分は、ひどく重かった。
大学へと向かう電車の中でも、そして、駅から大学に向かう途中でも自然と溜息が零れてくる。
雪子が深岬の話を聞いてくれると言った日に運悪く見てしまった小島と慶子の姿。
それからの雪子は、ひどい状態でとても自分の話など聞いてもらえそうもなく、雪子の愚痴を聞いて終わってしまった。
当然、悩みが解消されるわけもなく。寧ろ、増えたといっても過言ではない。
翌日の練習に顔を出しても、深岬は雪子の様子も気になるし、望と最近、少しずつ顔を出すようになってきた麻美の関係にも頭を悩ませていた。
麻美は、必要以上に望に近づかないように距離を置いたりしている。
深岬とは、よく話をしているが、望とは一言も口を利かずに帰るときもある。
望は、気づいているのか気づいていないのか全く気にした様子はなく、深岬と麻美が話していたりすると普通に話しかけてきたりする。
その度に、表面上は、決して悟らせるようなことはないが、望にいい感情を麻美が持っていないことを知っている深岬は、気を遣わなければならない。
練習以外の部分で疲れを感じる深岬。
そして、深岬に雪子が打ち明けた通り、小島や慶子とどう接していいかわからないのか、雪子もなんとなくぎこちない。
練習を終えても、皆と飲み会をするような気分ではなく、2倍以上の疲れを感じて家へと帰る。
練習後にダウンをしていた深岬と麻美の傍に、望がにこにこ顔で駆け寄ってくる。
一瞬だけ、麻美の顔が強張ったのを見た深岬は、自分の体にも変な緊張感が走る。
「ねーねー」
「何?」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよー。小島さんと慶子さんがね…」
「知ってるから言わなくていいよ」
望は、楽しそうな顔をして言うが、深岬は、少し語気を強めて言う。
まるで人の不幸を楽しんでいるような姿にむかむかしてくるのは、気のせいだろうか。
深岬がそう思うのは、雪子の姿を見ていることも手伝っている。
「なんだぁ。知ってたのなら、教えてくれてもいいじゃん」
唇を尖らせて言う望にイライラが募る。
望をいつもよりきつい眼差しで見ながら、少し離れた位置に立つ雪子の姿を確認する。
雪子は、同じ学年の友人でもある理恵と笑い合っている姿を見て少しほっとする。
深岬が神経質になる必要はないのかもしれないが、自然と気にしてしまう。
「望さー。そうやって言いまわってるの?」
「言いまわるって何が?」
「小島さんと慶子さんのこと」
深岬の代わりに、険のある口調で口を開いたのは、麻美だった。
麻美の問いに不思議そうな顔をした望だったが、迷うことなく肯定した。
「え?だって…2人とも別に隠してるつもりないって言ってたしー」
「それって別にさー言いふらしてもいいっていう理由にはならないよ」
「2人ともどうしたの?そんな怖い顔してー。なんか暗いしー」
望が言いかけたところで小島からの集合の声がかかり、3人は会話を止めて人が集まっている方向へと歩いていく。
妙な空気が流れていた。
着替えを終えて帰ろうとするところを麻美が声をかけた。
「途中まで一緒にいこ」
「…うん」
2人で外に出る。
今日は、午前中のみの練習だったので、上級生達がご飯に行くかといっているのを聞いていた2人だったが、深岬も麻美も行く気にはなれずに「お先に失礼します」と言って体育館を後にした。
外に出た瞬間むわっとするような暑さを感じて2人の口から「あっつー」と同じ言葉が揃って出てくる。
お互いの顔を見合わせた後、笑いながら歩き始める。
「アイスでも食べる?」
「いいね」
途中のコンビニに立ち寄ってアイスを選んで、外に出る。
「家、寄ってく?」
「いいの?」
「いいよ」
麻美の言葉に甘えるようにして、深岬は麻美の家にあがる。
テレビを付けながら、アイスを食べる。
「今日、望に言ってくれて助かった」
「何が?」
「あの、小島さんと慶子さんの話をしたときに…」
「ああ、あれ…。ちょっと無神経だと思ったし」
「悪気はないんだろうけどさ…。あのままだったら私、切れそうだった」
「あったら、最悪じゃん」
と軽く笑って言う麻美に頷き返して半分溶けかかっているアイスを食べることに集中する深岬だった。
その後、軽く雑談をして時間を過ごした後、帰ると言って麻美の家を出てきた深岬だった。
暑さは変わらなかったが、少しは足取りが軽かった。
「あっれー、深岬ちゃん」
「あ…望」
「ご飯のときいなかったから、どうしたのかと思ったよ」
練習終了直前のきまずさなどどこへやら、全く気にした様子を見せることなく話す望に少し拍子抜けする深岬。
「麻美の家によってアイス食べてたんだ」
「へー何か最近、麻美ちゃんと深岬ちゃんって凄い仲良しだよね。2人でよく先帰ったりとかするし」
「あ、まぁね」
少し含むような言い方だったが、気にしないようにして深岬は返事をした。
「でもさ…。それってどうなんだろう?」
「え?」
「ほら、他にも同じ学年の子がいるわけでしょ?2人がお互いにべったりってまずいと思うんだよね」
「あ…気をつけるよ。じゃ、電車の時間あるから」
望の口から出てくる苦言にから逃げるように深岬は、手を軽く持ち上げて振ると「気をつけてね」という声とともに望も同じように振り返した。
気分が沈むそんな感じだった。
別に麻美だけとそんなに仲良くしているつもりはなかった。
それは、麻美も同じだろう。
他の子ともの会話はするし、笑いあう。回数は、減ったが飲み会にも参加するし、ご飯も行く。
望の目には、そうやって映っているのかと思って人間関係って面倒だとつい心の中でぼやく。
女の子同士の付き合いは、えげつなくて面倒だって誰かが言っていたが、本当に面倒だと深岬は再確認した。
「おはよーございまーす」
体育館に行くと珍しく人はいなかった。
他の部活はもうすでに練習が始まっているのか騒がしかったが、バドミントン部に割り当てられたコートは誰もいなくて静かだった。
珍しいと思いながらも壁際に寄っていき、座っていると坂上が顔を出した。
「あれ?深岬ちゃん1人?」
「はい…」
こうして坂上と会話をするのも何だか久しぶりな気がした。
それどころじゃなかったのも一つ理由に入るのだが…。
坂上は、まっすぐ深岬の横にくると深岬と同じように床に腰を降ろす。
「最近、何かあった?」
「え…」
坂上が何気なく口にした問いに、深岬は横顔のまま目を見開く。
思わず言葉に詰まる。
「なんかさ…最近、暗い顔してること多くない?」
鋭い指摘に返す言葉がすぐに出てこなかった。
すぐにでも、何でもないと否定できたらよかったのかもしれないが、生憎と咄嗟にそんなことは思いつかなかった。
それくらいには、疲れていたのかもしれない。
また、気づいてくれているということに嬉しさを感じない深岬ではなかった。
坂上の顔を縋るような目で見返す。
深岬の視線に対して、坂上は「ん?」と不思議そうな顔をして見せる。
「あ…あの…」
と言い掛けた矢先に、人が数人入ってくる気配がしたことと、自分が今口にしようとした人物達の名前が、坂上がとりわけ可愛がっている後輩のことだけに、即座に言うべきではないと判断した。
開きかけた口を閉ざして、視線を坂上から外す。
「あ、やっぱり…なんでもないです」
「でも、何か言いかけたじゃん」
「あ、気のせいです。気のせい…」
言いかけて止めた深岬に少し咎めるような視線を送る坂上。
気づかない深岬ではなかったが、坂上には、相談できないと思って口を閉ざすしかなかった。
人が増えてきたことに便乗して、立ち上がると坂上のことは気にしないようにして、同じ学年の部員が集まる方へと寄っていく深岬だった。
後半は、練習は休みになり後期の授業が始まる10月までは、基本的に解放される。
後少しで終わるという開放感を感じるところなのだが、深岬の気分は、ひどく重かった。
大学へと向かう電車の中でも、そして、駅から大学に向かう途中でも自然と溜息が零れてくる。
雪子が深岬の話を聞いてくれると言った日に運悪く見てしまった小島と慶子の姿。
それからの雪子は、ひどい状態でとても自分の話など聞いてもらえそうもなく、雪子の愚痴を聞いて終わってしまった。
当然、悩みが解消されるわけもなく。寧ろ、増えたといっても過言ではない。
翌日の練習に顔を出しても、深岬は雪子の様子も気になるし、望と最近、少しずつ顔を出すようになってきた麻美の関係にも頭を悩ませていた。
麻美は、必要以上に望に近づかないように距離を置いたりしている。
深岬とは、よく話をしているが、望とは一言も口を利かずに帰るときもある。
望は、気づいているのか気づいていないのか全く気にした様子はなく、深岬と麻美が話していたりすると普通に話しかけてきたりする。
その度に、表面上は、決して悟らせるようなことはないが、望にいい感情を麻美が持っていないことを知っている深岬は、気を遣わなければならない。
練習以外の部分で疲れを感じる深岬。
そして、深岬に雪子が打ち明けた通り、小島や慶子とどう接していいかわからないのか、雪子もなんとなくぎこちない。
練習を終えても、皆と飲み会をするような気分ではなく、2倍以上の疲れを感じて家へと帰る。
練習後にダウンをしていた深岬と麻美の傍に、望がにこにこ顔で駆け寄ってくる。
一瞬だけ、麻美の顔が強張ったのを見た深岬は、自分の体にも変な緊張感が走る。
「ねーねー」
「何?」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよー。小島さんと慶子さんがね…」
「知ってるから言わなくていいよ」
望は、楽しそうな顔をして言うが、深岬は、少し語気を強めて言う。
まるで人の不幸を楽しんでいるような姿にむかむかしてくるのは、気のせいだろうか。
深岬がそう思うのは、雪子の姿を見ていることも手伝っている。
「なんだぁ。知ってたのなら、教えてくれてもいいじゃん」
唇を尖らせて言う望にイライラが募る。
望をいつもよりきつい眼差しで見ながら、少し離れた位置に立つ雪子の姿を確認する。
雪子は、同じ学年の友人でもある理恵と笑い合っている姿を見て少しほっとする。
深岬が神経質になる必要はないのかもしれないが、自然と気にしてしまう。
「望さー。そうやって言いまわってるの?」
「言いまわるって何が?」
「小島さんと慶子さんのこと」
深岬の代わりに、険のある口調で口を開いたのは、麻美だった。
麻美の問いに不思議そうな顔をした望だったが、迷うことなく肯定した。
「え?だって…2人とも別に隠してるつもりないって言ってたしー」
「それって別にさー言いふらしてもいいっていう理由にはならないよ」
「2人ともどうしたの?そんな怖い顔してー。なんか暗いしー」
望が言いかけたところで小島からの集合の声がかかり、3人は会話を止めて人が集まっている方向へと歩いていく。
妙な空気が流れていた。
着替えを終えて帰ろうとするところを麻美が声をかけた。
「途中まで一緒にいこ」
「…うん」
2人で外に出る。
今日は、午前中のみの練習だったので、上級生達がご飯に行くかといっているのを聞いていた2人だったが、深岬も麻美も行く気にはなれずに「お先に失礼します」と言って体育館を後にした。
外に出た瞬間むわっとするような暑さを感じて2人の口から「あっつー」と同じ言葉が揃って出てくる。
お互いの顔を見合わせた後、笑いながら歩き始める。
「アイスでも食べる?」
「いいね」
途中のコンビニに立ち寄ってアイスを選んで、外に出る。
「家、寄ってく?」
「いいの?」
「いいよ」
麻美の言葉に甘えるようにして、深岬は麻美の家にあがる。
テレビを付けながら、アイスを食べる。
「今日、望に言ってくれて助かった」
「何が?」
「あの、小島さんと慶子さんの話をしたときに…」
「ああ、あれ…。ちょっと無神経だと思ったし」
「悪気はないんだろうけどさ…。あのままだったら私、切れそうだった」
「あったら、最悪じゃん」
と軽く笑って言う麻美に頷き返して半分溶けかかっているアイスを食べることに集中する深岬だった。
その後、軽く雑談をして時間を過ごした後、帰ると言って麻美の家を出てきた深岬だった。
暑さは変わらなかったが、少しは足取りが軽かった。
「あっれー、深岬ちゃん」
「あ…望」
「ご飯のときいなかったから、どうしたのかと思ったよ」
練習終了直前のきまずさなどどこへやら、全く気にした様子を見せることなく話す望に少し拍子抜けする深岬。
「麻美の家によってアイス食べてたんだ」
「へー何か最近、麻美ちゃんと深岬ちゃんって凄い仲良しだよね。2人でよく先帰ったりとかするし」
「あ、まぁね」
少し含むような言い方だったが、気にしないようにして深岬は返事をした。
「でもさ…。それってどうなんだろう?」
「え?」
「ほら、他にも同じ学年の子がいるわけでしょ?2人がお互いにべったりってまずいと思うんだよね」
「あ…気をつけるよ。じゃ、電車の時間あるから」
望の口から出てくる苦言にから逃げるように深岬は、手を軽く持ち上げて振ると「気をつけてね」という声とともに望も同じように振り返した。
気分が沈むそんな感じだった。
別に麻美だけとそんなに仲良くしているつもりはなかった。
それは、麻美も同じだろう。
他の子ともの会話はするし、笑いあう。回数は、減ったが飲み会にも参加するし、ご飯も行く。
望の目には、そうやって映っているのかと思って人間関係って面倒だとつい心の中でぼやく。
女の子同士の付き合いは、えげつなくて面倒だって誰かが言っていたが、本当に面倒だと深岬は再確認した。
「おはよーございまーす」
体育館に行くと珍しく人はいなかった。
他の部活はもうすでに練習が始まっているのか騒がしかったが、バドミントン部に割り当てられたコートは誰もいなくて静かだった。
珍しいと思いながらも壁際に寄っていき、座っていると坂上が顔を出した。
「あれ?深岬ちゃん1人?」
「はい…」
こうして坂上と会話をするのも何だか久しぶりな気がした。
それどころじゃなかったのも一つ理由に入るのだが…。
坂上は、まっすぐ深岬の横にくると深岬と同じように床に腰を降ろす。
「最近、何かあった?」
「え…」
坂上が何気なく口にした問いに、深岬は横顔のまま目を見開く。
思わず言葉に詰まる。
「なんかさ…最近、暗い顔してること多くない?」
鋭い指摘に返す言葉がすぐに出てこなかった。
すぐにでも、何でもないと否定できたらよかったのかもしれないが、生憎と咄嗟にそんなことは思いつかなかった。
それくらいには、疲れていたのかもしれない。
また、気づいてくれているということに嬉しさを感じない深岬ではなかった。
坂上の顔を縋るような目で見返す。
深岬の視線に対して、坂上は「ん?」と不思議そうな顔をして見せる。
「あ…あの…」
と言い掛けた矢先に、人が数人入ってくる気配がしたことと、自分が今口にしようとした人物達の名前が、坂上がとりわけ可愛がっている後輩のことだけに、即座に言うべきではないと判断した。
開きかけた口を閉ざして、視線を坂上から外す。
「あ、やっぱり…なんでもないです」
「でも、何か言いかけたじゃん」
「あ、気のせいです。気のせい…」
言いかけて止めた深岬に少し咎めるような視線を送る坂上。
気づかない深岬ではなかったが、坂上には、相談できないと思って口を閉ざすしかなかった。
人が増えてきたことに便乗して、立ち上がると坂上のことは気にしないようにして、同じ学年の部員が集まる方へと寄っていく深岬だった。