『相手の言葉を真に受ける必要なんてないじゃない』
いとも簡単にそう述べてくれたのは、涼子だった。
うまく交わせる自信の無かった深岬が、観念して涼子に自分の胸のうちを打ち明けたときに彼女は、きょとんとした顔でそう言ったのだ。
深岬は、最初二の句が告げなかった。
坂上は、公言している。
部内では、絶対に彼女は作らないと―。
そう告げたときにも、『だからって、深岬ちゃんが部活辞めるわけ?』と逆に聞き返してこられて深岬は首を振った。
部活を辞めるつもりは当然ない。
坂上だけでなく、雪子もいるし、同じ学年にも友人が出来た。それを捨てるつもりなんてさらさらない。ましてや、叶うかわからないもののためにその時間を捨てるなんてバカらしかった。
第一、坂上には彼女がいる。
確かに、坂上のことは好きだが、彼女から奪ってまで…という考えは、深岬は持ち合わせていない。
どう接したらいいかわからないのだ。
初めての恋というわけでもないのに、ひどく動揺している自分がいる。
『大体、本当に好きになったらそんな決め事どうでもよくなるよ』
これは、言い得て妙かもしれないと深岬は思った。
『それを守れているっていうことは凄いことかもしれないけれど…。本当に好きな人が部活内や学科内で出来たら守れるものじゃなくなると思うんだけど』
涼子のさらに補足の説明に妙に納得している自分がいることに深岬は気付いていた。
そうかもしれない。
『もし、相手を振り向かすことができなかったらそれは、自分に力が無かっただけでしょ?まぁ、あからさまに分かりやすい態度は、相手も一歩引いちゃうと思うからさ…ちょっとは抑えるべきだろうとは思うけど。部内で協力してくれそうな人とかに相談してみるのもいいかもよ?案外、協力してくれるかもしれないし…ね?』
という言葉に少し肩の力を抜くことができた深岬だった。
とはいえ、何となく練習場所である体育館に向かう足取りはどこか重たかった。
体育館に足を踏み入れると上級生は揃っていてやはり同じ学年の部員の姿は無かった。
軽く挨拶だけして更衣室に入る。
深岬が着替えていると望も姿を見せる。
「あーよかった。居て」
自分のすぐ横にきて、ほっとしたように言う望を横目で確認しつつ着替えを済ませると「先に行くよ」と言って更衣室を出た。
バドミントン部に割り当てられたコート付近に近づいていくのだが、その居心地の悪いことと言ったらない。
これでは、望のあの様子も納得できる。
苦笑を浮かべながら入って行くと先に準備をしてくれていた上級生を手伝う。
遅れて望も現れて練習前の準備をしていく。
後少しで終わるというところで上級生のうちの一人がぼそりと零した。
「今年の1年ダメだな」
深岬がはっとして声のした方を見る。
傍に居た望も一緒のようで…。
望の姿を確認すると、悔しそうに下唇を噛んでいる。
「練習に来いよなぁ。サークルじゃねぇんだから」
まるで同意するかのように他のところからも声がかかる。
「し、仕方ないですよー。皆、テストが気になるみたいだし…」
望が俄かに上ずったような声でフォローを入れるが――。
「望ちゃんや、深岬ちゃんは来てるわけじゃん。他の奴等もこれないわけないって」
全くの逆効果だった。
一応、自分達は認めてもらっているのかと思えるような言葉だったが、深岬にとって耳の痛い話だ。
その日の練習が終わった後に、更衣室で深岬と望の2人の周りだけ異様に重くて暗い空気が漂っていた。
同じ空間に居合わせた、上級生達は、「あんた達2人のことじゃないから気にするな」と声をかけてくれたのだが…。
それでも、深岬も望も気にせざるを得なかった。
「私、みんなにメールしようかなぁ」
何気なくぼそりと呟いた望に、深岬は動かしていた手を止めて横にいた望を見る。
望は、深岬の顔をじっと見つめるようにして、深刻な面持ちで言う。
「もうちょっと、時間を見つけて来るようにって」
「…うん。それは…良いと思うけど…」
やり方次第では、余計にややこしいことにもなりかねないのでは…と口にしようとした深岬だったが。
「じゃっ!そうするね。あ、深岬ちゃんには、回す必要ないから、回さないよー」
「あ、うん」
まるで自分を鼓舞するかのようにわざと明るい声を出して言う望の姿は、この部活が好きなんだろうなということが感じ取れるものだった。
だから、ここまで考えて行動するのではないだろうか―とも深岬は思った。
自分は、果たしてそこまで思えるかどうかは疑問なところだった。
望が一体どんな内容のメールを送ったかは、わからないがちらほらと練習に参加する一年生の姿が見えるようになってきた。
だが、一部には全く顔を出さない者もいるのだが…。
それでも進歩といえることだろうと深岬は、良かったと思っていたし、望も嬉しそうにしているのだから良かったのだろう。
但し、深岬が遅れて行くことになっていた試合には、やはり一年生の姿は望しかなかった。
遅れて電車を数時間乗り継いで宿泊予定地になっているホテルに到着した深岬を見ると途端に安心したような望の姿に何かを感じない深岬ではなかった。
一番重要なはずの試合に、欠席者が続出。
上級生も良い顔をしないのが当然だ。
もう既にテストも終えているというのに……。
試合中は、前回のような無様な姿を曝すことはなかった深岬だったが、今回は別の意味で肩身が狭いような思いをした。
それは、望も一緒で2人ともが気まずい思いをして帰途に着いた2人だった。
帰りのコースの途中に自宅がある深岬は、途中で別れて一人自宅に帰ったのだが、家に帰りついたときには、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。
試合の後の打ち上げが何時もの如く大学近くの居酒屋で行われると聞いたが、望はそれに参加するのだろうかと思いながら、くたくたになった体をリビングにあるソファに横たわらせる。
すぐに、母親から「そんなところで横にならないで、さっさと寝なさい」と言われて重い体を引きずって2階にある自室へと上がる。
話では、試合に行ってない人も参加すると言っていた飲み会だ。
坂上が怒りそうだなと頭の片隅で思いながら、深岬はゆっくりと瞳を閉じた。
試合の翌日には、幹部交代と呼ばれる部内のイベントが入っていた。
幹部交代とは、バドミントン部では、2年生のこの時期から3年生の昨日まで深岬も参加していた試合が終わるまでの期間に部の運営に携わる。
部の運営に携わる学年を幹部などと呼んだりするのだが、今日は3年生にはお疲れ様と労いの言葉をかける日でもあり、2年生には、これから頑張れとばかりにプレッシャーを与える日である。
数ある部活のイベントの中でも、部員が集まる日でもある。
大学近辺の駅から待ち合わせ場所まで歩く。
深岬が待ち合わせ場所に着く頃には、ほとんど部員も集まっていた。
彼女の到着と同時に、先に来ていた望が駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
と声を掛ける間もなくぐいっと深岬の腕を掴んで影に連れていく望。
一体どうしたのかと深岬は、目を見開くばかりだった。
「昨日、もう最悪」
「は?何が?」
「打ち上げでサカガミが切れた」
聞いた瞬間にうわっと思った深岬はそろりと坂上のいる方向を確認する。
今は、上機嫌な様子で他の上級生と楽しそうに話している姿しか目に映らない。
切れたと望は言ったが本当なのだろうかと思えてくる。
「何で?」
「試合にこなくて飲み会にだけ来る1年に急に怒り出して…。もう、大変だったんだから」
ぶすっと頬を膨らませて言う望を見ながら、今日は何もなければいいけど…と思わざるを得ない深岬だった。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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