話を終えて、2年生が出て行った後、漸く重々しい空気から介抱された1年生達だったが、皆の顔は一様に浮かなかった。
しばらくは、そのままの姿勢で誰も動かなかったが1人また1人と重い腰をあげて体育館から出て行く。
鍵を預かっていた深岬は、皆が出て行くのを待っていた。
最後まで残っていたメンバーと一緒に並んで外に出る。
もう日が傾きかけていた。
施錠をして、鍵を返しに行こうとすると甲高い笑い声が聞こえてくる。
何気なく目を向けた先にいるのは、小島と坂上だった。そして、一緒にいて笑いながら話をするのは、望の姿だった。
深岬の耳に届いた甲高い笑い声の正体は、望の声だった。
望だけでなく、小島も坂上も笑っている。
よくあんな話をされた後に、自分には関係ないことと…確かに、練習に欠かさず参加していた望はあんまり関係ないかもしれないが、今回のことは、個人の問題でもあるが、それだけではなく、学年の問題だとも深岬は思うし、本来なら少しは落ち込んだ様子を見せている同じ学年の子に声をかけてやるべきで、全く気に留めた様子もなく坂上たちと笑いあう望の姿に彼女の神経を疑ってしまう深岬だった。
立ち止まって3人の様子を見ていた深岬だが、これ以上見ていると嫌な気分になりそうだったので、視界から彼らの姿を追い払うようにして大股にその場所を去った。
深岬が歩いていくと彼女の進行方向には、麻美が立っていた。
「どうしたの?立ち止まって…」
「待ってたの」
と言われた深岬は、ありがとと礼を言う。
恐らく、深岬に言いたいことがあって残っていたに違いなかった。
深岬もそれが分かってるから軽く笑うだけで何も言わなかった。
「鍵返しに行くんだけど。いい?」
「うん」
そう言って2人で並んで構内を歩く。
鍵を返し終わって、外に出るとどちらからともなく声を掛け合う。
「ご飯食べにいこっか…」
「そうしよ。どこ行く?」
大学近辺にある店で適当な店を選ぶとそこに向かって歩く。
夕食を食べる時間にしては、少し早い気もしないでもなかったが、気にしなかった。
席について適当に注文すると注文した料理が運ばれて来る間、無言で待つ。
数分後に運ばれてきた料理に手をつけながら、しばらくは無言で料理を口にしていた深岬と麻美だったが、最初に口を開いたのは、深岬だった。
「さっき…望と坂上さんと小島さんが話してる姿見て、ちょっとイヤって思った」
「…私は、もっとイヤ」
深岬の言葉にばっさりと切り捨てるように言う麻美。
口調もどことなく険しいものだった。
深岬は、苦笑を浮べつつも気にしないようにして次の言葉を口にする。
「別に望が嫌いなわけじゃないんだけど、ちょっと気が知れなかった。確かにさ…望は、ずっときちんと練習参加してたし、今日も本当は除外されてたんだけど、私が行くって言ったから出ただけなんだけどさ…。というか、こういうことがあった後はたとえ他人のことでも、自分で考えるべきでしょ?それに、目の前に落ち込んでる人間がいるのに何で放って上の人たちと全く気にも留めずに会話できるわけ?普通、声かけるとしたら落ち込んでる人間のほうじゃないの?同じ学年のメンバーとしてさぁ…。望の神経疑いたくなる…」
深岬の不満に麻美は黙ったまま耳を傾ける。
深岬が不満を言い尽くした後は、当然麻美も愚痴を零す。
運ばれてきた料理を平らげたあともなんだかんだで長居をして結局2時間近く、その店に居座り続けた2人だった。
練習を終えた後、片付けをして帰ろうとする深岬。
望は、深岬のすぐ横で最近になって練習に参加する人数の増えてきた他の1年生と今日やる飲み会の話をしていた。
深岬は、参加する気になれずに誘われたが断っていたので、もう用はないとばかりに外に出る。
「おつかれー」
「おつかれー。またねー」
体育館の外に出るともう暦の上では9月の半ばだというのに、むわっとする暑さが立ち込めている。
少し顔を顰めた後、靴を履きなおして駅に向かって歩く。
「深岬ー」
ゆっくりとした足取りで大学の構内を歩いていた深岬だったが、後ろからかけられた声に振り返った。
自転車に乗って近づいてくる雪子に気づいて、足を止めた。
数秒もしないうちに、雪子が深岬に追いついて、自転車から降りた。
「どうしたの?」
「いや…ちょっとね。あんた達なんか妙にぎすぎすしてない?」
「してる」
雪子の問いに迷わず即答していた深岬だった。
言った後にちょっと失敗したかもと思った深岬だったが、もう気づいた時には遅い。
「今日、何かあるの?」
「別に…なんで?」
「望たちが飲み会するっていうのに行かないみたいだったから、何かあるのかなと思ったんだけど、ないなら飲もうよ。話聞くし」
「雪子は、バイトとかないの?」
「休みー」
にっと笑って言う雪子につられるようにして笑うと雪子は、「決まりー」と言って自転車を押しながら深岬の歩幅にあわせるようにして歩く。
「いっつも家だから、店行こうか?」
「うん」
雪子の言葉に頷きながら時計で時間を確認する。
6時過ぎたところだからどの店も空いているだろうと確認して、深岬は雪子と並んで歩く。
「あ、ちょっと家よって荷物置いていい?」
「いいよ」
大学のすぐ傍にある雪子の住むアパートにより、少しの時間雪子の部屋でゆっくりとした後、歩いて2人で近くの店へと行く。
幸いまだ混雑し始める前の時間についただけあって、もう少ししたら混雑して座れないであろう店内は空いていた。
「お好きな席にどうぞ」
という店員の言葉通りにあまり広いとはいえない店の中を歩いて席に座ろうとしたのだが先を歩いていた深岬は、自分が座ろうとしていた席の直ぐ傍で小島の姿を見つけた。
ただ、小島だけなら問題はなかったのかもしれないが、如何せん一緒にいる相手は深岬も良く知る慶子だった。
他に誰もいないところを見ると2人だけで来たのだろう。
小島も慶子も深岬には気づいていない。
2人の雰囲気は明らかに普段、部活で見せるものとは全く異なっていた。
「どうかした?」
後ろからついてきていた雪子の声にはっとした深岬は、くるりとすぐに後ろを振り返る。
雪子には、見せるべきではないと判断した。
「あのさ…あっちの席にしない?」
「何言ってんの?あんたがこっちがいいって言ったんでしょ?」
変なこと言うなとばかりに言い返してくる雪子から自分の体で小島と慶子の姿を隠すことで深岬は、精一杯だった。
明らかに不審な態度をとる深岬に雪子は、怪訝な顔つきで深岬の後ろに何かあるのかというように背伸びをして深岬の背後を覗こうとした。
「どうかしたの?…あっ…」
と目を見張った雪子の顔を見て、彼女が小島と慶子の姿を見たと悟った深岬だった。
「雪子。とりあえず、出よっか?」
愕然とした様子の雪子の体を反転させてその背中を押しながら、店の出口へと向かう深岬だった。
外に出た時に漸く雪子は、我に返ったようで、深岬に確認するかのように少し上擦ったような声で尋ねる。
「あれって…そういうことなのかな……」
否定して欲しいという雪子の気持ちもわからないものではない。
だが、深岬にその場しのぎで適当なことを言うことはできなかった。
とりあえず雪子を店の外に連れ出した深岬は、彼女の家に戻るほうが懸命だろうと判断し、雪子を連れて彼女の家へと戻った。
「ほら、雪子。鍵」
「あ…うん」
小島と慶子の姿を見てショックを隠しきれないのだろう。ほとんど気の抜けたような姿の雪子だった。
部屋の中に入り、ローテーブルに向かい合うようにして座る。
雪子の様子からとてもじゃないが、自分の話なんて聞いてもらえないだろうと思った。
これでは、寧ろ自分が聞き役に徹しなければならない。
「雪子…」
「最近、リョウちゃん付き合い悪かったんだよね。これってこういうことだったのかなぁ。全然、気づかなかった…リョウちゃんと慶子さんが付き合ってたなんて」
恐らく、雪子が気づかないのであれば他に誰も気づいていないのかもしれない。
「何で言ってくれないかったんだろう…」
嘆くように言う雪子に深岬は、言えるわけないと思った。
雪子の態度は、他の誰が見ても一目瞭然だった。
本人である小島も気づかない訳がない。それに…小島は、友人としての雪子が慶子と付き合っているということを雪子に告げることで離れていくのが怖かったのかもしれない。
小島の考えは、小島ではない深岬に理解することはできないのだが、なんとなくそう思った深岬だった。
雪子にもなんて言葉をかけていいのか分からない。
「どうしよ…普通に接する自信がないよ…」
自分の悩みを聞いてもらえるどころか延々と雪子の嘆きを聞かされた深岬にその日、雪子が最後に口にした言葉だった。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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