深岬が彼女にとっての意外な2人のラブシーンに遭遇してからさほど日も経たないうちの練習後―。
いつものように夕食を上級生につれて行ってもらった後に、帰ろうとすると深岬は寒くなってきたために首に巻きつけていたマフラーをきゅっと握られて若干、首を絞められてしまい変な声を搾り出すように腹の底から出した。
絞殺が目的でなかったようですぐに解放されたが、苦しくなったマフラーを元に戻しながら、自分を絞めてきた相手が誰であるか確認しようと振り返ると犯人はどうやら雪子のようだった。
「あんた、私を殺す気?」
軽く怖い顔をしながら見つめる深岬だが、相手はにやにやと笑うだけだった。
その笑顔が何だかよからぬことをたくらんでいそうでこう表現することは大袈裟かもしれないが、身の危険を感じる。
「何笑ってんのよ。気持ち悪い」
「何で帰ろうとしてんのよ」
「はぁ?もう何も用がないから帰るんでしょ」
「飲み会だって言ってたの聞いてなかったの?」
聞いていなかったわけではない。
食事をしながら何人かが話すのを深岬も聞いていた。
しかし、いつも参加せずに帰っている自分には関係ないことだと思っていたのだ。
「何で私が入ってるのよ。いつも帰ってるの知ってるでしょ?」
「いやぁねー。この前の暴れっぷりを見た先輩達が深岬をつれてこいって五月蝿いんだもん」
「はっ!?」
この前の―と言われて深岬が思い当たるのは、1泊2日の散々だった旅行だ。
勝手に落ち込んで、飲んで潰れて、果ては3日酔い。
暴れたといえばその飲み会くらいしか記憶にない。そして、深岬のその検討は外れることなく正しいものだった。
「福田さんなんか毎回のように深岬は?って聞いてくるんだから」
「全く意味わかんない」
「みさっちゃーん!行くぞー」
とまさに雪子の口から出た福田が深岬の肩をがしっと掴む。
「ちょっ!ちょっと!!」
「行きましょー」
待ってくれという声をあげる深岬など無視して、福田と雪子に強引に連れて行かれる。
移動しようとしていた一団の中に連れ込まれると皆一様に深岬を見て驚いたような表情をしている。
「お?珍しい。深岬ちゃんも今日は参加か」
「しません!帰ります」
「ダメよー」
「そうよー」
きっぱりと帰ると主張する深岬の横で福田と雪子が声を揃えて言うものだからさぁ困った。
2人掛り、しかも片方は男の力だけに深岬はそのまま力づくで連れていかれる。
「泊まるところないんだからっ!」
「私の家があるじゃない」
「知ってるんだからね。あんた、毎回のように酔いつぶれるじゃない。そうしたら私はどうしたらいいの!?」
「あ、じゃあ。鍵」
ひょいっと鍵を渡してくる雪子。
なんだかんだと言いながらもそれを受け取る深岬。
「はぁい。これで問題はなぁしっ!」
鍵のやり取りを見届けていた福田がもう酔っているのかと思えるような声を高らかにあげる。
確かに、強固して断る理由も無くなったので深岬は連れて行かれるままに飲み会に参加した。
いつもの飲み会の場となっている大学近辺の居酒屋に行くと、人数が多かったために今日は、分かれて夕食を食べに行ったため、もう一つの深岬が一緒に行動をともにしていたグループとは違う方のグループの人間が先に居酒屋には到着していた。
「あれ?深岬ちゃん。いっつもこないからてっきり今日もこないと思ってた~」
と声をかけてくるのは最近ほとんど皆勤賞だと誰かから聞いた望だった。
「なんか成り行きでこーなっちゃった」
苦笑いをしながら説明をして周囲を確認するとその横には、麻美の姿もある。但し、麻美の彼氏である久保田の姿はない。
何時の間に2人の中が改善したのだろうかと思ってしまう深岬だったがたまたま同じテーブルにいただけで決して改善したわけではないとすぐに分かった。
2人と同じテーブルにつき、話しというよりも深岬が一方的にぼやいている間にも人はどんどんと増えていく。
練習に参加していなかった坂上と野坂が揃って現れると場は一層騒がしくなった。
「あっれー深岬ちゃんじゃん。珍しい」
目ざとく深岬の姿に気づいた坂上が、声を上げる。
気づいてくれた坂上に純粋な嬉しさを感じる。
だが、次の瞬間―。
「こいつってばチョーひどいんすよ。この間の旅行中、俺にばっかやたらと凶暴的になる」
「っつーかそれ、お前が何かしたんだろ」
聞かされた者たちは坂上の言葉を笑い飛ばすのだが、深岬は今更になって何であんなことしたんだろうと後悔にまみれていた。
がくりと肩を落とした深岬に横にいた望と麻美が顔を覗き込んでくる。
「どうしたの?」
と尋ねてくるのは、麻美だ。
「激しく後悔中」
「ハハー、深岬ちゃん何してんの~」
と笑うのは望だった。
「その後、急に気持ち悪いって言って俺に…」
その後も続ける坂上の言葉にはっとして立ち上がると大きな声で制止する。
「あああああ!!それ以上言わないでくださいよっ!」
「深岬ー無駄無駄。皆知ってるからぁ」
「何でーっ!?」
「いろんなところでいろんな人が言ってるからぁ」
「ちょっとぉ!!」
深岬の絶叫にも周囲は笑うだけだった。
しばらくぎゃあぎゃあと騒いでいた深岬だったが、席に戻った後がっくりと項垂れて机に突っ伏す。
「恥ずかしさで死ねる…」
「そんな大袈裟な~」
半泣きで鼻を啜りながら言う深岬に軽快に笑い飛ばす望と気の毒な視線を送ってくる麻美だった。
「何で、あたしあんなことしたんだろぅ」
1人嘆く深岬を置いて、ほとんど人が集まったのでその日の飲み会が開始されたのだが、深岬のエンジンがかかるまではまだもう少し時間がかかりそうだった。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
津田といる時間が何だか増えたように感じるのは気のせいではないだろう。
あれからというものの深岬、涼子、津田の関係が何か変わったかというと別に何も変わっていない。
激化することもなければ、沈静化する様子も見せない。
津田は、相も変わらず深岬にべったりだし、涼子も涼子で津田に一生懸命というところか。
変わったとすれば深岬の津田を邪険にする態度が軟化を見せたという位かもしれない。
後は、津田の友人と言葉を交わすようになったことくらいか―。
彼らと話して分かったことは、まぁ津田の言っていた言葉は的を外れたものではないということだった。
見目のいい津田と一緒にいれば、それ相応に女の子と話す機会も増えるというものだ。それを大いに利用するのが彼ら。
後は、深岬には阿呆にしか見えないがこれが悔しいことに頭がいい。
深岬にとっては分けのわからない文字の羅列のようなレポートも難なく短時間で仕上げてしまうのだ。
それを彼らは利用しているようだった。
こんなのが毎回続けば誰でも嫌になるだろうに―。気の毒に思わずにはいられなかった。
講義が全て終了して、簡単なようで難しい学科内の人間関係に疲れ果ててしまう深岬は部活の練習前にはすでに何故か練習後のように疲れ果てた様相で体育館に入る。
まだ、体を動かしているほうが疲れないかもしれないと思うのは強ち間違いでもなさそうだ。
そんな日が何日か続いている。
練習が始まるのは、4コマ終了後だ。
それに合わせて深岬は授業を組んでいるのだが、今日は生憎と4コマ目が休講になってしまった。
とくれば、不必要に空いてしまった時間をどう使うかが問題になってくる。
別段、やらなければならない課題のようなものも出ていない。
津田がどこかに行こうと誘ってきたが、近くにいる涼子の視線にそんな気にもなれずに体育館で時間を潰すとだけ言って別れた。
残念そうな顔をしていたが、ひきとめられた訳でもないので、そそくさと逃げるように体育館に入る。
とは言っても、誰もいない体育館だけに時間を潰すのは至難の業かもしれない。
そう思いながらまだ暗い体育館内に足を踏み入れると微かに人の話し声が聞こえてくる。
他の部活の人かと思いながら、体育館内に顔を覗かせる。
次の瞬間、深岬は何とも間抜けな声をあげることになる。
「うそっ!」
その声は館内に響いた。
その瞬間、弾かれたようにぴったりと密着していた男女は、離れた。
2人の視線が深岬へと集中する。
自分を見てくる2人の顔を驚愕に見開いた目で見返す。
「な…なんで、久保田さんとあ、麻美がぁ!?」
素っ頓狂な声をあげて、深岬もよく知る入部した当初、主将を務めていた3年生の名と同じ学年の麻美の名を呼ぶ。
慌ててすっ飛んできたのは、麻美だった。
入り口付近に立って自分達の方向を指差してくる深岬の腕を引っ張ると先ほどまで自分がいた場所へと連れてくる。
自然と久保田と麻美の間に挟まれるようにして座らされる。
「ちょ…、ちょっとどういうことでしょうか?どうなってるんでしょうか?何で久保田さんと麻美がこんなところでラブラブで…チューしてて…えええええ!?皆さんご承知の事実だったんでしょうか?私だけが知らなかったんでしょうか?」
「五月蝿い」
突然知った事実に深岬の頭はすでに混乱状態。
別に動揺するのは深岬ではなくていいはず。そう見られた2人の方こそもう少し驚いてもおかしくないのだが、何分1人で混乱している深岬を見ているうちに最初は驚いていた久保田と麻美の2人だったが、今では妙に落ち着いていた。
「ひ…ひどい」
「落ち着け」
「あのー経緯はどんな感じで?」
気になるのはそこだった。
大会のシーズンが終わると他にやることもなくて、付き合い始めるカップルが増えるとは聞いていたことには聞いていたのだが…。
「詳しく教えていただけると…」
「深岬ちゃん。とりあえず落ち着こうか?」
「く…久保田さん。こんな人目につくところでダメですよ!」
「はいはい。分かったから落ち着こうね。深呼吸」
と促がされるままに深呼吸を繰り返すと漸く落ち着きを取り戻した深岬だった。
「まさか、深岬に見られるとはー」
ぼやくように言うのは、麻美だった。
「い、いつから?」
尋ねる声は、動揺のためにどもってしまう。
落ちついて麻美がそれに答える。
「9月の終わりくらいだっけ?」
「そうそう。練習が休みになったころから」
互いに確認しあいながら言う2人。
2人だけの独特の雰囲気がある。仲の良さをうかがわせるそれに、不覚にも羨ましいと思えてくる。
「みんなは知ってるの?」
「みんなって部活の人?」
こっくりと頷いた深岬に麻美は首を振った。
「言ってない。だって、ことあるごとにひやかされるもの。小島さんと慶子さんみててわかるでしょ」
それはその通りだ。
麻美が口にした小島と慶子が付き合い始めてからというものの、2人は極力恋人らしい雰囲気を見せないようにしていたが、周りがそうすることを許さない部分もあった。
特に、飲み会の場では深岬も何度かそんな光景を目にしたことがあるだけに否定できずに頷き返した。
「この時間なら誰もいないからって思ってたんだけどなぁ。まさか深岬が来るなんて思ってもにみなかったよ」
「授業が休講になってやることなかったから」
「あ、そうなの?」
「うん」
「まぁ、見られたのが深岬で良かったかもしれないなぁ。これが、望だったら練習後には全員に知られてるからね」
悪戯っこのような笑みを浮べて言う麻美にそこまでは言いすぎではと思った深岬だったが、口にはしなかった。
その可能性が否めない部分もあるだけに乾いた笑いを浮べて返すだけにとどまった。
「誰にも言わないでね」
と念を押されるようにして言われる。
「それは…言わないけど。でも雰囲気とかで分かったりしないかなぁ?」
「そこまで鋭い人いないっしょ。それに…坂上とかに知られると厄介だしなぁ」
暗に鈍感と言っているその久保田の姿に深岬は引きつった笑みを浮べるのだった。
確かに久保田のいうことは尤もだ。
坂上は、はっきり言って一つ上の学年、久保田たちの学年を良く思っていない節がある上に、麻美を気に入って目をかけていた。
可愛がっている麻美が久保田と付き合い始めたと聞いたら、たとえ恋愛感情はないにしても面白くないと感じるだろう。
「それでも…ここでそーゆーことをやるのは危険かと…」
「それはそうかも」
「今度から気をつけるよ」
軽く言う2人に、今度じゃなくて今日も気をつけて欲しかったですと冗談めかして深岬が言うとどこか暢気な2人は声を上げて笑った。
そんな2人に笑い事じゃないってばと毒づく。
知られたくなければ慎めよと思わずには居られなかった。
その後、人が集まってくるまで3人で時間を潰す。
恋人同士の時間を邪魔している気になってどこかに行こうかと言った深岬だったが、2人がそんな遠慮されると返ってやだと言ったこともあり、そのままその場所にとどまった。
人が集まってきて練習が始まったのだが、その日の深岬は練習はおざなりにして、ずっと2人の姿を追いかけていた。
見事に練習中にはそんな素振りを見せない久保田と麻美の姿に役者だと感嘆していた深岬だったが、途中で麻美に「見すぎ…」と注意されてしまい慌てた。
一番落ち着かなかったのは深岬だったかもしれない。
あれからというものの深岬、涼子、津田の関係が何か変わったかというと別に何も変わっていない。
激化することもなければ、沈静化する様子も見せない。
津田は、相も変わらず深岬にべったりだし、涼子も涼子で津田に一生懸命というところか。
変わったとすれば深岬の津田を邪険にする態度が軟化を見せたという位かもしれない。
後は、津田の友人と言葉を交わすようになったことくらいか―。
彼らと話して分かったことは、まぁ津田の言っていた言葉は的を外れたものではないということだった。
見目のいい津田と一緒にいれば、それ相応に女の子と話す機会も増えるというものだ。それを大いに利用するのが彼ら。
後は、深岬には阿呆にしか見えないがこれが悔しいことに頭がいい。
深岬にとっては分けのわからない文字の羅列のようなレポートも難なく短時間で仕上げてしまうのだ。
それを彼らは利用しているようだった。
こんなのが毎回続けば誰でも嫌になるだろうに―。気の毒に思わずにはいられなかった。
講義が全て終了して、簡単なようで難しい学科内の人間関係に疲れ果ててしまう深岬は部活の練習前にはすでに何故か練習後のように疲れ果てた様相で体育館に入る。
まだ、体を動かしているほうが疲れないかもしれないと思うのは強ち間違いでもなさそうだ。
そんな日が何日か続いている。
練習が始まるのは、4コマ終了後だ。
それに合わせて深岬は授業を組んでいるのだが、今日は生憎と4コマ目が休講になってしまった。
とくれば、不必要に空いてしまった時間をどう使うかが問題になってくる。
別段、やらなければならない課題のようなものも出ていない。
津田がどこかに行こうと誘ってきたが、近くにいる涼子の視線にそんな気にもなれずに体育館で時間を潰すとだけ言って別れた。
残念そうな顔をしていたが、ひきとめられた訳でもないので、そそくさと逃げるように体育館に入る。
とは言っても、誰もいない体育館だけに時間を潰すのは至難の業かもしれない。
そう思いながらまだ暗い体育館内に足を踏み入れると微かに人の話し声が聞こえてくる。
他の部活の人かと思いながら、体育館内に顔を覗かせる。
次の瞬間、深岬は何とも間抜けな声をあげることになる。
「うそっ!」
その声は館内に響いた。
その瞬間、弾かれたようにぴったりと密着していた男女は、離れた。
2人の視線が深岬へと集中する。
自分を見てくる2人の顔を驚愕に見開いた目で見返す。
「な…なんで、久保田さんとあ、麻美がぁ!?」
素っ頓狂な声をあげて、深岬もよく知る入部した当初、主将を務めていた3年生の名と同じ学年の麻美の名を呼ぶ。
慌ててすっ飛んできたのは、麻美だった。
入り口付近に立って自分達の方向を指差してくる深岬の腕を引っ張ると先ほどまで自分がいた場所へと連れてくる。
自然と久保田と麻美の間に挟まれるようにして座らされる。
「ちょ…、ちょっとどういうことでしょうか?どうなってるんでしょうか?何で久保田さんと麻美がこんなところでラブラブで…チューしてて…えええええ!?皆さんご承知の事実だったんでしょうか?私だけが知らなかったんでしょうか?」
「五月蝿い」
突然知った事実に深岬の頭はすでに混乱状態。
別に動揺するのは深岬ではなくていいはず。そう見られた2人の方こそもう少し驚いてもおかしくないのだが、何分1人で混乱している深岬を見ているうちに最初は驚いていた久保田と麻美の2人だったが、今では妙に落ち着いていた。
「ひ…ひどい」
「落ち着け」
「あのー経緯はどんな感じで?」
気になるのはそこだった。
大会のシーズンが終わると他にやることもなくて、付き合い始めるカップルが増えるとは聞いていたことには聞いていたのだが…。
「詳しく教えていただけると…」
「深岬ちゃん。とりあえず落ち着こうか?」
「く…久保田さん。こんな人目につくところでダメですよ!」
「はいはい。分かったから落ち着こうね。深呼吸」
と促がされるままに深呼吸を繰り返すと漸く落ち着きを取り戻した深岬だった。
「まさか、深岬に見られるとはー」
ぼやくように言うのは、麻美だった。
「い、いつから?」
尋ねる声は、動揺のためにどもってしまう。
落ちついて麻美がそれに答える。
「9月の終わりくらいだっけ?」
「そうそう。練習が休みになったころから」
互いに確認しあいながら言う2人。
2人だけの独特の雰囲気がある。仲の良さをうかがわせるそれに、不覚にも羨ましいと思えてくる。
「みんなは知ってるの?」
「みんなって部活の人?」
こっくりと頷いた深岬に麻美は首を振った。
「言ってない。だって、ことあるごとにひやかされるもの。小島さんと慶子さんみててわかるでしょ」
それはその通りだ。
麻美が口にした小島と慶子が付き合い始めてからというものの、2人は極力恋人らしい雰囲気を見せないようにしていたが、周りがそうすることを許さない部分もあった。
特に、飲み会の場では深岬も何度かそんな光景を目にしたことがあるだけに否定できずに頷き返した。
「この時間なら誰もいないからって思ってたんだけどなぁ。まさか深岬が来るなんて思ってもにみなかったよ」
「授業が休講になってやることなかったから」
「あ、そうなの?」
「うん」
「まぁ、見られたのが深岬で良かったかもしれないなぁ。これが、望だったら練習後には全員に知られてるからね」
悪戯っこのような笑みを浮べて言う麻美にそこまでは言いすぎではと思った深岬だったが、口にはしなかった。
その可能性が否めない部分もあるだけに乾いた笑いを浮べて返すだけにとどまった。
「誰にも言わないでね」
と念を押されるようにして言われる。
「それは…言わないけど。でも雰囲気とかで分かったりしないかなぁ?」
「そこまで鋭い人いないっしょ。それに…坂上とかに知られると厄介だしなぁ」
暗に鈍感と言っているその久保田の姿に深岬は引きつった笑みを浮べるのだった。
確かに久保田のいうことは尤もだ。
坂上は、はっきり言って一つ上の学年、久保田たちの学年を良く思っていない節がある上に、麻美を気に入って目をかけていた。
可愛がっている麻美が久保田と付き合い始めたと聞いたら、たとえ恋愛感情はないにしても面白くないと感じるだろう。
「それでも…ここでそーゆーことをやるのは危険かと…」
「それはそうかも」
「今度から気をつけるよ」
軽く言う2人に、今度じゃなくて今日も気をつけて欲しかったですと冗談めかして深岬が言うとどこか暢気な2人は声を上げて笑った。
そんな2人に笑い事じゃないってばと毒づく。
知られたくなければ慎めよと思わずには居られなかった。
その後、人が集まってくるまで3人で時間を潰す。
恋人同士の時間を邪魔している気になってどこかに行こうかと言った深岬だったが、2人がそんな遠慮されると返ってやだと言ったこともあり、そのままその場所にとどまった。
人が集まってきて練習が始まったのだが、その日の深岬は練習はおざなりにして、ずっと2人の姿を追いかけていた。
見事に練習中にはそんな素振りを見せない久保田と麻美の姿に役者だと感嘆していた深岬だったが、途中で麻美に「見すぎ…」と注意されてしまい慌てた。
一番落ち着かなかったのは深岬だったかもしれない。
2008
「…わかった。涼子のことはもういいから…私も悪かった。あんたの気持ち考えずに行動してたし…、でもあんたも付き合う気がないならはっきりと言えばいいでしょ?そうすればあの子も次の男に目がいくわよ」
「あーゆー自分に自信のある人間って自分の非は認めないんだよ。すぐ周りの所為にするんだ」
「させときゃいいじゃない」
「今の状態でそんなこと言ったら絶対深岬ちゃんに何かするもん」
断言するように言う津田は、まるで過去に経験してきたかのような言葉だった。
「それは自分の経験から言ってること?」
「そういうわけじゃないけど…。近いかな…」
「ま、その意見に反対はしないわ…。そんな感じするし。今回のことは、もうあの子に睨まれるの勘弁って思ってあんたを置いてった私も悪かったから謝るね。ゴメン。次からはしない。あんたの気持ちも考えるようにするわ」
深岬がそう言うと津田はこっくりと頷く。
「僕もひどいこと言ったごめんなさい」
満面の笑みと言うわけではなかったが、軽く困ったように笑いながら謝る。
悪いのは津田ではない。
彼は、むしろ被害をこうむっただけなのだから―。
「お互い様ね。まぁ、メアド交換してたみたいだから仲良くなったのかと思っちゃったわよ…」
蒸し返すつもりはなかったのだが、深岬が何気ない調子で気になっていたことを口にすると津田は盛大に顔を顰めた。
その変貌にまた怒り出すのかとぎょっとする深岬だったが、津田は苦々しい口調でその彼女の問いに答えた。
「教えてくれなきゃ嫌ってしつこいから…。携帯変えに行こうかな…」
「何もそこまでしなくていいでしょ」
「できることならしたいよ。もう、昨日は本当に最悪だったんだから」
「だから、ゴメンって言ってるじゃない」
ぶっきらぼうな言い方だが、もう一度謝罪の言葉を口にする深岬に慌てて津田が訂正する。
「あ、いや…謝って欲しいんじゃなくて」
「だったら何よ」
少し眉間に皺を寄せて言う深岬に苦笑を浮かべる津田だった。
「深岬ちゃんからのメールの返信が来ないから何度も携帯確認してたらそんなこと言われるし…。さっさと帰ろうと思っても帰ろうとする度に引き止められるし…。結局、酔っちゃったから家まで送り届けさせられてさ…そのあと、あがってけって言われたんだけどさ」
「あがってけばいいじゃない」
「冗談。あれ、絶対に酔った振りだってば。他のヤツで僕より鈴木さんの家の近くに住んでるヤツがいるんだよ?そいつに任せようとしたら僕の服すんごい力で握るんだから!」
思い出しているのかどんどんとしかめっ面になっていく様は、他人の不幸を笑うようで嫌だが面白い。
「あがったら何されるかわかんないよ」
「役得じゃん」
「やめてよー。そんなことした日には、翌日には彼女面されて面倒なことになるよ」
「いやー。十分その気だったように見えたけどなぁ」
「うそっ!?」
学食での涼子を思い出しながら深岬が言うとぎょっとしたような声をあげる。
その顔の嫌そうなこと―。
「言ったでしょ?牽制されたって」
「あ、結局答えてくれなかったけど…。何言われたの?」
「あー。あんまり聞いても楽しい話じゃないからやめとく」
「言って」
何だか告げ口しているようで嫌な気分になるから、自分の内だけでとどめておくつもりだった。
軽く首を振りながら津田を見るとその顔は深岬が言うまで聞き続けてやるとばかりの顔付きだったので話を蒸し返した自分を恨んだ。
「あのね…」
「ん?何?」
「あんたが私に合わせてくれてるんだって言われただけよ」
「何それ。意味わかんない」
眉間にぐっと皺を寄せて呟く。
そりゃそうだろう。
その前後の部分を深岬は説明していないのだから、どういう流れでその話になったのかも涼子が何を思ってそんなことを言ったのかもわかるはずもない。
「分からないなら分からないままにしておきなさい」
「やだぁ。どういう意味?」
「うるさい。しつこい」
と縋ってくる男を一蹴して、昼ごはんが途中のままここに連れてこられた深岬は、先ほどまでは津田とのやり取りに気をとられていたお腹が空いたなと時計を確認するともうすぐ1時を回ろうとしていた。
思わず声があがる。
「げっ」
「どーしたの?」
「そんな悠長にどーしたの?って聞いてる場合かっ!?」
「えー?」
「3コマ目遅刻じゃんか。この馬鹿っ!」
取り合えず罵っておく。
原因は、深岬や涼子にあったとしても3コマ目の講義へ遅れたのは間違いなくこんなところへ連れてきた目の前の男の所為なのだから―。
「いいよぉ。さぼろうよー。僕、お腹空いた」
「あんたね…」
深岬の額に青筋が浮かぶ。
しかし、気づいているのか気づいていないのか立ち上がるとキッチンの方へと行き、冷蔵庫の中を漁りはじめる。
すぐに顔をあげて深岬に別に知りたくもない冷蔵庫事情を教えてくれる。
「なんもない」
「誰があんたの冷蔵庫を知りたいと言った?誰が」
「ご飯食べに行こーよ」
「一人で行け」
突っぱねた深岬にもめげることなくぽんぽんと言い返す様はすっかりいつもの2人だ。
「寂しくて死んじゃう」
「死ね」
「うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ」
「誰がウサギだ。そんなでかい図体晒してどの口が言う」
「えーこの口?」
近づいてしゃがんで冷蔵庫の中を漁る津田の背中を軽く足蹴にする。
「痛い…」
「ご飯行くなら一人で行きなさいよー。私は、授業に行くから」
「えーやだぁ」
小さな子供のように言う津田にがくりと力だ抜ける。
「ご飯ー。奢るからー」
「奢らなくていいから…授業の方が」
「行かなくていいって」
「どの口がそんなことを言うか」
と言って津田の口許をぎゅぅっと引っ張る。
「簡単じゃんあの授業」
「あっそう。あんたには簡単でも私の足りないおつむじゃ限界があんのよ。一緒にしないでくれるっ!!浪人して入ったヤツをなめんなっ」
苦労してついていっているというのにその努力を一瞬で無駄にするような言葉にふんっと力強く言い捨てる。
「だいじょーぶ。教えてあげるから」
気の抜けるような返事にそれこそ「それこそあんたの嫌ってる。あんたを利用する人じゃん」と言っても津田は笑いながら「深岬ちゃんは違うよ」とくすくすと笑うだけだった。
いまいち、その違いが分からない深岬だったが、結局津田に押し切られて一緒に大学近くの店に2度目の昼ご飯を食べに行った。
その場でカバンの中に入っていた物理学のノートの存在を思い出して目の前でがつがつと料理を食べる男に言うと無言で手を差し出されたのでパシンとその手を叩き、「あんたも私を利用する人」と軽く笑いながら心にもないことを言いながらノートを手渡す深岬だった。
「あーゆー自分に自信のある人間って自分の非は認めないんだよ。すぐ周りの所為にするんだ」
「させときゃいいじゃない」
「今の状態でそんなこと言ったら絶対深岬ちゃんに何かするもん」
断言するように言う津田は、まるで過去に経験してきたかのような言葉だった。
「それは自分の経験から言ってること?」
「そういうわけじゃないけど…。近いかな…」
「ま、その意見に反対はしないわ…。そんな感じするし。今回のことは、もうあの子に睨まれるの勘弁って思ってあんたを置いてった私も悪かったから謝るね。ゴメン。次からはしない。あんたの気持ちも考えるようにするわ」
深岬がそう言うと津田はこっくりと頷く。
「僕もひどいこと言ったごめんなさい」
満面の笑みと言うわけではなかったが、軽く困ったように笑いながら謝る。
悪いのは津田ではない。
彼は、むしろ被害をこうむっただけなのだから―。
「お互い様ね。まぁ、メアド交換してたみたいだから仲良くなったのかと思っちゃったわよ…」
蒸し返すつもりはなかったのだが、深岬が何気ない調子で気になっていたことを口にすると津田は盛大に顔を顰めた。
その変貌にまた怒り出すのかとぎょっとする深岬だったが、津田は苦々しい口調でその彼女の問いに答えた。
「教えてくれなきゃ嫌ってしつこいから…。携帯変えに行こうかな…」
「何もそこまでしなくていいでしょ」
「できることならしたいよ。もう、昨日は本当に最悪だったんだから」
「だから、ゴメンって言ってるじゃない」
ぶっきらぼうな言い方だが、もう一度謝罪の言葉を口にする深岬に慌てて津田が訂正する。
「あ、いや…謝って欲しいんじゃなくて」
「だったら何よ」
少し眉間に皺を寄せて言う深岬に苦笑を浮かべる津田だった。
「深岬ちゃんからのメールの返信が来ないから何度も携帯確認してたらそんなこと言われるし…。さっさと帰ろうと思っても帰ろうとする度に引き止められるし…。結局、酔っちゃったから家まで送り届けさせられてさ…そのあと、あがってけって言われたんだけどさ」
「あがってけばいいじゃない」
「冗談。あれ、絶対に酔った振りだってば。他のヤツで僕より鈴木さんの家の近くに住んでるヤツがいるんだよ?そいつに任せようとしたら僕の服すんごい力で握るんだから!」
思い出しているのかどんどんとしかめっ面になっていく様は、他人の不幸を笑うようで嫌だが面白い。
「あがったら何されるかわかんないよ」
「役得じゃん」
「やめてよー。そんなことした日には、翌日には彼女面されて面倒なことになるよ」
「いやー。十分その気だったように見えたけどなぁ」
「うそっ!?」
学食での涼子を思い出しながら深岬が言うとぎょっとしたような声をあげる。
その顔の嫌そうなこと―。
「言ったでしょ?牽制されたって」
「あ、結局答えてくれなかったけど…。何言われたの?」
「あー。あんまり聞いても楽しい話じゃないからやめとく」
「言って」
何だか告げ口しているようで嫌な気分になるから、自分の内だけでとどめておくつもりだった。
軽く首を振りながら津田を見るとその顔は深岬が言うまで聞き続けてやるとばかりの顔付きだったので話を蒸し返した自分を恨んだ。
「あのね…」
「ん?何?」
「あんたが私に合わせてくれてるんだって言われただけよ」
「何それ。意味わかんない」
眉間にぐっと皺を寄せて呟く。
そりゃそうだろう。
その前後の部分を深岬は説明していないのだから、どういう流れでその話になったのかも涼子が何を思ってそんなことを言ったのかもわかるはずもない。
「分からないなら分からないままにしておきなさい」
「やだぁ。どういう意味?」
「うるさい。しつこい」
と縋ってくる男を一蹴して、昼ごはんが途中のままここに連れてこられた深岬は、先ほどまでは津田とのやり取りに気をとられていたお腹が空いたなと時計を確認するともうすぐ1時を回ろうとしていた。
思わず声があがる。
「げっ」
「どーしたの?」
「そんな悠長にどーしたの?って聞いてる場合かっ!?」
「えー?」
「3コマ目遅刻じゃんか。この馬鹿っ!」
取り合えず罵っておく。
原因は、深岬や涼子にあったとしても3コマ目の講義へ遅れたのは間違いなくこんなところへ連れてきた目の前の男の所為なのだから―。
「いいよぉ。さぼろうよー。僕、お腹空いた」
「あんたね…」
深岬の額に青筋が浮かぶ。
しかし、気づいているのか気づいていないのか立ち上がるとキッチンの方へと行き、冷蔵庫の中を漁りはじめる。
すぐに顔をあげて深岬に別に知りたくもない冷蔵庫事情を教えてくれる。
「なんもない」
「誰があんたの冷蔵庫を知りたいと言った?誰が」
「ご飯食べに行こーよ」
「一人で行け」
突っぱねた深岬にもめげることなくぽんぽんと言い返す様はすっかりいつもの2人だ。
「寂しくて死んじゃう」
「死ね」
「うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ」
「誰がウサギだ。そんなでかい図体晒してどの口が言う」
「えーこの口?」
近づいてしゃがんで冷蔵庫の中を漁る津田の背中を軽く足蹴にする。
「痛い…」
「ご飯行くなら一人で行きなさいよー。私は、授業に行くから」
「えーやだぁ」
小さな子供のように言う津田にがくりと力だ抜ける。
「ご飯ー。奢るからー」
「奢らなくていいから…授業の方が」
「行かなくていいって」
「どの口がそんなことを言うか」
と言って津田の口許をぎゅぅっと引っ張る。
「簡単じゃんあの授業」
「あっそう。あんたには簡単でも私の足りないおつむじゃ限界があんのよ。一緒にしないでくれるっ!!浪人して入ったヤツをなめんなっ」
苦労してついていっているというのにその努力を一瞬で無駄にするような言葉にふんっと力強く言い捨てる。
「だいじょーぶ。教えてあげるから」
気の抜けるような返事にそれこそ「それこそあんたの嫌ってる。あんたを利用する人じゃん」と言っても津田は笑いながら「深岬ちゃんは違うよ」とくすくすと笑うだけだった。
いまいち、その違いが分からない深岬だったが、結局津田に押し切られて一緒に大学近くの店に2度目の昼ご飯を食べに行った。
その場でカバンの中に入っていた物理学のノートの存在を思い出して目の前でがつがつと料理を食べる男に言うと無言で手を差し出されたのでパシンとその手を叩き、「あんたも私を利用する人」と軽く笑いながら心にもないことを言いながらノートを手渡す深岬だった。
2008
どこへ向かっているのか分からないまま津田の後を追いながら、色んなことが深岬の頭を駆け巡っていた。
涼子に連絡してきたのに何故、自分をこうして連れ出したのか…。
何故、あそこまでそっけない態度をとれるのか…。
涼子の前では彼女のことを“涼子ちゃん”と呼んでおきながら、彼女のいないところでは今までどおり“鈴木さん”と呼ぶのは何故か…。
そして、一番気になっていることは…。
何故にそんなに難しい顔をしているのか…。
言われるまでもなく途中からここへ向かっているということは気づいていた。
昨日に引き続き、何故か今日も津田の家の前に立っている。
「何でまたここに来る必要があるわけ?今日は、薬いらないわよ」
深岬の手首を掴んだまま、がちゃがちゃと音をたてて鍵を開ける津田に向かって言うが津田からの返答はなかった。
扉を開けて中に深岬を押し込む。
「入って」
「入ってってあんたが私の手掴んでるから入らなきゃしょうがないでしょ」
「適当に座ってて」
深岬が室内にあがると鍵を閉めて津田もあがってくる。
言われた通り、お洒落なローテーブルの前にちょこんと座ると津田も深岬の向かい側に腰をどっかりと下ろす。
何も言わずに深岬をじっと見つめる津田を上目遣いに見るといつものにこにことした笑顔ではなく、はっきりとした全てのパーツの配置が整った男の顔がある。
「何か怒ってる?」
「怒ってない。拗ねてる」
唇をへの字に曲げて憮然と言う津田は、どこからどうみても拗ねているというよりも怒っているという方が正しくみえる。
―どこがだよ。怒ってるじゃん…。
「何をそんなに怒ってるわけ?」
こういう津田は初めてでどうも慣れなくて落ち着かない。
顔の整った相手だけに迫力が増すというもの。
今すぐにでも退散したいのだが、相手が許してくれそうにもない。
「怒ってない」
「ああ、はいはい。何でそんなに拗ねてるわけ?」
どう見ても怒ってるようにしか見えないにの怒ってないと主張する津田に、深岬が面倒くさそうに言い直す。
―もう…どっちでもいいから早く理由を言え。
でなければ、解決しない。
恐らく自分をここに連れ出したのは、訳があるのだから。
まぁ、深岬にも容易に想像はつく…。
―昨日のことだろうな…。
「深岬ちゃん。ひどいよ」
「あ?何?ひどいって何が?」
急に詰られた深岬は顔をきょとんとさせて津田を見た。
そう言えばメールでもそんなことが書いてあったなと悠長にも思い出していると津田の声が聞こえてくるので慌てて視線を彼に戻す。
「何で俺のこと置いてったわけ?俺、気づかないほど馬鹿じゃない」
自分のことを呼ぶのもいつもの“僕”から“俺”に変わってるこのに気づく。
「何を?」
「鈴木さんが俺をどうしたいのか気づかないほど馬鹿じゃないって言ってるの」
まぁ、あれだけアピールされたら気づかないはずもないだろう。
何を隠そう自分も協力という協力をしたわけではないが、いらぬ火の粉を浴びたくなくてそれとなく手伝ったところはある。
昨日もそのうちの一つだ。
自分がいなければいかないと言った男を無理やり参加させた。
「分かってた?だったら…」
付き合ってあげれば?彼女もいないんでしょ…。
と続けようとした深岬だったが、皆まで言わせて貰えずに一蹴されてしまう。
「嫌だ」
低い声で言う津田に面食らったような顔をする。
「何その顔。俺にも選ぶ権利あるでしょ」
「何が不満なの?可愛いじゃない。いい子じゃない…」
眉間に皺を寄せていう津田に深岬はとんちんかんなことを聞いてしまう。
見た目で選ぶのはおかしいと分かっているのに―。
「どこがいい子?深岬ちゃんが俺と鈴木さんの間に挟まれてるの知ってる」
「知ってるならあの子を煽るようなことしないでよ」
その所為でいらぬ苦労を強いられているのだから深岬の主張は尤もだ。
「嫌だ。深岬ちゃんは俺の友達だもん」
「友達って言ったってねあの子には通じないの。今日だって散々牽制されたんだからね」
思い出しただけでも腹が立つ。
「友達としゃべって何が悪いのさ。ご飯に行って何が悪いの」
「あんたが今までの友達放ったらかして私にべったりなのが気に入らないんでしょ。私は、あの子じゃないから分からないわよ」
「今日、何言われた?」
「何であんたに言わなきゃならないの?」
「教えてよ」
「あのねぇ…今、その話は関係ないでしょ」
「ある」
「ない」
ちょっとした睨みあいが続く。
最初に口を開いたのは深岬だった。
「一体何が気に入らないわけ?」
「全部」
ぶすっとした表情で言う。
「あんたねぇ」
「深岬ちゃんが昨日俺を置いていったことも…」
「友達同士の飲み会でしょう?あんたの友達もいたじゃない」
深岬の呆れたような台詞に津田が答えることはなかった。
「深岬ちゃんのことを利用するあの女もあの女に協力してる深岬ちゃんも…み、」
バンッ
津田の言葉は、深岬が力任せにローテーブルを叩いたことで遮られた。
激しい音にびっくりしたように深岬を見返す。
机の上に叩きつけた手のひらがじんじんと痺れを訴えていたがそんなことどうでもいい。
深岬は対峙する相手を睨みつける。
「あんた人の友達をあんな女呼ばわりするってどういうつもり!?」
怒声に最初は、目を瞬かせていた津田だったが、負けじと応戦する。
「何で自分のことを利用する人間を友達なんて言えるんだよ!」
「確かにそうよ。あの子はあんたに近づきたいために私を利用してるわよ。今日の授業のノートだってそう。何が悪いの?流石に、睨まれたりするのはゴメンだけどね。好きな人に近づきたいって気持ちわかるもの!相手の傍に自分以外の人間がいたら嫉妬だってするわよっ!」
「俺の上辺だけ見て好きだなんて言ってくるようなヤツのことを何でそんな風に庇うわけっ!?そんなヤツから向けられる行為なんて気持ち悪いだけだ。いらない。くそくらえだよっ」
まるで深岬の怒声に呼応するように津田も声を張り上げる。
顔に似合わない汚い言葉に深岬が驚きを隠せない。
「…っ。別に庇ってるわけじゃないわよっ」
「庇ってる」
「庇ってない。まぁ、あんたの言うことも一理あるわよ。あの子は、見た目であんたを落とすって決めたみたいだし?そういうのもありじゃないの?」
このまま感情に任せて言い合いを続けても一向に収束しない。
深岬は、声を抑えた。
「俺は嫌なんだよ」
「視点変えてみればいいじゃない。付き合っていくうちに人となりがわかるってものでしょ」
「俺は友達を利用するような人間好きじゃない。そんなことするヤツ友達なんて呼んじゃいけない。無言で睨み聞かせるような真似して…自分さえよければいいって考え虫唾が走る」
涼子のことを言っているのはわかる。
深岬にだって利用されているのは分かっている。
津田の言い分から取り合えず、この先津田が涼子を良い目で見ることはないだろうということだけはわかった深岬だった。
涼子に連絡してきたのに何故、自分をこうして連れ出したのか…。
何故、あそこまでそっけない態度をとれるのか…。
涼子の前では彼女のことを“涼子ちゃん”と呼んでおきながら、彼女のいないところでは今までどおり“鈴木さん”と呼ぶのは何故か…。
そして、一番気になっていることは…。
何故にそんなに難しい顔をしているのか…。
言われるまでもなく途中からここへ向かっているということは気づいていた。
昨日に引き続き、何故か今日も津田の家の前に立っている。
「何でまたここに来る必要があるわけ?今日は、薬いらないわよ」
深岬の手首を掴んだまま、がちゃがちゃと音をたてて鍵を開ける津田に向かって言うが津田からの返答はなかった。
扉を開けて中に深岬を押し込む。
「入って」
「入ってってあんたが私の手掴んでるから入らなきゃしょうがないでしょ」
「適当に座ってて」
深岬が室内にあがると鍵を閉めて津田もあがってくる。
言われた通り、お洒落なローテーブルの前にちょこんと座ると津田も深岬の向かい側に腰をどっかりと下ろす。
何も言わずに深岬をじっと見つめる津田を上目遣いに見るといつものにこにことした笑顔ではなく、はっきりとした全てのパーツの配置が整った男の顔がある。
「何か怒ってる?」
「怒ってない。拗ねてる」
唇をへの字に曲げて憮然と言う津田は、どこからどうみても拗ねているというよりも怒っているという方が正しくみえる。
―どこがだよ。怒ってるじゃん…。
「何をそんなに怒ってるわけ?」
こういう津田は初めてでどうも慣れなくて落ち着かない。
顔の整った相手だけに迫力が増すというもの。
今すぐにでも退散したいのだが、相手が許してくれそうにもない。
「怒ってない」
「ああ、はいはい。何でそんなに拗ねてるわけ?」
どう見ても怒ってるようにしか見えないにの怒ってないと主張する津田に、深岬が面倒くさそうに言い直す。
―もう…どっちでもいいから早く理由を言え。
でなければ、解決しない。
恐らく自分をここに連れ出したのは、訳があるのだから。
まぁ、深岬にも容易に想像はつく…。
―昨日のことだろうな…。
「深岬ちゃん。ひどいよ」
「あ?何?ひどいって何が?」
急に詰られた深岬は顔をきょとんとさせて津田を見た。
そう言えばメールでもそんなことが書いてあったなと悠長にも思い出していると津田の声が聞こえてくるので慌てて視線を彼に戻す。
「何で俺のこと置いてったわけ?俺、気づかないほど馬鹿じゃない」
自分のことを呼ぶのもいつもの“僕”から“俺”に変わってるこのに気づく。
「何を?」
「鈴木さんが俺をどうしたいのか気づかないほど馬鹿じゃないって言ってるの」
まぁ、あれだけアピールされたら気づかないはずもないだろう。
何を隠そう自分も協力という協力をしたわけではないが、いらぬ火の粉を浴びたくなくてそれとなく手伝ったところはある。
昨日もそのうちの一つだ。
自分がいなければいかないと言った男を無理やり参加させた。
「分かってた?だったら…」
付き合ってあげれば?彼女もいないんでしょ…。
と続けようとした深岬だったが、皆まで言わせて貰えずに一蹴されてしまう。
「嫌だ」
低い声で言う津田に面食らったような顔をする。
「何その顔。俺にも選ぶ権利あるでしょ」
「何が不満なの?可愛いじゃない。いい子じゃない…」
眉間に皺を寄せていう津田に深岬はとんちんかんなことを聞いてしまう。
見た目で選ぶのはおかしいと分かっているのに―。
「どこがいい子?深岬ちゃんが俺と鈴木さんの間に挟まれてるの知ってる」
「知ってるならあの子を煽るようなことしないでよ」
その所為でいらぬ苦労を強いられているのだから深岬の主張は尤もだ。
「嫌だ。深岬ちゃんは俺の友達だもん」
「友達って言ったってねあの子には通じないの。今日だって散々牽制されたんだからね」
思い出しただけでも腹が立つ。
「友達としゃべって何が悪いのさ。ご飯に行って何が悪いの」
「あんたが今までの友達放ったらかして私にべったりなのが気に入らないんでしょ。私は、あの子じゃないから分からないわよ」
「今日、何言われた?」
「何であんたに言わなきゃならないの?」
「教えてよ」
「あのねぇ…今、その話は関係ないでしょ」
「ある」
「ない」
ちょっとした睨みあいが続く。
最初に口を開いたのは深岬だった。
「一体何が気に入らないわけ?」
「全部」
ぶすっとした表情で言う。
「あんたねぇ」
「深岬ちゃんが昨日俺を置いていったことも…」
「友達同士の飲み会でしょう?あんたの友達もいたじゃない」
深岬の呆れたような台詞に津田が答えることはなかった。
「深岬ちゃんのことを利用するあの女もあの女に協力してる深岬ちゃんも…み、」
バンッ
津田の言葉は、深岬が力任せにローテーブルを叩いたことで遮られた。
激しい音にびっくりしたように深岬を見返す。
机の上に叩きつけた手のひらがじんじんと痺れを訴えていたがそんなことどうでもいい。
深岬は対峙する相手を睨みつける。
「あんた人の友達をあんな女呼ばわりするってどういうつもり!?」
怒声に最初は、目を瞬かせていた津田だったが、負けじと応戦する。
「何で自分のことを利用する人間を友達なんて言えるんだよ!」
「確かにそうよ。あの子はあんたに近づきたいために私を利用してるわよ。今日の授業のノートだってそう。何が悪いの?流石に、睨まれたりするのはゴメンだけどね。好きな人に近づきたいって気持ちわかるもの!相手の傍に自分以外の人間がいたら嫉妬だってするわよっ!」
「俺の上辺だけ見て好きだなんて言ってくるようなヤツのことを何でそんな風に庇うわけっ!?そんなヤツから向けられる行為なんて気持ち悪いだけだ。いらない。くそくらえだよっ」
まるで深岬の怒声に呼応するように津田も声を張り上げる。
顔に似合わない汚い言葉に深岬が驚きを隠せない。
「…っ。別に庇ってるわけじゃないわよっ」
「庇ってる」
「庇ってない。まぁ、あんたの言うことも一理あるわよ。あの子は、見た目であんたを落とすって決めたみたいだし?そういうのもありじゃないの?」
このまま感情に任せて言い合いを続けても一向に収束しない。
深岬は、声を抑えた。
「俺は嫌なんだよ」
「視点変えてみればいいじゃない。付き合っていくうちに人となりがわかるってものでしょ」
「俺は友達を利用するような人間好きじゃない。そんなことするヤツ友達なんて呼んじゃいけない。無言で睨み聞かせるような真似して…自分さえよければいいって考え虫唾が走る」
涼子のことを言っているのはわかる。
深岬にだって利用されているのは分かっている。
津田の言い分から取り合えず、この先津田が涼子を良い目で見ることはないだろうということだけはわかった深岬だった。
2008
2コマ目終了時刻に近いとだけあって、人が流入しはじめていたため少し並ばなければならなかった。
二日酔いもとい三日酔いに苦しんでいた昨日とは打って変わって揚げ物が食べたくなった深岬は、フライを選択してレジで会計を済ませると涼子の座る席へと戻る。
もしかしてもう津田が来ているかと危ぶんだが、その心配は杞憂に終わった。
深岬が机にトレーを置いて座ると涼子が深岬のノートを差し出してくる。
「ありがとう」
「いいよ」
ノートを受け取りながら横の椅子においてあったカバンを手繰り寄せて中にしまう。
涼子も写し終わったノートをカバンの中に仕舞うと後は、食堂の入り口の方ばかりを気にしていた。
深岬はそれを一瞥した後、トレーの上にのっている箸を持つと小さな声で「いただきます」と言って今日の彼女の昼ごはんを食べ始めた。
何もそんなに気にしなくてもいいのではないかと思うくらい、そっちの方向ばかり見る涼子に小さく笑みを漏らす。
「何?」
深岬の笑う声が聞こえたのか怪訝な顔で深岬を見る涼子に彼女は、なんでもないと首を振った。
深岬の中で涼子は、もっと駆け引きの上手い人間かと思っていたが、そうでもないらしいと彼女の様子を見ていて分かった。
或いは、そうはさせない何かが津田のほうにあるのか―。
どちらにせよ深岬には関係のないことだ。
「あ!」
嬉しそうな声を発した涼子に津田が来たことがわかるのだが、生憎深岬は半分も食べていなかった。
本当なら津田が来る前に食べ終わってこの場を去るつもりだったのにこれではそうはできない。
捨てるのは、勿体無いし嫌だ。
かといって津田が現れたからと言って離れた席に一人で移るのも考えものだろう。涼子は喜ぶかもしれないが津田が何と思うか―。
うーんと眉間に皺を寄せながら「来るのが早い」と津田を心の中で罵ってみる。
その間にも涼子が席を立って、こっちこっちと手を振っている。
どうしようかと思いながらも深岬は、食べるスピードを速めた。
昨日の使いまわしというわけではないが、さっさと目の前のものを平らげて用があるとでも言って席を立てばいいと思ったからだ。
そうだ。そうすればいいとばかりに深岬が常ならぬスピードで料理を口の中に運んでいると箸を持つ手が大きな手によって掴まれる。
「えっ?」
驚いて自分の手首を掴む人物の顔を見上げる。
「あ、旭クン?」
「涼子ちゃん。深岬ちゃん借りてくね」
笑顔で涼子に言う津田に深岬はただ目をぱちぱちと瞬かせた。
「深岬ちゃん。行くよ」
という声は、いつもの彼らしくなく硬質な声だった。
「…ご飯食べてる途中なんだけど…」
いつもとちょっと違う甘さの抜けた津田に驚きながらも言うと津田の目が顰められる。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
どういうわけか自分に連絡してきたのに自分ではなく深岬を連れ出そうとしている津田に涼子が慌てた声をあげる。
これでは、自分が馬鹿みたいではないか―。
いいように利用されただけに見える。
「あ、そうだ…旭クン。さっきの講義いなかったでしょ?ノート貸してあげる」
その涼子の台詞に深岬が今度は唖然となる。
目を見開いて涼子を見つめる深岬だったが、彼女は深岬の視線になど気づくことなく先ほどまで必死になって写していたノートを差し出す。
深岬は悟った。
いつもならコピーをとる彼女がノートを写していた理由を―。
自分はまさに利用されたのだ。
そこまでやってしまう涼子に驚きと同時に凄いと感嘆してしまう。自然と悔しいと思うことはなかった。というよりも目から鱗状態でそんな感情まで行き着かなかった。
だが、津田は涼子が取り出したノートを冷めた視線で一瞥すると端的に言う。
「いい。深岬ちゃんに借りる」
「え…っ。でも…深岬ちゃんの……」
「借りればいいじゃない。貸してくれるって言ってるんだから。私のノートより見やすいはずよ」
助け舟を出す訳ではないが、ちょっと哀れに見えてきた涼子に深岬が援護するように言うと津田の深岬の手首を握る力に更に強い力が加わる。
「ね…。ほら、深岬ちゃんも言ってるし」
若干引きつっているように見えるが笑みを浮かべて差し出す涼子に津田はもう一度、「いらない」と返事をした。
今度こそ絶句して返す言葉も見つからなかった。
「深岬ちゃん。昨日の続きやろ」
「昨日?」
津田が何のことを言っているのか分からずに深岬は怪訝な顔つきをした。
「物理学のレポート」
「あ…あぁ、でも待ってよご飯食べてるんだけど」
「そのレポートなら終わってるから教えてあげるよ?」
昨日の昼休みのことを誤魔化すために考えた理由をなぜにここに出してくるのか深岬にはさっぱりだった。
割り込むチャンスとばかりにめげずに涼子が声を発する。
だが、それも一蹴されてしまう。
「いい。自分で考えないと意味ないから」
正論と言えば正論だ。
だが、それはやんわりとした口調で言われたのならまだましだったかもしれないが冷え冷えとした口調で言われたのだからそれ以上涼子も言い返す気力がなくなってしまった。
顔立ちが整っているだけに迫力がある。
「ご飯まだなの」
「昼飯くらい奢るから」
「ちょっと、何であんたが私の昼ごはんを払う必要があるのよ。いいから離して」
「来て」
深岬が軽く握られた手を振りながら言うが、津田は力を入れて一言言うだけだった。
深岬の動きが止まったのをいいことに深岬のカバンを目ざとく見つけるとそれを掴んで深岬を立たせる。
そして、涼子を振り返ると遠慮の欠片もなく言う。
「涼子ちゃん。ゴメン。後、頼むね」
満面の笑みで言われた涼子はぽかんとした顔で食堂を出て行く深岬と津田の背中を見送ることしかできなかった。
一方、訳がわからないのは深岬の方だった。
引っ張られるままに津田の後を追いかけながらも頭の中ではいろんな考えが次から次へと浮かんでいた。
しかし、一番気になることは何故、この自分を引っ張っていく男が、こんなにも怒っているように見えるのか―。
途中ですれ違った津田の友人達に彼は懇願する。
「用があって深岬ちゃん連れ出したから鈴木さんが一人で学食にいるんだ。一緒にいてあげて」
用も何もあんたが連れ出したんでしょうがと心の中で叫ぶものの口にはできなかった。憚られた。
津田にそういわれた彼らは気の良い返事をして学食のほうへと姿を消していった。
呆然とその集団の後ろ姿を見送っていた深岬だったが、ぐいっと手を引っ張られたので後ろ髪引かれる思いで学食の方角を気にしながらも先を行く津田の後を追った。
集団の「あいつ本当に進藤さんのこと気に入ってるなぁ」という雑談の声を聞きながら―。
二日酔いもとい三日酔いに苦しんでいた昨日とは打って変わって揚げ物が食べたくなった深岬は、フライを選択してレジで会計を済ませると涼子の座る席へと戻る。
もしかしてもう津田が来ているかと危ぶんだが、その心配は杞憂に終わった。
深岬が机にトレーを置いて座ると涼子が深岬のノートを差し出してくる。
「ありがとう」
「いいよ」
ノートを受け取りながら横の椅子においてあったカバンを手繰り寄せて中にしまう。
涼子も写し終わったノートをカバンの中に仕舞うと後は、食堂の入り口の方ばかりを気にしていた。
深岬はそれを一瞥した後、トレーの上にのっている箸を持つと小さな声で「いただきます」と言って今日の彼女の昼ごはんを食べ始めた。
何もそんなに気にしなくてもいいのではないかと思うくらい、そっちの方向ばかり見る涼子に小さく笑みを漏らす。
「何?」
深岬の笑う声が聞こえたのか怪訝な顔で深岬を見る涼子に彼女は、なんでもないと首を振った。
深岬の中で涼子は、もっと駆け引きの上手い人間かと思っていたが、そうでもないらしいと彼女の様子を見ていて分かった。
或いは、そうはさせない何かが津田のほうにあるのか―。
どちらにせよ深岬には関係のないことだ。
「あ!」
嬉しそうな声を発した涼子に津田が来たことがわかるのだが、生憎深岬は半分も食べていなかった。
本当なら津田が来る前に食べ終わってこの場を去るつもりだったのにこれではそうはできない。
捨てるのは、勿体無いし嫌だ。
かといって津田が現れたからと言って離れた席に一人で移るのも考えものだろう。涼子は喜ぶかもしれないが津田が何と思うか―。
うーんと眉間に皺を寄せながら「来るのが早い」と津田を心の中で罵ってみる。
その間にも涼子が席を立って、こっちこっちと手を振っている。
どうしようかと思いながらも深岬は、食べるスピードを速めた。
昨日の使いまわしというわけではないが、さっさと目の前のものを平らげて用があるとでも言って席を立てばいいと思ったからだ。
そうだ。そうすればいいとばかりに深岬が常ならぬスピードで料理を口の中に運んでいると箸を持つ手が大きな手によって掴まれる。
「えっ?」
驚いて自分の手首を掴む人物の顔を見上げる。
「あ、旭クン?」
「涼子ちゃん。深岬ちゃん借りてくね」
笑顔で涼子に言う津田に深岬はただ目をぱちぱちと瞬かせた。
「深岬ちゃん。行くよ」
という声は、いつもの彼らしくなく硬質な声だった。
「…ご飯食べてる途中なんだけど…」
いつもとちょっと違う甘さの抜けた津田に驚きながらも言うと津田の目が顰められる。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
どういうわけか自分に連絡してきたのに自分ではなく深岬を連れ出そうとしている津田に涼子が慌てた声をあげる。
これでは、自分が馬鹿みたいではないか―。
いいように利用されただけに見える。
「あ、そうだ…旭クン。さっきの講義いなかったでしょ?ノート貸してあげる」
その涼子の台詞に深岬が今度は唖然となる。
目を見開いて涼子を見つめる深岬だったが、彼女は深岬の視線になど気づくことなく先ほどまで必死になって写していたノートを差し出す。
深岬は悟った。
いつもならコピーをとる彼女がノートを写していた理由を―。
自分はまさに利用されたのだ。
そこまでやってしまう涼子に驚きと同時に凄いと感嘆してしまう。自然と悔しいと思うことはなかった。というよりも目から鱗状態でそんな感情まで行き着かなかった。
だが、津田は涼子が取り出したノートを冷めた視線で一瞥すると端的に言う。
「いい。深岬ちゃんに借りる」
「え…っ。でも…深岬ちゃんの……」
「借りればいいじゃない。貸してくれるって言ってるんだから。私のノートより見やすいはずよ」
助け舟を出す訳ではないが、ちょっと哀れに見えてきた涼子に深岬が援護するように言うと津田の深岬の手首を握る力に更に強い力が加わる。
「ね…。ほら、深岬ちゃんも言ってるし」
若干引きつっているように見えるが笑みを浮かべて差し出す涼子に津田はもう一度、「いらない」と返事をした。
今度こそ絶句して返す言葉も見つからなかった。
「深岬ちゃん。昨日の続きやろ」
「昨日?」
津田が何のことを言っているのか分からずに深岬は怪訝な顔つきをした。
「物理学のレポート」
「あ…あぁ、でも待ってよご飯食べてるんだけど」
「そのレポートなら終わってるから教えてあげるよ?」
昨日の昼休みのことを誤魔化すために考えた理由をなぜにここに出してくるのか深岬にはさっぱりだった。
割り込むチャンスとばかりにめげずに涼子が声を発する。
だが、それも一蹴されてしまう。
「いい。自分で考えないと意味ないから」
正論と言えば正論だ。
だが、それはやんわりとした口調で言われたのならまだましだったかもしれないが冷え冷えとした口調で言われたのだからそれ以上涼子も言い返す気力がなくなってしまった。
顔立ちが整っているだけに迫力がある。
「ご飯まだなの」
「昼飯くらい奢るから」
「ちょっと、何であんたが私の昼ごはんを払う必要があるのよ。いいから離して」
「来て」
深岬が軽く握られた手を振りながら言うが、津田は力を入れて一言言うだけだった。
深岬の動きが止まったのをいいことに深岬のカバンを目ざとく見つけるとそれを掴んで深岬を立たせる。
そして、涼子を振り返ると遠慮の欠片もなく言う。
「涼子ちゃん。ゴメン。後、頼むね」
満面の笑みで言われた涼子はぽかんとした顔で食堂を出て行く深岬と津田の背中を見送ることしかできなかった。
一方、訳がわからないのは深岬の方だった。
引っ張られるままに津田の後を追いかけながらも頭の中ではいろんな考えが次から次へと浮かんでいた。
しかし、一番気になることは何故、この自分を引っ張っていく男が、こんなにも怒っているように見えるのか―。
途中ですれ違った津田の友人達に彼は懇願する。
「用があって深岬ちゃん連れ出したから鈴木さんが一人で学食にいるんだ。一緒にいてあげて」
用も何もあんたが連れ出したんでしょうがと心の中で叫ぶものの口にはできなかった。憚られた。
津田にそういわれた彼らは気の良い返事をして学食のほうへと姿を消していった。
呆然とその集団の後ろ姿を見送っていた深岬だったが、ぐいっと手を引っ張られたので後ろ髪引かれる思いで学食の方角を気にしながらも先を行く津田の後を追った。
集団の「あいつ本当に進藤さんのこと気に入ってるなぁ」という雑談の声を聞きながら―。