吹き付けてくる風が冷たくなってきた11月の半ば…。
まだはっきりとしない頭で眠い目を擦りながら、歩く。
腕にしている時計で時間を確認すれば、もう遅刻だという時間。
電車を一本遅くしたら、完全にアウトとなる時間になってしまった。
とはいえ、少し走れば間に合うかもしれない。だが、そんな気力ももったいない。
ま、いっかととろとろと歩く。
遅刻などどうでもいいと何食わぬ顔で教室に向っていると、深岬が入ろうとした教室から出てくる良く見知った顔がある。
2人並んで談笑しながら来る姿は、一対の絵のようだった。
美男美女。
見た目だけは――。
女の方は、さておき。男は、深岬の知る限り、ねじの一本外れたどっか抜けた男なのだが…。
どうも他人には違う目で映るらしい。本人が、取り繕っているということもあるが……。
不思議でならなかった。
最初の頃―、深岬に津田が懐くようになった最初の頃は丁度狙っていた男が急に近づいたことに喜んで声をかけていた涼子だったが、津田は全くといっていいほど相手にしていなかった。
話をするのは、深岬を介してのみ。
それがいつの頃からか2人だけでも話をしている姿を見るようになったのは…。
だからと言って深岬に何らかの変化があるのかといわれればそんなことは全くない。
むしろ、何故そっけない態度を取っている自分に寄ってくるのかわからなかった。
それこそ、友人もいるようだし、女にももてる男だ。なおさら、わからないことだらけだった。
涼子と津田が、話をするようになったからと言って、2人にそれ以上の進展は見られないようだった。
なぜなら…。
深岬を見つければ、涼子などおかまいなしに津田は、深岬に駆け寄ってくるのだから。
そう今のように――。
深岬に気づいた津田が深岬に駆け寄ってくる。
「深岬ちゃんだ」
と女を置いて、自分に近づいてくる。
まさに、毛並みのいい大型犬を見ているようだった。
その男から置き去りにされた友人を見ると少し不満そうな顔をしている。
まずいか…と思った。
だが、こういうことは気にしないほうが為だ。
変に意識すると相手をさらに感情的にさせる。
「何で出てきたの?」
「休講だって」
「はぁ?そういうことは、前日までに掲示板に出しとけっつーの。私の睡眠時間を返せ」
こちとら朝早くから出てきているというのに。
そんな深岬の思いが顔に表れていたのか。
くくっと笑う声がする。
笑い声の持ち主に視線だけを送る。
「そんな顔しなくても」
「うるさい。こっちは、眠いのを我慢して、2時間かけて来てるってーのに。あんたわかる?一コマの時は5時半起きなんだから」
「ハハッ。俺の家泊まっても良かったのに。そしたら寝れるでしょ」
「いらん。寝れても女に刺されるのは、遠慮したいわ。大体、あんた女を自分の家にあげたことないんでしょ」
「深岬ちゃんは、特別~」
にっこり笑って言う津田に心底嫌そうな表情を浮べる深岬。
「そんな特別いらんわ」
ばっさり切り捨てても、津田はにこにこ笑ってるだけ。
げっそりしたような表情を浮べて、深岬はいつの間にか横に来ていた涼子を見た。
先ほど深岬が見た不機嫌そうな顔などどこへやら。
強い…。
そう思ってしまった。
寒気すらする。
「深岬ちゃん。オハヨ」
「ああ、おはよ。コイツから聞いたけど休講?」
「みたいだよ。困っちゃうよね」
「ホント、最悪。あー、体育館でも行くかな…。今の時間誰かいるかなぁ、あ…ラケットが雪子のところだしなぁ」
とぶつぶつ言いながら深岬が考えているとぐいっと津田に腕を掴まれる。
突然のことに驚いて深岬は、津田の顔を見返した。
「何?」
「ご飯イコ」
「はぁ?何で」
「朝飯食べてない。おなか空いてるんだよね」
腹を押さえて言う津田に深岬は、冷たい視線を送る。
「死ねば?」
「冷たい…」
「アハハー。深岬ちゃんてば、何で旭クンにそんなに冷たいの?可哀想だよ」
「もっと言ってあげて、でないと深岬ちゃんはわかってくれないんだよな…」
「こんなヤツに優しくする必要ナシ」
「可哀想に。よしよし。イコっ?ご飯。おなか空いてるんでしょ?深岬ちゃんも付いてきてくれるよ」
「何で?2人で行けばいいじゃん」
そう提案した深岬だったのだが、津田が手を離さなかったこともあって結局大学近くの24時間営業しているファミレスに来ていた。
嬉しそうな顔をして自分の横に座って綺麗な箸使いで目の前にある料理を平らげる男を呆れたような視線で見る。
深岬の視線に気づいたのか津田は、自分をじっと見てくる深岬に向かってにこっと笑うと箸で摘んだものを「あーん」と差し出してくる。
ぎょっとする深岬。
生憎と涼子は席を外しているから良かったものの、きっと見ていたらどんな顔をしていただろうかと想像するだけでうんざりとしてくる。
まぁ、涼子の居る前では津田も決してこんなことはしないが…。
「何コレ?」
と口許まで運ばれてきたものを指差して聞くと…。
「欲しいのかと思ったから」
「欲しかったら、自分で取るわよ」
勝手というところを強調すると津田は、深岬の方へと向けていたものを自分の方へと引き寄せぱくりと食べる。
「僕のなのに?」
「あんたのものは私のもの」
「じゃ、深岬ちゃんのものは僕のもの」
「違うわよ。私のものは私のもの」
「ええっ!?」
言い切ってつんとそっぽを向いた深岬に津田の不満そうな声が聞こえてくる。
そこへ、涼子が戻ってきたので2人の会話は途切れた。
内心、落ち着かなかい深岬に対して、津田は全くそんなもの感じさせずに食事を続ける。
「あ、そうだ」
「何よ?」
急に思い出したように大きな声を出す津田に深岬は、眉間に皺を寄せながらも相手を見る。
「鈴木さんに明日遊ぼうって誘われてるんだけど、深岬ちゃんも行こうよ」
「……無理」
津田が鈴木と呼ぶのは、目の前に座る涼子で。
深岬は、少し押し黙った後、簡潔に断る。
すると眉間に皺を寄せて不満そうな顔をしている。
ちらりと涼子を横目で見ると、小さく笑っている。
狙ってたな…。
と心の中で呟いた。
まぁ、行けたとしても喜んで辞退をするのだが…。
「何で?」
「だって、旅行なんだもん」
「ええー?」
「ごめんね~」
と軽く笑いながら津田から視線をそらす。
涼子には、以前に話していたから敢えてそのタイミングを狙って津田を誘ったに違いない。
津田は、もちろん深岬がいると思って受けたに違いない。
「タダ飯、タダ酒かっくらって来るわ~。あー楽しみ」
わざとらしくもそんな風に言ってみる。
横目で津田の表情を確認すると俄かに不機嫌そうな顔している。
「誰と?」
「部活の先輩達数人と」
「…あの人も?」
「もちろん。あ、お土産は期待しないでねー」
津田が口にした“あの人”というのは、深岬の片思いの相手である坂上だ。
深岬から強引に聞き出した津田は、そのことも知っている。知っていて聞いてきたのだ。
坂上と行くのか…と。
正確に答えるなら、坂上のほかにも数人いる。もちろん雪子も一緒だ。
11月半ばという微妙なこの時期に旅行をしようと言い出したのは雪子だった。
それに他の上級生達が乗り気になってしまい、強行されることになった。
その場に居合わせた深岬は、当然のごとくメンバーとして数えられてしまい。
強制参加が言い渡された。
2日という短い期間なので、どうしても近場にはなるだろうが、その中に坂上も含まれていて…。深岬にしてみればラッキーで。
少し、否かなり楽しみにしていた。
それでも。深岬の答えにますます表情を曇らせる津田だった。
深岬は、そんな津田の様子には気づかずに少し浮き足だった声を上げる。
「あーほんとは、旅行なかったら行くんだけどねー」
とわざとらしく言ってみたりもする。
実際、そうであってもなんだかんだ理由をつけていかなかったとは思うのだが…。
不服そうな顔をしている津田とは対照的にすっきりした顔で嬉しそうな顔を浮かべている深岬だった。
気分は、もうすでに明日を向いていた――。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック
2008
朝早くに設けられた集合時間。
授業や部活の練習などで早起きしなければならない時は、悶絶を繰り返し幾度となく襲い掛かってくる睡魔と五月蝿く存在を主張する目覚まし時計との死闘の末に漸く起きれるというのに、それがどうだろうか。
自分が楽しみにしている日の目覚めは、これでもかというほどにすっきりした目覚めなのだからつくづく人間という生き物は現金な生き物だと深岬は思う。
しかし、家を出て集合場所になっている大学に行くまでの2時間の間、確りと規則正しく揺れる電車の中で睡眠を貪った。
いつもより早起きした所為か、体内時計が狂ったようで、寝過ごしそうになる位だった。
慌てて電車から飛び降りて改札を出た。
集合場所になっている大学の正門に深岬が到着するとすでに人は集まっていた。
―なんでこの人たちは、遊びになるときっちり集合してんのよ…。
とぼやきたくもなるというもの。
練習のときなどは、集合時間に来るほうがバカらしく思えてくるほど深岬の所属しているバドミントン部の部員は時間にルーズだ。
それが、どうだろうか…。
飲みや遊びとなると逆転する。
岬は、普通逆ではないかと考える自分がおかしいのかと思ったことさえある。
しかし、これが彼らなのだから仕方ない。
今日も深岬は決して遅れていないはずなのに…。
すでに集まっていた上級生に「遅い」と文句を言われてしまった時には、言い返してやろうかとすら思った。
―なんでこういう時だけきちんとしているのか…。
と。
しかし、それはすぐに車に荷物入れろという声に消散していった。
促されるままに、車のトランクに1泊用の荷物を押し込み、既に準備を終えて談笑している雪子の元へ行こうとすると背後から声をかけられたので、振り返った。
「なんか、深岬ちゃん久しぶりな感じがするなぁ」
しみじみとそんな言葉を吐くのは、深岬の3つ学年が上にあたる4年の野坂だった。
言われてみれば深岬の方も野坂とこうして顔を付き合わせるのは久しぶりの気がしたので、苦笑を浮かべて同意しておく。
「言われてみれば…すっごい久しぶりな感じしますね」
「まぁ、俺が行ってなかったってのもあるんだけどなぁ」
「あ、私も最近は練習行くだけで、飲み会はあんまり参加してないんですよね。野坂さんは、最近忙しいんですか?」
「まぁ、そこそこ」
微妙な笑いとともに言う野坂に半信半疑のような目を向けると困ったように笑い出す。
そこへ、雪子が顔を出す。
「先輩も深岬も何笑ってんの?」
「ちょっとね」
別に隠すことでもないだろうに、わざとらしく言う野坂に下世話な笑みを浮かべる雪子。
「あーやーしー」
「俺達ラブラブだから」
ぐいっと肩を掴まれて突然のことに驚く深岬に対して、雪子は実にあっさりしていた。
「そんなことどーでもいいですから。さっさと配車するよ」
「つまんねぇ」
雪子がそれ以上絡んでくるつもりがないということが分かると野坂はパッと手を離した。
「先輩調子乗ると面倒だもん」
相手が上級生だろうがなんだろうがお構いなしにずけずけという雪子だったが、相手は別段気を悪くしたような様子を見せることもなく笑ってすでに出来ている輪の中へ入っていった。
深岬も同じように遅れないようにと輪の中に入る。
一体、誰が用意したものかはわからなかったがくじで自分が乗る車が決まる。
深岬は坂上の車だった。
幸運と呼ぶべきかどうかは、時間が経たなければわからないだろう。
ドライバーの坂上は勿論のこと他にもう一人、院生の福田が同じ車になったのだが、福田はすでに車に乗る前から体調を悪そうにしている。
具合でも悪いのかと思って声をかけようとした深岬だったが、漂うすっかり馴染みとなってしまった匂いに心配する必要は皆無だった。
「先輩。もう飲んでるんですか?」
自然と険の篭った声に余程気持ち悪いのかこくこくと頷くだけだった。
返事をするのも億劫な様子に坂上を見ると快活に笑う。
「昨日の夜から野坂さんと飲んでたらしい」
「こ、じまも」
気持ち悪いなら無理に申告しなくてもいいと言うのに、「はぁ」と生返事をして少し離れた位置で別の車に乗り込もうとしている野坂の姿を見た。
だから、あんなにテンション高かったのかと妙に納得してしまう。
そして名前のあがった人物の姿が見つからないことに最初、違和感を覚えるのだがすぐに雪子が視界の隅に入り、仕方ないか…と一人で勝手に結論付けた。
「もう福田さんは、後ろで死んでてください。深岬ちゃん助手席でいい?」
「あ、はい」
「…わ、わりぃ」
「頼むからリバースだけはしないでくださいよ」
「わか…ら、ん」
「ああっもう!」
福田は乗り込むなり後部座席にごろっと横になる。
先に出発した車の後に続くようにしてハンドルをきる坂上だった。
後ろから福田のうめき声のする中、極力小さくされたBGMが鳴る。
時折、音楽に合わせて坂上が歌を口ずさむのを聞きながら、静かな時間を過ごす。
深岬には、何を話していいかわからなかった。少し舞い上がっていたのかもしれない。
下手なこと言ってなんだコイツと思われたくない。
運転中に邪魔かもしれないし…といろいろと考えてしまうと折角、一人は後ろで転がっているだけなのでいないに等しいこのチャンスともいえる場なのに何も自分からアクションを起こすことはできなかった。
車が走りだしてから数十分後。
僅かな振動に眠気を誘われながらもがんばって瞳を開けていた深岬の耳に坂上がふいに思い出したように声をかける。
「なんかこうしてどっか行くの久しぶりじゃね?」
「…あ、ああ。そうですね…野坂さんにも久しぶりな気がするって言われましたよ」
「だって、深岬ちゃん。練習来ても飲み会参加しないで帰っちゃうじゃん」
それは、事実だ。
電車の終電が早いということもあるのだが、毎回毎回雪子の家に厄介になるのも悪い気がしてくるから避けていた。
勿論、それだけではない。
最初は楽しく飲んでいても酒が入ると多少人間の箍が外れるというもの―。
いつの間にか終わりごろには険悪な雰囲気が漂っているということが少なくない。そのことに疲れたというのもある。
苛立ちをぶつける人間や愚痴ばかり零す人間、周りの迷惑を顧みずに騒ぐ者。自分がその中の一人だったらそれは、それで楽しく過ごせるものなのかもしれないが、第三者の立場に立って冷静に見てみるとこれほどみっともないことはない。
最初こそ加減がわからずに酔いつぶれたり、記憶を飛ばしたりしていた深岬だが、回数を重ねれば大体自分の限度もわかってくる。
翌日のつらい思いを自分から率先しては、なりたくない深岬は自然とこれ以上飲むと危険だというラインを決めて飲むようになっていたため、最終的には処理される方ではなく処理するほうとなって飲み会を終える。
それが何度も続けば疲れるというもの―。
それでなくとも大人しい飲み会とは程遠い部活の飲み会からは足が遠のいていた。
何だかんだと理由をつけて帰るようにしていた。
そして、周りも強引に引き止めたりしなかった。
基本、飲みたいやつが飲めばいいというスタンスなのだ。
ついていけないと思っているのは何も深岬だけではなく、他にも数名いる。勿論、深岬と同じ一年生にもいるし上級生にもいるのを深岬は知っている。
「すいませーん。だって、電車なくなっちゃうでしょ?」
「今更じゃん。雪子の家に泊まれば…って無理か」
言いかけて止まったのは、雪子の最近の荒れ具合を思い出したからだった。
「でしょ?」
「じゃあ、俺の家でどう?」
「えー。悪いからいいですよ」
「望もしょっちゅう泊まってくから別にいいのに」
坂上からしてみれば大したことのない事実を述べたまでに過ぎないのだろうが、深岬はそうはいかなかった。
ぴくりと指が揺れる。
何故かひどく動揺している。
理由は、簡単だ。
みっともない嫉妬。それだけだー。
そんな深岬に気づくことなく坂上の口は滑らかに動いていくのだった。
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2008
練習後、帰る支度を終えて皆が出てくるのを体育館の外で待っていた。
これから皆でご飯を食べに行くからだった。
先に着替え終わった深岬が外で待っていると4年生の野坂が出てくる。
深岬を見つけて、近寄ってくる。
野坂と他愛もない話を続けていると、そこへ坂上が現れる。
坂上は、深岬と野坂がなにやら話をしているのを見つけるとにやりと悪戯を思いついたような顔をして悪ガキのような顔をして2人に近づく。
「深岬。何時の間にあんな男前の彼氏、見つけたんだぁ?」
にやにやと笑いながら言う坂上の言葉にはっとして声のした方を振り返る深岬。
そこに楽しそうな顔をした坂上を見つける。
男前の彼氏――と聞いて思いつくのは、1人しかいない。
約1月ほど前から、自分に懐いてきた男。津田 旭。
坂上の言葉に、深岬を不思議そうな顔で振り返る野坂。
誤解される…しかも、自分が片思いしている坂上にそう思われるのは嫌だと思うと慌てて否定する。
「は?深岬ちゃん彼氏いるの」
「いませんっ」
「またまた~。嘘をついたらダメだって、滅茶苦茶男前でしたよ。っつーかそういうことは、黙ってねぇで教えろよ」
「だから違いますってそんなんじゃないです!」
必死に否定するものの坂上は、信じて疑わず全く聞いてなどくれない。
冗談じゃなかった。
深岬からしてみれば、心外そのもの。
一番誤解されたくない相手だというのに…。
その相手が楽しそうにからかってくるというのは正直ツライものがある。
違うと言葉を繰り返す深岬に対して、笑ってそれを見ている野坂。
だが、深岬の必死の形相を見て野坂の顔つきが変わる。
「おーい、何してんだぁ?おいてくぞ」
と少し離れた位置から声を掛けられて、深岬と坂上の会話は中断された。
野坂は深岬の背中を追いかけながらも遅れてゆっくりと一団に向かっていった。
練習に参加した部員全員でご飯に行った帰り際…。
深岬は、駅に向かおうとしたところを野坂に呼び止められる。
「深岬ちゃん」
「…?何ですか?」
「あのさ、違ってたら悪いんだけど…」
と妙な前置きをおく野坂に深岬は思わず怪訝な視線を送った。
「野坂さん?」
「深岬ちゃんってさ…もしかして、坂上のこと好きなの?」
そう指摘されて体に緊張が走る。
一瞬の動揺を野坂は見逃さなかった。
「やっぱり?」
どこで…と思った深岬だったが、思い当たる節は、ここへ来る前のやり取り。
深岬に彼氏ができたとからかった時くらいしか思い当たらなかった。
急なことに何と答えていいかわからなかった。
否定するのが、一番上手くいくことだとは分かっていたのだが……。
次の言葉に迷っている深岬に野坂は言う。
「坂上は止めといたほうがいいよ…」
と雪子と同じようなことを言う野坂に深岬は目を見張った。
何で、皆口をそろえたように言うのか…。
「人として嫌いじゃないけど、女関係だけはアイツは進めないよ。影でいろんな女と遊んでる。それを自慢げに言うところも含めてね…」
「…ぁ」
「傷つくのは、深岬ちゃんだよ」
ドキンと心臓が一回脈打つ。
「それに…」
まだ何かあるのかと深岬は、自分より頭ひとつ上にある野坂の顔を揺れる瞳で見た。
「坂上の彼女に会ったことある?」
その問いにはこっくりと頷く。
深岬の目から見ても可愛いと思えた人物の姿を脳裏に描く。
「あいつがあの彼女と別れることは、まずないよ」
何故、断言できるのか…。
でも聞き返すことはできなかった。
喉の奥がきゅうっと締め付けられるような感じがして、声の出し方も忘れてしまったようだった。
「坂上、彼女にべた惚れだし…それに彼女もああ見えて強いから、坂上が浮気してんの知っててどんと構えられる女だよあの子は…」
とてもそんな風には見えなかった。
つくづく女は、見かけによらないものだ…。
ただ、坂上が彼女のことを物凄く好きだということは感じ取れた。
「悪いことは言わない。綺麗さっぱり忘れたほうがいいよ…それに、あいつ公言してるだろ?」
「…部内では彼女作らない…ですか?」
搾り出すような小さな声に野坂は目を見張ったものの頷いた。
深岬は顔をうつむけたまま唇をかみ締めて、握りこぶしを作った。
「…深岬ちゃん」
心配そうな野坂の声に深岬は何とも返事を返すことはできなかった。
「あっれー、深岬ちゃん」
そこへ来て聞こえてきた能天気な声に深岬の体がびくりと震える。
野坂が不審に思い声のした方を振り返ると長身の男が立っている。
その男は、野坂ではなく野坂の向こう側にいる深岬を見ている。
「あ…」
「知り合い?」
と尋ねた横で深岬は頷くと同時に厄介なのが来たとも思った。
男―津田は、深岬の傍までつかつかと歩いていくると野坂から深岬を引き離すように自分の背後に隠した。
「深岬ちゃんを苛めちゃダメっ!」
大きな声で言うと、言われた野坂は目をまん丸にした。
野坂をきっと睨みつける。
「深岬ちゃんの何?」
「えーと深岬ちゃんは、部活の後輩なんだけど…」
津田の剣幕に少し驚きつつも苦笑を浮かべる。
野坂の言葉を聴いて、津田は背後に隠した深岬に「ホント?」などと聞いている。
それに、深岬から返ってきたのが、蹴りだった。
「痛いぃ」
「ジャマ」
「だってぇ」
「ジャマ」
「…はい」
深岬に睨まれると津田は大人しく引き下がった。
しゅんとした様子で深岬の横に移動する。
「もしかして…」
と野坂が意味ありげに尋ねてくるのを深岬は肯定した。
「たぶん、坂上さんが私の彼氏とかんちがいしたのは、このバカです」
「ああ、なるほど」
頷きながら深岬の横にいる津田の顔を見て苦笑を浮かべた。
「ったく余計なことを…」
小さな声で深岬が悪態をつくのを野坂は確りと聞いた。
野坂に聞こえたということは、横にいる津田の耳にも確りと届いていた。
むしろ聞かせるために言ったといいかもしれない。
悲壮な表情をした津田の顔を見て野坂はくくっと笑って、深岬の肩をぽんぽんと叩いた。
「いいんじゃね?」
と軽く言って野坂は深岬の前から姿を消した。
その後ろ姿に深岬の「何が良いんですか!?」という大きな声が向けられたが野坂は振り返ることなく手を振るだけで、答えなどくれなかった。
残された深岬は横にいる津田の顔をちらりと確認した後、ため息をひとつ零した後、すたすたと駅に向かって歩き始める。
遅れて、津田が深岬の後を追いかけてくる。
「どこ行くの?」
「どこ行くのってあんた。帰るに決まってるんでしょ。っつーか、何で付いてくるの!?」
「駅まで送る」
津田の提案に深岬が乾いた笑いを口にした。
「はっ!?別にあんたに送ってもらわなくていいわよ」
「ダメ。危ない。送る」
と言った津田の顔は意外に頑固な一面を如実にあらわしている。
たかが数分の距離で人通りもあるとおりなのに一体何が危険だというのか。
津田から視線を外しながら、深岬はこれみよがしに大げさなため息をひとつ零して、「勝手にすれば」と言って津田のしたいようにさせたのだった。
これから皆でご飯を食べに行くからだった。
先に着替え終わった深岬が外で待っていると4年生の野坂が出てくる。
深岬を見つけて、近寄ってくる。
野坂と他愛もない話を続けていると、そこへ坂上が現れる。
坂上は、深岬と野坂がなにやら話をしているのを見つけるとにやりと悪戯を思いついたような顔をして悪ガキのような顔をして2人に近づく。
「深岬。何時の間にあんな男前の彼氏、見つけたんだぁ?」
にやにやと笑いながら言う坂上の言葉にはっとして声のした方を振り返る深岬。
そこに楽しそうな顔をした坂上を見つける。
男前の彼氏――と聞いて思いつくのは、1人しかいない。
約1月ほど前から、自分に懐いてきた男。津田 旭。
坂上の言葉に、深岬を不思議そうな顔で振り返る野坂。
誤解される…しかも、自分が片思いしている坂上にそう思われるのは嫌だと思うと慌てて否定する。
「は?深岬ちゃん彼氏いるの」
「いませんっ」
「またまた~。嘘をついたらダメだって、滅茶苦茶男前でしたよ。っつーかそういうことは、黙ってねぇで教えろよ」
「だから違いますってそんなんじゃないです!」
必死に否定するものの坂上は、信じて疑わず全く聞いてなどくれない。
冗談じゃなかった。
深岬からしてみれば、心外そのもの。
一番誤解されたくない相手だというのに…。
その相手が楽しそうにからかってくるというのは正直ツライものがある。
違うと言葉を繰り返す深岬に対して、笑ってそれを見ている野坂。
だが、深岬の必死の形相を見て野坂の顔つきが変わる。
「おーい、何してんだぁ?おいてくぞ」
と少し離れた位置から声を掛けられて、深岬と坂上の会話は中断された。
野坂は深岬の背中を追いかけながらも遅れてゆっくりと一団に向かっていった。
練習に参加した部員全員でご飯に行った帰り際…。
深岬は、駅に向かおうとしたところを野坂に呼び止められる。
「深岬ちゃん」
「…?何ですか?」
「あのさ、違ってたら悪いんだけど…」
と妙な前置きをおく野坂に深岬は思わず怪訝な視線を送った。
「野坂さん?」
「深岬ちゃんってさ…もしかして、坂上のこと好きなの?」
そう指摘されて体に緊張が走る。
一瞬の動揺を野坂は見逃さなかった。
「やっぱり?」
どこで…と思った深岬だったが、思い当たる節は、ここへ来る前のやり取り。
深岬に彼氏ができたとからかった時くらいしか思い当たらなかった。
急なことに何と答えていいかわからなかった。
否定するのが、一番上手くいくことだとは分かっていたのだが……。
次の言葉に迷っている深岬に野坂は言う。
「坂上は止めといたほうがいいよ…」
と雪子と同じようなことを言う野坂に深岬は目を見張った。
何で、皆口をそろえたように言うのか…。
「人として嫌いじゃないけど、女関係だけはアイツは進めないよ。影でいろんな女と遊んでる。それを自慢げに言うところも含めてね…」
「…ぁ」
「傷つくのは、深岬ちゃんだよ」
ドキンと心臓が一回脈打つ。
「それに…」
まだ何かあるのかと深岬は、自分より頭ひとつ上にある野坂の顔を揺れる瞳で見た。
「坂上の彼女に会ったことある?」
その問いにはこっくりと頷く。
深岬の目から見ても可愛いと思えた人物の姿を脳裏に描く。
「あいつがあの彼女と別れることは、まずないよ」
何故、断言できるのか…。
でも聞き返すことはできなかった。
喉の奥がきゅうっと締め付けられるような感じがして、声の出し方も忘れてしまったようだった。
「坂上、彼女にべた惚れだし…それに彼女もああ見えて強いから、坂上が浮気してんの知っててどんと構えられる女だよあの子は…」
とてもそんな風には見えなかった。
つくづく女は、見かけによらないものだ…。
ただ、坂上が彼女のことを物凄く好きだということは感じ取れた。
「悪いことは言わない。綺麗さっぱり忘れたほうがいいよ…それに、あいつ公言してるだろ?」
「…部内では彼女作らない…ですか?」
搾り出すような小さな声に野坂は目を見張ったものの頷いた。
深岬は顔をうつむけたまま唇をかみ締めて、握りこぶしを作った。
「…深岬ちゃん」
心配そうな野坂の声に深岬は何とも返事を返すことはできなかった。
「あっれー、深岬ちゃん」
そこへ来て聞こえてきた能天気な声に深岬の体がびくりと震える。
野坂が不審に思い声のした方を振り返ると長身の男が立っている。
その男は、野坂ではなく野坂の向こう側にいる深岬を見ている。
「あ…」
「知り合い?」
と尋ねた横で深岬は頷くと同時に厄介なのが来たとも思った。
男―津田は、深岬の傍までつかつかと歩いていくると野坂から深岬を引き離すように自分の背後に隠した。
「深岬ちゃんを苛めちゃダメっ!」
大きな声で言うと、言われた野坂は目をまん丸にした。
野坂をきっと睨みつける。
「深岬ちゃんの何?」
「えーと深岬ちゃんは、部活の後輩なんだけど…」
津田の剣幕に少し驚きつつも苦笑を浮かべる。
野坂の言葉を聴いて、津田は背後に隠した深岬に「ホント?」などと聞いている。
それに、深岬から返ってきたのが、蹴りだった。
「痛いぃ」
「ジャマ」
「だってぇ」
「ジャマ」
「…はい」
深岬に睨まれると津田は大人しく引き下がった。
しゅんとした様子で深岬の横に移動する。
「もしかして…」
と野坂が意味ありげに尋ねてくるのを深岬は肯定した。
「たぶん、坂上さんが私の彼氏とかんちがいしたのは、このバカです」
「ああ、なるほど」
頷きながら深岬の横にいる津田の顔を見て苦笑を浮かべた。
「ったく余計なことを…」
小さな声で深岬が悪態をつくのを野坂は確りと聞いた。
野坂に聞こえたということは、横にいる津田の耳にも確りと届いていた。
むしろ聞かせるために言ったといいかもしれない。
悲壮な表情をした津田の顔を見て野坂はくくっと笑って、深岬の肩をぽんぽんと叩いた。
「いいんじゃね?」
と軽く言って野坂は深岬の前から姿を消した。
その後ろ姿に深岬の「何が良いんですか!?」という大きな声が向けられたが野坂は振り返ることなく手を振るだけで、答えなどくれなかった。
残された深岬は横にいる津田の顔をちらりと確認した後、ため息をひとつ零した後、すたすたと駅に向かって歩き始める。
遅れて、津田が深岬の後を追いかけてくる。
「どこ行くの?」
「どこ行くのってあんた。帰るに決まってるんでしょ。っつーか、何で付いてくるの!?」
「駅まで送る」
津田の提案に深岬が乾いた笑いを口にした。
「はっ!?別にあんたに送ってもらわなくていいわよ」
「ダメ。危ない。送る」
と言った津田の顔は意外に頑固な一面を如実にあらわしている。
たかが数分の距離で人通りもあるとおりなのに一体何が危険だというのか。
津田から視線を外しながら、深岬はこれみよがしに大げさなため息をひとつ零して、「勝手にすれば」と言って津田のしたいようにさせたのだった。
2008
調べもののためにネットカフェに滞在中の管理人からこんにちわ。
取り急ぎ、愛のリンクミスと檻の5話の表示ミスを修正しました。
漢字は今しばらくお待ちを…。
トップページにも掲示しましたが、携帯用サイトを2つ作ってみました。
更新ができるように携帯からも更新可能なものと、PCからしか更新ができないものと…。
ネットが開通したら携帯からも更新可能なものは潰しますが、こんな感じでしばらくは気が向いたら更新します。
前者にて、講座の続きを書いているかもしれません。
2008
「ね、誰?」
深岬に覆いかぶさるようにして深い眠りい入ってしまった厚顔無恥な男は、どれだけ深岬が起こそうと奮闘しても起きる気配はなかった。
仕方なく雪子に手伝ってもらって2人がかりで雪子の家に運び込む。
行き先は雪子の家しかなかった。
意識を失った人間というものは、ひどく重たく感じる。
気分はもうすっかり重労働を終えた後のおっさん。
アルコールは抜けていた。
雪子の家につくなり津田の身体を転がして、どかりと2人で玄関先に座りこむ。
「水…」
「動きたくない」
「私も…」
と言いながら雪子は自分達がここまで運んできた男の気持ちよさそうな…。雪子や深岬からしてみれば腹立たしいことこの上ない男の寝顔を見た。
見て、驚いたように深岬の肩をぽんぽんと叩く。
「カッコいいんですけど」
「ああ、はいはい。いくら格好よくても、こんな非常識なの勘弁だよ」
ぼやくように言う深岬は置いて、雪子ははいはいのような姿勢で寝ている津田に近づいて行くと人差し指でつんつんと触る。
そして、冒頭に戻る。
誰?と聞かれた深岬は、雪子と津田の方を振り返りながら面倒くさそうに答えた。
「学科のクラスメート。水もらうよ」
「どうぞ。マジで~こんなのいるの?」
「いるよ。友達が狙ってる」
「やっぱり」
とうんうん頷いてみせる雪子を妙に冷めた目で見る深岬だった。
結局その日は、起きる気配のみせない津田に、深岬も雪子も彼を放置して、眠気が襲ってきたので自分達も寝ることにした。
とんだ厄日だと悪態をつきながら…。
ところが…。翌朝。
津田は、一向に起きる気配を見せない。
呆れたような視線を送る深岬に、雪子が苦笑しながら家の鍵を差し出した。
「はい、これ鍵」
「ありがと。ってかゴメン」
と一言謝っておく。
何で、私が謝らなきゃいけないのよ。
深岬の叫びは尤もだろう。
雪子が、2コマから授業があるということで出て行かなければならない時間が来ていた。
幸か不幸か深岬は3コマ目から、当然目の前でひたすら爆睡している男もそうだろう。
放り出すわけにもいかずに仕方なく深岬が雪子の部屋の鍵を預かることになった。
雪子を見送った後、大きな身体を丸めて眠る男を見て大きく溜息を零す深岬だった。
「何やってんだか…」
深岬の口からそんな言葉が漏れた途端、寝ていたはずの男の目がぱっちりと開いた。
自分の声で起きたのかとびびる深岬などおかまいなしに男は立ち上がると部屋の中をさまよい始める。
その姿はまるで何かを探しているようで…。
「何してんの?」
「と…トイレ~」
とまぁ、見事に情けない声・情けない顔で深岬に訴えるので、深岬はトイレの場所を指差してやるとだだだっと音をたててトイレに駆け込む。
そんな迷うほどの広さでもないというのに…。
余程切羽詰っていたのだろうかと思わざるを得ない。
しかし、整った顔立ちも功をなさないほどの顔の崩れっぷりを思い出して、思わず深岬は、思い出し笑いをした。
そして、数分後ましな顔で出てくるかと思った男は、まだ情けない顔をぶら下げて深岬の前に出てくる。
「きもちわるいよぉ~」
2日酔いかと津田を見ながら、深岬が分析していると津田がそこで深岬の存在に気づいたのか目を大きく見開いた。
「えっと?」
にへらと顔を緩ませて笑う津田の姿に、ぴきっと深岬の顔に青筋が浮かび上がる。
男の脛を思いっきり蹴り上げる。
「いたぁいぃ!!」
と声を上げてしゃがんだ後、「気持ち悪いぃ」と同じ言葉を繰り返した。
「散々人に迷惑かけてえっと?って何だ!」
「覚えてないもん」
と口を尖らせて言う男に思わずもう一度足が出そうになる深岬。
「覚えてなけりゃ何してもいいわけ?あんたが人に覆いかぶさって寝たもんでこっちはいい迷惑だっつーのっ!!」
「そんなことした?」
「お前以外に誰がいるっ」
「え~」
深岬は眩暈を感じずにはいられなかった。
この男の素とはこんなキャラだったのか…と。
見た目に物凄く裏切られた気がしてならない。
だからと言って昨日の時点で深岬の中でこの男の評価は、すでに最低ランクに位置しているので今更どうこうという話ではなかった。
「見ず知らずの人間に迷惑かけるような飲み方すんなっ!」
「しんどうしゃん」
「何!?」
相手が自分の名前を覚えていたことに少し驚く。
深岬は、涼子から聞いていなければ名前すら知らなかっただろうから…。
「お名前は?」
こんな時に何を聞いてくるのかと深岬は思ったが、律儀に答える当たりが深岬の性格のいいところでもあり悪いところでもある。
「深岬」
「じゃ、みさきちゃん」
「なんだそれは!?」
「君と僕は見ず知らずの人間じゃないよぉ」
などと言うものだから…。
津田の頭に深岬の握りこぶしがめり込んだことは言うまでもない。
ごんっという重々しい音に混じって男の悲鳴が響く。
「言うに事欠いてそこかっ!!」
「だってクラスメートでしょ?」
「ほとんど口利いたことないだろっ!」
と乱暴な口調になるのは、男兄弟の中で育った悲しさか…。
深岬に拳骨を貰ったところを手で押さえながらにっと笑う。
「今、口利いてる」
「屁理屈を言うな。このアンポンタン」
「ん~。今、何時ぃ?」
「人の話を聞け!」
とまぁ…。始終、こんな感じで時間は過ぎていった。
話してみれば、間延びした口調だわ、しゃべる内容はとんちんかんだわとそれだけで疲れてくるのだが、深岬はそれでもなんだかんだで津田の相手をしている。
何故か一緒に昼を食べに外に出ているのだから不思議だ。
「昼からの授業ってなんだっけ?」
少し頭がすっきりしてきたのか、存外まともな話し方をする津田だったが、この時点で深岬は違和感めいたものを感じずにはいられない。
最初に見た男の姿が、まぁあれでは仕方がないと言えよう。
「回路理論」
「うわっ、マジかぁ」
ラーメンすすりながら言う男の姿はどうもミスマッチだ。
「あのセンセさぁ、頭バーコードじゃん?あれが風でそよぐのを見ちゃうとさぁ、もうそればっかりに目がいっちゃうんだよねぇ。せめて窓閉めて授業してくれればいいのに…しかもたまぁに窓辺で黄昏てるじゃん。あれ絶対受け狙いだよ受け狙い」
「……」
津田の言葉に深岬は、教官の顔を思い出して思わず噴出した。
そんな深岬に嬉しそうに言う。
「でしょでしょ」
「あんた、そんなこと考えて授業受けてんの?」
「だって、そうでもしなきゃ退屈でさぁ」
と言いながら大きな欠伸をする男はすでに先にどんぶりを空にしていた。
そして、深岬のコップが空になっているのを見つけるとさりげなく水を注いでくれる。
「ありがと…」
「ん?ああ、別に~」
何てことないように軽く笑って言う津田に少し見直した深岬。
深岬が食べ終えるのを待って、揃って店を出る。
「ラーメンで本当に良かったの?」
「え?何が?」
「しかも、自分で払っちゃうし」
「別に…ってかねぇ、何であんたが私の分まで払う必要があんのよ!ばっかじゃない」
「だって、女の子ってみんなそうじゃない?それに迷惑かけちゃったし」
「一緒にすなっ!そして、今更迷惑かけたとかしおらしいこと言うなっ、最初に言え!」
「そりゃそうだ」
津田は満足そうに笑いながら、深岬と並んで2人で大学に向かう。
さも当然のように深岬の横を陣取って座った津田の姿に授業開始直前に現れた涼子は目をまん丸にして驚いていた。
「どうゆうこと?」
「成り行き。後で説明する」
面倒くさそうに言う深岬に、涼子は頷く。
無理やり、聞き出さないほうが良いと判断した。
横にいる津田は、楽しそうな表情をしているが、深岬はうんざりと言った表情を浮べていたから…。
気にしつつも聞けない。
その一時間は、涼子にとっては落ち着かない、深岬とってはうんざりと津田だけが非常に満足そうな顔をしていた。
その日以降も深岬の傍には、津田がついている光景が多々見られるようになっていった。
何故か妙な男に懐かれた深岬だった。
深岬に覆いかぶさるようにして深い眠りい入ってしまった厚顔無恥な男は、どれだけ深岬が起こそうと奮闘しても起きる気配はなかった。
仕方なく雪子に手伝ってもらって2人がかりで雪子の家に運び込む。
行き先は雪子の家しかなかった。
意識を失った人間というものは、ひどく重たく感じる。
気分はもうすっかり重労働を終えた後のおっさん。
アルコールは抜けていた。
雪子の家につくなり津田の身体を転がして、どかりと2人で玄関先に座りこむ。
「水…」
「動きたくない」
「私も…」
と言いながら雪子は自分達がここまで運んできた男の気持ちよさそうな…。雪子や深岬からしてみれば腹立たしいことこの上ない男の寝顔を見た。
見て、驚いたように深岬の肩をぽんぽんと叩く。
「カッコいいんですけど」
「ああ、はいはい。いくら格好よくても、こんな非常識なの勘弁だよ」
ぼやくように言う深岬は置いて、雪子ははいはいのような姿勢で寝ている津田に近づいて行くと人差し指でつんつんと触る。
そして、冒頭に戻る。
誰?と聞かれた深岬は、雪子と津田の方を振り返りながら面倒くさそうに答えた。
「学科のクラスメート。水もらうよ」
「どうぞ。マジで~こんなのいるの?」
「いるよ。友達が狙ってる」
「やっぱり」
とうんうん頷いてみせる雪子を妙に冷めた目で見る深岬だった。
結局その日は、起きる気配のみせない津田に、深岬も雪子も彼を放置して、眠気が襲ってきたので自分達も寝ることにした。
とんだ厄日だと悪態をつきながら…。
ところが…。翌朝。
津田は、一向に起きる気配を見せない。
呆れたような視線を送る深岬に、雪子が苦笑しながら家の鍵を差し出した。
「はい、これ鍵」
「ありがと。ってかゴメン」
と一言謝っておく。
何で、私が謝らなきゃいけないのよ。
深岬の叫びは尤もだろう。
雪子が、2コマから授業があるということで出て行かなければならない時間が来ていた。
幸か不幸か深岬は3コマ目から、当然目の前でひたすら爆睡している男もそうだろう。
放り出すわけにもいかずに仕方なく深岬が雪子の部屋の鍵を預かることになった。
雪子を見送った後、大きな身体を丸めて眠る男を見て大きく溜息を零す深岬だった。
「何やってんだか…」
深岬の口からそんな言葉が漏れた途端、寝ていたはずの男の目がぱっちりと開いた。
自分の声で起きたのかとびびる深岬などおかまいなしに男は立ち上がると部屋の中をさまよい始める。
その姿はまるで何かを探しているようで…。
「何してんの?」
「と…トイレ~」
とまぁ、見事に情けない声・情けない顔で深岬に訴えるので、深岬はトイレの場所を指差してやるとだだだっと音をたててトイレに駆け込む。
そんな迷うほどの広さでもないというのに…。
余程切羽詰っていたのだろうかと思わざるを得ない。
しかし、整った顔立ちも功をなさないほどの顔の崩れっぷりを思い出して、思わず深岬は、思い出し笑いをした。
そして、数分後ましな顔で出てくるかと思った男は、まだ情けない顔をぶら下げて深岬の前に出てくる。
「きもちわるいよぉ~」
2日酔いかと津田を見ながら、深岬が分析していると津田がそこで深岬の存在に気づいたのか目を大きく見開いた。
「えっと?」
にへらと顔を緩ませて笑う津田の姿に、ぴきっと深岬の顔に青筋が浮かび上がる。
男の脛を思いっきり蹴り上げる。
「いたぁいぃ!!」
と声を上げてしゃがんだ後、「気持ち悪いぃ」と同じ言葉を繰り返した。
「散々人に迷惑かけてえっと?って何だ!」
「覚えてないもん」
と口を尖らせて言う男に思わずもう一度足が出そうになる深岬。
「覚えてなけりゃ何してもいいわけ?あんたが人に覆いかぶさって寝たもんでこっちはいい迷惑だっつーのっ!!」
「そんなことした?」
「お前以外に誰がいるっ」
「え~」
深岬は眩暈を感じずにはいられなかった。
この男の素とはこんなキャラだったのか…と。
見た目に物凄く裏切られた気がしてならない。
だからと言って昨日の時点で深岬の中でこの男の評価は、すでに最低ランクに位置しているので今更どうこうという話ではなかった。
「見ず知らずの人間に迷惑かけるような飲み方すんなっ!」
「しんどうしゃん」
「何!?」
相手が自分の名前を覚えていたことに少し驚く。
深岬は、涼子から聞いていなければ名前すら知らなかっただろうから…。
「お名前は?」
こんな時に何を聞いてくるのかと深岬は思ったが、律儀に答える当たりが深岬の性格のいいところでもあり悪いところでもある。
「深岬」
「じゃ、みさきちゃん」
「なんだそれは!?」
「君と僕は見ず知らずの人間じゃないよぉ」
などと言うものだから…。
津田の頭に深岬の握りこぶしがめり込んだことは言うまでもない。
ごんっという重々しい音に混じって男の悲鳴が響く。
「言うに事欠いてそこかっ!!」
「だってクラスメートでしょ?」
「ほとんど口利いたことないだろっ!」
と乱暴な口調になるのは、男兄弟の中で育った悲しさか…。
深岬に拳骨を貰ったところを手で押さえながらにっと笑う。
「今、口利いてる」
「屁理屈を言うな。このアンポンタン」
「ん~。今、何時ぃ?」
「人の話を聞け!」
とまぁ…。始終、こんな感じで時間は過ぎていった。
話してみれば、間延びした口調だわ、しゃべる内容はとんちんかんだわとそれだけで疲れてくるのだが、深岬はそれでもなんだかんだで津田の相手をしている。
何故か一緒に昼を食べに外に出ているのだから不思議だ。
「昼からの授業ってなんだっけ?」
少し頭がすっきりしてきたのか、存外まともな話し方をする津田だったが、この時点で深岬は違和感めいたものを感じずにはいられない。
最初に見た男の姿が、まぁあれでは仕方がないと言えよう。
「回路理論」
「うわっ、マジかぁ」
ラーメンすすりながら言う男の姿はどうもミスマッチだ。
「あのセンセさぁ、頭バーコードじゃん?あれが風でそよぐのを見ちゃうとさぁ、もうそればっかりに目がいっちゃうんだよねぇ。せめて窓閉めて授業してくれればいいのに…しかもたまぁに窓辺で黄昏てるじゃん。あれ絶対受け狙いだよ受け狙い」
「……」
津田の言葉に深岬は、教官の顔を思い出して思わず噴出した。
そんな深岬に嬉しそうに言う。
「でしょでしょ」
「あんた、そんなこと考えて授業受けてんの?」
「だって、そうでもしなきゃ退屈でさぁ」
と言いながら大きな欠伸をする男はすでに先にどんぶりを空にしていた。
そして、深岬のコップが空になっているのを見つけるとさりげなく水を注いでくれる。
「ありがと…」
「ん?ああ、別に~」
何てことないように軽く笑って言う津田に少し見直した深岬。
深岬が食べ終えるのを待って、揃って店を出る。
「ラーメンで本当に良かったの?」
「え?何が?」
「しかも、自分で払っちゃうし」
「別に…ってかねぇ、何であんたが私の分まで払う必要があんのよ!ばっかじゃない」
「だって、女の子ってみんなそうじゃない?それに迷惑かけちゃったし」
「一緒にすなっ!そして、今更迷惑かけたとかしおらしいこと言うなっ、最初に言え!」
「そりゃそうだ」
津田は満足そうに笑いながら、深岬と並んで2人で大学に向かう。
さも当然のように深岬の横を陣取って座った津田の姿に授業開始直前に現れた涼子は目をまん丸にして驚いていた。
「どうゆうこと?」
「成り行き。後で説明する」
面倒くさそうに言う深岬に、涼子は頷く。
無理やり、聞き出さないほうが良いと判断した。
横にいる津田は、楽しそうな表情をしているが、深岬はうんざりと言った表情を浮べていたから…。
気にしつつも聞けない。
その一時間は、涼子にとっては落ち着かない、深岬とってはうんざりと津田だけが非常に満足そうな顔をしていた。
その日以降も深岬の傍には、津田がついている光景が多々見られるようになっていった。
何故か妙な男に懐かれた深岬だった。