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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0208
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2008

0531

Vizard (62)




どれくらいそうしていたであろうか―。
いい加減焦れたのは、一哉だった。

「用は?」

誰の目もない己の部屋の中では、素っ気無い態度であるのはいつもと同じ。
じっと見つめていた綾から顔を背けた後、立ち上がる。

自分から外された視線、立ち上がった一哉にはっとして慌てる綾。
また、このままどこかに去っていってしまう。いなくなってしまうと慌てた。

「ま…、待って」

呼び止める声にゆっくりと振り返る。
2人の視線が絡み合う。

「あの男が持ってきた資料にあったの…」

急に語られはじめた言葉。
しかし、一哉には綾が何を伝えようとしているのか要領を得ない。
怪訝な顔つきになり、眉間に皺がよる。

「お金貰ってたの?」

上目遣いに見つめてくる瞳は、縋るような瞳だった。

否定して欲しい―。
違うと言って欲しい―。
信じたくない―。

綾の心の表れだった。

過去の一哉が行ってきた行為―堺が口にした“男娼”という言葉がぴったりと形容するものだ。
綾は決してその言葉を口にはしたくなくて、してしまえば認めてしまうようで、その言葉を使わないように注意した。
しかし、結局のところ同じことであることに違いはないのだが…。

一部だけを伝えてくるような言葉は、一哉には理解ができない。

「金?」
「…女の人からお金貰ってたの?」

『女』、『金』というキーワードで漸く理解したのだった。
綾が何を言わんとしているかを…。

そして、隠しているつもりもなかったが、知られたのだと―。

女を抱く代わりに―欲を満たしてやる代わりに、金という見返りを受けていた自分に…。
汚いと思うだろうか。
軽蔑するだろうか。

縋るような揺れる瞳で見てくる彼女に、シニカルな笑みを浮かべた。
その一哉の表情の変化に綾が目を見開く。
それは歓喜へと変化するものではなく、寧ろ真逆への変化だった。

「それが、何か?」

過去を亡きものにはできない。
違うと否定することもできない。
それは、事実でしかないのだから。

金が必要だった。
何をするためにも―。生きていくためにも―。目的のためにも―。

顔では笑みを浮かべながらも一哉の拳が強く握られていたことに綾は気づかなかった。
肯定ともとれる言葉を口にした一哉にショックを受けている綾には、気づけるはずもなかった。

「そんな…」
「クビにするか?」

笑いながら―、まるで他人のことであるかのように自分の進退を口にする。
まるで、そうされることを望んでいるかのように見える一哉に綾はぐっと唇を噛み締めた。

「…しないわよ……」

小さく、腹の底から捻りだすように暗く淀んだ声だった。
どれだけ小さくとも、2人しかいないこの狭い空間で、他の音が存在しない中では、確りと一哉の耳にも届いた。
笑みをふっと消失させて綾に背を向ける一哉。

「そうか…」

落胆も喜びの色も含まない、ただの事務的な返事。
向けられた背に堪らず、綾は飛びついた。

どすっという音とともに背中にかかる重み、回される腕の温かさに一哉は、目を見開いた。ぎゅっと自分の体を掴む腕――
離すまいと籠められた強い力。
細い腕がもたらす力、温もりに一哉の心臓が大きく跳ねる。
振り払うことは簡単だろう。手を伸ばして少し力を入れるだけで、非力な手を離すことは、造作もないことだ。
そのために持ち上げたはずの手は、己へと纏わりつく細い腕を振り払う力は出なかった。代わりに一哉に出来たことはと言えば、持ち上げた手を重ねることだけだった。

綾は、一哉の男にしては細い指が自分の腕に触れたとき、以前の振り払われた光景を思い出して一瞬、身を固くした。
しかし、綾に身を切るような寂しさと切なさを与える感覚はいつまで経っても訪れなかった。
ただ、布越しに肌に触れる指先は優しかった。
出会った当初は、自分とほぼ変わらない背丈で細く、頼りない印象しかなかったはずなのに、今では大きく成長し、肩幅も広くなった。
5年という月日は、綾の予想をはるかに超えて大きかった。それは、綾自身に限ったことではないはずだ――
回した腕に力を入れて、広い背中に顔を寄せて目を閉じる。
ただ、それだけのことなのに目頭が熱くなってくる。

触れ合っている部分がじわりと熱を持つ。それは、どんどんと熱をもっていくようだった。
背を向けたまま、振りほどくこともできずに瞳を閉じた。
少し、ほんの少し力を入れるだけでいいのに…。



――できない。



――したくない。



「他の何もいらないわ…。一哉だけ…、他の誰に見捨てられてもいい。…一哉にだけは傍にいて欲しいの…お願い。離れていかないで……」



細腕に触れる指に力を入れて掴んだ。 
ぐいっと身体を掴むと身体を反転させた。
強い力に驚き、閉じていた目をぱっと見開いた綾だったが、自分へと絡みつく強い腕の力に何も考えられなくなった。
驚くこともできなかった。
ただ、頭の中が真っ白で、折れそうなほど強い力で抱きすくめられていることを悟ると呆然と開いていた瞳は、やがて溢れてきた大粒の涙によって何も映さなくなった。
近くの一哉の顔すらも。
ただぼやけた視界で、瞬きすることも忘れて―。

身体中が歓喜する。
それを、体感する以外何もできなかった。

「か……や」

掠れた声は、上手く音にはならず、か細く揺れた声で自分を抱きすくめる男の名を呼ぶ。


ほとんど衝動的だったと言ってもいい。
離さなければと思って離したくないと思ったら、次の瞬間身体が勝手に動いていた。



「…馬鹿だよ…綾さん……」


半笑いで紡がれる言葉は、ひどく優しかった。甘かった。
いつぶりだろうか―。
その声が、唇が己の名を紡いだのは…。

閉じた瞳からぼろりと涙が零れ、頬を伝い落ちる。
抱き返す腕に力を入れた。同じ―いや、自分を抱きしめる相手の以上の力を入れて……。

ただ、誰の邪魔も入らないこの空間で、今だけは離れまい―離すまいとどちらからともなく、互いに苦しくなるほどの力を込めて――


 

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2008

0530

Vizard (61)




「これで、文句ないでしょ?」

手渡された数枚の写真を確認する一哉に女は、疲れた表情で煙草を口に銜えて椅子の背もたれに背を預ける女。
疲れが顔だけでなく、声にも現れている。
一哉は、女の言葉は適当に聞き流しつつ、満足げに手にした写真を全て確認した後、笑って見せた。
にやりとした笑いは、人を安心させるようなものではなく、寧ろ危険を察知させるような凶悪な匂いのする笑み。

「あんたのそんな顔見たら、卒倒する女がどれだけいることか」

煙草を吹かしながら横目で一哉を見ていた女が忠告するように言うと一哉は、写真から顔をあげて女を見つめきょとんとした瞳で見つめ返した後、笑い返した。
いつもと変わらない穏やかな笑みのはずなのに、そちらの方がうそ臭く見えるから不思議だ。
げんなりとした表情をして、女は一哉から顔を逸らした。

「ご苦労様」
「礼なんて何の足しにもなりゃしないわよ」

女の身も蓋もない言い方に苦笑を浮かべた。
ふっと女から視線を写真へと戻して数枚捲って一度は確認した筈の写真をもう一度確認しながら、妙に間延びした声で尋ねる。

「ふぅん。いくら」
「50」

即答した女の声に一哉は、視線だけを写真からあげて女の顔を見た。
女は、変わった様子を見せることもなく一哉を見ることもなく、己の吐き出す煙草の煙で輪を作ったりしながら、遊んでいる。

「吹っかけすぎじゃない?…まぁ、払うけどさ」
「労働に対する対価よ。高いって言うなら、一晩で手を打ってあげなくもないわよ?」
「だから、払うって言ってるだろ」

下卑た笑いを口許に浮かべ、流し目を寄越しながらそう口にする女から一哉は、視線を写真に戻しながらうんざりとした様子を隠しもしなかった。

「つまんなーい」
「そんなの知るかよ」
「あーあ、すっかりお嬢ちゃんに毒気抜かれちゃってまぁ」

からかいをたっぷりと含んだ女の言葉にも一哉は無関心を装って写真を眺め続けた。
反応を示さない一哉を女はつまらなさそうな瞳で見ていたが、すぐに銜えていた今にも灰が落ちそうな煙草を乱暴に灰皿に押し付けると火を消して、椅子から立ち上がると大きく伸びをする。

「寝るとするか…。んじゃ、居候。店番よろしく」

一哉に背を向けながら手を振ると奥の部屋の扉を開ける。
その扉の向こうは居住スペースになっている。
奥の部屋へ入っていく女の背中に呆れた視線を送る。

「店番くらい雇えよ」
「そんなお金あったら飲み代に使うわ」

軽く笑いながら答えると女は部屋の扉を閉めて、一哉の視界から姿を消した。
そんな女の態度も彼女を良く知る一哉からしてみれば、普通のことなので、苦笑を浮かべただけで、すぐに彼女のことなど頭から追い出して、ここ数週間の一哉の根城となっているこの空間に置いてもらう代わりに女から要求されていることを全うするために、立ち上がり、写真の整理をし始めた。

奥に消えた女と良くとは言わないが己も知る男―堺が裸で同衾している写真を――
絶妙なアングルで女の顔は分からないが女のそれを知る一哉にはそれが女のものだとわかる。
一方、堺の顔ははっきりと認識できる。言い訳ができないほどに―。

一哉が金と引き換えに女に命じて撮らせたものだった。





「…眠っ」

大きく欠伸をした拍子に、生理的な涙が目尻に浮かぶ。
腕時計を確認すると昼の3時を回っていた。
砂利を踏む足が止まる。
探偵業を営む女の事務所兼住居を根城にしていた一哉だったが、十分満足のいくものが得られ、そこに留まる理由もなくなったため、本来の自分の住居である水原の屋敷に帰り、その敷地内を歩いてた。
着替えに数度帰ってくることはあっても、ほんの数分だけだった。
久しぶりと形容するのが正しいか。
見慣れた景色が懐かしさを催させる。
とは言っても、これからは今までの生活に戻るつもりだったので、その懐かしさも一過性のものでしか過ぎないに違いない。
もう一度、欠伸をした後に目を擦り、使用人用の勝手口から屋内に入る。
迷うことなく、わき目も振らずに自分に割り当てられた部屋へと入ると机の上に手にしていたものを無造作に投げると、どさりとベッドに座る。
そのまま背を倒すと、ベッドのスプリングが大きく弾みながら一哉の体を受け止めた。
同時に舞い上がる埃。
一哉は気にも止めずに瞳を閉じた。
丸一日以上寝ていなかった彼に、すぐに睡魔は訪れてくる。
後、少しで意識を手放せるというところで、彼は第三者による妨害を受けた。

それは、どたどたっとこの屋敷に似つかわしくない慌しい足音。
乱暴な音に、一哉はゆっくりと瞼を持ち上げた。
その足音が、部屋へと近づいてきて、止まったと思った次の瞬間、大きな音を立てて開いた。
緩慢な動作で顔をそちらに向けて、体を起こすと誰かに一哉が帰ってきたことを聞いたのだろう綾の姿があった。
よほど慌てて飛んできたに違いない。勢いよく開けた扉のドアノブを掴んだまま、肩で息をして、身を起こした一哉の顔を食い入るように見つめる。
どこか信じられないものを見るかのような見開かれた双眸。
妙な違和感を覚えたのは一哉の気のせいか…。
いつまで経っても中へと入ってこようとしない綾に怪訝な表情をしているとたまたま彼の部屋の前の廊下を通りかかった他の使用人であろう者が綾に声をかけるのが聞こえた。

「お嬢様、いらっしゃいましたか?」
「ぁ・・・え、ええ。ありがとう」

その声に背中を押されるようにして綾が室内に入ってくる。
一哉は、その行動を何も言わずにただ黙って見ていた。
綾が部屋に入ってきて彼に近づいてくる間も何ひとつ口を開くことはなかった。
正確に言うならば、口を開くことは憚られた。
彼女が何かを思いつめたような厳しい表情をしていたから…。

一方の綾も聞きたいこと言いたいことは山ほどあったはずなのに、いざ目の前にすると何を口にすればいいか分からずにただ、緊張した面持ちで見つめることしかできなかった。
口を開いては閉じるという行為を何度となく繰り返す。
べっどに体を起こした状態の一哉は、立ったまま目の前に立ちふさがるようにして立つ綾を自然と見上げる形になり、何かを告げようとしては躊躇っている綾をじっと見つめ続けた。

自分が手にしてきたものを見せたら、彼女はどう思うだろうか―。どんな顔をするだろうか―。

そんなことを思いながらただ、見つめていた。

自分がしようとしていることは、ただの自己満足でしかないかもしれない。

幸せになって欲しいと願いながら、自分の行動を正当化するその言葉を免罪符代わりにしながら、実は、女が口にしたように彼女の幸せどころかそれをぶち壊すものにしかならないかもしれない…。
今、あるべき形が自然なものなのに、堺の不貞を彼女に見せ付けて、壊してしまう―否、壊してしまいたいだけなのかもしれない。
結局のところ。欲しいものが手に入らずに駄々をこねる子供と一緒なのかもしれないと思った――

2008

0529
体がだる重と思ったらただの太りすぎでした
いまだかつてないくらいでぶってきました
スーツが苦しい…(汗)


アグロ様
遅くなりましたが…先日お返事を送信致しました。
ご確認くださいませ。
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。




ちょっと人生初のダイエットをしてみようかと試み中の管理人でした。

2008

0529

Vizard (60)



煙草の紫煙が部屋に充満する。
すぐ側に置かれた灰皿には、吸殻がこんもりと山を作っている。
数時間前までは、その灰皿には灰一つ落ちていなかった。
2人が口を閉ざしてから有に数時間が経過しようとしていた。
散らばった写真はそのままに、一哉は虚空を見つめ続け、女は煙草を燻らせる。
また、一本と灰皿に吸い終わったほとんどフィルターしか残っていない吸殻を押し付け、女が更にもう一本と手を伸ばそうとしたときに一哉が身じろぐのを察して女の注意が、一哉へと向けられる。

「どうしたの?」
「ちょっとね…」

ふふっと笑いながら言葉を濁して答える一哉に背筋に寒気が走る。
吸おうとして手に持ったままだった火のついていない煙草をぽろりと落としてしまった。
落とした煙草を拾うことも忘れて、ひきよせられるようにして女は一哉を見つめ続けた。
目を逸らすことができなかった。
次に紡がれる言葉をただ待った。待つことしかできなかった。

「こうなったら、墜ちてもらうしかないよね」

言葉自体は柔らかいものだったが、その発言内容は余りに黒く暗い。
告げる瞳も暗く淀んでいる。

「墜ちるって…あんた…」
「協力してくれるよね?」

否とは言えない雰囲気がある。
誰が、言えようか。下手な男よりも迫力があるその姿。
女は、頷く事も首を振ることも、指一本動かすことすらできなかった。
ただ、ただ年若い男の少年の顔を見つめ続けるだけだった。

「手駒はありすぎるくらいで十分だからね」

それは、最早子供の吐く台詞ではなかった―。





自室の扉をいつもより荒立った手つきで閉め、背を扉に預けると髪をぐしゃりとかきあげてずるずると床にしゃがみこむ。
ふぅっと大きく息を吐き出す。

「どこに行ってるのよ…。なんで、いないの…。なんで帰ってこないの」

ここにはいない人物に向けられた言葉。
本当に居て欲しい人に向けられた言葉。
だが、聞いて欲しい相手にそれが届くことはない。

不安だけが膨らんで―。



がしがしと長く伸びた髪を乱暴にかきあげると立ち上がり、広い室内へと足を進めようとした。
丁度その時、今まで背を預けていたはずの扉が五月蝿く音をたてて開く。
最低の礼儀でもあろうノックもせずに無礼極まりない行為。
突如、耳に飛び込んできた音と人の気配に、扉に背を向けたまま目を見開いた綾だった。
遠慮の欠片もないその音に驚くと同時に、そんな行為をする人物に心当たりなどなく、一体誰だと思ったが、即座に脳裏に浮かんだのは、一哉の姿だった。
期待を胸に秘め、振り返った先にいたのは綾の期待には程遠い人物。対極にいるといっても過言ではない。
顔を紅潮させ、険しい表情で綾を睨み付けんばかりに目を吊り上げている堺の姿がそこにはあった。
期待した一哉ではなく、堺の姿に一気に綾の体を落胆の色が走りぬけ、不快そうに眉間には深い皺が刻まれた。
相手の顔が不機嫌そうだろうがなんだろうが綾には関係ない。
ふいっと顔を逸らしながら素っ気無い態度で問う。

「何の用かしら?」

その声は2人の冷え切った関係を如実に表すような冷え冷えとした声だった。
玄関先で、最初に己が家の中に足を踏み入れたとき以来、自分を見ようともしない綾の態度に腹を立てている堺の苛立ちを煽るばかり。

「ノックもせずに入ってくるなんて、無礼にも程があるんじゃなくて?」

堺には背を向け、室内に足を進める綾。
一瞬の己へと向けられた侮蔑の色を含む瞳に堺は、吊り上った目尻をますますつりあげた。
乱暴にカバンの中に手を突っ込むと掴み上げた封書を床の上にぶちまけるようにしてほうりなげた。
ばさばさっと紙が音を立てる音に人の部屋にずかずかと無遠慮に入り込むだけじゃ飽き足りず、一体、何をしているのかと怪訝な顔つきで綾は再び、見たくもなかったが後ろを振り返った。
そして、床に散らばる紙に眉を潜めた。

何かの報告書のような形式のそれが散らばっていた。
床にぶちまけた本人は、拾う素振りも見せず、俄かに興奮しているせいか、どこか血走ったようなぎらぎらとした瞳で綾を睨みつけるだけだった。
口許には、不自然な引きつった笑みが象られ、乾いた笑いが零れ落ちる。
どこか尋常でないその姿は、不気味を言わせしめる効果がある。
綾は、堺の様子に気味の悪さを感じつつも彼のことは気にせず、床に散らばる紙のある場所に近づくとゆっくりと腰を下ろして、それらの中から一枚を手にとった。
紙面に踊る文字を追いかけた綾は、目を僅かに見開いた。
耳障りな男の低い笑い声はその間も綾の鼓膜を刺激する。

「人は見かけによらないものだ」

嘲笑混じりに聞こえてくる声は、極力排除して、綾はそのほかにも散らばる紙を拾い上げては、目を通す。

「あんな薄汚い金に群がるハイエナのような奴に水原の敷居を跨がせるなど言語道断。お義父さんがこのことを知ったらどうするか…想像しただけでも愉しくなってくるだろ?あのいけ好かない無能な草壁も只ではすまないだろうに」

くくっと喉で笑いながら高らかに宣言する堺。身勝手きわまりない発言。
それは、己にとって好都合な材料が手元にあるからこそ言える言葉だ。
その材料とは、堺がいままさにばらまいたものであり、今の綾の意識を占有しているそれである。
今まで散々な扱いを受けたことに対してもこれで少しは気が晴れるというもの――
笑いが次から次へと零れてきて、止まらない。
愉悦に浸る男が綾に持ってきたものとは、彼女の夫たる己の意見を聞かず彼女が唯一といってもいいほど固執しているものの別の一面。

草壁 一哉の身上書。

過去に行ってきた悪行。男娼まがいの行為で大金を手にしていたこと―。

堺は、それを綾や水原の一哉に対する信頼を失墜させるのに十分であると踏んだ。
気に食わないものは遠ざける。
自分にとって邪魔なものは、排除する。
使用人に馬鹿にされたままでは腹の虫が収まらない。
これで幾分かは気が晴れるというもの。
悔しそうにあの秀麗な顔が歪むのを想像すると―、己を馬鹿にしてきた綾が自分への見識を改めるのを想像すると―、水原からの信用がおかれるのを想像すると今にも足が踊りだしそうになってくる。
これからが見ものだ―と。
まずは、目の前の女から……。

そう思いながら下卑た笑いを繰り返していた堺だったが…。



―ビリビリッ。



紙を裂く音にはっとした。
笑みを浮かべていた口許は不自然に筋肉が持ち上げられたまま、恐る恐る音のする方に目を向け、綾が自分がぶちまけたものをびりびりに裂いている姿に絶句した。

「なっ!何をしているっ!?」

声を荒げた堺に構うことなく、綾はひたすらびりびりに紙を破ってしまうと、丁寧に紙片をかき集めて、立ち上がる。
そして、迷うことなく自分の部屋の中央にあるテーブルに向かうとテーブル上に置かれていた皿の上にそれらを載せ、引き出しの中からお香を焚くときのために部屋においてあるマッチを取り出すと火をつけて紙片を焼いてしまった。
見る見るうちに灰へと変化し、残ったのは燃えカスのみ。

絶句し、驚愕に目を見開いている堺を綾は、睨みつけると口の端を持ち上げて嗤い返した。

「このゴミがどうかしたかしら?」

悪びれる様子など全く見せずに淀みない口調で聞き返す。

「なんてことをっ!!」

我に返った男はどたどたと足音を立てて、綾に近づいてくると綾の体を突き飛ばして、さきほどまで燃えていた僅かにものが焼ける臭いを残すそれらを確認する。
突き飛ばされた拍子にバランスを崩し、悲鳴をあげた綾は、体を床に打ち付けた。

「これはっ!大事な…」
「あら、だって床に落ちてたんですもの。ゴミじゃないの?」

体を起こしながらも綾は毅然と言い放つ。
男の顔が怒りに赤く染まっていく。
確かに床に放り投げたのは堺だ。
だが、綾の言い分はあんまりだろう。
堺が意図を持って床に投げたのを分かっていながら、綾は寧ろ堺の行動を逆手にとった。

「てっきり、いらないものだと思ったわ」
「そんなわけあるかっ…!」
「じゃあ、床に置かないでよ。紛らわしい」

ふんっと鼻で笑って顔を背ける綾に、ぎりっと歯軋りをする堺。

「残念ね。あなたの言葉だけじゃ、お父様は信じないわよ。余計、怒らせるのがオチだわ」

追い討ちをかけるような綾の言葉に堺は、綾を睨みつける。
その拳は、強く握られぶるぶると震えていた。
表情こそ勝ち誇ったかのように笑っていた綾だったが一発くらいは殴られるかと身構えた。しかし、堺は乱暴に机を叩きつけると部屋を出て行った。
強く叩きつけられた振動のせいで、皿の上にあった灰がひらひらと宙を舞った。

バタンと扉が壊れそうなほど大きな音を立てて閉まると同時に綾がぼそりと呟いた。



「馬鹿な男…」

2008

0528

Vizard (59)




どこにも行かないで―。
私を一人にしないで―。





「綾、こんなところで何をしているんだ?」

背後から聞こえてきた怪訝な色を含んだ声に綾はハッと目を見開いて自分の後ろを振り返った。
そこに、面食らったような顔をして自分を見ている父親の姿を見つけた。
確かに彼の驚きは、尤もだろう。
何せ、彼女がいるのは玄関先なのだから。
何をするわけでもなくただ立っているだけだったり座ったり、うろうろと落ち着きなく歩いてみたり、一体、何をしているのか水原からしてみれば、皆目見当も付かない奇行としか言いようのない行動。
彼が堪らずに、そう尋ねてくるのも致し方ないことだろう。
尋ねられた綾は、慌てて姿勢を正すと引きつった笑みで誤魔化そうとするのだが、咄嗟に上手い言い訳など思いつくはずもなくまごついた答えしか出てこなかった。

「あ…あの……ちょっと…」

屋敷内に一哉の部屋があるから、ここに居れば帰ってきたときにすぐ捕まるだろうと思って綾は空いている時間のほとんどを玄関先で過ごしていたのだが、通り過ぎる使用人たちには一体どうかしたのかと気にかけられるし、父親に見つかって答えに窮してしまっている。
綾にそこまでさせる人物は一向に帰ってくる気配はない。
どこで、何をしているのかもわからない。
自分が彼を掴んだはずの手を振り払った冷たさと鋭い視線の強さだけを覚えている。
きっと怒っているのだ。
いつまで経っても自分本位な考えから抜け出せない自分に―。
呆れているのだ。
そう思うと胸が締め付けられる。
この痛みは、ただ好きだという言葉を喚き散らしていたときとは違う。
喪失感にも似た穴の空いたところを抉られるような痛み。
近くに居て一度は触れ合える距離まで近づいた相手と触れ合えないもどかしさはあっても、近くに――目の届く範囲にいてくれるということが自分にとっての、この苦痛の山でしかない屋敷での心のよりどころとなっていた。
しかし、それを願うことは所詮綾のわがままの域を越えないものであり、また綾自身気づいてはいたが、かといって一哉にいなくなられたら気が狂いそうになる。
触れ合えなくても、綾にとって一哉は一種の精神安定剤のようなものなのだ。
他の何もいらない――

綾が、父親に対し何と言い訳をするべきか迷っていると玄関の扉が音を立ててゆっくりと開く。
扉の開く音に綾と水原は反射的に顔を上げた。
綾は、待っていた人物だと顔を輝かせて、水原は突如聞こえてきた音に反応して振り返った。
だが、そこに居たのは綾の待ち望んでいた人物などではなかった。
一方、水原は驚いた顔をして自分と娘を見る男の姿に全てを察したように鷹揚に頷くとにこりと笑みを深く刻むと娘の肩を叩いて2、3度頷いた後、「そういうことか…」と小さく呟いた。

「お義父さんに綾さん…こんなところで一体何を……」

玄関先でなにやら顔を付き合わせていた水原と綾の姿に面食らったような顔をするのは、玄関の扉から入ってきた堺だった。
水原は、玄関先に居た娘に彼女が夫である堺を待っていたのだと考えて、自分が思っていたよりも娘と堺が上手くいっていると思い、嬉しそうに笑いながら上機嫌で綾の前から去っていったのだった。
しかし、実のところ綾が待っていたのは堺などではなく、一哉その人だ。
水原は曲解したに過ぎなかった。
彼の去った後、残された綾と堺の間には沈黙だけが残った。
堺を見ようとしない綾と碌に家に寄り付かなくなった堺。2人に会話が成立するはずもなかった。
どちらも気まずさから口を開こうとはしない。
まだ驚きから抜けきれずに玄関の三和土からあがることもせずに、呆然と綾を見る堺と堺を見ることなく顔を逸らし続ける綾。
その2人の姿は、ぎこちなく、夫婦と呼べる形態の代物ではなかった。

「あ…や」

堺が呼び止めようとした声にも振り返ることなく綾は、一度も堺と目を合わせることもなく玄関から立ち去った。
一人取り残された堺は、その屈辱とも言える綾の態度に奥歯をぎりぎりと強く噛み締め、歯軋りをした。
そして、自分が手にしているカバンの中の入っている手に入れたばかりの封書の存在を思い出し、乱暴に靴を脱ぎすてると綾の後を追った。





煌々としたライトの明りの下に並べられた写真を見て一哉は、喜ぶでもなく、また憤るでもなく、まるで詰まらないものを見るかのように無感情の瞳でそれを見ていた。
ブラインドの下ろされた窓の外は夜の帳が降り、暗い闇が支配する。
街中にはない、寂れたビルの周囲は外灯の灯りしかなく、暗い。
それとは対象的に室内は、蛍光灯に明りがひどく明るい。

「これだけ?」

飛び出した不満そうな声にそれらの写真を準備した女は、一瞬呆けた顔をしたが、すぐにむっと眉間に皺を寄せた。

「…これだけって…あんた、あたしがこれを手に入れるのにどれだけ時間を費やしたと思ってるわけ?」
「さぁ?この程度なら、俺も手に入れているんだけど」

広めのテーブルに所狭しと並べられた写真を無造作に取り上げながら目を通した後、すぐにぽいっと写真を投げた。
ひらひらと空気の抵抗を受けながら宙を舞う写真。
やがてとさっという音とともに、机の上に落ちる。
数十枚にも昇る写真には、どれも男女の姿が映っている。

「あんたって子は…」
「決定打にはならないんだよなぁ」

写真を押しのけて、机の上に肘をつくと手の平に顎を載せて誰に聞かせるわけでもなく自分に言う。
彼の前に座っていた女は、それを自分の仕事に対する不満ととり、むっと眉間に皺を寄せた。

「ちょっと!」
「ケンカふっかけようとしてんの仮にも水原の次期社長候補だよ?こんなぼやけた写真ばっかじゃ揉み消されるに決まってんじゃん」

視界に入る写真をぴっと弾く。
強く弾かれた遠くから撮影された写真は、映りが悪く、ぼやけている。
一哉の言うとおりかもしれないと思った女は、一度は開きかけた口を閉ざし、悔しげに噛み締めた。

「まぁ、でもあの男が浮気してるのは、間違いなさそうか…。でも決定打が欲しいんだよ。結局のところ、あんたが調べた過去の女は微妙なラインだったしなぁ……。自分の保身のためだろうけど、口割らなかったし…。そんな手合いに手出すんだから本当に底意地ひん曲がってるよな。あの男」

聞く人が聞いたらば、どの口がそれを言うといいかねない発言だったが、力なく呟かれた声は、どこか悔しさをはらんでいる声音だった。
女は女で、机に並べられた写真に目を向けていたために一哉の顔ははっきりと確認できなかったが、いつもの一哉らしくない声音にはっと顔を上げて一哉の方を見つめた。
視線を感じた一哉は、顔をあげて女を不思議そうな顔で見返した。
女は、一哉の瞳をじっと見つめて問う。

「…水原の過去の女の次は、今の女…。あんた、こんな浮気現場調べてどうするってのよ…。あのお嬢さんの結婚生活ぶち壊したいわけ?」

傍から見たら一哉の行動はそう見えるのかもしれない。
女の問いに、一哉自身そう思い、ふっと口許に笑みを忍ばせた。
そして、女から視線を外しながら小さな声で答えた。

「違う。俺は、ただ…」

その後に続く言葉は、小さすぎて女の耳には届かなかった。
しかし、一哉の遠くを見つめる表情に女は少なからずここにはいない、一哉の脳裏に浮かんでいるであろう人物に嫉妬心を覚えた。
女が見た横顔からは、いつもの力強い視線が柔らかく、虚空を見つめるせつなさを感じさせる瞳に――
彼が自分をそんな瞳で見つめることは、決してない……。

望んだとしても決して手に入れられることはないだろう。





「ただ…、幸せになって欲しい…」

その言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。
自分の分も…。
誰よりも…。



なのに、思い出すのはいつも沈んだような顔ばかりだ――

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