更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2009
vizard (82)
「な、何でよ!?」
取り乱したように、綺麗にセットされたゆるく波を打つまとまった髪を掻き毟り、綾は声を荒げた。
指が入った髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。
分からないということを示す綾だったが、その答えは至極簡単だったのだ。
「簡単だ」
「え…」
一哉のはっきりとした声音に綾が、ふっと彼を見た。
簡単とはどういうことか―。綾には分からなかった。
いくら考えても分からないのだ。
相手は、自分たちに弱みを握られて、こちらの様子を伺いながら生活しなければならないということを強いられているというのに―。
何故、自分たちを怒らせるようなことを…。
「怜迩がいなくなれば、誰が水原を継がなくてはならない?」
「…あいつよ」
唇を噛みながら答える綾に一哉はゆっくりと鷹揚に頷いた。
「そうだ。怜迩が着くまでの繋ぎじゃなく、水原を正真正銘自分のものにできる。多少、短絡的すぎるところは否めないがな」
「でも、急に怜迩がいなくなったら、疑われるのは、あいつじゃない。一番、得した人間が疑われるのは定石じゃない」
捲くし立てるように詰め寄り、綾が訴える。
彼女の言う事も間違っていない。
しかし、今回は相手も入念に考えていたようだ。
「そのために、今回は無い頭を絞ったようだ」
一哉は、酷薄な笑みを浮かべながら、相手を卑下するような言葉を吐いた。
その一哉の言葉に綾は怪訝な顔をして見せた。
「何?」
「まず、自分で手にかけようとはしなかったところだな。実行犯は、伊達の同僚だ」
じっと綾の顔を見据える。
綾は、先ほど会ったばかりの青年の顔を思い出した。
「何それ…。伊達は…?」
綾の問いは尤もだろう。
一哉とて抱いた疑念だ。
それには、ゆっくりと首を振って見せると綾は安堵したように息を小さく零した。
「伊達は、無関係だ」
「そうよね…」
「話を戻すが、あいつは、実行犯と自分の間に数名人を挟んでいる」
そんな面倒なことをしているところが本気の度合いを表しているといって過言ではないだろう。
一哉は、山崎から堺に行き着くまでに時間を取られてしまい、帰ってくるのが思いのほか遅くなってしまったのだ。
山崎を吐かすことにそう苦労はしなかったが、彼から出てきたのは、一哉自身が全く把握していない者だったのだ。
狙いも掴めやしない。
そんなことで納得することもできずに、動きまわっていたのだ。
そして、堺に行き着いたという訳だ。
今回の騒動の背後に堺の存在を知った時の一哉は、沸々と腹の底から湧いてくる怒りを静めるのに苦労したくらいだ。
見破れなかった自分と幼い怜迩を狙った悪質な男に―。
「あいつまで辿り着くのに苦労したさ」
先ほどからずっと驚きっぱなしの綾に肩を竦めて見せる。
「冗談じゃないわ。お父様に言って―」
ふっと口許を歪めた一哉を見て、綾ははっとしたようにそう告げると彼に背を向けようとする。
だが、すぐに一哉が手を伸ばして彼女の右手を掴み、止めさせた。
「待て」
「何で、止めるのよ!」
声を荒げて、綾は掴まれた腕を振りほどく。
彼女の怒りは尤もかもしれない。
だが、すぐに真剣な一哉の目とぶつかり、それ以上何も言えなくなってしまった。
「今回は証拠が揃ってない」
一哉が取ってきたのは、証言に過ぎなく、しかも聞いているのが一哉だけということはそれだけでは証拠とは言い難いのも事実だ。
何一つ間違ったことは言っていない。
確かに、それだけではとても自分の知る父親が納得するとは思えない綾だった。
悔しそうに唇を噛み締めた。
「そんな。じゃあ、このまま黙って見過ごせと言うの?」
「まさか」
「どうするの?」
という問いに、一哉は彼女から目を逸らし、顔を俯けて、長く、そして重い息を吐き出した。
不安気に揺れる瞳で一哉を見つめる綾。
答えをじっと待つ。
しかし、この時点で一哉は何も策がなかった。
瞳を閉じて、何か思案を続けた後、顔をあげる。
「…あの男の執着心は買っていたんだけどな。飼い犬に噛まれるような真似、嫌いなんだよな。そろそろお役御免願おうとするか。もう少し利用価値のある男だとは思ったんだけどな」
―少なくとも水原の当主が死ぬまでは持ってくれると思っていた俺の見込み違いだったようだ。
とは、綾の手前、口にすることはなかったが、口にした言葉に続けて心の中で呟く一哉だった。
急に何を言い出すのかと綾は、ますます眉間に皺を寄せて意図の読めない一哉の顔を見つめた。
「一哉?」
その自分を呼ぶ綾の声に反応するかのように一哉は、綾の顔をもう一度見つめると、殊の外明るい声で告げる。
「少し時間はかかるかもしれないが…排除する。危険な邪魔者は消えてもらおう」
それを聞いた瞬間に綾の顔はぱあっと日がさしたように明るくなる。
「今回のことは、証言だけだから、証拠とは言い難い。確固たる証拠がないのを旦那様は嫌うだろうしな」
と言って、顎に手を置き、何かを考え始めた一哉だった。
この時点で、綾には何もすることがない。
いつだってそうだ。
一哉に任せておけば、事は全て上手くいく。
抜けられない会議があったために、連絡を受けた後にすぐにでも家に帰りたかった水原だったが、曲がりなりにも1つの会社を運営する男だ。その位の分別は持っていたようだった。
周りがひやひやするのを余所に、会議が滞りなく終了するのを待って、水原は自宅へと帰った。
そして、怜迩が無事であるのを彼自身の目で確認した後、怜迩の命を奪おうとした男の社会的抹殺が命じられた。
一哉が手を下すまでもなかった。
怜迩のことが水原に伝えられたその会議に、堺も出席していたのだが、彼はその話を聞かされた時、自分の計画が失敗したことを悟り、人知れず机の下で拳を握り、自分が命じた男への怒りをそこにぶつけた。
警戒に警戒を重ね、間に数人の人間を挟んだことによってまさか、自分までは行き着くことはないだろうと楽観視をしていた男は、今度はもっと頼れる人間を使って計画を一から練り直さなくてはと暗く淀んだ野心を燃やしていた。
今度は確実にするために―。
一つ、幸せだったは、自分に残された時間がそれほど多くないということに彼自身が気づいていなかったというところだろうか。
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