更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (58)
憮然とした表情の男に向かって、へりくだった態度でどこか卑屈さを思わせる笑みを浮べた男が封書を差し出した。
尊大な態度でそれを乱暴な手付きで受け取った男は、同じく粗雑な手でその封書の中身を確認した後、にやりと笑った。
依頼主である男の口元に浮かんだ笑みを見て、それを差し出した男は、安堵の溜息を知らず知らずのうちに零していた。
「残りの金は近々、口座に振り込んでおく」
「あ、ありがとうございます」
礼を述べる声も自然と弾むというものだ。
封書を手にしたまま、乱暴に立ち上がると男は革靴の音を鳴らしてその部屋を後にした。
部屋の外で待っていた男が、部屋から出てきた主に対して頭を下げるのを一瞥した後、「帰るぞ」と憮然とした口調で言い捨てると先に足を進めた。勿論、下げていた頭を起こした男も先を歩く男の後を追いかけた。
駐車場の車を停めていた場所まで来ると、後からついてきていた男がさっと車に走りより、高級車の後部座席の扉を開けると礼を言うわけでもなく当然と言ったような態度で慣れた様子で車内に身体を滑り込ませる。
主が座ったのを確認すると扉を閉め、軽い身のこなしで、運転席に座る。
バックミラー越しに後部座席に座る主を確認しては、上機嫌な彼の様子に何か良いことでもあったのだろうかと思いつつも優秀な男は余計な詮索など何一つしない。
「正一様。今日はどちらへ」
ただ、己が主の言うとおりに行動するのみ――。
それは、如何なるときも変わりない。
今日も、そこには自分の望む人物の姿などなかった。
同じように、彼の所在を聞いても、返ってくる言葉は一字一句違わずに同じ答えだった。
項垂れて、まさに意気消沈と言ったような態度を見せる綾に宗司は、いつものように苛立ちにも似た感情を覚えつつも、日課どおりに大学へと送り届けるために彼女を促がそうとした。
「お嬢様。お時間が…」
「お二人ともこんなところで何をしているのですか?」
久方ぶりに聞く声に、綾も宗司も一瞬空耳かと思ったくらいだった。
宗司は自分の後ろから聞こえる声に、綾は顔を俯けたままの状態で飛び込んできた待ち望んだ声に勢い良く顔を上げた。
最後に顔を合わせてからどれくらいの時間が経過していただろうか…。
姿が見えなかったことが不安で仕方なかった。
この数週間、探し続けた人物がそこにいる。
顔が輝くのも仕方ない。
「一哉!」
「お時間は大丈夫なのですか?」
今にも飛びつかんばかりに綾が一歩踏み出したその時、一哉の口から零れてきたのは、あくまで事務的な言葉。
再会を喜ぶような姿は綾一人だけで、一哉はまるで昨日まで普通に綾と接していたかのように自然な様子だった。
一哉に触れようと伸ばした手が止まる。
「一哉、お前こそこんなところで何をしている。学校はどうした。お前がこの時間にここにいること自体おかしいだろう」
宗司が己の左腕に嵌められた腕時計を確認しながら告げる。
その時計の針は、すでに9時半を示していて、確かに宗司の言うとおり、高校生である一哉がこの時間に屋敷にいることはおかしい。
一哉は、険のある兄の発言にくすりと笑い返す。
「申し訳ありません。着替えたらすぐに行きます。それでは…」
最後に綾を一瞥した後、軽く頭を下げると足早に綾と宗司の前から去っていこうとする。
そんな一哉の手を綾は無意識のうちに掴んでいた。
このまま、またどこかに行ってしまう。
行かせたくない。そう思った咄嗟の行動だった。
しかし、掴んだはずの手の力はすぐに弱まった。
自分を射抜くような鋭い瞳で、まるで睨みつけてくるかのような視線を向けてくる一哉に気づいたからだ。
「急いでいるので…」
と口調こそ柔らかかったものの、力の抜けたまま一哉の腕を掴んでいたその手は、綾が掴んでいない方の手で振り払われた。
そのまま背を向けて去っていってしまう一哉の背中を、綾は愕然と開いた瞳で追いかけた。
「お嬢様。少々お待ちいただけますか?」
と綾の背後で声がしたかと思うと、宗司が一哉の後を追いかけていく姿が綾の視界に入る。
早足の宗司が一哉に追いつき、何かを話している姿が見えてはいたが、何を話しているのかまでは、綾にはわからなかった。
大きな手に肩を乱暴に掴まれて、一哉は足を止めた。
振り返った先には、顔をこわばらせている兄の姿がある。
「まだ、何か?」
急いでいると告げた言葉は、嘘でも何でもない本心であったので、宗司に問う声には少し面倒くさそうな響きをもっていた。
宗司もそれに気づいていたが綾を始業時間までに届けなければならない宗司自身も急がなければならなかったために、気にしないようにしてすぐに本題に入った。
「お前、この数週間何をしていた?」
「…まだ、言えません」
一哉の答えに宗司の眉間に深い皺が刻まれた。
「お嬢様がお前がいないせいで始終不安そうにしている。お前のことばかり聞いてくるんだ。何をしているのか知らんが、いい加減にしろ」
それを口にすることは自分の無能さを認めているようで癪だったが、言わずにはいられなかった。
何度も何度も同じ押し問答繰り返し、そのたびに誤魔化さなければならない自分の身にもなれと言外に伝えたかった。
それが、伝わったかどうかはわからないが、一哉は、一度いつものように笑みを口元に浮べると何一つ悪びれた様子も見せずに告げた。
「そうですか…。でも、もうしばらくお願いします」
「なっ…!」
とだけ言うと呆けた顔をしている宗司を置いて、自室に向かった。
まるで一瞬の隙をついて逃げ出したような一哉を引き止めようとして伸ばした宗司の目に先ほども確認のために見た時計が飛び込んできたことで、その手は宙に浮いたまま、何も掴むことはできなかった。
問い詰めたい気持ちはあったが、このままでは綾が遅れるということを考えると一哉を問い詰めることはできなかった。
舌打ちをした後、踵を返して、綾のいる場所へと戻る。
「申し訳ありません。一哉のせいでいつもよりも出るのが遅くなったので急ぎましょう」
急いで綾の所に戻ると宗司は、綾を促がして屋敷を後にした。
心の端で、一哉のことを気にしながら――。
宗司の運転する車の後部座席で、綾は自分の手を見つめていた。
触れた、掴んだはずの手は ここにはなかった。
するりと抜けていった。
否、違う。拒絶された。
掴んでいたはずの手は、冷たい彼の手によって解かれ、自分を見る瞳は鋭く、その手以上に冷たかった。
急に怖くなってくる。
両手を握り合わせて口元まで持っていく。
――きっと、自分に呆れているのだ。
我侭は言わないと言ったはずなのに…。
自分の行動を省みてみれば、自分のとった行動がその一言につきるもの――。
彼の自分に対する態度がその応えだ。
目頭が熱くなってくる。
嫌だ――。と思っても自分にはどうすることもできない。
ただ、心の中で自分のしてきたことを悔いつつも何とか平静さを取り戻すのに精一杯だった。
置いていかれる―。
一哉が綾の前から姿を見せなくなってからというもののずっと綾が抱いていた不安だが、ここへ来てその不安が大きく膨らんでいくのを感じていた。
憮然とした表情の男に向かって、へりくだった態度でどこか卑屈さを思わせる笑みを浮べた男が封書を差し出した。
尊大な態度でそれを乱暴な手付きで受け取った男は、同じく粗雑な手でその封書の中身を確認した後、にやりと笑った。
依頼主である男の口元に浮かんだ笑みを見て、それを差し出した男は、安堵の溜息を知らず知らずのうちに零していた。
「残りの金は近々、口座に振り込んでおく」
「あ、ありがとうございます」
礼を述べる声も自然と弾むというものだ。
封書を手にしたまま、乱暴に立ち上がると男は革靴の音を鳴らしてその部屋を後にした。
部屋の外で待っていた男が、部屋から出てきた主に対して頭を下げるのを一瞥した後、「帰るぞ」と憮然とした口調で言い捨てると先に足を進めた。勿論、下げていた頭を起こした男も先を歩く男の後を追いかけた。
駐車場の車を停めていた場所まで来ると、後からついてきていた男がさっと車に走りより、高級車の後部座席の扉を開けると礼を言うわけでもなく当然と言ったような態度で慣れた様子で車内に身体を滑り込ませる。
主が座ったのを確認すると扉を閉め、軽い身のこなしで、運転席に座る。
バックミラー越しに後部座席に座る主を確認しては、上機嫌な彼の様子に何か良いことでもあったのだろうかと思いつつも優秀な男は余計な詮索など何一つしない。
「正一様。今日はどちらへ」
ただ、己が主の言うとおりに行動するのみ――。
それは、如何なるときも変わりない。
今日も、そこには自分の望む人物の姿などなかった。
同じように、彼の所在を聞いても、返ってくる言葉は一字一句違わずに同じ答えだった。
項垂れて、まさに意気消沈と言ったような態度を見せる綾に宗司は、いつものように苛立ちにも似た感情を覚えつつも、日課どおりに大学へと送り届けるために彼女を促がそうとした。
「お嬢様。お時間が…」
「お二人ともこんなところで何をしているのですか?」
久方ぶりに聞く声に、綾も宗司も一瞬空耳かと思ったくらいだった。
宗司は自分の後ろから聞こえる声に、綾は顔を俯けたままの状態で飛び込んできた待ち望んだ声に勢い良く顔を上げた。
最後に顔を合わせてからどれくらいの時間が経過していただろうか…。
姿が見えなかったことが不安で仕方なかった。
この数週間、探し続けた人物がそこにいる。
顔が輝くのも仕方ない。
「一哉!」
「お時間は大丈夫なのですか?」
今にも飛びつかんばかりに綾が一歩踏み出したその時、一哉の口から零れてきたのは、あくまで事務的な言葉。
再会を喜ぶような姿は綾一人だけで、一哉はまるで昨日まで普通に綾と接していたかのように自然な様子だった。
一哉に触れようと伸ばした手が止まる。
「一哉、お前こそこんなところで何をしている。学校はどうした。お前がこの時間にここにいること自体おかしいだろう」
宗司が己の左腕に嵌められた腕時計を確認しながら告げる。
その時計の針は、すでに9時半を示していて、確かに宗司の言うとおり、高校生である一哉がこの時間に屋敷にいることはおかしい。
一哉は、険のある兄の発言にくすりと笑い返す。
「申し訳ありません。着替えたらすぐに行きます。それでは…」
最後に綾を一瞥した後、軽く頭を下げると足早に綾と宗司の前から去っていこうとする。
そんな一哉の手を綾は無意識のうちに掴んでいた。
このまま、またどこかに行ってしまう。
行かせたくない。そう思った咄嗟の行動だった。
しかし、掴んだはずの手の力はすぐに弱まった。
自分を射抜くような鋭い瞳で、まるで睨みつけてくるかのような視線を向けてくる一哉に気づいたからだ。
「急いでいるので…」
と口調こそ柔らかかったものの、力の抜けたまま一哉の腕を掴んでいたその手は、綾が掴んでいない方の手で振り払われた。
そのまま背を向けて去っていってしまう一哉の背中を、綾は愕然と開いた瞳で追いかけた。
「お嬢様。少々お待ちいただけますか?」
と綾の背後で声がしたかと思うと、宗司が一哉の後を追いかけていく姿が綾の視界に入る。
早足の宗司が一哉に追いつき、何かを話している姿が見えてはいたが、何を話しているのかまでは、綾にはわからなかった。
大きな手に肩を乱暴に掴まれて、一哉は足を止めた。
振り返った先には、顔をこわばらせている兄の姿がある。
「まだ、何か?」
急いでいると告げた言葉は、嘘でも何でもない本心であったので、宗司に問う声には少し面倒くさそうな響きをもっていた。
宗司もそれに気づいていたが綾を始業時間までに届けなければならない宗司自身も急がなければならなかったために、気にしないようにしてすぐに本題に入った。
「お前、この数週間何をしていた?」
「…まだ、言えません」
一哉の答えに宗司の眉間に深い皺が刻まれた。
「お嬢様がお前がいないせいで始終不安そうにしている。お前のことばかり聞いてくるんだ。何をしているのか知らんが、いい加減にしろ」
それを口にすることは自分の無能さを認めているようで癪だったが、言わずにはいられなかった。
何度も何度も同じ押し問答繰り返し、そのたびに誤魔化さなければならない自分の身にもなれと言外に伝えたかった。
それが、伝わったかどうかはわからないが、一哉は、一度いつものように笑みを口元に浮べると何一つ悪びれた様子も見せずに告げた。
「そうですか…。でも、もうしばらくお願いします」
「なっ…!」
とだけ言うと呆けた顔をしている宗司を置いて、自室に向かった。
まるで一瞬の隙をついて逃げ出したような一哉を引き止めようとして伸ばした宗司の目に先ほども確認のために見た時計が飛び込んできたことで、その手は宙に浮いたまま、何も掴むことはできなかった。
問い詰めたい気持ちはあったが、このままでは綾が遅れるということを考えると一哉を問い詰めることはできなかった。
舌打ちをした後、踵を返して、綾のいる場所へと戻る。
「申し訳ありません。一哉のせいでいつもよりも出るのが遅くなったので急ぎましょう」
急いで綾の所に戻ると宗司は、綾を促がして屋敷を後にした。
心の端で、一哉のことを気にしながら――。
宗司の運転する車の後部座席で、綾は自分の手を見つめていた。
触れた、掴んだはずの手は ここにはなかった。
するりと抜けていった。
否、違う。拒絶された。
掴んでいたはずの手は、冷たい彼の手によって解かれ、自分を見る瞳は鋭く、その手以上に冷たかった。
急に怖くなってくる。
両手を握り合わせて口元まで持っていく。
――きっと、自分に呆れているのだ。
我侭は言わないと言ったはずなのに…。
自分の行動を省みてみれば、自分のとった行動がその一言につきるもの――。
彼の自分に対する態度がその応えだ。
目頭が熱くなってくる。
嫌だ――。と思っても自分にはどうすることもできない。
ただ、心の中で自分のしてきたことを悔いつつも何とか平静さを取り戻すのに精一杯だった。
置いていかれる―。
一哉が綾の前から姿を見せなくなってからというもののずっと綾が抱いていた不安だが、ここへ来てその不安が大きく膨らんでいくのを感じていた。
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