更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (52)
それから数ヵ月後――。
季節は、何かの始まりを告げる春。
綾は、大学へと進学し、一哉も2年生へと進級した。
綾の進学時には、また堺と綾の間でひと悶着があったが、それでも綾が我を通した形となった。
ぽかぽかとした心地いい日差しの中、学校の屋上で昼寝をしようとごろりと横になった一哉は、暖かな日差しと眩しい光を発する太陽を手を翳しながら見つめた。
あの屋敷は、こんな光が嘘のように暗く淀んでいるように感じられる…。
自分も含めて――。
「くそっ…」
悪態をつくとごろりと体を横に向け、眠るために瞼をゆっくりと下ろした。
無力感だけが、体を支配していた。
それを見てしまったのは、偶然だった。
本当に偶然。
見なければ、気づかなかったままだったに違いない――。
気づかなかった自分も腹立たしかったし、誰も止めなかったのかと周囲にも苛立ちを覚えた。
何より、許せなかったのは自分で自分の体を傷つけている彼女に対してだった。
この世に都合のいいもので代償を必要としないものなんて存在しない。
物事には、必ず表の側面と裏の側面が存在するのだ。
他の者から頼まれて、彼女の部屋を訪れた時だった。
ドアをノックすると中から返事が聞こえてくる。このとき、一哉はドアの前で一言も口を開かなかった。
了承がもらえたのならば、本来の目的を果たすだけだった。
ドアを開けて室内に入った一哉は、室内にいた人物を見て、怪訝な顔つきをした。
「お嬢様。どこか具合でも…」
テーブルに置かれた錠剤と手にした水の入ったコップ。
今、まさに何かの薬を飲もうとしている綾だった。
どこも調子は悪そうに見えなかった筈だと思いながら一哉は、綾に近づいた。
綾は、心臓が大きく脈打つの感じた。
これは、一人を除いて誰も知らないことだった。知られれば当然、妨害が入るということが容易に想像できたから――。
ノックされたときに疑いもしなかった。
それが唯一このことを知る自分が呼びつけていた東という女の使用人であると―。
病院で処方された錠剤ゆえに、それが何であるかは見たところで医者でもない一哉が理解することはないだろうと高をくくっていた綾だったが、その判断は間違いだった。
一哉は椅子に座る綾に近づく。
そして、テーブルに無造作に置かれた錠剤を見て目を見開いた。
「何の用かしら?」
動揺を悟られないようにするのが必死だった。
下手に突っ込まれないうちに部屋から追い出そうと綾は必死だったのだ。
しかし、一哉はテーブルに置かれていた錠剤を手に取るとじっと見つめたまま動かなかった。口も開かなかった。
――一哉は、見覚えのあるそれに愕然として目を見開いたのだ。
過去に関係を持った女が同じものを持っていたのを見たことがある。
それが何なのか分からずに、どこか体が悪いのかと問うた一哉に彼女は笑いながら教えてくれたのだ。
それは、避妊薬だった。
「…何を考えてるんだ」
手にしたものを見つめたまま口にした言葉は掠れ、綾にはきちんと聞き取ることができなかった。
「何…?」
高い位置にある一哉の顔を見上げながら、聞き返す綾だったが、鬼のような形相をして自分を見つめる一哉にびくりと体は、恐怖に竦んだ。
「お前っ!自分のしていることが分かってるのかっ!?」
恫喝する声の大きさに背筋が震える。
こんなに怒った―感情を露にした姿など…今まで見たことも無い。知らない。
軽蔑された目で見られたことはあっても…、こんな激昂した様子の一哉は見たことがない。
迫力に綾は、言葉を失い、ただ呆然と一哉の顔を見返すことしかできない。
「避妊薬なんか飲んで…、副作用でも」
「文句あるの?私の体よ!」
尚のこと続けられた言葉を遮るようにして綾が甲高い声を発した。
口を噤んだ一哉に綾は、がたりと音をたてて椅子からたちあがり、乱暴にテーブルの上にコップを叩きつけるようにしておいた。
コップの中の水が跳ねる。
一哉の手から奪い取るようにして錠剤のシートを取り上げるとそれも机に叩き付けた。
「私の体だもの、私の自由よっ!誰の指図も受けないわ」
「…いつから。父親は…?」
「3ヶ月前からよ。一哉が夜中にこの部屋に入ってきたあの日から…。お父様が知っているわけないでしょ?こんなことお許しになるはずがないわ!…あいつの子供なんか誰が産んでやるものですかっ!こんな家、無くなってしまえばいい!私の代で終わりよ」
一気に巻くしたてるようにして言い終わると一哉を上目遣いに睨みつけながら、肩で息をする。
口の端を持ち上げて卑屈な笑みを浮かべる姿は、不快感よりも痛々しさを感じた。
一哉が、無意識のうちに触れようとして彼女に向かって伸ばした手は、気が立っていた彼女によってばしっと叩きつけられた。
信じられないものを見るように綾を見つめる一哉の背後から、しわがれた声が聞こえてくる。
「お嬢様。遅くなってしまい申し訳ありません。お薬を…」
と頭を下げながら入ってきたのは、東という名の女だった。
一哉と綾の視線が彼女へと向けられる。
彼女は、綾以外の存在をそこに認め、気色ばむ。
薬という言葉を口にした老婆に、一哉はこの女が綾の協力者であると悟った。
「東…」
「いかがなさいましたか」
安堵の声音で彼女を呼ぶ綾の声音と一方で、ロボットのように無機質な印象すら受ける抑揚のない老婆の声。
「何でもないわ。一哉、出て行ってくれるかしら」
と言われれば、一哉は引き下がることしかできなかった。
それからというのものの、再三の一哉の訴えも虚しく、綾を止めることはできなかった。
水原の家がどうなろうと一哉には関係ない。
それは、その家の人間の自由だ。
だが、彼女の体の犠牲を払うことに関しては、ままならなかった。
体の負担にならないわけがないのだ。
医者ではない彼に実際のところどうなのかなど分からないが、外から体に変調を来たすような物質を入れることで体が犠牲を支払わないはずがないのだ。
無力だった――。
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