更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (47)
「我慢なりません。あんな子供に任せておけませんし、即刻、信頼のおける別の人間を」
座っている椅子から立ち上がらんばかりの勢いで憤慨したように顔を真っ赤に染め上げる男は新たにこの席に加わった堺だった。
すぐに近くから机をバシッと叩きつける音がする。
叩き付けたのは、男の向かい側に座っていた綾だった。
彼女は、立ち上がるとびしっと指を男に突きつけた。
「ふざけないで!あなたが決めることじゃないわ!」
「私は、君の心配を!」
「何よ。自分の思い通りにいかないからって、子供みたいに駄々をこねないでくれる?ばっかみたい」
女と男の言い合いが続く。
堺は、専ら綾にではなくすぐ近くにいる女の父親、そして自分にとって義父にあたる水原に嘆願していた。
しかし、堺の意見に絶対に避けたい綾は、彼を罵倒した。
「まぁまぁ、2人とも落ち着きなさい」
「落ち着いてるわ。この人があまりに勝手なことを言うからじゃない」
「綾」
まだ、文句が出てきそうな娘を嗜める父親。
父親の言葉に、ぐっと不満を堪えてただ、余計なことを言い出した男の顔を睨みつけた。まるで、親の敵のように――。
綾の視線から逃げるようにしながら、堺は水原の顔をじっと伺う。
時刻は、夕食時だった。
すでに連絡を受けていた水原は、本来ならば異国で旅行を愉しんでいたはずの娘が突然、戻ってきたことにもさして驚いた様子は見せなかった。
さすがに連絡を受けたときは、多少は驚きはしたものの、帰ってきてしまったものは仕方ない。
そして、新たな家族を迎えての食事の場面で、堺が急に口にしたのだ。
―今回、旅行を取りやめるまでの原因を作った男を綾のボディーガードにしておくのは納得がいかないと――。
それに食ってかかるように待ったの声をかけたのは、綾だった。
自分が帰ってくるまでの間、数度となく言い合いを続けているのかもしれないも思った。
綾に言っても埒が明かないから自分に男は、言ってきた。
しかし、こんなことでは先が思いやられる――。
自分の妻の手綱くらい自分で握っておいて貰わねば――。
聞くに堪えない言い合いに聞き飽きた水原は、堺に目を向ける。
堺は、自分へと水原の視線が注がれたことで自分の意見が通るかと顔を俄かに輝かせた。
そして、綾は父の答えに危ぶんだ。
最後に当事者である一哉は、この場にはいなかった。
「君の言い分は聞けないよ」
しかし、はっきりとした淀みない男の声に180度、彼らの表情は逆転した。
ほっとしたように肩に入っていた力を抜き、安堵の表情を浮かべる綾と顔の筋肉を硬直させたまま「は?」と間抜けな声を出した堺。
見事なまでに、間の抜けた面を晒した。
「これで、この話は終わりだ。綾もいいね」
「もちろん」
満足そうに笑む娘を見た後、手を止めていた食事を再開する。
綾とは対照的に悔しそうに歯軋りをした男を見て、綾は勝ち誇ったようにふふんと笑ってみせた。
堺は、拳を強く握った。
「正一君もいいね」
どうも納得していない様子の堺に気づいていながら、念を押すように尋ねる。
当然、納得などしていない堺が頷くはずもない。
「納得できません」
水原を見ることなくそう答えた堺は、気づかなかった。
水原の顔がぴくりと引きつったことに――。
横目で父親の表情の変化を悟った綾は、馬鹿な男と口には出さないものの胸中で男を罵った。
水原は、トーンを下げた声で問う。
「君は、私の決定に納得がいかないと言うわけだね」
険のこもった声に堺がはっとして顔を上げた。
水原の顔を見て、漸く地雷を踏んだことに気づいた。
「あ…いや、あの…ですね」
青ざめた顔で、何とか取り繕おうとするが、上手い言葉は見つからず意味のない言葉が口からついて出てくるばかりだった。
ますます水原の顔は、険しくなるばかりだった。
「納得いかないということはそういうことだろう。違うかい?君は、私の見る目を疑っているということだろう?」
堺は、不用意な発言をした自分と引き際を見誤った自分を後悔しても遅い。
完全に水原の機嫌を損ねてしまったと悟る。
遅いと分かっていても、ここは謝らなければいけない。
自分の立場というものを考えるならば――。
もとより同じ土俵に立てるわけがないのだ。
自分は綱渡りの綱の上にいるようなものだ。
自分の行動如何では、明日はどうなるか分からない。
己自身だけではない。自分の生家も危うくなる。
「申し訳ありません…出過ぎたことを申しました」
堺は、苦しげな声を出して謝罪の言葉を口にした。
しかし、堺の謝罪にも気難しい顔をしたまま大仰に息を吐き出すと手にしていたフォークとナイフをテーブルの上に静かにおいた。
テーブルの木と銀のナイフとフォークが触れるときにカチャと高い金属特有の音がなる。
その音が途轍もなく、恐ろしい鐘の音に聞こえる。
「不愉快だ」
堺を見ることもなく椅子から立ち上がるとそのまま部屋を出て行こうとする。
慌てたように堺が大きな音をたてて椅子から立ち上がり、水原の後を追いかける。
「待ってください!」
と呼び止めても水原は止まるどころか振り返りもしなかった。
代わりに、背後から金属のぶつかる音を聞いた。
堺が、背後を振り返ると同じように机の上にナイフとフォークを叩きつけるようにおいた綾ががたりと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
そして、彼女はじろりと堺を睨みつけた。
「私も不愉快だわ。今日は、もう顔もみたくないわ。別の部屋で寝てくださる?」
冷めた瞳、屈辱的な言葉。
堺の顔が紅潮するが、綾は全く気にとめた様子もなく、父と同じくすたすたと部屋を出て行ってしまった。
慌しい、結婚式、そして新婚旅行に行ったはずなのに辿りついた異国の土を踏んでわずか数分でとんぼ返りになった綾と堺にとって、結婚してから初めてゆっくりとした夜を迎える日だったはずなのだ。
それが、見事に崩れ去った。
男自身の不用意な発言によって――。
一人取り残された堺は、みじめな思いと次から次へと沸いてい来る怒りにも似た感情。
ぶつける相手のいない感情の塊は大きくなっていくばかりだった。
爆発する日は、そう遠くないかもしれない――。
彼の姿はそんなことを予感させるものだった。
膨らみ過ぎた感情は、時として人を暴走させる。
亀裂は、とても小さなものから始まるのだ……。
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