更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (45)
己の言い分が認められず、苛立ったまま一晩を迎えた。
結局は、自分はここから抜け出すことはできなかった。
気づけば、夢の中で、目が覚めると朝になっていた。
陰鬱な日々が始まりを告げると思い、鬱々とした気分を抱えたまま一人で学校へと向かった。
屋敷の主である水原からは、綾がいない間は、自宅に帰っていいとも言われていたが、到底そんな気になれるわけなどなく、己の守るべきものもいない当主の屋敷で寝食をすることにしていた。
その他、同級生と同じように一般の高校生らしく学校での無駄とも思える時間を過ごした後、屋敷へと帰る。
以前のように、――綾とままごととも言える恋人ごっこをする前のように寄り道をする気にもなれない。
大人しく、帰路についた。
一哉にとって綾が帰ってくるまでの約2週間の生活における普通の生活というのは、ここまでだった。
屋敷の門をくぐり、使用人専用の屋敷内に入るための勝手口のような扉を開けた瞬間に固まってしまった。
そこに立っていた人物を見て――。
――何故、ここにいる。
そうだ。
今頃は…。
「一哉!」
一瞬は、珍しくも幻覚かと非現実なことすら考えた。
ただ、呆然と目の前に立つ姿に目を瞠るばかりだった。
自分を呼ぶ高い声にはっと我を取り戻した。
「な…何故」
驚きのあまり、うろたえたようなふがいない声が滑り落ちた。
対峙する彼女が一歩、また一歩と近づいてくる。
そして、彼女の背後から自分を睨みつける2人の男の存在に気づいた。
二人とも彼女と一緒に今頃ならば、異国の地にいるはずの人間。
一人は、兄。もう一人は、彼女の夫。
自分が従うべき相手――。
「何故ここにいるんですか?」
「それをお前が言うのか?」
一哉の問いの答えではないが、そう口にしたのは、兄だった。
目の前の綾から兄の宗司に視線をずらす。
「宗司は黙ってて」
「申し訳ありません」
帰国の途につく際にひと悶着あった時から、綾の宗司に対する態度はきついまま一向に和らぐことはない。
今も、綾からの睨みと強い口調で言われ、宗司は慌てて頭を下げて下がった。歯軋りをしながら――。
どうも綾の宗司に対する態度に違和感を覚えながら、綾へと視線を戻そうとすると今度は、堺の不機嫌な声が、一哉の鼓膜を刺激する。
「きちんと納得のいく説明をしろ。お前は、私達の新婚旅行を見事にぶち壊したんだからな」
尊大な物言い。
それよりも堺の新婚旅行を自分がぶち壊したという言葉の方が一哉には、引っかかった。
しかし、彼もまた宗司と同じように綾によって引き下がらざるを得なかった。
「あなたも黙ってて。大体、一哉は私のボディーガードであって、あなたが一哉にそうやって偉そうに言う権利はないわ」
「…っく」
一番不機嫌なのは、この場において綾だったのかもしれない。
「あなた達は邪魔。下がって」
強く言われると男達に食らいつく術はなかった。
すごすごと引き下がるしかない。
その姿は、哀愁を誘う。
一哉は、一瞬気の毒に思ったが、恐らく自分も例外ではないのだろうと綾を見て思った。
恐らく彼女の怒りの矛先は己へと向けられたものに違いないであろうから――。
男達が去っていくのを見送った後、綾は一哉へと視線を向けた。
彼女を急遽帰国させることになった原因である男を――。
鋭い双眸に見つめられて、居心地の悪い思いをしながらも彼女の名を呼ぶ。
「お嬢様?」
二度と“綾”と呼ぶことはないであろう一哉。
その声を聞いているだけで、苦しくなっていたのに、今はどうだろうか。
決してそのようなことはないのだが、綾がそう捉えても仕方ない振る舞いを続けただけに綾自身は一哉に嫌われていると思っている。
どれだけ彼に嫌われていると分かっていてもこの愛しい存在が、自分の側から離れていくことを想像しただけでも恐ろしくなる。
触れ合えなくてもせめて側に…と望むのは間違いなのだろうか――。
その存在が離れていこうとした不安とその不安を勝る、綾の不在時を狙って姿を消そうとした彼に対する怒りが綾の中ではぐちゃぐちゃになりとぐろを巻いていた。
自然と語気は強くなる。
「お嬢様じゃないわ。草壁の籍を抜けたいだなんて何を考えているの?」
責めるような瞳と言葉に一哉は、綾を直視することはできずに、苦笑を浮かべながら視線を逸らした。
なるほど、それで急遽帰国したという訳かと…。
しかし、たかが使用人1人のために帰ってくるなんて――。
その彼女の行動を愚の骨頂だと思う彼がいるのと同時に、それをどこかで喜んでいる彼がいるのだ。
時として、心はあまりに自分に対して正直すぎる。
悲しくなるほどに――。
その喜びは束の間のものでしかないというのに……。
一人になったときに虚しさは倍増するということを知っているというのに…。
一時的な喜びがそれを上回るのだ。
綾は、笑われたことに腹を立てたのか、自分を見ていない彼に腹を立てたのか。
一哉の顔に手を伸ばして両頬を強く叩きつけるように挟むと自分の方へと向ける。
パチンという小気味いい音とともに、痛みが走る。
衝撃に、閉じた目を開けるとすぐ目の前には触れ合いそうなほど近くに綾の顔があり驚く。
しかし、すぐにその手を乱暴な手つきで振り払って綾とは距離を置いた。
「軽率な行動は慎め」
小さくそう言いながら――。
一哉の頬に触れていた手が離される時に一哉の指が掠めたところが熱を持つように熱かった。
「何で戻ってきた」
「あ、一哉が…籍を抜けるって聞いて。勿論、草壁が許さなかったということも聞いたわ…」
「なら、何故戻ってきた。うまくいくものもいかなくなるぞ」
聞いているのなら、戻ってくる必要などない。
そう責められているようだった。
それは綾の気のせいではなく、一哉の考えそのものだった。
くるりと背を向けて綾の前から去ろうとする一哉に向かって綾は声を張り上げた。
「どこにもいかないでよ!」
ぴたりと一哉の足が止まる。
振り返った先では、綾が瞳に涙を溜めて一哉を見ていた。
こんないつ他の誰かが聞いているかもしれないところで、言う言葉じゃない。
誤解―誤解という言葉すら語弊があるが、聞き手によっては、どんな風に取られるか分かったものじゃない。
「静かにしろ。話があるなら部屋で聞く」
まるで自分を押し殺すような低い声で言うとそのまま先へと進んだ。
ぺたぺたと自分の後ろをついてくるスリッパの音を聞きながら…。
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