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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0210
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2008

0513

Vizard (44)




「帰る」

力ない声で呟かれた言葉に男達はぎょっとした。
何を馬鹿げたことを――。と、誰もが思っただろう。
彼女にそのことを知らせた宗司ですら驚いているのであるから、主役となるべきであろう男の堺は尚の事驚いているに違いない。
愕然とした表情を浮かべて立ち尽くしている堺を宗司はちらりと盗み見た。
憐れという言葉がこれほど似合いものがいただろうか。

ぽかんと口を開け、背を向けている綾の後ろ姿を堺は、食い入るように見つめる他ない。
気が触れたかと思える言動。

何をしに異国へ来たというのか――
自分達は、ここに新婚旅行に来たのではないのか。
それがどうだ。
たかが護衛の一人が何を言い出したのか知らないが、興味もないが、その一人のために夫である自分をおいて、着いたばかりだというのに帰ると言い出す始末。
自分の立つ瀬がないではないか。
一体、何を考えているのか…。
神経を疑いたくなるというものだ。
これでは、まるで夫である自分よりも日本で何やら騒動を起こしている護衛の方が大事と言っているようなものではないか。
惨め以外の何物でもない。
男としてのプライド以前に人としての尊厳を傷つけられたも同然。

堺は憤然とした。
何にと問われれば、全てに――
もたらされた情報に困惑し、自分のことなど忘れ去り、一緒にいるのはこの自分なのに、全く振り返りもせずに帰ると喚く綾に。自分になど全く興味がないと言わんばかりの態度。
長年近くにいたのならば、彼女が動揺するだろうことは、分かっていたであろうに、わざわざこの場で余計なことを彼女に吹き込んだ宗司に。自分が軽んじられているように感じられて当然だ。
そして、離れているのに綾の意識を占有する若い少年に――。何故、たかが従僕に己が負けなければならない…。

一方の綾は、驚く周囲を余所に目の前にいる宗司の腕を掴んで、欲求する。

「帰る!日本に帰るわ。飛行機のチケット取ってきて」

当然、この場において止めるのが定石だろう。
そして、綾を落ち着かせることが必要だ。
徒に動揺させ、このまま日本に帰ったとなれば堺が気の毒でならない。自分のような配下のものにそう思われても迷惑かもしれないが、堺の立場を思うと不憫でならない気持ちになる。
周囲のものは、皆、宗司と同様にあからさまに堺のことを気にしているというのに、一番気にするべき綾は、背後の堺を気にした様子もみせない。
とはいえ、宗司がするべきことは堺を気の毒に思うことでなく、綾を落ち着かせ、この場に留まらせることだった。
綾にとって一哉がどんな存在か把握していなかった―仕切れていなかった、宗司はすぐに宥めることができるだろうという不安定な確信と妙な自信だけはあった。
次の一言で抑えられるだろうと甘い予測すら持っていた。

「お嬢様、落ち着いてください。大丈夫ですから、父が許しませんでした。今までどおり、お嬢様のお側にいます」

その言葉にふわりと宗司のスーツごと腕を掴む力が弱くなる。
それにほっと安心した様子の宗司。
これで大丈夫だろうと束の間の安堵に浸った。

「ほんと…うに?」
「ええ。当然です。お嬢様や旦那様をお守りするお仕事は、草壁の人間にとってこれ以上ない名誉です。いくら一哉とて、それを放棄することなどしないでしょう。どうせ、気まぐれです。至らない弟で申し訳ありません」

ここにはいない義弟に代わりに頭を下げる。
ここまでしておけば大丈夫だろうと思った。
そして、心の中で弟を罵倒した。

一体、何様のつもりだ。と。
自分は、みっともなく縋りついてでもこの場を守るのに必死だと言うのにいともたやすく自分から放棄しようとした弟の気が知れない。

「…良かった…」

と心底安心したような声を漏らす綾に、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
この姿を、一哉に見せてやりたいくらいの気持ちだった。
そうすれば、自分のしでかしたのことの大きさに気づいたはずだ。
この貸しは高くつくぞと思った。

「ですから、お嬢様は安心して、新婚旅行をお楽しみください」

という宗司の言葉に、はっと息を飲み、体を硬直させ、驚いたような顔をしてみせる。
それは、今の今まで自分がここへ来ていた目的を見失っていたということの証だ。
いよいよ、堺が浮かばれない。
唯一の救いは、綾が堺に背を向けていたことだ。
何とかなりそうだと肩の力を抜いた宗司に綾の意外な言葉が返ってきた。
それは、宗司には、予想すらしていなかった。できなかった。

「そ…そうよね」

綾の口から出た言葉に誰もが安堵した。
一番安堵していたのは、宗司だったかもしれない。

しかし――

「そうです」
「でも、帰るわ」

綾の言葉に合図地を打つように口にした宗司の言葉を遮って、今度は動揺した様子も全くなく、はっきりと迷いのない声で口にした。

「え…」

それは、誰の口から漏れた言葉だろうか――
一瞬にして、和みかけていた空気が緊張を纏う。

踵のヒール音を鳴らして綾は、硬直する宗司の横をすり抜けた。
慌てて後を追う宗司。

「お嬢様!!」

その宗司の大きな声には、空港の他の客も驚いたようで、ちらちらと綾たちの方向を見てはこそこそと怪訝な表情で彼女達を見ては話している。
意に介した様子を見せないのは、綾一人だけだった。
堺にいたっては、愕然とした様子で離れていく綾とその綾を追いかける宗司の背中を追いかけることしかできなかった。

「お嬢様!お待ちください」
「帰る」
「これは新婚旅行ですよ。お嬢様と堺…いや、正一様の」
「何よ。旅行なんて暇なときにでも行けばいいじゃない。今は、帰るの。一哉の方が気になるわ」
「お嬢様!」

行く手を阻むように立ちふさがる宗司。
それを煩わしそうに見上げる綾。

「いいわ。そんなに言うならあなたが私の代わりにあの男と愉しんできたらいいじゃない。私は、日本に一人でも帰るわよ。邪魔をするなら放っておいてくれないかしら」

ぎろりと睨みつけられ、宗司はひるんだ。
長年、彼女についているが、これほど敵意を向けられたことなどない。
宗司にはどうしたらいいかわからなかった。
ただ、これ以上彼女を怒らしてはいけないとだけ思った。
それこそ、この旅行が終わり、日本に帰ったとき、自分はじきじきに引導を渡されてしまうかもしれないとここでも己の身を危ぶんだ。
折れたのは、結局のところ宗司の方だった。

「わ…わかりました。お嬢様を一人で日本に帰すことなどできません。手配してきます」
「ふん。最初から素直にそう言っていればいいのよ」

今更、機嫌を取ろうとも遅いというような態度で鼻息荒く綾が言うのを聞き、自分の選択と見誤りを後悔した。
何を置いても優先すべきは、綾だったのだと認識を新たにした。

「少々お待ちを―」
「早くして頂戴」

異国に降り立って数分も経たないうちに、新婚旅行に来たはずの2人の新しい夫婦の帰国が決まった。

 

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