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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0211
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2008

0504

Vizard (35)



綾は、ある部屋の前に立ち、辺りをきょろきょろと確認した。
躊躇いがちに部屋の扉をノックする。
木で作られた扉が快音を響かせる。

コンコン。

それは、ノックした人物の迷いを示すかのように控えめな音だった。
部屋の主が外に顔を出してくるまでの間も辺りを警戒するようにきょろきょろと首を動かしては確認する。
綾が顔を外に向けているときに扉から、廊下へと顔を向けている時にがちゃりとドアノブが回さされる音が耳に届き慌てて顔を戻して出てくるであろう人物に向き合うべく笑みを象った。

「あ…、あのね、きゃっ!」

きっと驚いているに違いないと少し緊張して口を開いた綾だったが、急に腕を強い力で引っ張られて小さく悲鳴があがるがそれもすぐに口を大きな手で塞がれて掻き消えた。
驚いて目をぱちぱちと瞬いていた綾に眉根をよせ、難しい顔をした一哉の顔のドアップが視界いっぱいに広がる。
何故、そんなに難しそうな顔をしているのかわからずに綾は口を手で塞がれたまま目を見開くばかりだった。

「何しにきた?」

と問う声は、厳しい声音だった。
綾は、ただ会いたかっただけなのだ。
すぐ近くにいるのに、ちっとも一哉は会いにきてくれない。それどころか、故意にしているのかどうかは定かではないが、碌に顔すら合わせない。
綾は、会いたくて会いたくて仕方がなかったというのに…。
自分だけがこんな気持ちを抱えているのだろうかと不安になる。
あの日、名前を呼んで抱きしめてくれたのは、目の前の人物ではなかったのだろうか。
まるで別人のように感じる。
ドライ過ぎて―。

自分の口を押さえている手を少し乱暴な手つきで振りほどくと綾は、対峙する人物と同じように眉間に皺を寄せて小難しい顔をして、下から頭一つ分高い位置にある顔を上目遣いに軽く睨みつけた。
そして、唇を尖らせるようにして言う。

「だって…一哉ったらこんなに近くにいるのに一度も会いにきてくれないんだもの」

綾の恨み節に一哉はじっと眉間に皺を寄せたまま彼女を見つめていたが、大きく嘆息を漏らすと呆れたような表情をして顔を背けた。
一哉の表情の変化に綾は、ただ呆然として目を見開いた。
綾に背を向けた一哉は、大袈裟なまでの嘆息を漏らすとともに綾の言葉を一蹴した。

「馬鹿か」

その冷え冷えとした声に目を見開く。

「な、何よ。何でそんなこと言うのよ」

自分へと向けられた背中をじっと見据える。
冷たい扱いを受けるなんて思ってもみなかったものだから、目頭が熱くなってくる。
声が震えそうになり、自然と小さくなってしまう。
じっと耐えるように唇を噛む。
背中へと向けられていた視線は自然と下に下がっていき、地面を穴が開きそうなほど見つめる。
だから、綾は気づかなかった。
背を向けていたはずの一哉が彼女を見ていたことなど…。

自分の言葉に傷ついていることは一哉とて分かっていた。
しかし、だからと言って言葉を撤回する気は毛頭ない。
発覚してからでは遅いのだ。
気づいたときには手遅れでしたでは、話にならない。

近くにいるからこその自覚と自制が今後の一哉のみならず、綾の一生も左右する。
それを綾は分かっていない。
顔をうつむける綾の姿を見て、一瞬だけ切ない表情を浮かべた。

自分達を取り巻く環境は、最初から分かっていたのだ―。
初めから――



万が一にも――
続くことはない。
夢物語だ。

自分の気持ちに気づいたところで、結末は決まっている関係なのだ――
いずれ、別々の時間を歩まなければならない。

こんなことなら、彼女の我侭に付き合わなければ良かった。
こんな苦しい思いをするならば―。



一瞬だけ顔に本心を表した一哉だったが、それに綾が気づくことはなかった。
すぐに無表情のどこか冷たさだけを感じさせる表情に戻して、綾を見つめていた。
下を向いていた綾だったが、視線を感じたのか恐る恐る顔を上げるとすぐ近くに一哉の顔があって驚いたように目を瞬かせた。

「一哉?」
「考えろ」

不審な綾の声を遮るようにして一哉の静かな声が鼓膜を刺激する。
何を言われているのかわからない綾は、きょとんとした表情を浮かべるが、一哉は表情を崩すことはしなかった。

「使用人のしかも男の部屋に易々と入ってくるな」
「…、で、でも…」
「でもも何もない。自分がやってることの危うさを考えろよ」
「そんな…」

どちらが大人であるかは、発言から明らかだった。
綾とて分からないでもなかった。
現に、彼女はここに来る途中にも誰にも見つからないように注意していた。
廊下を必要に振り返り、誰もいないことを確認して――
ノックをした後も人が通らないかどうか、細心の注意を払って。
危険を冒してまで自分が一哉に会いたいということを一哉は分かっているのかと綾は詰りたくなった。
だが、ぐっと息を飲んで堪えた。
何も言わなくなった綾に一哉は背を向けて、壁にある棚の中から本を取り出す。
分厚い本を手に取りながら、決して綾の方は見ることなく何気なく口にする。

「俺がここにこれるようにしたのは、お前か?」

その問いに綾の瞳は見開かれる。

そう思われていたのか――

と。

「違うわ」
「へー、違うの」

くすりと笑ったが、その笑みは人の悪い笑みだった。どこか小馬鹿にしたような笑い。
綾からしてみれば心外そのもの。

「違うわよ。お父様が宗司だけでは頼りないからって…」
「ふーん」
「お父様から聞いたわ。宗司を一哉が殴って一喝したって―」
「ああ。あんまりにも見苦しかったから」

平然とした口調でこともなげに言う一哉。
声はとても家族のことを言っているようには見えなかった。

「私だって急に聞かされて吃驚したのよ。宗司の代わりに一哉を…って」
「そ」

もう興味ないというような声。
綾は、自分だけが熱くなっている姿をまざまざと見せ付けられたようだ。

綾の表情をそっと盗み見た一哉は、手にしていた本を持つ手にぐっと力を入れた。
視界に入る文字は滑り、頭には入ってこない。
もとより、そんな読もうとして開いた本ではなかった。
気を紛らわすことができればと思って開いた本だった。
綾と対峙していると自分を見失いそうになる。

今だって興味ないと見せておきながら、内心は真逆だった。
手を伸ばせば届く距離にいる。
この空間なら、誰も見ていない。
しかし、理性がそれを制止する。
一度、味わうと後に退けなくなる。分かっているからこその選択だった。

冷たい態度は、まるで綾に自分のことなど嫌ってくれと言っているようなものだった。
それが、彼女に伝わるか否かはさておいて――





本当は、悲しませるようなことは言いたくないのだけれど……。
本当は、ありのままの自分で彼女を愛せたらいいのだけど……。





―それでも、彼女のために嘘を吐く。





否、彼女のためだからこそ……。





自分のことなど嫌いになればいい――
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