更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard (34)
その日以降、一哉が草壁の家に帰ることはなかった―。
翌日は、とてもじゃないが綾とて学校にいける様子などではなかった。一方、一哉は普通に学校に通学してはいた。
大方予想はできてはいたものの、綾が到着する時刻に正門近くで待っていると兄の運転する車が乗り込んできて最初は驚いた。
そして、兄だけが中から出てきたことにもっと驚いた。
警察署の前で捨て台詞を吐くだけ吐いて別れただけに気まずさのようなものはあったが、それを感じさせずにいつもの笑みを浮かべて一哉はそれを迎え入れた。
兄は苦々しい顔をしながら、一哉を一瞥した後、顔を背けたまま命じた。
「放課後、水原の屋敷へ来るように」
と。
ある程度、予想はしていた。
彼の失態は、それに値する失態だった。
父からそれを聞かされたとき、みっともなく食い下がってみたが、にべもなく「決定事項」だと切り捨てられた。
「くそっ…」
ハンドルを握りながら悪態をついてみても、何も変わりはしない。
そう変わらないのだ。
兄の言葉に従い、放課後真っ直ぐに水原の屋敷へと向かった。
その後、綾は大丈夫だろうかと気にしながら――。
一哉が屋敷に仕える女中に案内されて室内に到着したときには、兄も父も既に揃って居た。
主人である水原とそして、綾の姿もある。それだけではない。堺の姿もそこにはあった。
「…遅くなり、申し訳ありませんでした」
別に寄り道もしたわけではない。
学校が終わるのもいつもと変わらなかった。
一哉自身に非はなかったが、この場では、そう言わざるを得ない雰囲気が漂っていた。
部屋の入り口で綺麗な所作で頭を一礼した後、室内に入る。
自分へと注がれている綾の視線に気づいていた。
しかし、無視をした。
そして、兄の焼け付きそうな視線にも気づいた。
それには、一瞥を送った。
彼の顔は、醜いまでに歪んでいた。
いっそのこと滑稽なほどに――。
軽く口の端を持ち上げるとその意味が分かったのか、兄はひどく一哉を睨みつけた。
その手に作られた拳はぶるぶると震え、聞こえてきそうなほど強く歯軋りを繰り返していた。
―みっともない。
恥晒しめ―。
そんな兄の姿を見てもその程度にしか思わなかった。
「いや、構わないよ」
穏やかな話口の水原は、娘が無事に戻ってきたことですっかり落ち着きを取り戻している様子だった。
昨日の焦りが嘘のように―。
「綾から聞かせて貰ったが…、最初に綾を助けてくれたのは君のようだね」
「…いえ、私は…」
水原の口から零れたのは、事実なのだが、ここは謙虚にしているべきだと踏んだ一哉は、軽く首を振りながら答えた。
しかし、水原は上機嫌な声で笑い、一哉の言葉を遮った。
「それでだが…、学内だけじゃなく普段も綾の護衛を頼みたいんだが、構わないだろうか?」
一哉は目を見開いた。
兄の苛立ちの理由を悟った。
横目で兄を確認すると必死に自分の感情を抑えているのだろう。
座るソファの上で膝の上に作られた拳が震えていた。
不自然さを感じさせずに自然に視線を滑らせて今度は兄から真向かいに座る綾に目を向ける。
綾は、一哉の視線を受けてにっこりと笑うだけだった。
その目は腫れていて、泣いていたことを表している。
別れたときの泣いていた彼女の姿が思い出されてならない。
逃げるように一哉は、横に座る彼女の婚約者である男の顔を確認する。しかし、彼の顔は不服そうな顔をしていた。
どうも、彼は納得していない様子だと一哉は悟る。
本能で感じ取っているのかもしれない。彼女の気持ちを――。
その後、水原に視線を戻す。
「ですが、お嬢様にはすでに兄が…」
「宗司くんには、今まで通りついてもらうが、今回のようなことまたがあったときに2人ならまだ、対処の仕方があるかもしれないだろう?1人より2人の方が私も安心だし、君の今回の行動を評価しているんだ」
「それは、ありがとうございます。兄の補佐ということですか?」
「いや、君の補佐を彼にしてもらう形にしてくれ」
尚のこと、兄にとっては面白くないことだろう。
しかし、一哉からしてみればこれ以上面白いことはない。
己を見下げてきた男の上に立つことができるのだ。
笑いがこみ上げてくるのを堪えつつ、向かい側に座る青年の顔を確認した。
「どうも堺様は、納得してないようですよ」
指摘してやれば、水原の視線が綾を挟んで向こうに座る堺へと移る。
咎めるような視線を向けられ、堺は緊張に身を固くした。
ピシッと背筋を伸ばして、婚約者の父親の視線に耐える。
「そうなのかい?正一君」
「まさか。綾さんの身の安全を考えれば…」
「だそうだ。どうだろう?」
娘の婚約者の100点満点の答えに満足して相好を崩しながら一哉に向き直る。
笑いを噛み殺しながら頷いた。
「こちらです」
「ありがとうございます」
案内された部屋を確認して、案内してくれた屋敷で働く顔なじみの女中に礼を言う。
決して広いとは言えない空間。
ベッドと木の机。
本棚と造りつけのクローゼット。
草壁の自分の部屋に比べても十分に広い空間。
あの家のように自分に苛立ちをぶつけて暴力という形で訴えてくる人間などいない。
己の体をサンドバッグのように扱う者たちなどいない。
恨みの篭った視線で見てくる女もいない。
居ないもの同然に扱い、自分の過ちから目を逸らし続ける何よりも憎い男もいない。
これで、女の住むところを転々としなくて済む。
自分の居場所のないあの家に帰る必要もない。
―彼女と同じ空間にいることができる。
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