寂れたビルの一角にそれはあった。
迷うことなく足を進める少年とはひどく場違いな場所のように思えなくもない。
固く引き結ばれた口は、意志の強そうな眦、鼻筋の通った鼻梁は、聡明さを際立たせている。
それだけではなく、今の彼の様子からは、危うげな雰囲気も漂わせていた。
焦りからか足の動きは自然と早くなり、何かに追われるようにしてビルの中にある一室のドアをノックもなく、乱暴に開けるとずんずんと中へと進んでいく。
寂れたビルとはまるで一転して、ドアの向こう側は綺麗な内装の施された部屋だった。
部屋の中央にソファーとローテーブルが置かれている。
しかし、人は誰もいなかった。
室内の様子を確認すると、目的の人物がいないことに目を眇めた。そして、すぐに奥へと進んでいく。
勝って知ったるなんとやら、迷うことなくさらに奥の部屋のドアに手をかける。
遠慮の欠片もない乱暴な手つきでドアを開けるとさらにその奥は居住スペースとなっているようだった。
その中では、2人の男女が抱きあい、口付けを交し合っていた。
男女のその光景を見せ付けられても少年は、眉一つ動かさなかった。
それどころか嘲笑を浮かべた。
「真昼間からお盛んだな」
少年のまだ、若い青年期特有の声にゆっくりと女の方が目を開けた。
男の方はと言えば、闖入者に驚いたように女の体からがばっと離れた。
動揺丸出しの男の姿に女は、詰まらなさそうな視線を送るときっぱりと告げる。
「帰って。邪魔」
男が目を見開く。
男の方からしてみれば、こんな扱いされて男としてのプライドが黙っているわけがなかった。
見ず知らずのまだ、学生服を着た少年の登場で追い出されなければならないのか。
最初は、女に言われた言葉を理解できずに呆けた顔をしていたが、すぐに顔を怒りで紅潮させた。
女は、そんな男に至極冷めた視線を送るとその細い足を振り上げ、男を蹴り上げた。
「帰れって言ってるでしょ!」
「いっつぅ…!」
遠慮の欠片もなく蹴り上げられた男は、蹴られたところを抑えて蹲った男をふんっと鼻で笑うと少年の腕を引っ張って部屋を出た。
「相変わらず、容赦ないな」
女に引っ張られるままに部屋を出ながら、蹲る男を一瞥する。
しかし、別に哀れみを感じている訳ではない。
女を怒らせた男を心の中では笑っていた。
「あんたが来るって分かってたら連れ込まなかったわよ」
「ふーん」
髪をかき上げながら煙草を口に銜えて女が言うが、少年は顔色も変えずにつまらなそうな声を返すだけ。
つれない少年の返事に苦笑いをしながら、紫煙を吐き出すと、自分の机として利用している机の引き出しから封筒を差し出した。
それを受け取ると中身を確認する。
「それでしょ。今日ここに来た理由」
「流石」
にやりと笑いながら答えながら、そこに書かれたものに目を通す。
「その様子じゃ、お嬢ちゃんホントに浚われちゃったのかしら」
「ああ。無能なバカの所為でね」
冷え冷えとした声音に、女は片眉をこれ見よがしに吊り上げて見せた後、口の端を吊り上げて笑みを浮かべる。
「半分でもお兄さんでしょ。そんな言い方しちゃ可哀想じゃない」
「ふん。普段でかい面しておきながら、いざという時に役に立たない上に、言い訳だけはご立派ときたもんだ。これを無能と言わずしてなんと言う?」
辛らつな少年の言葉に、女は喉の奥でくつくつと笑うだけだった。
その笑いを少なからず不快に思った少年が横目でじろりと女を睨みつけるが、女は悪びれた様子もなくにこりと秀麗な笑みを浮かべてみせるだけだった。
「焦ってるわね。可愛い」
「うるさい」
揶揄うような女の言葉に、むっとしたように眉間に皺を寄せて睨みつけるが先ほどと同様効果は全くなかった。
余計におかしそうにくすくすと笑うのだから、埒が明かないとうもの。
「妬けちゃうわね。あんたをそんな風にしてしまえるお嬢ちゃんに」
「何言ってるんだか…さっきの男は何だよ」
「あら、気にしてくれるの?」
先ほど、女に手ひどい扱いを受け、いまだに部屋から出てこないところを見るとまだそこに男がいるのであろう部屋を一瞥しながら少年が問うが、女は面白そうに笑うだけだった。
「まさか」
「そうよね。あんたってそういう子だわ。ひどいわよね。あんたにとって初めての女である私をこうもすげなく扱うなんて」
「よく言う。あんたの方こそ、いたいけな少年に襲い掛かって上にのっただけじゃないか」
「そうとも言うわね。だって、可愛かったんだもの」
くすりと笑いながら相槌をうつ女だったが、少年はそれ以上何も言わずに食い入るように見つめていた。
「これは、結構有名だったのか?」
紙と写真を女にちらつかせながら問う。
「ああ。それ?まぁね、情報収集は簡単だったわよ」
「こいつも間抜けだな」
「まぁね。でも、お嬢ちゃんが無事だったならの話だけどね…。追い詰められた人間は何をするか分からないところがあるから気をつけなさい」
自分の方には、一目もくれずひたすら食い入るように渡したものに目を通し続ける少年に対し、少し恨み言の一つでもくれてやりたくなるというもの。
女の台詞にちっと舌打ちをする。
「場所が変わっているということは?」
「ないわよ。実際に念のために人をつけさせたけど、動いてないようだし、お嬢ちゃんが運ばれるのを見たって言ってたわ」
「見てるなら、助けろよ」
「あら、そこまでする義理はないわ。大体ね私にここまでさせた時点で、高くつくわよ。一哉。あんた以外なら絶対にこんなことしてないんだからね」
という声に顔をあげた一哉は、にっこりと笑ってみせる。
女も同じように笑ってみせる。
それは、いつしか2人の中でできた約束。
欲しいものを与える代わりに、一夜を共にする。
それは、今日だとて変わらないはずだと思っていた。
少なくとも女に限っては――。しかし…。
「ありがと。ごめん。金は払うよ」
「は?」
予想もしてなかった一哉の言葉に、女は呆けたような顔をした。
「いくら?」
「いくらじゃなくて……どういうこと?」
「秘密」
意味深な笑みを浮かべて笑うと「また来る」とだけ言って一哉は、用済みとなったその場を後にした。
引きとめようとする女の声を背に感じながら――。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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