「うー、気持ち悪…」
それでも腹は減る。
しかし、一日前に比べると格段にましだった。
深岬は今、人生発の3日酔いなるものを経験していた。
経験なくてもいいものなら経験しなくてもいいものだ。寧ろ、このまま一生したくなかった。
微かに残る気持ち悪さを抱えながら大学のキャンパス内を歩く。
自然と足取りも重たい。
昨夜は、深岬の家に泊めてもらったので、ぎりぎりまで寝ることができたのだが、それでも酷い状態の深岬を見て、家主である雪子は寝てていいと言ってくれたのだが、深岬自身授業があったのと同じように雪子も授業があったので断って雪子の家を出た。
荷物だけは邪魔になりそうだったので、預かってもらったのだが…。
「気持ち悪いし…お腹すいた…」
一人で歩いている深岬の言葉を聴いてくれるものもいないというのに、気分の悪さが少しでも和らげばとぶつぶつと呟きながら歩く。
遠目から見るならば、立派な変質者の仲間入りである。
時計で時間を確認してみるともう授業が始まっている時間だった。
しかし、今の深岬の状況でとてもじゃないが授業なんて受けられそうになかった。
たとえ教室に行ったとしても、気持ち悪さとの格闘で教授の声など左から耳へ逃げていくか或いは、そもそも入ってこないかのどちらかだろう。
それならまだいい。
空腹時の人間の生理的な反応である腹の音が鳴ったりしようものなら、恥ずかしさでしばらく不登校にすらなりそうだ。
迷った末に学食に向かう。
「とりあえず…何か…入れよ…」
のっそりとした亀の歩みで学食内に入っていく。
その日のメニューが並べられるショーケースの前に立ち、何を食べるか選ぶ。
しかし、そこに並べられた偽者の料理ですら深岬の気分の悪さに拍車をかける。
あっさりとしたものならまだいい。しかし、どこの大学の学食にでもあるだろう。油物のメニューは存在する。
むしろ麺類か油物かに偏りがあるのがほとんどだ。
想像しただけで吐き気が再来する。一種の視界の暴力と言ってもいいのではないだろうか。
極力視界に入れないようにして、深岬はその前から離れると麺のコーナーへと向かって何も入っていない素うどんを頼んだ。
2コマ目の授業の始まったばかりの時間のために、まだ人もまばらで昼になると学生で混雑するはずのその空間は驚くほどすいている。
ちらほらと座って食事をしているのは、深岬と同じように講義の前に腹ごしらえをしに来た学生に違いない。
ただ、違うのは深岬とは違い決して3日酔いなどではないだろうということだ。
適当な席に座ると湯気の立つどんぶりの中のうどんに口をつけ始めた。
不思議と食べている間は、気持ち悪さが消えてくれるから不思議だ。
少しでも不快感から解消されたいがために食べる速度は自然とゆっくりになる。
いつもより時間をかけて食す深岬が丁度半分を食べ終えるか終えないかというくらいの頃に、自分の視界が暗くなるのを深岬は感じた。
不審に思って顔を上げると座っているテーブルの真横に立つ長身があった。
目を細めてその横に立っている人物の顔を確認する。
深岬がそれと認識するのと同時か、にこりと相手が笑みを浮かべた。
「やっぱりー」
女なら放っておかない。おくほうがどうかしていると思えるほど整った配置に目鼻立ちの男。
見まごうことなき、何故か自分に懐いている津田 旭その人だった。
「あんひゃ…ひゃにひへんの?」
うどんの麺を口に入れたまましゃべる深岬の声は何を言っているか全く判別できない。
津田も同じだったようで、くすくす笑いながら深岬に言う。
「深岬ちゃん。何言ってるかわかんなーい」
その指摘に、「そりゃそうだわ」と納得して急いで口の中のものを咀嚼して飲み込む。
ごくりと嚥下した後、水を飲みながらもう一度傍にたっている男に確認する。
「あんた何してんの?」
「そーゆー深岬ちゃんこそ何してんの?」
「見てわかるでしょ?朝ご飯食べてるのよ」
「うん。わかる」
「わかるなら聞くな」
「だからー、授業始まってるのに何でこんなところで悠長にうどんなんか食べてるのかなぁって思ったんじゃん」
深岬のそっけない態度はいつものことだが、答えが自分の期待したものと違ったようでむぅっと眉間に皺を寄せて再度問う津田。
「その質問そっくりそのままあんたに返すわ。あんたこそ、何で授業始まってるのにここにいるわけ?」
「だって、遠くから見たら深岬ちゃんに似た人がいると思ったんだもん」
「それだけ?」
「それだけー」
えへへと笑ってみせる姿は、いつも思うのだが大型犬を彷彿とさせる。
「授業出てなさいよ」
「えー。深岬ちゃんいないのにぃ?」
「私のためにノート取っておいて。それで、私に貸せ」
何でそこに自分の名前が出てくるのかわからない深岬は、内心げっそりしたように思いながら津田に横柄な口調で言う。
別段、気分を害した様子を見せることもなく―寧ろ、にこにこと笑顔のまま津田が答える。
「大丈夫大丈夫何とかなるって」
「…何その自信」
呆れたように言いながら、津田から視線を外して中断していた食事を再開する。
津田は、深岬の向かい側の席に座ると黙ったまま深岬がうどんを食べるのを待っている。
見られながらの食事は居心地が悪い。
「何?」
「見てるだけー」
という答えに、昔そんなCMがあったなぁとどうでもいいことを思い出す。
そして、すぐにそんなことを思い出している場合かと自分で自分に突っ込みを入れてみる。
「あのさぁ。待ってなくていいから授業行ったら?」
「んーん。深岬ちゃん待ってる」
「だから待ってなくていいって」
「いいから、いいから」
どこがいいのかと思うものの、深岬に対してだけだがぼけぼけした喋りや外面に似合わない意外に頑固な面が目の前の男にはあるのを知っているだけに深岬はそれ以上言うのをやめた。
ただ、津田が待っているからといって食事のスピードをあげるかと言えばそんなことはない。
津田が現れる前と同じスピードで平らげていく。
その遅すぎるスピードにも津田は何も言わずに時折深岬に話かけながら、大人しく待っている。
全く持って津田という人間が未だによく分からない深岬だった。
後、少しで食べ終わるというところだった。
「旅行どうだったの?」
と津田に聞かれたのは…。
思わず深岬の動きがぴたりと止まってしまったのを津田は見逃さなかった。
「何かあったの?」
目ざとい男は、知らない振りなどしてくれる訳もなくずぼっと深岬の踏み入られたくないところまで踏み込んでくる。
思わず天を仰ぎたくなる。
上目遣いに津田の顔を確認すると興味津々という表情でこちらを見ている。
見た後に、「うわっ」と思ってしまう深岬だった。
聞かなかった振りをできたらどれだけ良かっただろうか。
しかし、深岬がそれを実行するには些かタイミングを逸していた。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック
Post your Comment