しばらく他愛もない雑談を繰り返していた深岬と坂上だった。
坂上の話を聞いている限りでは、最近の自分の付き合いの悪さを暗に責められているようで居心地の悪さを感じ始めていた。
「うー、まだかぁ?」
そこへ、まるで助けが入ったかのように寝起きのどこか惚けた掠れた声が聞こえてくる。
「あ、起きました?」
後部座席から聞こえてきた声にバックミラー越しに坂上が確認しながら苦笑する。
助手席と運転席の間から顔を出す福田。
「今どこ?」
「あと、少しです。もう二日酔いいいんですか?」
「んー、大丈夫っぽい。これで飲める」
満足そうに言う福田にまだ飲む気かと脱帽する深岬に対し、坂上が笑いながら言う。
「福田さんなら2日酔いでも飲むでしょ。迎え酒ーとかいいながら」
「正解ー」
坂上の答えにおどけた調子でいいながら、2人で声をあげて汚く笑う。
―何だこの人たちは…。
とばかりに冷ややかな視線送る深岬だった。
そんな深岬の視線に気づいたのが、福田が深岬の方に顔を向けると半笑いで言う。
「いやだー。退かないでよ。オジサン傷ついちゃう」
「じゃあそのまま傷ついててください」
「いや。アレだね。深岬ちゃんはSだね。Mのオジサンにはたまらんね」
「福田さん。もっと退いてます」
坂上の指摘にも楽しそうに声をあげて笑うだけ。まだ酔っているのかと言いたくなる。
これが先輩でなかったら間違いなく言っていただろうに―。
しかし、福田はころっと顔つきを変えると深岬から今度は前を向く。
「後どんくらい?」
「もう、すぐじゃないですかね?」
おどけてたかと思うと急に真面目な顔をして坂上と会話をする。
そして、真面目になったかと思えば急にふざけたようなことを言い出すのだ。
それが福田という男の面白さでもあり、坂上も懐いているのかもしれない。
「うおぉぉ!牡蠣が俺を呼んでるー!」
狭い車内、それも近くで叫ばれては五月蝿いというもの。
思わず顔を顰めた深岬に楽しそうに笑う坂上。
「別に牡蠣だけじゃないでしょ」
「いーや。俺は牡蠣を目当てにきたんだ。牡蠣牡蠣牡蠣。腹壊すほど食いたいね」
「酒もあるらしですよ」
「うっほー。牡蠣、酒。牡蠣、酒」
ますますテンションの上がる福田。
しかし、ぴたりとその声は止まってしまったので、深岬はどうしたのかと横にあるはずの福田の顔を探すと運転席のシートに身体をもたれさせながら力無い声で呟くように言う。
「…叫びすぎて……腹減った」
流石にこれには笑わずにはいられなかった。
「坂上、飛ばして急いでくれや。俺の腹の緊急事態」
「そのまま緊急事態でいてください」
「そんな冷たいこと言うなよー。お前もSか」
「その、人をSかMかで括るの止めましょうよ」
「いんや。止めない。俺はやめないぞー。それよりも急げー」
「無茶言わないでください」
「何て薄情なヤツなんだ」
「腹空かしてた方が旨さ倍増ですよ」
「それは、そうだな。よし、ゆっくり行けー」
失礼だとはわかっているが、バカだとしか思えなかった。
笑いを必死に噛み殺していると福田の視線が深岬に向く。
「深岬ちゃん、どうしたんだ?」
「いや、福田さんのせいでしょ」
「俺が何をした?」
本人は、全く自分の言動というものを理解していない。
「まぁ、いいでしょ。そっとしておいてあげてください。それが、親切というものです」
「ん?それもそうか?それで、牡蠣のほかに何があるんだ?」
牡蠣牡蠣と五月蝿いくらいに連呼していたのは自分なのに、彼の中では数分前のことすら抜けているらしい。
福田という男に慣れている坂上ですら、苦笑を浮べている。
「海鮮ものなら何でもうまいっすよ」
「その言い方だと前にも行ったことがあるような言い方だな」
「あー、今から行くところ俺が前に彼女と旅行したときに行ったんですよね。それを雪子たちの前で話したら行きたいって言われてじゃあ旅行でも企画して行くかってことになったんですよ」
坂上にしてみれば、聞かれたから経緯を答えただけに過ぎないのだろう。
しかし、深岬は彼の口からでてきた“彼女”という単語に動揺を隠せなかった。
動揺というのは大袈裟かもしれないのだが、とりあえず平静を装ってはみるものの内心穏やかではなかった。
そんな深岬の様子に坂上も福田も気づくことなく会話を続けていく。
「お前…それ本当に彼女かぁ?」
怪しむような福田の顔には、下卑た笑みが浮かんでいる。
一方、聞かれた坂上は慌てたように早口になっていた。
「何言いだすんですか?彼女に決まってるでしょ!」
心なしか上擦っているように聞こえなくも無い。
坂上の慌てた様子を面白がってさらに続ける。
「その日だけ彼女とかじゃないのかぁ?深岬ちゃん知ってるか?コイツは本当にひどい男だよ」
後ろから伸びてきた手がぽんと深岬の左肩に触れる。
「どう、ひどいんですか?」
そう聞き返すのが今の深岬には精一杯だった。
「こいつの彼女見たことある?」
「ありますよー。凄く可愛い人ですよね」
「そう!それもおかしいんだけど…。そんな可愛い彼女がいるのに…こいつは合コン三昧だし、浮気はするし…。勿論、エッチだってしちゃうんだ。こういうのを女の敵というんだ。このろくでなしー」
もともと、色んな人から女癖が悪いという話は聞いていた。
だから、深岬からしてみれば今更なのだが…。
「ちょっとあることないこと言いふらさないでくださいよ」
「俺がいつ嘘を言った。いい加減認めたらどうだ」
「あのですね…今向かっているところは、本当に彼女と行ったところなんですって。昨日、もっかい行くって話をしたら、ずるいって言われたんですから」
「連れてこればよかったのに。可愛い子なら大歓迎だ」
「嫌ですよ」
「ケチなヤツめ」
「何とでも言って下さい。聞き飽きるくらい聞いてますから」
と坂上の口ぶりからもう何度も言われているのだということがわかる。
「何でこんな男がいいのか」
「それは、俺も思いますよー」
でれっと笑いながら答える坂上が気に入らなかったのだろう福田は後ろから坂上の頭を強く叩いた。
「痛っ」
と言いながらもどこか嬉しそうな坂上。
見ているのはつらかった。
だが、それで終わりではなかった。
「聞いてくださいよ。この前もねー……」
「何だ?」
と彼女ののろけ話をその後、目的地につくまで延々と聞かされた深岬と福田だった。
福田はヤジを入れながらも楽しんで聞いていたようだったが、深岬には到底そんな気にはなれずに気分だけがどんどんと沈んでいった。
ふと途中で坂上と福田から視線を逸らすように窓の外に目を向けた時に、窓ガラスに反射する自分の顔を見ては、我ながらひどい顔だと思った。
漸く目的地について車から降りてもとても楽しそうな表情を浮べることはできなかった。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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