知りたいと思うのは、相手のことで知らないことがあるのが嫌だから―。
知りたくないと思うのは、自分ではないほかの誰かと彼の親密さを見せられているように感じて落ち込んだり、嫌な気分になるから―。
正反対のベクトルを持った欲がせめぎあう。
いつだってそうだ。
知りたいと思って知って、後悔して。
知らないと気になって手につかなくて、知りたいと思ったり―。
「…ちゃ…、深岬ちゃん」
自分の考えにとらわれていた深岬は自分の名を強く呼ぶ坂上にはっとしたように顔をあげた。
その拍子に怪訝な顔で自分を見ている坂上の視線に気づき、引きつったような笑みを浮かべた。
「眠い?眠いなら寝てていいよ。福田さんみたいに…」
と言いながら背後に視線を向けた坂上の真似をして後部座席を振り返るといつの間に寝ていたのだろうか、鼾をかいて寝ている福田の姿がある。
「別に眠くないですよ。ちょっとぼうっとしてただけです」
「本当に?無理しなくていいよ。朝早かったんでしょ」
「早かったのは、早かったけど…運転してくれてる坂上サンに失礼だと思うし…」
それは、少しでも相手に良く見られたいがために出てきた言葉。
坂上は揶揄するようにバックミラー越しに後部座席を見る。
「だったら、福田さん大概失礼な人ってことにならね?」
「あ、いや…。そういう意味じゃなくて…」
「ま、いいけど。俺も何か話してるほうが楽しいしね。流石に2人に爆睡されちゃあ詰まんないし」
しどろもどろになる深岬を軽く笑いながらもまるで深岬の言葉をフォローするように言う坂上にドキリとする。
こういう所に弱いのだ。
自然と顔が熱くなる。幸いにも運転中の坂上の視線は前を向いていて深岬に向いて深岬を向いていないため気づかれることはなかった。
それでも誤魔化すように慌てて次の話題を探した。
「最近の飲み会ってどんな感じなんですか?」
「ん?」
深岬のぼんやりとした核の部分がつかめない質問に坂上の口から腑抜けたような声で聞き返す声が漏れる。
我ながら、何を聞いているのかと思うがそれしか思いつかなかった。
少し早口ながらも何を聞こうとしたのかを伝える。
その落ち着きのなさが髪を執拗に何度も耳に掛けなおす仕草に現れている。
「小島さんと慶子さんが揃って参加してるならなんだか雪子が凄いことになってそうな気がして」
「ああ。凄いも何もないぜ」
と答える坂上の声はどことなくげっそりとしたものだった。
「具体的には…」
知りたくなるのは、野次馬根性かそれとも友人を心配してか。
答えは半々というところだろう。
「大荒れ」
「やっぱり…」
「雪子のヤツも最初は、遠慮?っていうのもアレか…悪いと思ってるのか。小島にはそんなに近寄らずにさ他のヤツと話したりしてるんだけど、酒が入って酔ってくるともうダメだわ。理性がきれた状態っつーのかなぁ。絡み酒」
坂上の説明を聞きながら、その光景がまざまざと思い浮かんでくるようで声には出さずに心の中で「うーわー」と感嘆の声をあげた。
「慶子さんの性格だからさ、俺らの前じゃ小島の彼女ですっていう面しねぇじゃん?」
「ああ、はい。確かに…」
脳裏に浮かんでいる友人の姿を頭から追い出して、今日の旅行には参加していない上級生の姿を思い描いた。
確かに坂上の言うとおりだと頷く。
練習後に一緒に帰ったりする姿はよく見かけるが人の目があるところ即ち、自分や他の部員の前ではそれほど親密な様子を見せないのは確かだ。
それは、互いに話あった所為でそうなっているのか自然とそんな形になったのかは小島と慶子の2人にしかわからないだろう。
でもそのお陰か、練習や部活の中では2人の関係が少なくとも悪影響を与えている様子はない。
だからこそ雪子も平静を保っているように見られるのかもしれない。
「だから、雪子も調子にのっちまうんだよなぁ」
「そんなに凄いんですか?」
「べったり」
「ハハっ…」
自然と乾いた笑いが零れる。
しかし、それも長くは続かなかった。
「トイレにいくのも一苦労だってリョウちゃん嘆いてたし」
そこまで酷いのかと絶句した。
運転する坂上の顔を食い入るように見つめる。
「ヒドイだろ?」
「それで、慶子さん何も言わないんですか?」
「慶子さんはさー。仕方ないって言ってるけど、結構リョウちゃん2人になったときに言われてるみたいでさー」
そりゃあ、彼氏がいくら酔っているとはいえ違う女にべったりと纏わりつかれている姿を見るのは彼女としてはさぞかし嫌だろうと深岬も思う。
逆にそんなのを見せられて何も思わない寛容な彼女がいるのならそれこそ紹介してもらいたいくらいだ。
「今日だってさ。リョウちゃん来たがってたんだけどさ…。当然、リョウちゃんきたら慶子さんが来るし、仮に慶子さんが来なかったとしても今の雪子じゃあなって、止めとくって適当な理由つけて断ってたみたいだぜ」
そんな話を聞かされた後では、こなくて正解だと思わざるを得ないだろう。
「慶子さんとリョウちゃんも何時まで持つかなぁ」
とぼやくように言うのは、誰しもが思う疑問だ。
深岬も声にこそ出さなかったが、頷くことで答えた。
「しかも最近、リョウちゃんと望がやたら仲いいしなぁ」
「え?」
予想外の言葉に思わず大きな声をあげて反応してしまう深岬。
「なんかあれ…望がって言うより、リョウちゃんが気に入ってあれこれちょっかいかけてるっぽいしなぁ」
丁度信号が赤になったためハンドルに乗り上げるように身体を前に倒しながら、目の前の横断歩道を渡る人を視線で追いかけながら何気なく口にする。
深岬自身、坂上ばかりに目がいく状態だから小島の様子など気にしたこともなかった。
それ以前に、見目のいい男だが言葉を交わすこともほとんどない。それでも他の一年生に比べると雪子と親しいということもあり、格段に多いのだが、深岬は小島と一緒にいると何となく居心地の悪さというようなものを感じてしまう。
何を考えているのかわからないという節もある。
だからこそ、雪子にしろ慶子にしろ小島の見目以外にどこがいいのか分からないのだ。
「そんなの余計に雪子が荒れるじゃないですか。それに、慶子さんもあんまりいい気しないと思うんですけど…」
「そうなんだよなぁ。リョウちゃんも気づけっつーんだよなぁ」
溜息とともに坂上が言うのと同時に、信号が赤から青へと変わったので、身体を起こして車を走らせる。
「一回、見てみてよ。凄いから…。凄いっつーか、凄惨?」
「聞いただけで想像できるからいいです。どうせ、雪子の処理を私にさせる気でしょ?」
「あたりー」
悪びれることなくにっと犬歯を見せて笑う。
恐らく今は坂上が被害を被っているのだろうと深岬には想像がつく。
「最近、理恵が忙しいみたいであんまり飲み会こねぇから必然的に俺が雪子の面倒見なきゃなんないわけよ?わかる。この飲みたいのに飲めない辛さ」
「それを私にやれってことでしょ?」
坂上の口から出た雪子や坂上と同じ学年で雪子と特に親しくしている上級生の顔を思い出しながら、横目で坂上の顔を確認すると相手は、苦笑を浮べた。
「いいじゃん?ま、それもあるけど…深岬ちゃんと飲みたいわけよ」
「…」
ここでこの台詞は卑怯だろうと思った。
そんなことを言われた日には、冷静さを欠いても仕方ない。
自然と気分が浮上していくのがわかる。
「最近、飲み会にも来てくれないからさ…。まぁ、リョウちゃんと雪子があんなんだから4月頃にしてたような飲み会は無理だけどさ…」
「…あ、はぁ。機会があったら…でも、私が行っても行かなくても別に変わらないですよ。」
物凄く嬉しいのに、深岬の性格も災いしてか口から出てきたのはそんなつれない台詞だった。
しかし、表情は明らかに言葉とは違っていた。
それを坂上が見ていたかどうかは定かではないが…。
「そんなことないって…」
「とか言って望や麻美の方がいいんじゃないですか?」
口にした後に、これではまるで2人に嫉妬しているみたいではないかと思い至る。いや、間違いなく嫉妬をしているのだが…。
しまったと思いながら横を確認するが相手は別に変わった様子は見せなくてほっとした深岬だった。
「深岬ちゃんも一緒だよ?」
ほっとした深岬だったが、その後の坂上の台詞に気にはかけてもらっていると思いつつも彼女達と同列であることにショックを感じずにはいられなかった。
そして、わかっているのだ。
望や麻美と同列に並べるような台詞を吐いておきながら、決して同列ではないことを―。
その証拠に坂上から特別に連絡が来るようなことは滅多にないのだから……。
その場凌ぎの言葉笑みを浮べてはみるものの、きちんと笑えていたかどうかはわからない。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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