更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(79)
車の急ブレーキ音は、辺りに大きく響いていた。
その騒音に気づいて、何事かと不審に思い、外に出てきた者たちは、道路沿いに佇んで見物人と化していた。
ざわめく人の声と衣擦れの音に混じって、自分へと近づいてくる重い足取りの足音が耳に入ってくるのを一哉は車外から引きずり下ろした男を片手で締め上げながら感じた。
重みは違えどその足音の持ち主が誰かは、聞きなれた足音に見なくても分かっていた。
それに合わせるようについてくる小さな足音も。
彼らは一哉のすぐ側までくると、ぴたりと足を止めた。
次に聞こえてきたのは、ひどく力の無い声だった。焦燥と疑念にかられた男のもの―。
「あんた。何がしたかったんだ…」
一哉によって締め上げられていた男は、その伊達の問いに応えることなどできずに苦悶の声を漏らすだけだった。
ふっと手を緩めると一哉は、背後を振り返り、厳しい顔をしたまま伊達を振り返った。
ゆっくりとした動作で地面に放り捨てた男に背を向けると伊達に近づき、ぽんと肩を叩いて、彼の耳に口を近づけささやくように命じる。
「お前が、この男を見張っておけ」
とだけ命じ、一哉は伊達の傍らに立ち、伊達の手を不安気に握る怜迩の前に立ち、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「怜迩様、お怪我はありませんか?」
問われた怜迩は、きょとんとしたままの目で一哉を見ると、一瞬の間を置いて、こっくりと頷いてみせた。
「…うん。伊達がきてくれたから大丈夫」
「それは、良かったです。さぁ、帰りましょうか?」
「…うん」
不安感を抱かせないようにとの一哉の笑みかもしれないが、相手に拒絶や疑問を抱かせることを良しとしない雰囲気を持っていた。
幼い怜迩は、ひとつの疑問を持つこともなく、一哉の言葉に大人しく従うだけだった。
とはいえ、怜迩とて、緊迫した空気はその体で感じ取っていたのだ。
ただ、ここに自分は不要な人間だと悟っていたから、余計なことを言わなかっただけのこと―。
遠ざかる2つの足音を耳にしながら、伊達はゆっくりと呻き声を上げる男に近づいた。
恐ろしいほどに矮小な男に見える、それ。
自分の知る男とは思えなかった。
―だが、自分の知る男であるのに間違いはなかった。
ただ、佇んで男を見下ろしていた伊達だった。
というよりも、困惑が彼の中で大きく占めていて、どうしていいのかわからないという所が正しい答えだったのかもしれない。
「だ…伊達」
やがて、痛みが落ち着いてきたのだろう負傷していた男―山崎が苦しげな声で、伊達の名を口にした。
その呼びかけにはっとしたように目を開き、伊達はぼんやりと山崎を見つつも虚空をみていた瞳の焦点を男に合わせた。
「た、頼む。見逃せ…」
山崎の懇願に伊達の瞳はさらに見開かれ、今にも瞳が零れ落ちそうなほどだった。
信じられないものを見るかのように尚、無様なことを口にする男を見続けた。
頭の中で何もまとまってなどいないのに、何かを告げようとして開いた口は言葉を紡げるはずもなく、喉の奥で空気だけが空回りしていた。
「…あ、あんた…」
「頼むっ!あ、あの男は、草壁だろう。あいつに目を付けられて無事でいられた人間はいない…。俺は、まだっ」
姿勢を正して、地面に額を擦り付ける男のなんと無様なことか―。
思わず目を覆いたくなる。
だが、現実は無情だ。
今、伊達の目に映るものが何を差し置いても、彼の現実でしかないのだ。
伊達の中にいる過去の男の姿は、もうここにはいなかった。
気づけば伊達は、今の今まで微動だにすることなかった足を振り上げて男の顔を蹴り飛ばしていた。
人の肉を蹴る不快な感触と鈍い音が、辺りに響く。
見物人と化していた人間達の、息を飲む音が彼の聴覚を刺激する。
「…だ、…伊達。頼む…」
それでも、男の懇願の声がやむことはなかった。
「黙れ」
伊達自身、思っても見なかったほど冷え冷えとした声が口から出た。
愕然とした表情で自分を見てくる男に侮蔑の眼差しを向ける。
「遅いんだよ。あんたは、あの人にケンカを売ったんだ」
ケンカなどという可愛いものではなかったが、既にハレーションを起こした伊達の頭では、ぴったりと当てはまる言葉など他に思いもつかなかった。
もう目の前の男が、自分の記憶の中にある男ではないと思えるようになっていた。
無様すぎる男の醜態を目にして――。
「俺に懇願するよりも五体満足で帰れるかどうか心配してろ」
「…お前…」
「俺のクライアントは、草壁 一哉あの人だ。クライアントの命令は絶対。俺達の仕事はそういうもんだ。友人、先輩、後輩そんなもの関係ない。そう、俺に教えたのは、あんただろ」
いつかの時分に己が告げた言葉を数年後、告げた相手からそっくりそのまま返されるなど誰が予想していただろうか。
落ち着いた、いや、落ち着きすぎていて不気味な印象さえ与えるほどの抑揚の無い声で伊達は告げる。
「覚悟しておいた方がいい。あの人は噂に違わぬ怖い人だ―。あんたのクライアントの洗いざらい吐くまで許して貰えない。それだけで済めば安い方だ。失敗に終わったが、あんたは水原の家の者を狙ったんだ」
他人から口にされてその恐ろしさに気づくことはままあることだ。
まさに男が今、そうだった。
自分の行動の及ぼす範囲まで見えていなかった。
急に一哉の存在だけでなく、その背後にある力の恐ろしさを自覚した男の体はぶるぶると震えだした。
水原の家の者に手を出したということは、水原に連なるものを全て敵に回したことになる。
このまま、見逃してもらえるわけも、その後、のうのうと暮らしていけるはずもないということくらい男の動転した頭でもたやすく試算が出来た。
一哉が戻ってきた時が、地獄の始まりだ。
震えの止まらぬ体で、伊達を見た山崎は、今、この状況ならば逃げるチャンスはあるかと視線を右へ左へと走らせた。
視線の定まらぬ男を怪訝な瞳で見据えつつ伊達は、一哉が戻ってくるのを待った。
どれくらいそうしていたであろうか―。
突如として男がふらりと立ち上がる。
伊達は、まさか立ち上がるとは思っても見なかったので、一瞬、虚を吐かれたようになり、反応が出遅れた。
「なっ!!」
その隙をついて、山崎は伊達の横を走り抜けようとした。
しかし、既に痛めつけられた体では、全力で走ることもできずに、すぐに伸びてきた伊達の手によって引き戻されるだけに終わった。
横をすり抜けるようにして走り出した山崎に伊達は、反射的に手を思いっきり伸ばして引き寄せた。
後、一瞬遅れていたら逃していたところだったかもしれないが、何とか後ろ襟を掴んで自分に引き戻すことができた。
力一杯引き寄せたために、地面に音を立てて転がったが、既にいくつも傷を負っている山崎だ。問題はないだろう。
「あんた。どこまで、醜態さらせば気が済むんだ!」
地面に這い蹲り、痛みに呻く男に向かって、恫喝した。
プライドも何もない男に向けて―。
なりふり構っていられない相手が聞いているとは思えなかったが、それでも伊達は口にせずにはいられなかった。
「いい加減、諦めろよ…」
その後に続いた声は、打って変わって今にも泣きそうな声だった。
がっくりと項垂れた山崎は、肩を震わせた―。
そんな2人のもとに、くすくすと笑う男の声が聞こえてきたのは直後のことだった。
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