更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(9)
「ちょっと!綾さん、どうしたんですかっ!?」
後ろから慌てたような男の声が聞こえた。
だが、綾は、振り替えらなかった。
「やっぱり、自分で帰りますっ」
と少し大きな声で答えると走る足の速さを加速させてその場所へと向かった。
今までにない位に、走るということに力を注いだ。
それでも、もっと早く走れなかったのかという錯覚を抱いた。
往々にして、人は見誤る。
自分の力を図り間違えてくれる。
それは、自分からしてみれば好都合なことこの上ない。
丁度いいストレス発散にもなる。
一体、いつからこんなことに興じていただろうか。
見た目のひょろ長い着やせする体は、ただでさえ肉付きの薄い自分の体をさらに細くみせる。
また、記憶に残っていないがおそらく母譲りである甘い顔立ちは、その貧弱さにさらに花を添える結果となる。
その所為で、こういった手合いの輩には事欠かなかった。
夜の街を歩いていれば、自然と囲まれることが多い。
通りを行きかう人間は、明らかに己の窮地に気づいていながら決して手を差し伸べるということはしない。
傍観者に徹するのだ。
それは、いい。
それこそが人間の本質。
困っているものを見てどこかで安心するのだ。自分は幸福だと。
そのことをよく知っている。
これまで、身をもって経験してきているのだから…。
ざっと数人に回りを囲まれた時、「またか…」と一哉は思った。
それほどまでに自分の相貌は、貧弱に、カモにしやすく見えるのか…とも思う。
にやりと笑った相手の顔を即座に殴りつけてもいいのだが―。
ぐるりと視線を自分囲む男達に向ける。
人相は悪い。
そりゃあ、誰だって避けたくなるというもの。
体つきもがっしりしているのが多い。
腕に覚えがある者達かもしれないと思った。
だからと言って身構えることはしない。
もう少し、人数を増やしてもらわないとやりがいというものが全くと言っていいほどない。それでも、まぁいいかと考える。
自分に絡んできたのだ。それ相応の覚悟をしてもらおう。
少し俯けた一哉に、周りは彼が怯えているようだと勘違いしたようで、方々から嘲るような笑みがこぼれる。
下を向いたまま一哉は眦を吊り上げ、片頬の筋肉を持ち上げてわざと笑みを零した。
一哉の様子に、彼の周りを囲っていた男達が気づき、一哉が笑っているのを見て気色ばむ。
「んだぁ?てめえ」
ぐいっと大きな手で乱暴に服の襟を掴まれる。
その拍子に、体が揺さぶられるが一哉の顔色に変化はなかった。
それどころか……。
「離せ」
と言った一哉に男達が虚を突かれたような顔になった。
一瞬呆けたような顔をするが、一哉の言葉を理解するやいなや、顔を真っ赤にして怒り出す。
予想にたがわない単細胞ぶりに一哉は、笑みを深く刻んだ。
「てめえ、なめてると…」
「痛い目見るって?それは、こっちの台詞だ。バカ共。つるむしか能がないサル以下だな」
相手の自尊心を傷つけるような言葉をわざと並べてみせる。
最後に、ふっと鼻で笑ってやれば、それで終了。
伸びてきた拳を軽く手でパシッと受け止めてやると男は驚いたような顔をして一哉を見てくる。
一哉は、男の拳を手で受け止めながらも、冷静に男の力を分析していた。
何だ。この程度か…。つまらない。
そう評した。
「ここは、往来のジャマになる。場所移せよ」
と命じてやるが、当然聞く耳など持つはずも無い。
そんなこと分かっていた。
「恥を掻くのはお前らだけど」
煽るように言ってやれば、ますます頭に血を上らせた男達が掴みかかってくる。
それをひらりと交わしながら、一哉は場所を移動する。
どこで誰の目があるともわからない場所でやるのは、避けたかった。見つかれば――。
走り始めた一哉に、男達は逃げ出したと思い後を追う。
一哉は走りながら、男達が追ってくるのを確認すると小さく「バカめ」と呟いて路地に入る。
少し、大通りに近い気もしたが、まあいいだろうと及第点を与え、その場で男達が近づいてくるのを待った。
さて、今日は何分で片がつくか…。
腕に嵌められた腕時計で時間を確認しているとばたばたっという足音が聞こえてくる。
腕時計から顔を上げて、現れた男達を見ては、にやりと酷薄な笑みを浮かべた。
「覚悟はできてんだろうなぁ」
「覚悟がいるのは、お前達だろ?ごたごた言ってねぇで、とっととこいよ。面倒くせ」
顔に似合わない乱暴な言葉遣いで言うと小さく笑いながら流し目を送るようにして男達から視線を外した。
邪魔になりそうだったシャツをその場に脱ぎ捨てる。
「ガキが調子のってんじゃねぇっ!」
向かってくる男達を適当に交わしながら、偶に足を振り上げて蹴り飛ばしたり、拳を胴体にもぐりこませる。
相手の動きは決して一哉には当たらない。
一哉からしてみれば、男達の動きは止まって見えて、全てが隙だらけだった。
日ごろから鍛えられているものと鍛えられていないものの差。
それでも今日の相手は、物足りなかった。
汗ひとつかかない。
普段から、武術・体術をやらされている一哉は、稽古と称してここぞとばかりに暴力的になり、加減など知らない彼らを相手にしているだけに、強すぎたのかもしれない。
結局、見掛け倒しか…と思いながら、向かってくる相手を笑いながら交わして適度に力を加減しながら腕を振り上げたりという行為を繰り返していた一哉だったが、いい加減飽きてきたので、そろそろ切り上げるかと考えていた時だった。
「一哉っ!」
甲高いヒステリックな声がしたと思ったらぐいっと腕を引っ張られる。
そして、そのままもの凄い力で引っ張られた。
バランスを崩しながらも自分の腕を引っ張った相手を確認しようと身体の向きを変える。
引っ張られるようにして、自分の腕を引いて走る彼女の後を追う形になった。
最初、自分の腕を掴んだ相手の後姿を見たとき、目を見開いた。
今日、一番の驚きだったかもしれない。
何故、ここに…。
という疑念よりも、一哉は心の中で…。
見られた。
即座にそう思った。
後方を振り返ると何か遠吠えのようなものが聞こえたが、あの様子では追ってくることすらしないだろう。
綾は、ひたすら少年の腕を掴んだまま走った。
だから、彼の身体が硬直したことに気づかなかった。
すでに現場に向かうまでに全速力で走ったのだから、彼の腕を捕まえたときにはすでに息が上がっていたのだが、それでも丁度大通りに面した位置に立っていた少年の名前を呼び、腕を掴んで、そのまま走った。
もう既に疲れていたはずなのに、足は不思議と軽やかに動いた。
決して離すまいとぎゅっと腕を掴んだまま走った。
どれくらい走ったのだろうか。
どこに向かうのか考えもせずに走った。
自分がどの位置にいるのかもあまり把握していなかった。頭は、真っ白だった。
しかし、ぴたりと止まった相手に釣られるようにして、綾の足も止まる。
不審に思った綾が後ろを振り返るといつもとは、全く違う少年の顔があった。
その表情は、穏やかや甘さなどは一切抜け落ちていて……。
そう例えるなら、氷のような冷たく暗い表情だった。
何も写さないような冷めた視線の奥は、暗く陰湿で翳りが見える。そんな目で綾を見る。
纏うオーラも異質だった。
そんな視線、表情、全く見覚えがなかった。
いつも…。自分がどんな我侭を言ったって、無理難題を押し付けたって笑いながら従順に従っていた彼ではなかった。
自分を睨みつけることなど決してなかったのに…。
確かに彼なのに、全くの別人に見える。
こんな人物は、知らない。
身が竦む。
己を睨みつける相手の顔を食い入るように見つめながら綾は、一歩後ろに下がった。
目が逸らせなかった。
聞きたいこと、言いたいことは沢山あった。
何で喧嘩などしていたのか?
何故こんなところをうろついているのか…?
ぐるぐると頭の中でいろんな言葉が巡る。
「か…ずや、こんなところで何をしてるの?」
やっと出てきたのは、明らかにうろたえた声だった。
だが、一哉からの返事は、嘲笑のようなものだった。
彼は、一回ふんっと鼻で笑った。
綾は目を見開いて一哉を見返した。
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