更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(7)
遅れて一哉が屋敷の中に入ると常駐の使用人の1人が「あちらです」とある部屋を指し示した。
軽く会釈をして「ありがとうございます」と言ってから部屋に入ると遅れて入ってきた一哉を咎めるような視線が一気に自分の身に集中するのを感じた。
恥ずかしくもその雰囲気に飲まれそうになるのを一哉は、感じた。
「遅くなり、大変申し訳ありません」
頭を深く下げる。
顔をあげると綾の父親でもあり、この屋敷の主でもある男が手招きをするので、彼の近くに足を進める。
彼の向かい側には、兄と同じかそれより若いだろう男が立っている。
その横には、綾がつまらなさそうな顔をして立っていた。
それだけで、一哉は、自分が今日屋敷に呼ばれた理由が何であるか何となくわかった。
「この子ですよ。ご安心いただけたかな?」
「草壁と申します。よろしくお願い致します」
主の言葉の後、一哉が名前を名乗ると男は尊大な態度でふんと鼻息を荒く噴出した。
なるほど…。
権力の上に胡坐を掻くようなタイプか……。
と一哉は即座に男を判断した。
そして、次に来る台詞も容易に想像できた。
「大事な婚約者をこんな貧弱な子どもに任せられるものですか」
「そう仰らずに、一通りの武道は仕込まれているし、若いとは言え、草壁の出身だから、その点に関しては充分かと私は思って彼を綾に付けたんだが…」
「ですが…」
婚約者の父親に諌められて勢いはなくしたものの、まだ言い足りない様子だった。
この調子だと一哉が問題なのではない。
どうしても、綾を男のいない女子高に放りこみたいというところか。あるいは、結婚の時期を早めたいというところか…。
恐らく後者だろうと一哉は男の様子から悟った。
馬鹿馬鹿しい。
一哉は、伏せた瞳の奥で侮蔑の眼差しを男に向けた。
その後も、何だかんだで難癖をつけていた男だったが、最終的に宥められるようにして納得したようだった。
それでも不満だったのか、帰り際に一哉の横を通りすぎるときに低い声で脅していった。
「綾さんにもしものことがあったら、僕がお前を殺してやる」
一哉は、男の言葉を聞かされた時、鼻で笑いそうになるのを堪えた。
できもしないのに…よく言う。
去って行く男に向かって頭を下げながら、床に向けた顔は笑っていた。
恐らく男が一哉が影で笑っていると知ろうものなら怒り狂ったかもしれない。
幸いにも男は、気づかぬまま去っていった。
授業が延長したために、少し遅れて一哉が自分の在籍する中等部の校舎から、綾のいる高等部の校舎に向かう。
綾のいるだろう―否、休み時間になるとどこかへと姿を消す彼女のことだから、いることは滅多にないのだが…その教室に向かう。
今日は、珍しく教室にいた。
というよりも一哉を待っていたようだった。
「遅いわよ」
一哉の姿を見つけるなり、駆け寄ってきて開口一番に言う。
「申し訳ありません。…ですが、よろしいのですか?」
「何が?」
「いつもなら…」
男とどこかへ消えるだろう?という言葉は濁した。
すると綾は何でもないことのように頷く。
「別にいいのよ。ただの暇つぶしだから…それより、昨日のこと謝りたくて」
「昨日のこと?」
首を傾げながら聞き返した一哉に綾は大きく頷いた。
別に今、言わなくていいだろうと思ったことは口には出さなかった。
余計なことを言うと身を滅ぼす結果になりかねない。
一番の得策は、口を噤んでにこにこ笑っていればいい。
だから、この時も一哉はそうしていた。
綾の言う昨日のことというのが、何なのか…。
「ごめんなさい。堺さんが変なこと言って」
と綾が語りだした途端に、そっちか…と一哉は思った。
落胆に近かったと言ってもいい。
そんなこと別に謝ることではないだろう。
寧ろ、謝って欲しかったのはずかずかと土足で自分の過去に入りこんできたこと―。
だが、このお嬢様は気づかないようだった。
まぁ、気づくはずもないだろうとは思っていたが…。
「いいえ。堺様のご心配は尤もですから。気にしておりません」
「何もあんなこと言う必要ないわよね」
婚約者である綾にこんな風に言われていたのなら男も報われないな…と思いつつ綾を見やる。
不満そうに頬を膨らませている。
一哉は、適当に相槌を打ちながら、綾の言葉を聞き流していた。
聞くに値しないと思ったから――。
ただ、彼女は満足したようで。
妙にすっきりとした顔で、「もうすぐ授業始まるから帰ったら?」と言われたので、一哉も頷きその場を後にした。
教室に入っていく彼女の姿を確認した後、廊下を歩いていると一哉は、急に手を引っ張られ、人のいない静かな教室内に連れ込まれる。
誰だ?と思って顔を向けると……。
そこに居たのは、綾の友人と認識している女子生徒だった。
彼女は、一哉と目が合うと薄く笑いかけて、一哉に口付けを落とす。
黙ったまま、一哉はそれを受け入れる。
「どうしたんですか?」
「今日の帰り。一緒に帰りましょ」
「…お嬢様をお送りした後でよければ…」
「いいわ。待ってる」
とだけ言うと教室を飛び出していった。
誰もいなくなった教室で、一哉はふんと軽く鼻で笑った。
それからは、特にこれと言ったこともなく時間だけが過ぎていった。
綾は、相変わらず我侭三昧。
一哉は、綾の我侭を嫌な顔一つせず、受け入れる。
学校にいる間だけの、守られるものと守るもの。
一歩外に出たら一切の干渉はしない。
偶に、綾の婚約者である堺から嫌味のようなものを言われたところで、一哉は全く堪える様子もない。
ただ日々が過ぎていく。
2人が出会った秋から冬へ。
そして冬から春へ…。
綾は、二年生に進級し、一哉も同じように3年生に進級。
時が経てばそれだけ、綾の自由な時間も着実に減っていった。
残り2年弱。
春から初夏へと季節は、変わろうとしていた…。
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