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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0209
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2008

0519

Vizard (50)



2人は、無言だった。
気だるさを感じつつ、横たえていた体を起こす。
これで、2度目になる経験。
最初のときに比べて、遥かに体は楽だった。
以前のような高揚感も満足感もなかった。
ただ、嫌悪感だけは大きかった。
事後の言いようの知れない寂しさと孤独感は訪れなかった。
自分に背を向けた男の背中を暗い瞳で睨みつけた。

そこに先ほどまで肌を重ねていた2人の男女の甘い雰囲気などなかった。
情事の後、必要以上に構おうとした男の手を払いのけたのは、女の方だった。
彼女の必要以上に触るなと言わんばかりの態度に男は、不快そうに眉間に皺を寄せて背を向けた。
背を向けた男に女は辛らつな言葉を吐き捨てるように投げつけた。



「下手くそ」



背を向けたまま、男は目を見開いた。
何か聞き間違えたかと思い、ゆっくりと振り返った。振り返った先にあった彼女は、暗く淀んだ瞳を湛え、睨みつけていた。
呆けた顔で自分を見つめる男に彼女は、先ほどよりもはっきりとそして大きな声で告げる。

「下手くそって言ったのよ。耳まで遠いのかしら?」

ふんっと鼻で笑うと顔を男から背けた。

男は、言われた直後は、2度同じ言葉を繰り返されたにも関わらず、言葉を失い、何も考えることができなかった。
下手という言葉は、誰か別に比較対象がいなければ出てこない言葉であろう。
うまく働かず、鈍い頭でやっと理解したのはそんなことだった。


堺が分かったのは、自分が罵られたことと綾が自分以外の誰かと同じ行為の経験があるということだけ――

綾との結婚が決まってから結婚するまでの間の婚約中の期間に、一度だけ焦ってことに及ぼうとした経験がある堺だったが、その時のことは鮮明に覚えている。
明らかにその時には、不慣れで怯えていたはずだ。
そして、彼から逃げるように去っていったのを覚えている。
少なくともその時は、未経験のことに遭遇して怯えていたはずだ。
今の綾は、もうすでにその時の面影一つ残していない。
推測できることは、その時から今日に至るまでに自分以外の男の存在があったということだ。
自分以外の誰か――

背を向けたままベッドを降りようとした綾の肩を掴む。
ぴくりと大きく揺れた綾だったが、その手をばしっとなぎ払った。
振り向き様に、強い眼差しで睨みつける。

「馬鹿な男。お父様が選んだ人じゃなければ、誰があんたなんかに抱かれたいと思うものですか。おめでたい頭ね。私が初めてだとでも思ったのかしら?」

なぎ払われた手と綾の台詞に堺は憤慨し、彼の顔は見る見る間に紅潮した。
宙に浮いたままになった手をぎゅっと握り、拳を震わせる。
くすくすという笑い声が、堺の鼓膜を刺激する。
それは不快以外の何物でもない。

「綾…」
「軽々しく呼ばないでくれる?」

堺の口から己の名が紡がれた瞬間に、綾は声を荒げた。

「誰だ…」

ぎりっと奥歯を摺りあわせて聞く男の声は、喉の奥でくぐもったような声になった。
ふんと鼻で笑う。

「私が誰と寝ようが関係ないでしょ」
「誰だ!?」

大きな声に音を伝える空気が、音が触れる鼓膜がびりびりと振動を伝える。
思わず眉を潜めた。
肩を掴まれて強引に、堺の方へ向けさせられるとがくがくと体を揺さぶられる。
脳髄を揺さぶられる感覚は、それが長くなれば長くなるほど不快感が増していく。

「…めて…」
「誰だ!誰だ!?」

馬鹿の一つ覚えのように声を張り上げ問う男の耳には、かぼそく、揺さぶられていることで言葉もうまく音として伝わらず静止を願う声は届かなかった。
いつまで経っても離れる気配のない力に、腕を振り上げて掴まれた手を離しながら声をあげた。

「は…、離してって言ってるでしょ!」

バシッと手を払いのけ即座に男から距離を取った。
床に落ちていたガウンを取り、羽織る。距離を置いた相手と対峙する。

「私の過去は私のものよ!あんたに土足で踏み込む権利なんてないわ!」
「なっ!?」

あの時間は、自分と彼だけのもの――
いや、自分だけの宝。

自分の感情に正直に生きた証。

誰にも踏み込ませはしない。
捨てもしない。
拠り所なのだ。今でも、これからも――

「お前の父親に…」

眦を吊り上げ、ぎりぎりと歯軋りをさせて男は口にする。
怒りで赤く染まった顔は、どこか間抜けに見えるのは、気のせいか。

脅迫めいた台詞だが、綾ははっと吐き捨てるように乾いた笑いを浮かべた。

「言えば?証拠でもあるの?余計なこと言ってお父様をまた、怒らせてみるのもいいんじゃないかしら?証拠もなく私を侮辱するような台詞をお父様に聞かせるのだから、今度こそこの家を追い出されることを覚悟することね。…とくれば社交界で、堺家はいい恥さらしね。それは、それで面白いと思うけど……。どうかしら?」

いくら堺が脅迫の言葉を口にしようと所詮、知慮が足りないのだ。
更なる脅しによって封じられる。
悔しそうにうなり声を発しながら、腹の底から搾り出した獣のようなうなり声を発する。
綾は、堺を睨みつけながら、ばくばくとうるさく音を立てる己の心臓の音を聞いていた。
2人の睨みあいが続く中、綾は一歩近づくとベッドの上に座ったままの男を上から見下ろしながら宣言する。

「体と水原の名前はやっても、あんたみたいなつまらない男には心はあげないわ」
「何?」
「あまりよくないあなたの頭でもわかるでしょ?あんたの子供は産んであげるってことよ。でもね…。あんたにこの家での権力を与えるためでもなんでもないわ。それが、私の役目だからよ」
「ふざけるなっ!」

勢い良くベッドから降りると、綾の前に立ちはだかる。

「あらあら、前から思っていたことだけど…あなたって本当に愚鈍ね」

くすりと暗い笑みを浮かべながら、そこまで言うと口を閉じた。
そして、笑みを象るために持ち上げていた口許の筋肉の力を抜くと、そこには鋭く険悪な瞳で男を睨みつける女の顔しかなかった。
その雰囲気に一瞬、圧倒され、男は体を俄かに退いた。

「こんなこと冗談で言うわけないでしょ」

綾が言い終わるか否かだった。
彼女の頬を激しい熱が襲う。
体がふわっとぐらつく。じんじんと熱を訴える。
何をされたのか一瞬分からなかった。頭では理解できなかった。
激しく熱をもった箇所を震えた手で抑える。
手が震えたのは、紛れも無く動揺だ。

蝶よ花よと大事に育てられてきた綾にとって人から手を上げられたことなどない。
初めての経験。
それを、気に入らない男によって与えられた。
耐え難い苦痛――

頬を抑えたまま、射殺さんばかりの眼差しで睨みつけた。
堺は、綾を叩いた手を宙に浮かせたまま、激昂したままの表情で綾を見ている。

「ふざけるな…許さんからな…そんなこと」
「あなたに決定権なんかないわ。この身の程知らずっ!…きゃあっ!!」

綾が罵り終える前に、今度は体を突き飛ばされる。
どんっという鈍い音と甲高い悲鳴。それに混じって、どたどたと乱暴な足取りで床を踏みしめる音。
乱雑に開かれた扉から堺の姿が消えた瞬間、綾の体はぷっつりと緊張の糸が途切れたように床に吸い込まれるようにして、尻をついた。

 

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