退屈な時間。
それでも、退屈そうな顔は決して見せない。
品のある笑みを称えて、一心に相手の瞳を見つめる。それが礼儀なのだ。
そうすれば、相手はさして面白くもない話をさらに雄弁に語る。
心の中で嘲笑されているとも知らずに…。
豪華にセッティングされたテーブル。
暗めに調節された室内の柔らかな灯り。テーブルにおかれた燭台の蝋燭の光が手元を明るく照らす。
次々に運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら適当に相槌をうつ。
向かいあって座る男の話は至極つまらない。
故に、この時間は退屈以外のなにものでもない。
しかし、自分にはこの男と一緒にいなければならない義務と責任がある。
放棄することは許されない。
それが、名を背負うことに課せられた自分の責務なのだから…。
「そう言えば、やっと決まったってお父上から聞いたよ?」
「え?」
男が口にした言葉に、ふと皿の上に綺麗に盛り付けられた料理から顔をあげてみせる。
綾の目に映った男は、満足そうに笑っていた。
「学校でのボディーガードだよ。嬉しいよ…これで安心できる」
「…ああ。あれ……、そうね」
と綾は適当に相槌を打って脳裏に昨日、顔を合わせた線の細いまだ中学生の姿を脳裏に描いた。
視線を外して自分ではない誰かを考えている姿に男は気に食わなかったのか、わざと音をたてて手にしていたフォークとナイフをまだ食べかけの皿の上におく。
かちゃりと擦れあう音に綾が不審に思って男の顔を見上げる。
「堺さん?」
「でも、男だろ?」
じろりと暗い瞳で睨まれて、綾の体が一瞬だけぴくりと震える。
それは、相手にはわからない程度の変化だった。
何も言わずに相手を見返していると男は、さらに続けた。
「もしかして…ということもあるだろう?心配なんだよ……。ここは、やっぱり女子高に…」
「やぁだ。男って言ったってまだ中学生よ?」
「それでも…」
「男というよりも男の子よ?それに、学校にそんなに危険ばっかあるわけないじゃない。第一学校の信用に関わるわ。友達もいっぱいいるの…。後3年はみんなと一緒に過ごしたいの…。ダメ?」
上目遣いに小首を傾げて懇願すれば、男はうっと押し黙った後、しぶしぶと言った態で「わかったよ」と頷いた。
綾は、男が頷くのを見届けた後、顔にはこれでもかというほどの笑みを浮かべ、心の中では嘲笑を浮かべた。
冗談じゃないわ――。
声には出さずに唇だけを動かして、綾は吐き捨てるように言った。
「何か言った?」
「ううん。それより、このお料理凄くおいしいわ」
男が反応したが、綾は笑みを口許に張り付かせてごまかすように話をそらした。
小中高から大学まで一貫教育を行っているこの学校は無駄に広い。
一哉は、無駄に豪華な長い廊下を歩きながら、「またか…」と心の中で思った。
一哉が守るべきお嬢様は、大人しく守られてくれなどいない。
一哉が姿を確認しに行く頃にはふらりとどこかに姿を消しているのだから…。
最初、見た時は驚き、失態だと思ったりもしたが、平然と何食わぬ顔をして上級生だろうか…男子生徒と仲良く並んで帰ってくる姿を見た時は、安堵とともに憤りも覚えたものだ。
姿を消すたびに探すのが、一哉の役目。
いなくなった先で変なことにでもなったら、それこそ身の破滅だ。
「一哉くん?」
くるりと踵を返して、綾の教室の近くから去ろうとした一哉の背中に女子生徒の声がかかる。
ぴたりと足を止める。
後ろを振り返って一哉は、笑みを振りまいた。
「何でしょう?」
「今日も可愛いわね…。綾ならいないわよ」
「ありがとうございます」
男の一哉からしてみれば、可愛いという言葉は決してほめ言葉とはいえない。
それでも、首を傾けながら礼を述べ、その顔に得意の柔らかな笑みを深く刻んでやるだけで、相手は陥落すると一哉は知っている。
そして、最大限それを利用する。
「どこに居ったかご存知ですか?」
「うーん。どうしよっかな」
ふふっと笑いながら、教えるか教えないか迷っているような仕草をする。
相手は、駆け引きをしているつもりなのかもしれないが、一哉にとってこれほど鬱陶しいことなどない。
「お願いします…。僕、困るんです」
と捨てられたような子犬の視線を彼女に送ると「わかったわ」と答える。
「キス一回」
女子生徒からそういわれた時は、きょとんとした一哉だったが、すぐに彼女に顔を近づけ振れるような口付けを与えた後、ふわりと笑みを刻んで「教えてください」と言う。
とろんとしたような表情の女子生徒に笑いかけながらも、一哉の目は決して笑っていなかった。
「センパイ?」
かわいらしく小首を傾げてみせる。
「あ…綾は、数学教官室よ…」
「ありがとうございます」
それだけ聞けばもう用済みだった。
くるりと踵を返し、彼女の前から足早に去った。
教えられたとおり、数学教官室近くの柱の影で待つ。
決して入ったりはしない。
もうすぐで予鈴が鳴ろうという時にがらりと教官室の扉が開く。
物陰から様子を確認していると、部屋の入り口に出てきた女子生徒と教師が軽く唇を触れ合わせる。
一哉は、その様子を物陰から見ながら、「よくこんなところでやるもんだ…」と呆れたように息を吐き出してみせる。
彼女の手には、何か包装されたものがあるのを見つけた。
そして、手を振って教師と別れてこちらに向かってくる彼女を待った。
「お嬢様」
「…あらいたの?」
一哉が自分の横を通り過ぎようとしていた女子生徒―守るべき対象である水原家令嬢である綾に声をかけながら、ずいっと一歩前に出た。
突如目の前に現れた一哉の姿に、綾は俄かに驚いたような顔をしたが、すぐに何でもないことのように振舞った。
「ええ」
「なんだぁ~今日は、撒けたと思ったのに」
「今日は、数学教師とですか?」
「見てたの?」
「ええ」
「そ。分かってるわよね?」
「…もちろん」
「はい。じゃ、これあげる」
言える訳がない。
自分の失態として扱われるのだから…。
一哉の答えに満足したのか、綾は、手にしていたかわいらしくラッピングされたものを一哉に渡した。
日替わりで男を替えては、その度に何かを貰ってかえってくる。
「これは…?」
「ちょっと前に欲しかったものをおねだりしてみたんだけど…もう他の人から貰っちゃったからいらない。あげるわ。やっぱり安月給の教師じゃだめね」
とさして面白くもなさそうで答える。
綾から荷を受け取りながら、一哉は綾の顔を見た。
こんなもの誰かに頼むまでもなく手に入るというのに…。
彼女は、自分に群がってくる男に無理難題を押し付けては楽しんでいた。
それは、時に自分の欲しいものをねだってみせたり、手に入らないものを欲しがったり…。
そのたびに、男達が奮闘する姿を見るのが楽しいのだという。
婚約の話は、公にしていないが故に、彼女のもとに男は群がってくる。
財産や家目当てに集まってくる男達に対する報復のようなものでもあったが、何より彼女が一番楽しんでいるのだから性質が悪い。
女子高に移るのを嫌がったのも、これがあるからだと一哉は踏んでいるし、事実そうだった。
何より、彼女の我侭っぷりには、一哉もほとほと手を焼いていたのだった。
それでも、決してこの任を放棄するわけにはいかなかったし、するつもりもなかった。
更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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