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更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き. 嫌いな方・興味のない方・間違っちゃった方はバックバック

2026

0212
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2008

0501

Vizard (32)


「綾っ!!」





切羽詰ったような声音は、常日頃からは想像できないようなもので―。
まさかと最初は思った。
幻覚だとさえ思った。
しかし、強く自分に回された腕に、温もりに、近くから香る匂いに“彼”だと分かった。

目隠し用の布の下で、驚きに目を見開いた。
すぐに、締め付けんばかりに抱きしめる強い力に布の下の瞳からは、涙が湧き出てくる。

夢ではないだろうか―。

後ろで、拘束されていた手が解放されると同時に、これが夢などではなく現実であるということを確かめるようにただ、ただ―その体を抱き返した。
細い体。
間違えるはずなどない―。
やがて、視界を覆っていた布が同じように外されたが、涙で視界が滲んで見えるものも見えなかった。

ただ、耳元で自分の名を呼ぶ声に一度溢れ出した涙は止まることなく、止め処なく次から次へと流れ落ちた。
それを拭うように唇が吸い取る。

「綾」

と―。
安堵を滲ませて囁くように何度も零れる声に――。
それが、彼に―一哉に名前を呼んで貰えた最初の瞬間だったから――。



日常の彼からは、想像もできない行動。

死んでもいいとさえ思った。
否、このまま――。





一哉は、応対に出た1人目を沈めた後、現れた2人目もなんなく気絶させた。
その後、部屋の中で綾が拘束されているのを見つけたとき、もう衝動的に動いていた。
自分らしくもなく、彼女の名を呼び、抱きしめ、その体が無事であることを―、生きていることを確認する。
驚きに身を固くしている彼女のことなどお構いなしに強く抱きしめ、拘束されていた手を解放してやると同じように強い力で抱きしめられた。
体が歓喜に震えるのを感じた。
同じように視界を覆っていた布を外してやるとそこからは、大粒の涙が零れていた。
自然と体が動き、それを舐め取る。
甘かった。
ただ、名前を呼ぶことしかできなかった。
同じようにか細い、震える声で己の名前が彼女の口からも繰り返される。





それは、確かに恋人達の無事を喜ぶ逢瀬の時間だった。





――邪魔が入るまでは…。





確かに、2人は紛れもなく、2人の間にある約束事など関係なく、恋人同士の姿だったのだ。










バタバタと言う幾人もの足音が聞こえてきたことに最初に気づいたのは、一哉だった。
即座に感情よりも理性が働いた。
足音と想像しい気配に目を見開くと体を起こして、ガバッと自分にしがみついていた綾の体を引きはなした。
その瞬間的な判断力は間違っていなかった。
一体、どうしたのかと目を見開いて驚く綾に対して、一哉は表情を引き締めた。

その直後、大人数の人間が部屋へと流れ込んできた。
綾とて、その意味に気づかないわけではない。
一哉が自分の体を突き放した理由を知った。
見詰め合っていた綾と一哉だったが、綾は涙を浮かべたまま困ったように悲しそうに笑った。

「綾さん!」

自分を呼ぶ心配という色を含んだ婚約者の大きな声。
そんなものより目の前にいる少年の小さく繰り返される言葉がもっと、もっと欲しかった。

「お嬢様。大丈夫ですか?」

助けにきた忠実な従僕として完璧な言葉を吐く。
今は、もうその口から自分の名前が紡がれることはない。
“綾”とは……。
もう、従う者と従える者でしかない。
現れた婚約者のために場所を開ける一哉。
縋るような綾の視線に気づいていながら…。

分かっている。
頭では―。
それが、必要なことだと――。

でも、気持ちはついていかなくて…。

先ほどまで、確かに彼を抱きしめていた手は凄く震えていて…。

その震えは、日常ではあり得ない命の危険に晒された緊迫した環境から解放されたための震えか。
それとも―。
心から愛しい者から引き離されたことへの悲しみからか。

震える手で顔を、目を覆い嗚咽を噛み殺した。





何故、その手はずっと私を抱きしめていてくれないの―。
何故、周りはそれを許してくれないの―。





その姿は、緊張から解放されて安堵のあまり感情が制御できなくなった憐れな少女にしか見えなかった。
婚約者は、彼女をそっと立たせて部屋から連れ出す。
甲斐甲斐しいその光景は、見る者を感動すらさせたかもしれない。

無感動の瞳でそれを見送った後、一哉は気づいた。
自分の手がいまだ震えていたことに――。
今頃になって、震えが恐怖が一哉の体を襲っていた。



物音を怪訝に思って、2人目に顔を出した男は、その手にナイフという凶器を手にしていた。
それが、もし万が一彼女を傷つけていたかと思うと恐ろしくてならない。
寧ろ、一哉は幸せかもしれない。
それによって傷つけられることを綾が望んでいたなどとは知らされていないのだから―。





帰りの車の中で、一哉と引き離された綾は、泣き続ける自分を落ち着かせようと自分の肩を抱きしめる男の手をバシッと遠慮の欠片もない手で払いのけた。

「触らないで」

そう口にした声は、震えていたが、誰もそんな彼女の言葉を疑問に思うことはなかった。
異様な危機感に晒されたせいでただ、気が立っているだけなのだと。
そして、婚約者である男に同情すらよせるのだった。

婚約者がこのような目にあっては、今後が心配でならないだろうと―。

だが、そんな視線に目をくれることなく綾は、車の中で口を手で覆ったまま、ひたすら「一哉」とここにはいない彼の名を呼び続けた。





事の真相は簡単なものだった。
綾の父親により切り捨てられた男の逆恨みにすぎなかった。
狙われるのは、常に弱者だ。
しかし、見事失敗に終わった。
ただ、それだけのこと。
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