更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(23)
声を張り上げて、自分に触れようとする男を突き飛ばした後は、ただひたすら逃げることに集中した。
寝室を飛び出して、部屋を飛び出すとエレベータに乗り込んで一気に地上まで降りる。
そしてホテルを飛び出した。
丁度ホテル前で待機しているタクシーの一台に乗り込むと「早く出して」と急かして、家までタクシーで帰った。
財布なんて持ってなかったが、家まで着けば誰かが出てきて支払う。
だが、最初に綾を見た使用人の一人はひどく驚いた顔をした。
そして、何事かと出てきた父親も綾の姿を見て驚いたような表情をしてみせた。
それで綾は、理解した。
最初から、決まっていたことだったのかもしれない。
あの男も言っていた。
「お父様!ひどいわっ!!」
と詰ってみるものの、既にもとの状態に戻っていた父親は肩を竦めてみせるだけだった。
「何がひどいというんだい?」
「何でこんな私の意志を無視したようなことをするわけっ!?」
廊下で父親と対峙したまま激昂したように声を張り上げる綾に父親は冷静だったが、使用人たちは慌て、はらはらとした様子で父と娘のケンカ―一方的に綾が怒っているに過ぎないのだが、その光景を見守る。
「いずれは、夫婦になるんだよ?時期が早いか遅いかだけだ」
「嫌よ!」
はっきりと口にした。
綾の目には、感情の高ぶりを表すかのように涙が溜まっている。
幾分か高い位置にある父親をぐっと強い眼差しで睨みつける。
「綾…。何が嫌なんだい?」
「あんな男と結婚しなくちゃいけないことよっ!もう嫌!!」
叫ぶように言い切ると綾は、父親に背を向けて2階の自室に向かおうとする。
慌てたのは、父親の方だった。
「綾!待ちなさい。何が嫌だというんだい?」
「何もかもよ!」
「無茶を言うんじゃない!子どもの我侭もいい加減にしなさいっ」
だが、いつもなら自分に甘い父親は、いつになく厳しい顔つきでぴしゃりと言い放つ。
こんな風に大きな声で父から厳しい言葉を言われたことはなかった。
綾の怒りはすとんとどこかへと消えてしまう。というよりも父の覇気にあてられてどうしたらいいのかわからなくなったという方が正しいかもしれない。
驚愕に見開かれたままの瞳で父を見る。
「綾。いい子だ。わかっているだろう。彼の家は、今後の水原の発展には必要なんだよ。わかっておくれ」
綾に近づいてきて、彼女の身体に大きな手を伸ばして抱きしめる。
そんなの分からない。
分かりたくもない…。
私の気持ちは、そんな家と引き換えにしたらそんなちっぽけなものなの――。
どうでもいいことなの――。
言葉に出せずに心の中で何度も繰り返す。
自分ではない他人の温もりを感じながら、綾は嗚咽を漏らしながら涙を流す。
但し、自分を抱きしめる父に縋るようなまねはしなかった。それは、一種の意地だった。
なけなしの意地。
朝、家を出ようとしていた一哉は、父親に呼び止められる。
同じ家にいながら滅多に声をかけてくることのない男の声に、一哉は驚きを覚えつつも平然とした顔で父親と向かいあう。
「何でしょうか?」
「今日は、お嬢様はお休みされるようだから」
「…何故ですか」
単なる風邪ということも考えられたのに、何故かこのときは父にそう聞き返してしまった。
「お前が知ることではない」
と言ったのは、兄の宗司だった。
父と自分の会話に割り込むように入ってきた兄の顔をみて、一哉は彼が何かを知っていると悟った。
そして、理由があって綾が休むということも――。
良くも悪くも勘がいい男だった。草壁 一哉という男は―。
恐らく4人の兄弟の中で一番だろう。
「まぁ…、一哉にも無関係というわけじゃあるまいし…」
「父さん!」
父の兄を諌めるような声に、宗司は納得がいかないとうように声を張り上げた。
「何か理由があるのですか?」
「いや、昨日の夜。突然、お嬢様が婚約をなかったことにして欲しいと旦那様に詰め寄ったらしい。今日も朝から塞ぎこんでて学校には行かないと…」
ドキンと一度大きく心臓が脈打つ。
自分が無関係だとは言えない内容だった。
「旦那様は何と?」
「勿論、そんな我侭は通用しないと言い聞かせて、お嬢様もそれ以上何も言わなかったから納得したように思ったらしいのだが…。朝になると食事にも降りてこないし、部屋から出てこないらしくってな」
同様を悟らせないように取り繕って父親に問えば、彼は困ったように息を吐き出しながら事の次第を話してくれる。
同時に父の横に立つ兄の顔を伺えば、苦虫を噛み潰したような顔。
「部屋の閉じこもってしまわれたのですか?」
「ああ。何か知っているか?一哉」
「いいえ。私は、何も」
といつものように軽く受け流す。
「だろうな…。旦那様もどうしたものかと頭を悩ませているようで…参った。まぁ、兎に角今日は、お嬢様は学校には行かないそうだから。そういうことで頼む」
そういうと父親は、もう用はないとばかりに一哉に背を向けてどこかへと消えていく。
一哉が父に軽く頭を下げて見送った後、顔を上げると疑わしい視線を向けている兄の存在に気づく。
「何でしょうか?」
「…お前、本当に何も知らないのか?」
「ええ。申し訳ありません。何も…。学校では、いつもどおりのご様子でしたから」
「フン。役立たずめ」
といらだたしげに告げると乱暴な足取りで兄の宗司も一哉の目の前から去っていく。
父にしたのと同じように頭を下げて兄の姿を見送りながら、一哉は床に向けた顔に渋面を刻んだ。
ぎりっと奥歯を噛み締め、同じように拳を強く握る。
自分とは無関係ではない―。
寧ろ、間違いなく自分の存在が、彼女にそれだけの暴挙にでる口実を与えたのは間違いなかった。
苦々しい思い出一杯だった。
確かに、最初から決められた婚約者との結婚を望んでいない節があったのは確かだ。
しかし、まさか―。
というところが一哉の正直な思い。
自分にいくら好意の感情を寄せられようとも無駄だというのに―。
そんなもの向けられても邪魔で鬱陶しいだけだ。
人の感情ほどあてにならないものはない。
くだらない。
迷惑。
それ以外の言葉は見つからない。
もし、綾が自分のことを口にしようものなら、自分の身が危ない――。
今までは、言うなら言えと彼女に言ってきた一哉だったが、それは決して彼女がそんなことを口にするはずがないという自信があったから言えた言葉。
だが、今はどうだろうか。
ひどく危険な気がした。
言いかねない。
直感に過ぎないのだが、何となく思った。
冗談じゃない。
苦労して積み上げてきたものが一気に崩されるなんて溜まったものじゃない。
それが相手の気まぐれなら尚更のこと――。
苦々しい表情を取り繕うことも忘れて、一哉はどうするべきかと頭をフルに回転させて考えた。
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