更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(21)
一哉は、中等部の校舎にある自分の教室へと戻る最中、心中穏やかではなかった。
辛うじて顔の筋肉は取り繕うことができたが……。
冗談じゃない。
寒気がする。
好きだという言葉。
ぴたりとそこで足を止める。
後方を振り返る。
そして、おおよそ自分らしからぬ行為に舌打ちをする。
頭にちらつくのは、最後に背を向ける瞬間に目にした泣き顔。
自分が気にする必要などない。
今まで、散々人を振り回してきた報いだと思えばいいのに、頭に彼女の姿がちらついて仕方がない。
何で、自分がこんな思いをしなければならないのか…といくら考えたところで答えは出そうになかった。
頭を軽く振って、脳裏に浮かぶ人の姿を追い払うと再び、教室に戻ろうとして足を踏み出した。
いつになく乱暴な足取りで自分の教室まで戻ってきた自分の教室の前に立つ高等部の女子の制服を着た彼女の姿にぴたっと足が止まる。
向こうも一哉に気づいて少し俯きがちだった顔をぱっと上げるとはにかむように笑って一哉に駆け寄ってくる。
今日は厄日かよ――。
人当たりの良い表情を浮べた裏で一哉は忌々しげにそう呟いた。
「一哉」
遠慮がちにかけられる声も一哉を刺激する以外の何物でもない。
ぴくりと眉尻が動いたことに近寄ってきた彼女は、今まで会うことのできなかった一哉に会えたことの喜びを感じている彼女には、気づくはずもなかった。
一哉は、手を伸ばせばすぐ触れられる距離にいる彼女の顔を上から見下ろしながら、こいつか…と心の中で思った。
綾に余計なことを吹き込んだのは――。
余計なことを――。
しかも、ここまでのこのこと現れるとは―。
舞いあがっている彼女は、一哉の侮蔑を含んだ視線にも気づかなかった。
「全然、会えないから…」
「…そうですか」
会えないのではない。
会わないようにしていたのだから―。
もとより、もう彼女は用済みだった。
最初から自分に秋波を送り続けていた彼女は、利用しただけなのだ―。
自分の仕事を円滑に進めるため、綾の弱みを握るために…。
一哉は、彼女の名前すら碌に覚えていなかった。必要なくなったと同時に、記憶から追い出した。捨てたのだ。
それなのに…。何を勘違いしているのか。
これだから、甘やかされて育ってきた人間は困る。
そんなこと一哉が思っているとは知らない。寧ろ、自分と同じ気持ちのはずと思っているに違いなかった。
彼女は、一哉の顔を見つめるとそれが彼女の一番自信のある表情と仕草なのだろうか。
俄かに首を傾げて、軽く微笑む。
「2人だけで話がしたいわ。いいでしょ?」
「……ええ」
と頷いて、手を引かれるままに人気のない場所へと移る。
さて、どうやって追い払おうか…。
あくまでも自分の本性を悟られてはいけない。
見ず知らずの相手だったら、何も躊躇うことはないのだが…。
この場で彼女に地を晒すことは一哉にとっては危険だった。
しかし、ただ追い払うだけでは気がすまない。
綾に余計なことを吹き込んでくれたことに関しては、報復をして然るべきだろう。
人気のないところについて、辺りを確認した後、彼女は両手を広げて一哉に抱きつく。
頭の彼の着やせする胸に押し付ける。
「会いたかったわ」
だが、一哉は何も言葉を返さなかった。
それだけではなく、彼女の身体に腕すら回さなかった。
いつまでたっても望のものが得られないことに不審に思った彼女が顔を上げて一哉を見返す。
「一哉…?」
「何でしょう?」
「抱きしめてくれないの?」
「どうしてですか?」
「え…」
彼女の身体から力が抜ける。
背中に回されていた腕から力が抜けだらりと落ちる。
怪訝な表情で見返してくる彼女の顔を一哉は、薄笑みを口元に湛えてまま悠然と見返した。
「こんないつ人に見られるかわからないところで、そんなことするなんてはしたないですよ」
彼の言葉にかっと紅潮させる。
「だ、誰もこないわ!それに…見られたって困らないわよ」
「いいえ、困ります」
「何で困るの?私達は、恋人同士でしょ?」
「…そうやってお嬢様に言ったんですか?僕とあなたが恋人同士だって…」
という問いに彼女は口を噤んだ。
じっと見つめるような一哉の視線から、逃げるようにして顔を背ける。
「約束だったでしょう?お嬢様には…」
「だって、綾が悪いのよ!私とあなたの間を邪魔するからっ!綾は知ってたんだわ!だから私にあなたを合わせないようにって。ねぇ、そうでしょ?私には、本当のことを言って!いつも困ってたでしょ?綾ってば凄く我侭だし」
自分んお言葉を遮るような彼女の言葉を眉一つ動かさずにじっと耳を傾ける。
聞くに堪えない嫉妬まみれの言葉を聞きながら心の中で彼女のことを嘲笑していた。
「…醜い」
ぼそりと呟くように言われた言葉に、彼女は大きく目を見開いた。
くすりと笑ってみせる一哉をまるで信じられないものを見るような目で見返す。
「良家の子女がみっともないですよ?約束は約束です。それが守れなければ僕は、あなたとお付き合いすることはできません」
「だっ、だって仕方ないじゃない。綾が問い詰めてきたのよ?」
「どちらにせよ、あなたが言ったんでしょう?それに……」
眼光を鋭くして彼女の顔を見返すとぐっと身体を退く。
「ご婚約が決まっている方とは、お付き合いできませんよ。僕は…」
「な、んでそれを…」
驚愕の表情を浮べる彼女に一哉は、くすくすと笑って「では…」と言って彼女から離れていこうとする。
しかし、離してなるものかと彼女が縋る。
「待って!あなたが望むなら破棄にするわ!ねぇ、だから」
「僕は、そんなこと望んでおりませんよ。どうぞお幸せに」
最後まで、柔らかな表情を浮べて一哉は言い捨てるとその場を後にした。
そして…帰ってからするべきことを頭の中で組み立てる。
全ては自分の身を守るため。
そして、自分との約束を反故にしたうえに、余計な火種を作ってくれた彼女に報復をするために―。
最後まで、よくも面倒ごとを残しておいてくれたものだ…。
自分が切り捨てたときに大人しく引きさがっていれば良かったものを――。
――それから数週間後、彼女の姿は、学校から消えた。
家の倒産とともにそれが告げられたのだ。
何、ここでは、珍しくもないこと。
まことしやかに流れている噂によれば……。
婚約が決まっていた家の相手を怒らせて、婚約が破棄になっただけでなく倒産にまで追いこまれたということ。
理由は、婚約が決まっているというのに他の男と何度となく逢瀬を重ねていたということ。
当人は、知らないの一点張りだったが、証拠がすでに相手方の手に届いていたのだから分が悪い。
しかも―相手がさらに悪かった。
自分のところよりも格下の相手だったら良かったのだろうが、残念なことに、相手は数段格上の相手。彼女の生家が太刀打ちできるはずがなかったのだ。
そして、姿を消した。
「過ぎたる欲は、身を滅ぼす……。ふん。バカな女め……だが、予想外にも時間がかかったな」
とその噂をどこからか耳にした一哉は小さく独り言を呟いた。
横にいた友人が耳を掠めた音に「何か言ったか?」と聞き返したが、軽く笑うだけで「何も」と言い返すだけだった。
真実は、闇の中。
恐ろしいのは、人の欲か。
それとも、それを利用しようとする人の心理か…。
そんなことは、どうでもいいこと。
平穏な生活が戻ってくればいいのだ。
一哉は、いつもどおりの日常の自分を振る舞いながら日々を過ごした。
時折、自分へと向けられる綾の視線を感じながら――。
彼は、何もできた人間ではない。
それに、苛立つ時もある。
そういう時は、わざと見せ付けてやるのだ。
他の女との自分の行為を。
彼女の傷つくような表情には、気づかない振りを続けた。
そんな日々が続いていた―。
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