更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2007
Vizard(2)
ぎぃっという木の軋む音と一緒に、スリッパを履いた人の足音が静かな廊下に響く。
がちゃりという金属の音がして、扉が閉まる。
ドアノブから細く華奢な指を離すと絨毯の敷かれた廊下をゆっくりとした足取りで歩く。
スカートの裾から覗く細い足が規則正しく動く。
スリッパの音は、床に敷かれた絨毯が吸い取ってくれる。
廊下には、窓から差し込む光が陰影を作っていた。
顔を上げて、窓の外を見上げながらいつもと変わらない風景が広がっている。
夏から秋の季節へと変わろうとしている景色が窓の向こう側に見ることができた。
立ち止まってその景色を見ていた水原 綾は、見方によっては暗く見えなくもない表情でひっそりと溜息を零したが、すぐに顔を前に向けると足を動かす。
自分の部屋から出てだだっ広い廊下を歩いていた綾だったが、自分の視線の先によく見知った顔と全く見たことのない人物が話しあっているのを目にして俄かに首を傾げてみせた。
綾が気づくのと同時に、廊下で話をしていた人物のうちの1人が彼女に気づいてにこやかな顔で彼女を手招きする。
「綾こちらに来なさい」
父親である男の声に歩みを少し速めて近づく。
父親ともう1人、父親よりも幾分か年嵩が上の体付きが不精からではなく鍛えられたことによってがっしりとしたよく見知った男。名を草壁と言う。
その草壁という男の傍に寄り添うようにして、まだ幼さを残した面立ちながら上背のある少年が立っていた。
綾は、じっと検分するようにその少年をじっと見つめながら、自分よりも年下か或いは、よく見ても同じくらいの年頃にしか見えない。
後、数年すればきっと魅力的な男に成長するに違いないだろうなと彼らに近づきながらぼんやりと思った。
「なぁに?お父様」
父親の傍まで近づくとにっこりと笑って綾は少し甘えたような声で聞く。
「綾」
「旦那様。私から…」
娘の名を呼び、恐らく綾の不思議そうな様子に答えるべく口を開こうとした父親だったが、傍に立っていた草壁の低いはっきりとした声に遮られることとなった。
自分の父親の代わりに説明をしてくれるという草壁に綾の視線が向けられる。
草壁は、自分の横にいる少年に目配せをする。
すると彼が一歩前に出て綾に向かって静かに一礼をした。
「誰かしら?」
「お初にお目にかかります。草壁 一哉と申します」
柔和な顔付きにこれまた人の警戒心をいとも簡単に解いてしまうような柔らかな笑みを浮べて少年が己の名前を名乗るのを聞きながら、綾は一哉と名乗った少年の後ろに立つ草壁の顔を見る。
綾の表情から言わんとしていることを察したのか、草壁はいつもは厳しい顔をくしゃりと歪めて笑い顔を浮べる。
一哉のものとは全く似ても似つかないその表情。
思わず、見比べてしまう綾だった。
「末っ子の一哉ですお嬢さまより2つ下の学年になります」
草壁の答えを聞きながら、もう一度一哉の顔を見る。
さっきと全く変わらない穏やかな笑みを浮かべて綾を見返す一哉。
「へーそーなのまだいたのね」
「こら綾」
「上の3人とは年が離れておりますからお嬢さまがそのように仰られても仕方ありませんよ」
少し下世話な印象を受ける娘の言葉を嗜める父親だったが、その張本人である草壁が苦笑を浮べつつフォローを入れる。
綾の父親は、一哉の肩に手を置きながら上機嫌な様子で娘に伝える。
「彼はお前のボディーガードをしてくれる」
という父親の言葉に一瞬、大きく目を見開いた綾だったが、自分よりも頭の位置が上にある少年の顔を見ながら彼女の口から零れてきたのは、疑いの声だった。
「え?だってひょろひょろよこんな頼りないのが?」
そう言われて顔色を変えたのは、父親と草壁だけで、言われた本人である一哉は眉一つ動かさなかった。
父親達の様子などお構いなしに綾の口からは滑るように次から次へと言葉が漏れてくる。
「それにボディーガードなら他にも居るじゃない」
現に、綾には現在他のボディーガードが付いている。
それは、ここには居合わせていないのだが、草壁の他の息子であり、一哉にとっては兄にあたる人物のうちの1人でもあった。
そもそも草壁家とは、水原家に何代も前から仕えている家であった。
ゆえに草壁の名を持つものが、常に水原の周りを固めているというのは、不思議ではないことだった。寧ろ、当然と言ってもいい光景で―。
「なにも子供を使わなくてもいいわ。第一、まだ中学生じゃない」
そう言って一哉から視線をふいっと外した綾の顔を一哉は、じっと見つめていた。
「そうもいかないだろう?」
「そうです。お嬢様。上の兄達と違ってまだ頼りないかもしれませんが、一通りのことは仕込んであります」
草壁の言葉に、今、現在自分に付けられている一哉の兄の姿を脳裏に思い描いた。
彼は、どちらかと言えば草壁似だろう。
ここにいる一哉は、草壁とは似ても似つかないくらいの柔和な顔だ。
「それに…堺さんからも言われてることだしな……」
父親の苦い口調に「そうね…」と首肯した。
「あくまで、一哉がお守りするのは、学校生活のみです。普段は、今まで通り一哉の兄である宗司がお傍につきます」
「ふぅん」
草壁の言葉には、あまり興味なさそうな顔をしながら耳を傾ける綾。
娘のあからさまな態度を父親が嗜める。
「綾。きちんと聞いてなさい」
「…はぁい」
「堺様がご心配されるのは、当然です。流石にもうすぐで30になる宗司が学校内まで入ることは不可能ですから、代わりに一哉をご用意させて頂きました」
「いや、本当に彼がいてくれて助かったよ」
堺というのは、綾の婚約者である。
綾は、先日16の誕生日を迎えたのだが、その誕生日の一週間ほど前に父親に連れられて堺という自分よりも10歳年上の男と面会した。
その時点で、堺との結婚が決まっていた。
会ったその日に結婚というのは、昔ではよく聞いたことであり、綾とてその程度の知識は持ってはいたが、まさか自分がこうなるとは思っても見なかった。
古くから続く財閥の家であり、父親はいくつもの会社を経営するグループの長であるだけに、自分の結婚にお金や会社のことが絡まない訳はないと理解してはいた綾だったが、まさか自分に選択の余地すらないとは思ってもみなかった。
幼少の頃に亡くなった母親がいたら、結果は少しは違っていたのかもしれないが、いない人間を求めたところで遅い。
母親がいない分、父親はそれだけに綾に対して甘くなり、叱られることもなく、ほとんどやりたい放題の彼女。
それでも、受け入れる覚悟があるという程度には、結婚というものに対して冷めた考えを持っていた綾だった。
事業の関連で、堺という男を選んだ父親だったが、堺自身は、すっかり綾に心酔しているようだった。
すぐにでも結婚式を挙げて入籍したいと言う堺のことは、どうでも良かった綾だったが、堺の勢いは綾が高校に通うことも止めそうな勢いだった。
家でじっとしているのも綾の性には合わない。
せめて高校だけは卒業させて欲しいと悪あがきをして、堺を牽制した綾だったが、堺から父親に学校に通わせうるのも不安だ。せめて共学の学校から女子高に編入しては、どうかと打診していた。
当然、それはすぐにでも父親の口から綾に告げられて、綾は臍を曲げて見せた。
そこで、父親は堺に対して綾には、学内でもボディーガードをつけて見張らせるということで納得させたのだった。
そして―、白羽の矢が草壁の家の者で年も近い一哉に立ったという訳だった。
上機嫌な様子で笑い声交じりに言う父親の言葉を聞きながら、綾は人知れず溜息を零しながら、もう一度だけ一哉を見た。
変わらない表情で綾を見返すだけの一哉。
心の中で綾は、学内だけのことだ大した危険は考えられないだろうがボディーガードを任せるるにしては、頼りないと1人毒づいた。
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