更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(18)
朝から早く目が覚めた。
何よりそれは、気持ちの現れだったかもしれない。
すっきりとした目覚め。
眩しいほどの朝日を身に受け、体を起こして、欠伸をしながら大きく伸びをする。
一ヶ月半ぶりくらいになる制服に腕を通して、ダイニングに向かう。
少し、否、少しどころではなく足が軽やかに動く。
すでに椅子に座って経済新聞に目を通しながら、コーヒーを飲んでいる父親に近づき、声をかける。
「お父様。おはようございます」
「ああ、おはよう、早いね」
新聞から視線をあげて綾ににこやかに笑いながら返す。
綾が椅子に座ると使用人の手によって朝食に運ばれてくる。
「いただきます」
と手を合わせて綺麗な箸使いで食事を口に運ぶ。
「綾」
父親の自分を呼ぶ声に顔を上げる。
父親の視線と綾の視線がぶつかる。
小首を傾げた綾に彼は、笑いかける。
「堺氏には、うまく言っておいてやるからな」
新聞を畳み、テーブルに置きながら言う。
綾は、顔いっぱいに笑みを浮かべる。それは、心のからの笑顔。
昨夜、父親が部屋に訪れた折に綾が父親に懇願したことを受けての言葉だった。
「ありがとう。お父様。嬉しい」
娘からの礼の言葉にまんざらでもなく嬉しそうな表情を浮かべ、鷹揚に頷くと椅子から立ち上がる。
「じゃあ、行って来るよ」
「いってらっしゃい」
父親の後を追って、使用人達が彼を見送るためにばたばたと部屋を出て行く。
その姿を見送った後、もう一度テーブルに視線を戻すと人知れず笑みを零した。
「お嬢様、お時間です」
朝食後ゆっくりとした時間を過ごしていた綾を宗司がむかえにくる。
いつもの時間の再来だった。
宗司の運転する車の後部座席で、はやる気持ちを学校に着くのをいまかいまかと待っていた。
バックミラー越しに綾のどこか浮ついた綾の様子を確認しつつ、釘をさすようなつもりで宗司が言う。
「一哉が何か気に障ることしましたら、遠慮なく言ってください。即座に、一哉を外しますから」
一哉の名を聞いて綾の表情が俄かに硬直する。
どくん。
と大きく心臓が脈打つ。
バックミラーに映る宗司の目を鏡越しに伺う。
何を考えているか読めない。
「…わかったわ…」
と伏せ目がちに綾は答えた。
そう時間が経たずに車は、学校の敷地内に入り、ぎっとギアの音をさせて止まった。
先に宗司が車から降りて綾が外に出るためにドアを開ける。
綾が車から降りるとそこには、久しぶりに目にする少年の姿がある。
「お嬢様。おはようございます」
いつものように優しく笑いかける顔。
線の細い、長身の体。
どくん。
胸が大きく高鳴るのを感じる。
車の中で宗司に言われた時以上に大きく…。
久しぶりの彼を見て、綾は言葉を返すのも忘れて見つめた。
「お嬢様」
怪訝な宗司の声に、はっとして慌てて宗司を振り返ると「ありがと…」とだけ笑って答えて、背を向けると歩き始める。
綾の後ろを一哉が兄に向けて一礼した後、追いかける。
去っていく綾と一哉の後ろ姿に疑わしい視線を向けていた宗司だった。
しばらく、そうしていた宗司だったが、やがて2人の姿が消えていった後、車の運転席に乗り込みエンジンをかけて綾の通う学校を後にした。
一方、校舎に入っていった綾と一哉はと言えば…。
「それでは、お嬢様。また…」
と綾に背を向けようとした一哉の腕を咄嗟に掴む。
「待って」
突然の自分以外の誰かに腕を掴まれる感触に目を細めて自分を掴む細い指先に目を落とした。
その後、自分を掴む相手の顔を見た。
いつものように笑みを張り付かせた一哉の顔。ただ、瞳だけが笑っていないことに綾は気づく。
はっと瞳を揺らがせて一哉を見返す。
「何でしょうか?お嬢様」
妙な威圧感を感じる。
不安をかき消すように綾は一哉の腕を掴む手に力を入れた。
綾の指の力が強くなったことに気づいた一哉だが、一瞥しただけで特に気にもとめなかった。
振り払うことは簡単だが、振り払おうにも人の目があるので、できなかった。
振り払いたいと思うのだが、乱暴に振り払うことは、今まで自分が作ってきた草壁 一哉という人間のそれとは異なる。
だから、何もしないのだ。
「聞きたいことがあるの」
緊張した面持ちで言う綾の顔をじっと伺う。
2つの瞳に見据えられて綾は、異様に緊張していた。
ごくり…。
唾を飲み込む。
どくどくと脈動が大きく聞こえると同時に体が熱く感じるのは気のせいか。
「聞きたいこと…ですか?」
「…そうよ」
綾の様子に流石に何かが違うと悟ったのか。
どうしたというのか…。
綾に目撃されていたことなど知らない一哉は、綾が何を聞いてくるかなんて全く想像さえできなかった。
わかるのは、綾の険しい表情から、とても人目のある場所で話をするような内容ではないというところか…。
「何でしょうか?」
わざとらしく綾に握られていない方の手に嵌められた腕時計で時間を確認する振りをする。
「もうすぐでホームルームが始まりますので、できれば、手短にお願いしたいのですが…」
という一哉の言葉に、綾ははっとしてそうだと思い出して、自分達に向けられる好奇の視線に気づく。
慌てて一哉の腕を掴む自分の手をぱっと離す。
「ご、ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にする綾に一瞬だけ目を見開いた。
とてもじゃないが、今までの綾からは考えられない。
怪訝な表情で綾を見返す。
「お嬢様。どうされました?」
「そう…そうよね。じゃあ、後にするわ」
くるりと背を向けた綾に、一哉は咄嗟に声をかける。
「お嬢様。手短にすむお話でしたら…」
何の用だと問う一哉の声に顔だけを彼のほうに向ける。
「ううん。ちょっと長くなりそうだから、また行くわ」
そうだ。とても1分やそこらで終わりそうな話ではなかった。
一哉は、その答えに不満を感じないわけではないのだが、ふと笑みを深く刻むと「そうですか」と返事を返して綾に背を向けた。
綾は、自分から遠ざかって中等部の校舎へと向かって歩いていく少年の背中を追い続けた。
一度も綾を振り返ることなく歩いていく。
途中でクラスメートなのだろうか声を掛けられて、それに笑いながら答える一哉の姿が綾の視界に映る。
男子生徒、女子生徒分け隔てなく、いつもの柔和な表情を返す一哉を見て綾は知らず知らずのうちに唇をかみ締めた。
他人にそんな顔をしないで…。
誰にも笑いかけないで…。
話かけないで…。
私だけを見て…。
私のそばに居て…。
離れていかないで――。
それは、紛れも無い嫉妬。
その2文字がぴったりと当てはまる。そんな複雑な感情だった。
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