更新日記と小説(18禁)とたまに嘆き.
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2008
Vizard(16)
夏休みの最中。
進学校である私学に通う綾だったが、高校3年生には必須の補習授業が課せられていたが、綾の学年である2年生は希望者だけで免除されている。
綾は、もちろん参加するはずも無い。
それでなくとも、父親のつけた家庭教師が居て、そもそも学校に行く必要もなかった。
たまに、堺が誘いにきてどこかへ出かけたりもするものの決して綾から希望して出かけたりすることはなかった。
わざわざ炎天下の中、外に出ていって不快な思いをする方が嫌だというもの。
涼しい家の中でゆっくりとした時間を味わうのがいいのだ。
自分の部屋で、読みかけの小説片手にアフターヌーンティーを楽しむ。
午後のそんな時間が綾のお気に入りだった。
今日も同じように小説に目を走らせていた。
何でも好んで読む綾だったが、今読んでいるのは恋愛小説。
自由に恋愛を楽しむ主人公を己に準えて自分の心を満たす。
決して、自分には得られない何かをそうすることを通して得ようとするのだ。
擬似的恋愛を楽しむ時間。
時には、ミステリーだったり、エッセイや歴史小説だったりもするがとりわけ好んで読むのは、恋愛小説だった。
特に主人公が好きな人と一緒になって幸せになるという結末のもの。
それは、決して自分では手にいれられないものだから…。
目で追っていた文字がなくなり、最後の1ページだったのでぱたりと小さな本を閉じてテーブルに置く。
今日、読んだもののなかなか面白かった。
しかし、これで次に読む本がないなと部屋の本棚へと歩み寄り確認する。
どれも一度読んだもので…。
一度読んでしまうと面白さが半減する。
中には、何度読み返してもいいと思える物語も数冊存在するのだが、何となく今は、読み返すような気分ではなかった。
特に退屈を覚えるこの時間帯は、今まで読んだ覚えのないものが好ましい。
本棚を覗き込んでいた綾だったが、そこから離れると部屋を出て絨毯の敷かれた廊下を歩く。
広い階段をゆっくりと降りてある一室に向かう。
「宗司…」
部屋の扉を遠慮がちに開けながら中を確認すると狭い部屋にいた宗司が顔をあげる。
綾の姿に気づいて近づいてくる。
「いかがなさいましたか?」
「あの…本を」
「でしたら、リストを頂けますか?ご用意してまいります」
という宗司の言葉に首を振った。
珍しい綾の答えに宗司が驚いたような表情を浮かべて綾を見返した。
綾は、軽く笑いながら、答える。
「たまには、手にとって選びたいわ」
「ですが…」
「だって、宗司も来てくれるんでしょ?だったら、大丈夫よ?ね?いいでしょ?」
と上目使いに宗司におねだりをすれば彼は、一瞬考えるような素振りを見せながらも苦笑を浮かべた。
「仕方ないですね」
「ありがとう。嬉しいわ」
花が開くように笑い、宗司も綾に合わせるようにうす笑みを浮かべた。
宗司の運転する車で、出かける。
デパートの中に入っている巨大な本屋に連れてこられて綾は、目を輝かせるようにして早足で目的の場所に行く。
その後ろをぴたりとついて回る宗司だった。
危険な人物がいないか目を光らせつつ、偶に声を掛けられる綾に反応を返す。
かなり長い時間をかけて多くの本を選び出した。
レジに持っていくなり店員が驚いた顔をしたが、何食わぬ顔で支払いを済ませ、綾が購入した本を宗司が持つ。
「さぁ、帰りましょうか?」
「待って。お茶していきましょうよ?」
「…お茶ですか?」
綾の提案に、虚を突かれたように聞き返す宗司にくすっと綾が笑う。
「そう、お茶。今日のお礼よ」
支払いは、決して自分の金ではないのにそんなことを言う。
「お礼と称されるようなことは何もしておりませんが」
「いいの。いいの。行きましょう」
と荷物を持つ宗司の手を引っ張る。
「ですが、お嬢様と同席するわけには、参りません」
「私がいいって言ってるのだからいいじゃない。それにこれは秘密。私と宗司だけのね?」
小首をかしげながら言う綾に宗司はそれ以上、断りの言葉を言うことはできなかった。
「…本当によろしいのですか?」
「ええ。行きましょう」
「なんだか、堺様に怒られてしまいそうな気がします」
と何気なく宗司が口にした言葉に綾の体が一瞬硬直した。
だが、綾はすぐに宗司の腕を掴む手に力を入れて彼の手を少し強引な力で引っ張っていった。
その後もなんだかんだと理由をつけて綾は、宗司を引っ張りまわした。
宗司が「そろそろ帰りましょうか」と綾を促す頃には、すっかり陽も暮れて街が夜へと変化していた。
「すっかり暗くなってしまいましたね」
「本当ね。引っ張りまわしてごめんなさい」
珍しくも殊勝な態度で謝る綾に驚きを覚えつつも、気にさせまいと笑ってやんわりと否定する。
心なしかいつもより綾が明るく見えるのは、気のせいだろうか。
なんにせよ綾にとって気分転換になるならいいことだった。
そう思いながら、しばらく綾と並んで歩いているとぴたりと綾の足が止まる。
不審に思って宗司が立ち止まって綾を振り返る。
少し青ざめた顔に見えるのは照明の所為か…。
「お嬢様?」
「…あ、なんでもないわ……帰りましょう」
と宗司の手を乱暴に掴むと今まで歩いていた速度よりもだいぶ速い速度で宗司の手を引いて歩く。
突然の変貌ぶりに宗司は驚きつつも綾に引かれるがままに歩いた。
綾の突然の変貌の理由。
それは、夜の街で見たものだった―。
綾を変えることのできる人物。
今のところ1人しか存在しないだろう。
一哉だった。
綾が見たものとは―。
以前のような喧嘩の風景ならまだよかった…。
しかし、今回綾が目にしたのは……、一哉が明らかに年が10は上だろうという大人の女と腕を組んでホテルへと消えていく姿だった。
見間違いなどではないとはっきり言える。
見間違えるはずがない。
一哉だと認識した瞬間。
どくん。
大きく心臓が跳ねた。
その音は次第に早くなり、大きくなっていく。
思わず足が止まった。
それまで、宗司を連れまわしてショッピングを楽しんだりすることで少しなりとも楽しさを感じていた筈なのに、その楽しさとかいったものが一気に消失した。
一緒にいたはずの宗司の存在ですら一瞬のうちに忘却の彼方へと消えた。
それは…、誰…?
なんで…。
どうして……。
2人が消えていった場所が何のための場所であるか位、箱入り娘の綾とて知っている。
以前、夏休み前…。学校の下駄箱で上級生とのキスシーンを目撃した。
そのときもショックを受けて、しばらく動けなかった。
ガキと一哉からは、ののしられたが…。
今は、そのときの比ではなかった。
しかも、前回キスしていた相手よりもずっと年上。
一哉にべったりと引っ付いていた。
少年は、いつものように悠然と柔らかな笑みを浮かべ、嫌がった素振りも見せなかった。
その笑顔を、その人に向けるの…。
その人は、一哉の影の部分を知っているの…。
その手で、体でその人を抱くの…。
一気に感情が波となって綾の中に押し寄せてくる。
溢れたそれは、綾1人でどうにかなるようなものでもなかった。
胸を締め付けられるような感じがして苦しくなる。
金縛りにあったように動けなくなり、足が竦んだ。
2人が消えていったホテルから目が離せなくなる。
嘘だと言って欲しい…。
でも、それは何故?
何故、嘘だといってほしいのか…。
うまく働かない頭の中はハリケーンが過ぎ去ったかのようにぐちゃぐちゃで荒れていた。
そこへ、今まで一緒にいた男の訝しむような声が聞こえてきてはっとなり綾は、呪縛から解けたように動くことができた。
どうやって自分が部屋に戻ってきたのか分からない。
ベッドの上に愕然と座り、「何故?」という問いを繰り返し繰り返し自分に問いかける。
その人は、誰。
今、何をしているの…。
何でこんなに気持ちになるの…。
何でこんなに悲しいの…。胸が苦しいのか……。
何で、信じたくないの。この目で見たものを否定したいの…。
突然、どさっと言う音がして、綾はびくっと体を大きくゆらし、そちらに目を向ける。
すると今日、宗司につき合わせて買った本が雪崩れを起こしたように倒れていた。
その倒れた本の表紙に書かれたひとつの文字に吸い寄せられるようにして綾は食い入るようにその文字を見つめた。
ベッドから降りてふらふらとした足取りで本が積まれている机に向かうとその文字を指でなぞる。
そうか…。
これが、恋なのだと知った。
小説の中でしか擬似的に体験していなかった。
だが、それはどこまでいっても擬似的なものでしかなかった。
文字で追いかけることは簡単だった。
現実で自覚するとこんなに苦しいものだとは知らなかった。
狂おしいものだともわからなかった。
感じるもの全てが、綾のこれまでの経験にはなく……。
全てが初めてだった。
そして…。
それが、全ての始まり――。
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